「作業所で働いている障害者のひとって普通のひとと同じ時給をもらっているの?」


 20代くらいにみえるフリーターふうの娘が、50代くらいにみえる母親に聞いている。


 かなりむかしのことだが、駅前のスーパーのベンチに座っていたときに、となりから聞こえてきた気になる会話だ。続けて娘は言った。


 「それって不公平だよね。障害者のひとは仕事が遅いんだから時給は安くするべきよ!」


 ・・・


 確かに仕事の効率からいえば、同じ時間あたりにこなせる仕事の量は、例えば、仕事の〝のみこみ〝が遅い知的障害者や、からだの不自由な身体障害者、抗うつ剤や睡眠導入剤の副作用で〝のろく〝なっている精神障害者のほうが、普通の労働者からみて遅くみえるだろうし、とりわけ、テキパキとこなす慣れた若い労働者からみれば、かなり遅くみえることだろう。


 でも、疲れやすい体質の障害者にしてみれば、同じ作業量をこなすのに2~3倍も苦労して疲れているのをぼくは知っている。この場合、例えば、普通のひとが1日に8時間働くと疲れ切るとすると、障害者の場合は2.7~4時間働くと疲れ切るということになる。作業効率でなく、1日で同じくらい疲れる作業分量で、それぞれの1日の仕事を決めれば、この場合、普通のひとが8時間分の作業分量とすれば、障害者の作業分量は、2.7~4時間分で同じくらいになるはずだ。


・・・


 だから、単位作業あたりの疲労の度合いを時給に比例させれば、この場合、障害者は普通の労働者より2~2.7倍の時給を得ることになる。


 単一時間あたりの疲労の度合いを考慮したうえで工賃を同じにするのであれば、普通のひとが立ったままの作業なら、障害者は椅子に座らせて作業させ、少しでも疲れないようにした方が、より平等な労働条件に近づけるはずである。


 でも、現実には障害者も普通の労働者と同じ条件の作業工程で働くようになっていることのほうが多い。冒頭にとりあげた娘さんには申し訳ないと思うが、単一時間あたりの疲労の度合いに比例して時給を決めたなら、障害者の方が時給が高くてもいいはずだ。


 ・・・


 冒頭のことばを娘さんが母親に言った後、ぼくはたまらなくなって、娘さんに声をかけた。


 「安心してください。作業所で働く障害者の賃金は、あなたよりずっと安いですよ。それどころか、作業所を利用することで、逆に利用料を払っています。」


 すると、その娘さんは、「それなら、いいんだけど...」と、ちょっと不機嫌そうに応じた。


 娘さんに声をかけながら、ぼくは心のなかでつぶやいていた。


 あなたと同じ作業をこなすのに、あなたの何倍も障害者のひとは疲れてるんだ。なのに単位時間あたりの賃金は、厚労省が決めた最低賃金より低いばかりか、作業所の利用料を払うために、賃金から差し引かれているんだと。


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追記:


 なんだか、ずいぶん久しぶりの更新になてしまいましたが、実のところ、外でけっこう下書きは書いていて、部屋に戻ると疲れてPCに入力できないで寝てしまうことが多いのでつ(;^_^A


 お出かけ用のノートPCが欲しくなてきました。ただ、手書きのほうが思ったときにすばやくかけるので、紙のノートの方が便利なような??


 しばらくはこのままでいそうな気が...

 9月20日(火)の彼岸入りを迎えて4日目、昨夜、徹夜をしていたこともあって起きていたので、朝から彼岸の墓参りに行くことにした。


 実は、3月11日の大地震以来、計画停電があるわ、物不足で飲み物や米が手に入らないわで、生活がめちゃめちゃになり、からだの調子を悪くして春の彼岸の墓参りに行くことができなかったので、秋こそは絶対行かなければいけないな、とずっと思っていた。


 ・・・


 ところが、さあ、出かけようと思ったものの肝心の霊園の開園時間がわからない。そこで、HPで調べてみたら石材店のHPが出てきて、霊園のFAX番号しかわからない。
 
 前は電話番号もHPで調べられたよな...


と、疑問に思い、


 ひょっとすると、霊園がつぶれてしまったんじゃないか...


と、いちまつの不安がよぎった。


 まあ、とにかく花は霊園やそのそばで買えるし、線香に火をつけるライターだけ買うことにして、線香だけ持って行くことにした。


 途中、立川駅の駅なかで、霊園の管理人さんにあげるお土産のメロンパンを買って行った。


 ・・・


 彼岸入りの休日となった高尾駅前のロータリーは、混雑を避けるためか、都営霊園行きのバスの乗り入れができないようになっており、甲州街道沿いのバス亭から乗車するようになっていた。


 そこのバス亭では係員があらかじめ切符を販売していていた。バス料金の支払いが降りるときなので、すばやくバスを降りれるようにするためだ。


 切符を買ってバスに乗り、しばらくすると、朝方の不安が頭をよぎった。霊園の近くのバスで降りて、しばらく歩き、霊園の管理棟の戸を開け、管理人さんの顔をひさかたぶりに観るまで不安だった。


 ・・・


 管理人さんは俳優の「でんでん」によく似た温厚な人がらの方で、あいさつした後、朝のHPのことを話したら、もともと石材店のHPがあって、霊園はHPを持ってなく、電話は今でもつながるということがわかったのでホッとし、一気に緊張の糸が切れた。


 先日の台風が通過したときの強風で墓石が倒れていないかとか、長い間、墓参りができなかたので、墓石が汚れていないかとかが気になていたが、その心配も無用だた。


 すっかり安心して花を生け、線香を炊いて墓参りをすませると、管理人さんに許可をとって、応接スペースの片隅で持ってきた缶入りの梅サワーをちびりちびりと飲んでまったりした。


 たまたま、戒名をくけてくれたお坊さんが、法事で来ていたので、お話をさせてもらううちに、すっかりうちとけてしまた。


 思えば、2月に母の一周忌の法要をすませ以来七か月ぶりの再会だ。若いお坊さんも管理人さんにも変わらず元気な姿で再開できた。


 この、なんとも普通なことが事故続きで目が回るような日々を送っていたぼくには、とてもありがたいように思えた。 



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 このごろCDの購入費がかさんで食費を圧迫してきた。


 それで、CDを海外から個人輸入するついでに、格安のCDを加えて数点購入して国内のネット・オークションに出品し、売って少しでも収入を得てみようと試してみた。


 国内ではすでに流通していないものでネット通販のアマゾンでも中古で4、5千円以上の値段がついているものを、ほとんど買値の千円弱でネットオークションに出品した。


 しかし、出品した6点中、4点は落札したが、2点は出品のときの値段で落札したので利益は出ず、落札者への発送のためのCDの梱包をしている間も気分ははずまなかった。


 あとの2つのうち、ひとつは千四百円、もうひとつは3千5百円くらいの値がついたが、結局、新品を出品したのにアマゾンで売られている中古品の値段を上回ることはなかった。


 ・・・


 こうなると、ネット通販のCDの値段がいいかげんに思えてくる。ネット・オークションにも、おびただしい数のCDが出品されているが、入札されているものはほとんどない。


 結構な値段がついたCDがただ時間だけをつぶしながら、回転ずしのように、ネット・オークションのなかを流れている。


 ・・・


 明日、台風が日本に上陸するというので、今日、はやめに病院に行った。行く途中のスーパーで買った半額のレーズン食パンを病院の外の喫煙スペースで食べていると、ぼくと同じくらいの年のおやじがふたり話しているのが聞こえてきた。


 「最近、一万円が7日もたなくなった。6日でなくなる。」


ひとりがそういうと、


 「松屋で食ってるからじゃないの?」


ともうひとりが答えた。松屋の豚丼はスーパーで売ってる弁当より安いのだが...


 ・・・


 病院の帰りに駅前のスーパーに寄った。最近まで、昼間は暑いので夜遅くになってから出かけて、半額の惣菜を買うことが多かったのだが、あいにく昼間の今日の売り場には値引きされた惣菜がない。


 結局、惣菜に手が出ず、三個入りの冷凍食品の焼きそばを買った。


 考えてみると、ぼくの食生活は半額の値札のついたおかずと、先月から炊き始めたごはんを食べていたから、なんとか成り立っていたのだ。


 そのことに気付くと、これから涼しくなっても昼の間は出かけられそうもないな、となかば途方にくれ、これからはおかずの数も減らして節約しなければならないと思った。 


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 誕生日月に診断書の提出を忘れたため、その二か月後(8月15日)に障害厚生年金の支給が停止されてからあと4日でちょうど二ヵ月になる。


 日本年金機構(年金機構)あてに診断書を入れた封筒を郵便ポストに投函したのが8月16日だった(たぶん)から、翌日の17日にに届いたとしたら、年金機構が診断書を受理してから25日経ったことになる。


 もう二ヵ月の間、年金を受け取っていないので、さすがに手持ちのカネが心細くなって、ここ数日は年金が振り込まれる銀行口座の残高照会を毎日するようになったが、悲しいかな、まだ年金が振り込まれていない。


 ・・・


 年金が止まったことを知った6月15日以来、年金の支給がこのままずっと止まってしまうのではないかという不安から、CDの買い物依存症になってしまい、あれよ、あれよ、という間に手持ちのカネが減ってしまった。


 今週になり我に返って、CDの購入を大幅に減らすよう自分を律することを決めたものの、いつ年金が振り込まれるか不安はつきない。


 今日は直接電話して、審査の進捗状況を問い合わせるようかと思ったが、結果を聞いて再び動揺してしまうんではないかと不安になり、電話するのはやめることにした。


 ・・・


 誕生日のある月末に診断書が届かなかったときに、年金機構の職員からぼくのところに直接電話して欲しかったという気持ちは強い。


 二か月後の月なかに法律に基づいて年金の支給を停止するという文書で知らせるだけで、生活のよりどころにの年金を止めるというのはあんまりだ。


 生活保護行政と同じで血の通った人間のすることとは思えない
 
 働いているときに、自動的に給与から取れるだけ積立料を取っ
ておいて、支給するときになったらぼくのミスに乗じて支給するのをしぶる。なんだか合法的な詐欺あってるみたいだ。


 年金機構の職員の給与がある日、支給日に振り込まれていなくて、理由を聞いたら『あなたのミスが原因で給与の支払いを停止しました』、という文書が届いていたら彼らだって憤慨するはずだろうに...


 ・・・


 年金機構の職員はぼくらの収める年金で食っているのに、ぼくらに年金を払うときになると、ぼくらのことを顧みずに平然としているようにぼくには思える。ぼくらは、年金機構の給与を支払うためだけに毎月、年金を収めているわけではないのだ。


 公務員にしても、年金機構のような独立行政法人にしても、このような顧客軽視の姿勢で、民間企業で働いている労働者平均の2倍近い年収を得ているのはどうにもやりきれない。民間よりレベルの低い仕事をしていながら、民間より高い給与を彼らが得ることはまっとうなのだろうか...


 彼らの仕事に対するぼくらの不満を彼らの給与に反映させることによって、彼ら自身に痛みを感じるようにして、顧客サービスの不備が彼らにとってマイナスであることを気付かせ、改善させることは、税や年金の積み立てを行っているぼくらにとって利益になると思う。


 年金機構の職員にこうした取り組みを導入させ、年金受給者が安心して年金の給付を受けられるようにしてほしい。

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追記:

 今日、年金振込通知書が届いた。8・9月分の年金の振込を9月15日にしてくれるとのこと。ホットした(;^_^A


 あれ、いつの間に...


 CDが2列、横長に80枚ほど入っているダンボール箱の上の何枚も縦に積んだ試聴済みのCDをどけて、店内のカウンターに持っていき、そこで店員に預けてもらっていたCDを30枚ほど持って、また試聴のために試聴機のそばにある同じ場所のダンボール箱に積もうとしたら、すぐ近くに先ほどからいた4人組の学生らしきひとのひとりが、そのダンバボール箱の中のCDを熱心に探していた。


 4人はいずれも楽器らしきものが入ったソフトケースを肩に下げ、はなしで盛り上がっていた。


 ・・・


 今日は都内の山手線管内近くで電車で15分くらいの比較的大きな街のクラシック中古CD専門店が、800円以下の中古CDを全品半額にするセールの日だった。


 実は先週の水曜日に700円以下の中古CDが全品半額だたので、この店で値引き対象のCDを約20枚ほど買い求めたばかりだたのだが、買い残したCDに未練があり、800円や900円の値札のCDにも欲しいものを見つけていたので、それらがまた半額にならないかな、と思っており、今日のセールは渡りに船だた。


 今日はさいわい11時に起きれたので朝食もとらずにすぐ出かけたが、ねむ気のために電車から降りる駅で降りそこなうところだた。


 ・・・


 しかし、店に入るやいなや30分ほど(ぼくの感覚でいえば)で、店内に置いてあるCDが20枚くらいは入る買い物かご2つをCDでいっぱいにしてしまた!


 そのふたつのかごを積み重ねて、更に上に買い物かごを置いてCDを探していたら、買い物かごが4つめになたところで、崩れそうになたので、積み重ねていた買い物かごを引きずりまわしながらCDを探すのをあきらめて、CDをかごごと店員に預けて、身がるになてCDを探すことに決めた。


 ただ、そんな熱心なぼくをよそに、店内にいた50代くらいにみえる客たちは、その格安なCDにあまり興味がなさそうだた。


 ぼくはCDを探し終わると、ほぼ機械的にそれぞれのCDのあたまの部分だけを試聴しただけで買うかどうかを決めて、すぐまた次のCDを聴くといった作業をもくもくと続けていたが、そのあいだ会計のカウンターにCDを持っていく客はわずかだた。


 すぐ近くにいた学生らしき4人組も店内のCDを観て、「このCD安い(;^_^A」とかいいながらも、はなしはもっぱら、自分が演奏会のメンバーに加えてもらったとかの自慢話で盛り上がっているにすぎなかた。


 こ1時間ほど店内で粘っていた彼らの何人かは安いCDを何枚か買うと、特別セールに喜ぶでもなく去っていった。腕時計を見ると午後6時を過ぎていたが、まだ60枚ほど試聴するCDが残っていたので急いで次聴くCDを試聴機のCDトレイにおいた。


 ・・・


 先日の日曜日に来店したときは先客が万単位で会計していたので、自分が会計するときに、「結構売れてますね」といったら、店員が「そんなことないですよ」といいながら、まんざらでもないような笑顔だた。


 しかし、今日は昼過ぎごろから来店したとはいえ、数千円単位がぼつぼつあるくらいだた。


 ぼくは全部のCDを試聴しおわった後で会計をすると、全部が800円以下のCDであるにもかかわらず、合計が数万円にものぼって、びっくりしてしまたが買うことにした。


 結局、今日の店の売り上げのほとんどはぼくの買った分が占めているようだた。 

 しかし、社員らしくみえるとはいえアルバイト(たぶん)の店員はにこりともせず、ちょと拍子抜けした。ぼくがこれだけの買い物をすることはめったにないのに...


 ・・・


 お盆休みあたりから都心を含めてひんぱんに中古CD屋に足を運んで二週間が過ぎたが、どうも学生の多い街の景気が特によくないような気がする。実際、取り置きを電話で頼んだCDは割引対象外だったり、「ラストサマーセール!」というわりには、わずか10%OFFと内容が寒い。空いた店内で、店員どうしで皮肉めいたはなしをしては笑ったりしているので、店にいるとなんだか気まずかったりする。


 今日の学生にしても、CDを探しにきたというよりは、あまり効いていない冷房ですずみながらBGMにクラシックを聴きにきたという感じなのだ。


 学生の街の熱心なクラシックマニアの学生が少なくなた中古CD店の店内から感じとるのは、ひたひたとせまる不景気の影。店内に200円から400円の中古CDがかなりを占めても、よほど気に入らないと買ってもらえないという現実。


 あの3.11からあと二週間ほどで半年になるが、『がんばろうニッポン」というスローガンのポスターを見かけるこの若ものの街で、夏休みが終わりに近づくにつれ、クラシックのCDを買うひとはまばらだ。


 いつもならすしづめになる夜の9時代の電車が、比較的すいているのにちょっと肩すかしを受けていると、画期的な雇用や内需の拡大という経済政策があるようにも思えない。


 新首相のもと、これからの日本のこのあたりで、果たして活気が戻ってくるのであろうか、と一抹の不安を感じながら、9月が始まったらまた電車の中は学生であふれかえって、それはそれでまたたいへんだろうな、と少々複雑な気持ちでいる。


 8月30日記す


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