謙信が生まれて2ヶ月。

木々の葉も落ちて寒そうになり、今朝は氷点下を記録。

真っ白な世界になるのも、そう遠い話ではないです(全然楽しみじゃない)。


数日前にアップしたかったのだけれど、教えているクラスのテスト作成、来年のリサーチの補助金を申請するためのプロポーザル(計画書?)の締め切りが迫っていたり、自分のクラスの課題やらミーティングやらがあったり、週末はテニスの大会をカバーしたりと、てんてこ舞いになっているウチに11月になりました。。

ほんと、次から次へとやる事が現れて、感心してしまうくらい。


そんな自分を余所目に、謙信はひたすらマイペースで育っています。

2ヶ月目の検診では体重も身長を平均値で、健康。

予防接種を3本も受けることになっていたので、親の自分たちがとてもナーバスになっていましたが、

顔を真っ赤にして少し泣いただけで、乗り越えました。

(機嫌の悪い時にオムツを替える時の方が、よっぽど泣きます)

小さな足に張られた3つのカラフルな絆創膏が逆に痛々しかったですが、心配していた過剰反応もなく元気そのものです。


外出してもいい年になってきたので、たまに外に散歩しに行ったりしますが、

冬の足音が聞こえてくるミシガンなので、しっかりと厚着をします。


四分之三熟卵-odekake

白熊(?)スーツ


先週末はハロウィーンだったので、カボチャに変身。

この上にジャケットを着て湖の傍の遊歩道に散歩に行きましたが、腕の中でずっと寝ていました。
四分之三熟卵-pumpkin

ミルクを飲むカボチャ


成長を感じるのは、頭上に吊るされているオモチャを叩いたりして自分で遊べるようになったことや、

(その成果で、抱いている時にフルスイングで引掻かれました)

何とも言えない音を発して(本人は喋っているつもりのよう)、フィオナと会話をするようになったこと。

そして、機嫌のいい時には笑うようになりました。

どんなに疲れていても、それを吹き飛ばしてしまう力があります。

四分之三熟卵-smile

一息つける(といいな)Thanks givingまで、あと3週間ちょい。

どんなに忙しくても大切なものを見失わないように自分に言い聞かせながら日々を過ごします。

去る初夏から始めたトマト栽培。


数十の種を巻いて、良い発芽をしたものを選んで鉢に植える。

選別に洩れた弱々しい芽たちを捨てる気にはなれなかったが、鉢の数には限りがあったので、こっそりとバルコニーの真下(自分のアパートは二階)の土に植えた。

バルコニーから水がやれるように。


鉢に入れなかった弱々しい芽たちは、無限の土壌を手に入れて、凄まじい勢いで成長をはじめ、鉢に移された選ばれし”良い苗”たちの成長をあっという間に追い抜いた。

素材よりも環境。そんな真理を垣間見た。


素材は劣れど環境に恵まれたトマトたちは沢山の青い実をつけ、自分たちはその色が赤くなるのを毎日楽しみにしていた。

が、ある朝、アパートの管理人達に一つ残らず、無残にも引き抜かれてしまった。

もともと個人が植えるべき場所ではなく、自分の予想を遥かに上回る成長をしてしまい目だってしまっていたため、何も文句は言えなかった。

自分は彼らが引き抜かれる姿を部屋の窓から見つめるしかなかった。

一見理想的だった環境は、安全では無かった。


残されたバルコニーのトマトたち。

限られた土では成長に限界があるものの、しっかりと守られて育ち、今は数個の青い実をつけている。

ただ、氷点下に近づく日もあるミシガンの気候では気温と日射量が足りず、赤くなることはなさそう。

ずっと前からなっている青い実は、色が変わる気配は全く無いが、それでも寒さに耐えてぶら下がっている。

葉にも元気が無くなってきた。植える時期が遅すぎたのだろう。

このまま水を与え続けて、ゆっくりと枯れていく姿を見るのは中々辛い。


もともと食べるつもりで育て始めたし、赤くなったら食べたのだろうけれど、育て始めた時期と与えた環境を誤ったことを、とても申し訳なく思うのである。

謙信が産まれた3日後から6週間にわたって一緒に居てくれた、"ばあば"こと母親が帰国して3日。

その存在の大きさを思い知らされています。


炊事から掃除に洗濯と家事を一手に引き受けていてくれたし、夜泣きする謙信の面倒まで見てくれていました。

そのお蔭で自分は勉強に、フィオナは自分の体を休める事と謙信の世話に集中することができました。

(それでもクラスを一つ落とそうかと本気で考えるくらい大変でしたが)


心から信頼できる人が家に居てくれる事の心強さも大きかったです。

空港で見送った後、自分は教えるクラスがあったので直ぐに家を出なければならなかったのだけれど、フィオナ1人を家において出かけるのはとても気がかりでした。

フィオナも心細かったようで、ポロポロと泣いてしまいました。

嫁に必要とされて泣かれる姑も中々にいないでしょう。

母さんが無事に帰国した後にスカイプで話した際、フィオナは顔を合わせるのを躊躇いました。

恋しくなってしまうからだというのが直ぐに分かりました。


身内自慢は恥ずかしい気もしますが、本当に自慢の母親です。

底抜けの明るさに、全く自分の要求をしない献身さ。

滞在中に”~したい”と言ったのは、アイスが食べたいという事と、パンが食べたいという事くらい。

はるばるアメリカまで来て6週間もいてくれて、どこにも連れていってあげられなかったのに。



四分之三熟卵-baba to kenshin

母さんがアメリカを離れている間、父さんも1人で頑張っていてくれたし、兄も妹もそれぞれの休みを返上して助けてくれました。ありがとう。

ちょっとやそっとの事で、弱音を吐けません。

謙信を立派に育てて、皆にお披露目できるように頑張ります。





四分之三熟卵-shutome

こんな漫画もあるようです。



謙信の出産3日後から、自分の母親がはるばる日本から来てくれて、育児を手伝っていてくれています。

結婚する前から、というか会う前からフィオナのことは気に入ってくれていたし、日本や台湾で一緒に過ごした時も、こっちが驚くくらいに仲良くというか、息があっていたので、タイトルの嫁姑問題は我が家には縁のない話だろうと。


フィオナは英語80%日本語20%で、母さんは日本語80%英語20%で会話が成り立っています。

ほぼ完璧に成り立っています。

そんな感じで、言葉の壁も思ったよりも全然薄いのです。

これは二人の語学力に感謝です。


母親は現在、自称"ばあば"。(自分は母さんと呼ぶし、フィオナはおかあさん、と呼びます)

ただ、謙信に話しかけるときには、”ばあば”になります。


ばあばに抱っこしてもらおうか、ってな感じで話しかけるわけです。


謙信に話しかける時には英語だったり日本語だったり中国語だったり、その組み合わせだったりします。

Let's go to ばあば、みたいな感じです。



さて、母親の滞在も一ヶ月以上が経った数日前の話です。




謙信を抱いていたフィオナがいいました。





謙ちゃん、Let's go to ばあさん



?!!



四分之三熟卵-world



時が止まりました。

(上のイメージの意味の分からない人、ごめんなさい)



まぁ勿論、言葉の事故です。

どこで"ばあさん"という表現をフィオナが学んだのかは知りませんが。


"ばあさんじゃなくて”ばあば”だよ!"

と笑いながらフィオナをバシッと叩いた辺りからも、仲の良さが伺えました。

語り継がれる、笑い話でしょう。


そんなこんなで、我が家には嫁姑問題には無縁のようです。


ばあばが帰ってしまうまで、あと数日。

その後の生活を考えると。。。。

Dinosaur(恐竜)Dash。

新しく編み出した、バスケの必殺技です。


というのは冗談で、明日参加する5キロレースの大会名。


四分之三熟卵-dinosaur

フルマラソンをはじめ各地のレースを走っている兄の影響もあるでしょう。

ガチガチのIT bandを持つ身として外ではあまり走らないのですが(苦い思い出あり)、先着80人の大学院生は登録料無料という餌にまんまと釣られて参加を決定しました。


ちゃんとした距離を時間を計って走るのはいつ以来でしょうか。

10年ぶりくらいになる気もします。

昔は長距離は割りと得意な方でしたが、最近は(といっても謙信が生まれる前)バスケをしていても若干、心肺系の衰えを感じてきていたので、どうなることやら。

今晩の睡眠時間も、結果を左右することでしょう。


5キロの一般的なタイムは分かりませんが、兄曰く、18分を切れたら上等だと。

とりあえず、目安にしてみようと思います。


やること山積みですが、会場はすぐそこだし、数十分走って帰ってきます。

結果はまた報告、という事で。


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というわけで、走ってきました。

とりあえず、18分は無理です、兄よ。


一番体力のあった高校時代ならなんとかなるかも、というくらいにムリ。


会場は思ったよりもよっぽど賑わっていて、運動会のような気持ちの高鳴りを懐かしく感じていました。

カメラを持っていけばよかったです。

本格的な服装をしている人がかなり多く、(いつものごとく)バスパンの自分は若干浮いている感もありました。



自分のゼッケン(記録するためのチップ付き)を受け取って、スタート時間まで待機。

で、待機しすぎてスタート位置はかなり後ろの方に。



いざスタートしたものの、歩道の幅しかない為に中々追い越すこともできず、これは記録は気にしないで走ったほうがいいなと思い、周りのランナーを観察しながら走りました。

子供と手を繋ぎながら走る人や、かなり高齢なランナー、中にはベビーカーを押しながら走る人まで。

走りながら自然と笑顔になる、のどかな前半。

スタート位置が後ろの方で良かったです。



レースも中盤に差し掛かると、大分ばらけてきたので追い越すスペースが出来てきました。

兄に言われた18分というのもあるし、とギアをアップ。

この辺りまでは、余裕の前半もあったお蔭で順調にペースをキープ。

個人競技とはいえ、周りのランナーとの一体感を感じ、なるほど、これは兄が癖になるのも分からん気もないな、などと考えながら、走りました。



後半に入り、"5キロなら力押しでもいけるんじゃない?"というアドバイスを思い出し、もう一段階ギアをアップ。

これがいけなかった。

最後の500メートルほどになって、プスン、とガス欠。

わき腹が痛くなってくるし、向かい風はいきなり強くなるし、足取りは重たくなって、

こりゃ恐竜は恐竜でもロゴのようなT-rexじゃなくてトリケラトプスだよ、などと考え始める始末。

ちなみにT-rex(写真左)は時速40キロで走り、トリケラさん(写真右)は時速4キロで走行します。


四分之三熟卵-dinosaur 四分之三熟卵-trikera


ただ、昔の長距離の練習で会得した奥儀、

"苦しくても顔にださない"

を実行してなんとかフィニッシュ。


タイムは目標の18分を大きく上回る、20分6秒。


ゴール下直後にバナナやパンを食べ始めるアメリカ人の猛者たちを余所目に、アップルサイダー(濃い林檎ジュースみたいなの。おいしい)を頂いて、しばらく歩き回って、ようやく落ち着きました。


上位者には賞品があることは知っていましたが、目標にはてんで届かなかったし、自分でも早く走ったとは思えなかったので、落ち着いた後は、スタート兼ゴール地点の博物館を見学。
恐竜の化石やら昔の狩猟道具など(自分が好きな時代です)、小さいながらも割と充実していて、大学内にこんな所があったのか、と新発見に満足。


帰り際に、張り出されていたタイムと順位をちらっと確認したら、

なんとまあ、25歳以上30歳未満の部で一位でした。

終盤はトリケラトプスだったのに。


というわけで、賞品も頂きました。

一位の賞品は、アシックスのバッグ(Dinasaur Dashのロゴ入り)。

ニ位以下の賞品だった、恐竜の柄のついたマグカップが妙に欲しかったので、代えてくださいと言ったものの、数に限りがあるので、と断られてしまいました。


四分之三熟卵-bag

アシックス製だけあって作りはしっかりしているし、

レース後の買い物では買い物袋として活躍したし、良かった良かった。

参加料も無料だったしね。


まだそれなりには走れるってことのようです。

記録を狙って走るのはもういいかな、とは思いますが、前半のようなのんびりした雰囲気で他のランナーと一体感を感じながら風を切るのはありだな、と思います。