石苔亭いしだ の能舞台で 岡本芳一 「化身」? を観劇しました。 はじめて等身大の人形を使った劇?を見ましたが どうもそのゆっくりすぎるテンポについていけず それとアートなものを感じなかったので 民族芸能のようなものかと思って見ていました 30分ほどでしたが 終わったあとの岡本さんの表情をみると ある種解脱したような感じでした 難しく考えずに見てくださいとのことでしたが あとで紹介のチラシを見ると カンヌ国際人形劇祭最優秀賞をとっていると記載されていたので そうなんだ ああいうものを外人は評価するのかと思いましたが でも手塚氏のアニメがアメリカでは 経費削減のためにコマを節約した結果 能などのまに通ずるもがあるとかで 評価されたと聞いたことがありますが そういうものに近いのかなと・・・・・ それにしてもアートとは何か 改めて考えさせられました・・・
vanGoghの図録の解説は冷静に的確に分析されていると思う。そこでは パリが与えたさまざまな光は、以後ファンゴッホが革新的モダニズムの流れへと接近する大きな転換点となった。 ・・・・・1888年2月末、ファンゴッホはパリで獲得したさまざまな成果を手に、より郷土に満ちた色彩を求めてアルルへと旅立っていく。 とある。
自分も初めて東京に出たときは、眠らない夜にカルチャーショックを覚えたが、それをどう吸収するかは人それぞれなのだろう。
ゴッホに関する書籍はかなり出ているが、自分なりに彼の後をたどるのは絵画をとおして自らをリニューアルするいい経験だと思える。
セザンヌの池に続く小道が同時に展示されている セザンヌとゴッホの違いについて物のまざなしに記載されているのがおもしろく分析されている 「林檎の入った籠のある静物」のことのようだが これと同じ光が滑らかな表面をした流体となって、フィンセントの絵の丸天井や果物籠の上を流れていく。 しかし、それはモネのやり方を同じように繰り返しているのではない。リンゴは、全体の効果を変容させる派手な窓の色に呼応している。・・・・・純粋な時間の強度であり、その光が時間のなかの存在になり、マチエールが無形のものになっていくことのうちに、変化が起こっていくのである。そのとき果物のあいだで物は密やかに語りはじめ、輝きの厚みを増していきながら、リンゴの外部に対して開いていく。ここにこそファン・ゴッホの作品とセザンヌの静物画の根本的な違いがあるとわれわれには思われる。セザンヌのリンゴは内側の光から切り離され、世界はその痕跡すら残されたいない。・・・・・
セザンヌが孤立した肉体や、官能的な結びつきとは無縁のエゴイズムを好むに対して、ファン・ゴッホは世界の真ん中で物が融解したり、物が流出することを好む。
そういう過程をへてアルルにむかったのは 炸裂する生命に溢れた色を使いながら、形を構成しなおすことが新たな問題として登場したのである。この問いは、燃える太陽にさらされた生命の可能性、自分自身との絆を作り直す可能性、要するに主観性を作り直す可能性を問う手いる。世界はわれわれの内側に入り込み、われわれをみずからの外部へと引き出し、その外部でわれわれを踊らせようとする。そのときわれわれがばらばらに分散し、消失してしまう危険に対して真正面から向き合えるような存在様式を求めて、彼はアルルへと向かう。
よくそこまで分析できるものだと感心してしまうが、対象がどんなものであれ、つきつめて考えることは必要なのだと思う。そういうものを通り越したところにあらたな世界は開けるのは、天才であれ凡人あれあるような気がする。
種まく人が 物のまざなしでは黄金色に輝いているのだが 現物はよごれのせいかかなりくすんでみえるのだが何としたことであろうか?
物のまざなし のなかでこのTABLEⅥがわかりやすく書かれている アルルでファン・ゴッホがしっかりとその手につかんだのは、どんな輪郭からも解放された色彩の変調であった。あの生命を具体化した黄色に彼はその身を捧げ、その黄色によってすべてが融合する空間を創造した。・・・「馬鈴薯を食べる人々」の時期のように、不器用な印象を与えない。つまり、灰色に象徴され、混色でいっぱいになった、風通しの悪い空間を描いた時期とは異なった印象を与えている。・・・・・フィンセントは「馬鈴薯を食べる人々」を「字自分にとって決定的な作品であったと何度も振り返っている。そこには既に、彼の絵が目指したものすべての種子がふくまれていたからだ。それでも、このカンバスにはまだ絵画の科学的効果が表れておらず、形態や姿形を解放する灼熱の色調も表れていない。「自由な色彩主義」の生きた空間はまだできあがっておらず、ダイナミックな表現はまだ姿を現していない。・・・・・アルルでフィンセントが見出したことは、「灰色に飲み込まれるよりも、やはり対立した色彩や、はっきりとした力強い色彩の方がいい」といいうことであった。・・・・・長きにわたって物の変移は灰色のなかに落ち込んだままであり、色彩主義は明暗法の論理に屈従し、境界線を沈黙させ、視界から外に追いやったままであった。ファン・ゴッホがアルルで新たに取り組んだことは、そのよいうな色彩主義を乗り越えることであった。そのために彼は灰色を捨て去り、識別しがたい不明瞭な色のなかに閉じこもることをやめ、融解し解散する臨界点としての黄色を用いることで、新たな色彩主義に取り組んでいく。しかし、そこから彼の絵画は、ルーベンズからもハルスからもドラクロワからも離れ、日本の浮世絵に描かれた空間へとむかうことになる。・・・・・
「花魁」という作品をそのうえで再度みてみよう。
最後の展示室のに一風変わった晩年の絵がある 麦の穂波が描いてあるのだが これは完成品なのであろうかと思ってしまう 図録にはこの絵のなかに女性を描くつもりであったようなことがかいてあった?
物のまざなしには 直接これを解説していないが TABLEAUⅣ生を感じ取ること のなかに・・・・・一方で絵画もひとつの熱狂であり、われわれの器官の能力を超え、いかなる器官もたえることができない力である。そして熱狂としての絵画の本質は「小麦を発芽させる力を見させること、すなわち、われわれの器官があまりに貧弱なために感じ取れないような動きを感じさせることにある。・・・・という記述がある。直接は関係ないのだろうが、さらに・・・・・フィセントが物の中に表現を探求した世界、それはひとえに画家のパレットのなかにあるものなんだ。・・・・・つまり、タブローは模写でもなければ、模写なんかでもない。そうではなく、タブローは再創造なんだ。・・・・・どうしたら急所をつけるのか・・・・・
それにしても、名古屋でのゴッホ展では、ゴッホの作品のみクリーム色の台紙のようなものをつけている。この企画展担当の学芸員の発案だそうだが、名古屋というお土地柄か、それ以外の価値あるものの存在の否定のような展示になっている気がする。同時開催の所蔵作品展の黄金の騎士等をほとんど見向きもしないお土地柄なのだから。おそらく海外旅行でルーブル美術館でミロのヴィーナスを見たのと同じように、ゴッホのひまわりを見たという経験に満足するのだろうが、次の段階に行く人が少しでも増えてもらいたい気がする。
このTABLEAUは難解気廻りない? しかしゴッホの作品をみて何かを感じるのは ここで以下のように記載されている何かがあることによるのだろう。早く気づきたいのだが。
・・・・・画家の技術はその技術を規定する問題に依拠するするのである。物をとらえ、物を異質の動きで活性化する場の緊張から生まれるこの問題がなかったら、ファン・ゴッホの絵画はあのような比類のないしるしを見出し得なかっただろう。・・・・・ファン・ゴッホを全力で絵画にむかわせた問題は、すでに初期の頃から比類のない正確さで表現されていたのである。すなわちそれは物が人間にとって理解不可能な言葉で言い交わしていることを目に見えるようにするということである。・・・・・フィンセントが出口を拒絶しながら、奥に向かって身を投じ、永久にさまよう危険に身をさらすのは、正真正銘の船乗りになるためである。すなわちそれは表面を構築することのできる人間であり、深さを絶えざる脅威とみなしながら命を賭ける人間であるが、同時にさ迷える見張り番のようにつねに表面にたったまま生き続ける人間でもある。・・・・・
ゴッホの作品のなかにはここで紹介されている「嵐のスヘフェニンヘン海岸」のように、・・・・原因としての部分部分の色素の物質的次元では、暗いパレットに対応しているが、結果の次元では、燃え立つような光のもとで、全体が黄金色の液体のような海に流れ込んで融合しているかのごとくである。結果が原因の束縛から解放されたかのような、この「存在」から逃れるある現実の絶えざる探求。・・・・・
そういう課程をへた色彩から何かを感じるのだろうか?
ゴッホ展には、「物のまざなし」Ⅱ馬鈴薯を食べる人々に関係する作品は展示されていないが。ここで分析されていることはゴッホを読解するには必要不可欠なように思う。
物の輪郭から発するこの「何かわからないもの」、物が物として現働化するこの世界、これこそセザンヌだけでなく、ヌエネンの平原とアントワープの飲み屋のあいだで馬鈴薯に立ち向かいながらゴッホが描こうとしたものにほかならない。・・・・・こうして、物の気持ちに通じたファン・ゴッホは、色彩を駆使した手法のなかに、物どうしの密やかな鉱物的な接触を表現する手段を見出すことになる。それは「物が互いに何事かを言い交わしているかのような色」の発見である。
このあたりは、ずいぶんと具体的に記載されているのでかなり理解できる が、私にはさらなる具体的記述が必要なようである。この調子だと、その本を読みおわ得て、それなりの眼力をもってゴッホの作品を読解するには少し時間が足りない気がしてきた。
苦しい労働に黙々と耐えながら、何ものかを生み出してゆく農民に対する共感は、≪織工≫(1884年)の窓に十字架が描きこまれているように、彼の宗教観と結びついています。この時期のファン・ゴッホは、明暗を抑えた暗い色調で、匿名の人たちの生活の現実をまっすぐにとらえた作品を数多く生み出しました。
とホームぺジ上では紹介されている。確かにそうなのであろうがそれではいいあらわせない何かかがあると思う。それを「物のまざなし」では一連の「職工」の主題をなすのは機械ではない。彼がモチーフにしているのは器具でも道具でも技術的な対象でもない。それはある物なのである。その物性からして、忠実に似せて再現すればすむような道具に帰することのできないある物なのである。・・・・・絵画のみならず哲学もまたその問いの前に立たされている。すなわち物である。物とは何か、である。
いまいちよくわからないが、瞬間の輝きをとらえること、出来事を作り出す何かを唯一の彩色法でとらえることは多大の慎重さを要する。・・・日々のシーンを照らし出す原理に背を向けて、物がそのなかに浸っている姿に限定したほうがよい―たとえばゴッホが闇の中から浮かび上がらせる織機のように。という文書のほうに共感する。「物のまざなし」という題名のむつかしさか。
- ジャン=クレ マルタン, Jean‐Clet Martin, 杉村 昌昭, 村沢 真保呂
- 物のまなざし―ファン・ゴッホ論
- かなり難解であるが、ゴッホという画家をとおして絵画にせまるにはいい本です。「夜のカフェ」について ・・・彼を物の内部におかれた匿名の視覚方へと導いていき、ついには彼に視覚は物の内部でつくられるという感覚を与えるまでにいたる。これは夜のカフェから発散する知覚がわれわれに与える感覚でもある。赤い血の色をしたカフェのなかで、緑色のビリヤード台が画家のまなざしでデフォルメされて、膨張し身をよじっている。まるでフィセントはみずからこの煙の立ち込めたようなカフェの真ん中に身を置いてこの作品を制作したかにようである。・・・・・この絵を見る者に、自分のなじみ深い環境のなかにいるときと同じような、つねに物に取り巻かれて存在しているという感じを生み出す。・・・・・彼は逆に見られる物は物それ自体から生じるという印象を与えようとする。・・・・・
- 自分がゴッホの絵から感じる何かを言い表している気がするが、その技法というか手法についても説明がほしいところである。