物のまざなし のなかでこのTABLEⅥがわかりやすく書かれている アルルでファン・ゴッホがしっかりとその手につかんだのは、どんな輪郭からも解放された色彩の変調であった。あの生命を具体化した黄色に彼はその身を捧げ、その黄色によってすべてが融合する空間を創造した。・・・「馬鈴薯を食べる人々」の時期のように、不器用な印象を与えない。つまり、灰色に象徴され、混色でいっぱいになった、風通しの悪い空間を描いた時期とは異なった印象を与えている。・・・・・フィンセントは「馬鈴薯を食べる人々」を「字自分にとって決定的な作品であったと何度も振り返っている。そこには既に、彼の絵が目指したものすべての種子がふくまれていたからだ。それでも、このカンバスにはまだ絵画の科学的効果が表れておらず、形態や姿形を解放する灼熱の色調も表れていない。「自由な色彩主義」の生きた空間はまだできあがっておらず、ダイナミックな表現はまだ姿を現していない。・・・・・アルルでフィンセントが見出したことは、「灰色に飲み込まれるよりも、やはり対立した色彩や、はっきりとした力強い色彩の方がいい」といいうことであった。・・・・・長きにわたって物の変移は灰色のなかに落ち込んだままであり、色彩主義は明暗法の論理に屈従し、境界線を沈黙させ、視界から外に追いやったままであった。ファン・ゴッホがアルルで新たに取り組んだことは、そのよいうな色彩主義を乗り越えることであった。そのために彼は灰色を捨て去り、識別しがたい不明瞭な色のなかに閉じこもることをやめ、融解し解散する臨界点としての黄色を用いることで、新たな色彩主義に取り組んでいく。しかし、そこから彼の絵画は、ルーベンズからもハルスからもドラクロワからも離れ、日本の浮世絵に描かれた空間へとむかうことになる。・・・・・
「花魁」という作品をそのうえで再度みてみよう。