授業をしていると必然的に中腰で、からだをよじって板書したり、かがみこんで生徒のノートを確認したりしなければいけない。腰痛は学校の先生方や塾講師の職業病かもしれない。


私の場合は、腰に疲れがたまると、マッサージに行く。世の中には失礼な人がいるもので。

隣でマッサージを受けているお客さんがしゃべるのが聞こえた。


いやー。気持ちがいいですねぇ。やっぱりマッサージの機械より良いですね。


マッサージ師が、押し殺したような声で言った。


機械の方が気持ち良いと言われたら、私はマッサージ師を辞めますわ。
















このブログで発信している通り:


塾講師の能力は生徒の様子を判断し、その生徒に合わせて授業を変化させる事に尽きる。



これは活字では再現不可能だが、授業の始めに



こんにちわ。と言うのが教えるクラスや時期・相手によって言い方(細かい感情の移入の仕方やイントネーションなど)が変わらなければならない。



中一の新入生にはにっこり笑って。コンニチワー。入試直前の受験生にはきびきびとした速度・抑揚で、緊張感をこめて(低い声で)厳しい表情をしてコ・ン・ニ・チ・ワァと言う具合だ。



これが出来ないと塾は経営できない。UBQの授業を一年間、ビデオに録画したら、、、、、、次の年からは何もしなくても授業時間がきたらモニターのスイッチを入れるだけでOK!?


DVDを見ているほうが力がつくと言われたら、私も件のマッサージ師と同じく塾講師を引退します。



やたら、さまざまの方が意見を述べている。なかには、何んでこの人がコメントしなければいけないのか?という呆れた話も・・・。



でも、マスコミに騙されてはいけない。


拘留中の本人のコメントはとれないから、おもしろそうな人に、おもしろそうな意見を求めて勝手に書いているだけだ。


私なら、「あれだけの有名人が変装して違法薬物を買っているはずがない。そもそも、日本国内で違法薬物を製造しているわけがない。違法に輸入して、大がかりな組織的な販売ルートがある筈だ。そのトップは誰?そこに警察が踏み込めるかが最大のポイントである。大騒ぎになっていますが、売った人間は必ずいるはず。


その人物が逮捕されるかに注目しています。あとNHKに何年も前から出ていなかった理由について・・・・の国会喚問が必要でしょう」と言いますが、しょせん、下流老人にインタビューは来ない。絶対放送されない、



人気男性アイドルグループの解散騒動でも、総理大臣が答える問題か!・・・・  ⇒質問されたから、答えただけですよね。


有名タレントが結婚された時に政府関係者が「早く、赤ちゃんが出来るといいですね」と答えた。「不妊治療をされている方への差別的発言」とまで批判されたようだ。


問題は「どのような質問をしたかが、一切切り取られて、報道されていないことだ」


報道されていないから想像でしかない:


「…大臣のお孫さんってかわい・・・・・ですよね。将来の日本を担う子供が沢山生まれるのは、大切なことですから…大臣にお聞きしますが

有名タレントの結婚について一言お願いします」


と、仮に質問を公表すべき)言ったのなら、「早く、赤ちゃんが出来るといいですね」と答えるしかない。


大阪の橋下さんが、初当選した時にネット中継で3時間、喋りまくっていた。こんなことを言っていいのか?というくらい面白かった。


次の日、ニュースも新聞を読むのが楽しみだ。どこが切り取られているかを見れば、橋下さんが誰と・何と戦っているかわかるからだ。


「法の支配に依らない支配」


また、甘利大臣の記者会見でも新聞に載っているのは要旨です。


https://www.youtube.com/watch?v=xpQv_KLeYKw


(記者会見・ノーカット版・・・って・・・誰がノーカット版と担保するのでしょうか?ただ、見た限りノーカット版です)

涙目ではなく、最初に「(過度に)フラッシュを浴びせられると目に負担がかかりますので・・・」と言っている。



一番気になるのは、「姓が変わる人」って何のことだろうか、















★いかなる意味でもナチスのホロコースト・人種差別・ユダヤ人の大量虐殺を肯定するものではありません。


優生学(eugenics)というのはインチキ学問であって、学問ではありません。優性思想とか、優性術と言います。でも「インチキ学問としての優生学(スード・サイエンス・アズ・ユージェニックス」ほうがわかりやすいかな。





なぜインチキかは明らか。人間を品種改良できないから。

人間には優劣はないから。


http://ameblo.jp/ubqubq/entry-11580185730.html


日本では源平合戦があって平家が滅亡したと言われていますが、日本のすごいところは、平家の末裔は今でもいらっしゃるし、織田信長や明智光秀の子孫もいらっしゃいますが、今殺・し合いをすることはありません。ところが、海外では数千年前の古文書の内容で殺・しあっているのです。


ここでも源氏は「平家が劣った人種だから、根絶やしにしよう」と思ったわけではありません。



同じように日本文化では、徹底的に殺し・あうということは、ないわけです。


例えば、比叡山を織田信長が焼き討ちしたと言われていますが、だからと言って比叡山が織田信長の子孫に復讐をしていませんね。


これはヨーロッパの歴史・文化ではなく、「政治体制」の問題です。ヒトラーでもスターリンでも、自分に逆らった人物を殺・したが、その家族までは一方的に殺・していません。もちろん、難癖をつけて無茶苦茶をしたようですが。


(例外は北・朝・鮮の連座制です。海外のdvdを見ているだけで、どこかに連れて行かれるのです。家の電気を止めるそうです。そうするとDVDが取り出せません。その際、家族だけでなく。お隣のお家も「なんで、密告しなかった」と言って、どこかに連れて行かれるそうです。)


今でも比叡山は有名な観光地・仏教の歴史的遺産として残っています。


西郷隆盛は逆賊(ここでは大久保利通に逆らったという意味と思ってください)しかしその弟の西郷従道は兄隆盛の死後もなお新政府でも重用されましたし(陸軍出身でありながら海軍大臣も歴任しています)、西郷隆盛の銅像は今も上野に立っています。


一部の外国では、この銅像の前で、毎日、抗議集会が行われ、日本政府に賠償責任を払えいう訴訟がおきているかも。


犬を散歩させている銅像など海外で見た記憶がありません。





同様な例は

*弘文天皇(壬申の乱で負けても皇統譜にのっている。勝ったからと言って、死者を墓から掘り出して鞭打つなどという文化(?)とかもう死んでいるのに四・肢を切断して、さらし者にするという恥刑は日本にはありません。日本のさらし首というのは、写真の無い時代に冤罪を防ぐため。肌の色の違う殺・し合いでは必要ない)や


今話題の真田家。兄が徳川方。




すごいなと思うのは、榎本武揚は幕臣として新政府に逆らった人間ですが、その後、明治新政府にも重用されました。彼は大日本帝国憲法の発布時に、逓信大臣として名を連ねています。


南北朝でもそうですね。


南北朝の争いの恨みから、今も日本国内で殺・し合いをしていますか?

これは日本のすごい文化だと思います。


元に戻って、優生学というのは、アドルフ・ヒトラーの専売特許のように思われていますが、それは違います。

それはイギリスではじまったインチキ学問で、ヒトラーが悪用したのです。


歴史的にはヒトラーを、アメリカの自動車王であるフォードが財政支援をした事実もあります。


ここで重要なことは、ナチスは優生学というインチキ学問をうまく利用したことです。


ナチスドイツのもっとも重大なスローガンは「反共産主義」で、当時現実にロシア革命がおこり、多くの資本家や宗教家は、これを非常に恐れていたわけです。


ロシア革命で、ロマノフ王朝の皇帝とその家族は皆殺しにされました(日本ではそこまでの例はまず見られませんね。あまりにも遺・体の損壊が激しいので大津事件の時の血・痕からDNA鑑定を・・・


少なくとも日本で何かのいさかいがあった時に、その息子や娘まで徹底的に殺したということは聞いておりません。




さて、ナチスドイツの本質は、優生学にあるではなく、でたらめなプロパガンダとはいえ、うまく優生学と反共産主義をうまく結び付けてユダヤ人を組織的に虐殺するという卑劣な手段をとったことです。


この時、ナチスは古代インドでアーリア人が覇権を取ったのは「アーリア人が優秀だから」と強弁し、古代インドの吉祥のマークである卍(スワチカ)をアーリア人の優秀性のシンボルとしてしまったのです。スワチカというのは、単に「お幸せに」というマークで、般若心経の結語の、


「羯諦羯諦、波羅羯諦、波羅僧羯諦、菩提薩婆訶。」


*漢字の意味はありません。「がてー・がてー・ぱーらがてー・ぱらそー・がてー・ぼでぃー・スバーハ



スバーハにも関係する言葉です。どっかで裏返ってしまったのです・


カッコ内の私訳:古代インドではGOの過去形は,洪水から、「激流を乗り切った者」との意味(たとえ)でしょうがさておき。


「人生の苦しみを味わった方、人生の苦しみを味わった方。もう、苦しみは過ぎ去りました。安楽な人生を!」


*ここで幸福とは絶対に訳したくない。大規模なテロを起こしても「本人が神の意志だ。これで天国で永遠に神のもとで幸福に暮らせると考える一部の過激思想を信じる犯・罪者がいるからだ。



このインチキなる優生学が出てきた背景は何なのでしょうか。

さて、


決して新しい医学的技術や生殖技術が開発されたわけではありません。

大衆を操作し、ユダヤ人の虐殺という歴史的な犯罪を合理化するためにこじつけたわけです。


もう一度、重要なことを言います。


優生思想や優生学というインチキ学問は、新しい医学的技術ができたために出たわけではありません。


ところが、多くの医療倫理学者は、問題点を指摘するだけで、解決策は何も言わないわけです。


テレビのコメンテーターと一緒で、問題点の指摘は簡単です。

しかし、問題点はないとか解決策を提示することは難しい。



一例をとりますと、新型出生前診断が実用化されたときに、多くの倫理学者は、これはアドルフ・ヒトラーの優生学につながる考え方と批判しました。


しかしながら、科学技術そのものの進歩には、よいも悪いもありません。


スマホが進歩したからと言って、スマホを使わなければいけないというわけではないのと一緒です。


新型出生前診断ができたことはあくまでも、新しい医療に関わるオプションができたというだけのことで、これを優生思想に結び付けることはナンセンスです。


そもそもヒトラーが利用したインチキ学問である優生学は、政治的情勢で出てきたわけで、決して、新しい科学技術のために生まれたわけではありません。


これは大谷大学大学院で生命倫理学を研究した時、どうしても解決できない問題であるから中退をしたわけです。

その問題を指摘することは簡単ですが、解決策は誰も言えないわけです。


そしてその問題点は、人間の尊厳を犯すとか、神の領域に触れるという論文を読んだ時、その根拠となっているのは、受精卵に魂があるかという、こういった問題があるのです。


この場合に、多くの倫理学者は問題点を指摘して幅広い議論とコンセンサスが必要だ、慎重な検討をするべきだと必ず言うわけですね。

しかしそのもとになっている様々な論文を読んでみると、そこに魂とか神が出てくると、これはどんなに議論しても解決不可能なわけです。


つまり、受精卵は人間としての尊厳を持つのか、あるいは霊魂を持つのか、もし、霊魂と肉体が別々に存在して、霊魂は天国に行く、だから肉体はその入れ物に過ぎないという考えであれば、臓器移植というのは、あくまでも霊魂が人間の本質なので、肉体というのは単にその入れ物であり、入れ物の一部である臓器を摘出することは問題ないという意見もありました。



一方、天国で自分の肉体がよみがえると考えている宗教においては、火葬を大変忌み嫌います。魂だけ戻っても、この世の中で入れ物がなければ困るという考えだそうです。


ですからはっきり言いますが、生命倫理学において、批判するのは誰でもできるが、合意を得ることは不可能である。



なぜなら、魂と身体に、神がどうお考えか?と言った時、これは何百年議論して解決する問題でもなく、国民全体のコンセンサスを話し合いで解決することも不可能です。


最近の中東の問題においても、もともとの宗教の対立においては、もう2000年や3000年以上前(イスラームが誕生したのはもう少し時間が遅く1600年前程度ですから、ユダヤとイスラームの2000年の対立という表現自体が間違っているというのは、放送大学の高橋和夫先生がおっしゃっています。ただし、その前の様々な思想の背景をみれば、そのように言ってもよいかと思われます)から発生していると言っても過言ではありません。




もう一度申しますと、優生学というインチキ学問は、科学技術の進歩で生じたものではなく、政治や共産主義との対立に巧妙にヒトラーが利用して有名になったわけです。


だから、話し合って解決とか、幅広い議論をもとに・・・というのは、テレビのコメンテーターのような倫理学者の意見は無責任な発言だと思います。


なぜなら、解決策を一切提示していないからです。


といった以上、私の解決策を言います。


科学の進歩は、不可逆。科学をさらに進めることが問題解決。


































一般にパックツアーと言われているのは、募集型企画商品です。

募集型企画商品における募集型企画旅行では、添乗員の指示に従うことが義務付けられています


一方、手配旅行においては、パックツアーのようになりますが、現地係員が案内するといった形になっています。



ほとんどの方は、何の気なしに旅行会社で申し込んでおられるようですが、海外旅行に行くのも、契約に基づいているわけですから、その

内容をチェックされることをお勧めします。


まず、募集型企画旅行においては、添乗員の正当な指示に従う義務があります。


個人で勝手に動くことはできません。

ですから、関西国際空港や成田空港に到着するときに、ここで解散されたと判断してよろしいのでしょうか、とお聞きして帰ることにしています。



パックツアーにおいて本当にありがたいのは、現地の旅行会社が受入先になって旅行していることがほとんどですから、個人旅行ではどうしても対応できないことがあります。

それは、海外からの帰国便において、国王や大統領などの元首や他国の国賓レベルの方が移動されるため、道路が封鎖される場合です。

現地スタッフの情報・判断ほどありがたいものはないが予想するしかない。

たとえば日本においても、皇族の移動日程が事前に公表されるわけがありませんね。


たとえば、愛・子様の通・学手段を教えてくれとか、佳・子様はどうやってI・CUに通・学されているのかと警・察や宮・内・庁に問い合わせたとしましょう。


すぐに、事情聴取のお願いが来るでしょうね。

当たり前ですね。


ですからこれは決して、海外の特殊ケースではありません。


もしこのような道路封鎖に遭遇したら、空港に行くのが非常に困難になります。


パックツアーしかしたことない人は、私がなぜ5時間も6時間も前から空港で待っているとか、空港まで歩いていけるホテルに最終日はチェックインするかということがご理解いただけないかもしれません。


何はともあれ、グループ旅行やパックツアーにおいては、常に契約書の内容を確認されることをお勧めします。


少なくとも自分の応募したツアーが募集型企画旅行なのか手配旅行なのかは、確認すべきことです。


さて、強制離団とは何かといえば、まさに伝家の宝刀で、添乗員の合理的な安全管理上の指示に従わない場合に、添乗員が客に対してとれる手段です。


要するに、

「あんたは、旅行会社の契約に基づく指示を守らない以上、資格を持った添乗員が契約に則って、ここでほったらかして帰るよ、じゃあねお気をつけて」

ということです。



さすがにこれは、めったにないとは聞いていますが、これは契約に基づいていることなのです。


また、ダイビングの海外ツアーというのは、ほとんどが手配旅行ですから、安いのです。


というのは、自分で現地まで行く。現地の係員がダイビングスポットまで送る、その繰り返しですから、あちらこちら移動しません。


さて、この手配旅行においては、こういう利用の仕方をしたことがありますが、経験の浅い方や経験のない方は、絶対に真似されないようにお願いいたします。



以前、プノンペンに旅行に行こうと思った時のことです。

そのときに、個人で行くのはかなり高額になることがわかっていましたから、タイまで激安手配旅行で行き、自由行動中にプノンペンまで行きました。


手配旅行であれば、自由行動時間中にそこから国外に行っても制約はありませんから、あらかじめ航空ルートを調べました。


タイからプノンペンまでは非常に近いことはわかっていますから、自由行動の間にプノンペンまで行ったのです。

現地でお世話をする係員が、

「自由行動中はどこに行かれますか?チェンマイでもどこでもご案内します」

というので、


「プノンペンに行きます」と申し上げたら、

「こんな人は信じられない、あきれてものが言えない」と言われました。

「手配旅行なのでそこから他国に行くのは自由でしょうが」と申し上げると、


「それはそうですが・・・」と答えていました。

結局プノンペンまで行き、現地でタクシーをチャーターして、十分楽しみました。



注:合法であることは間違いないにしても、おそらく、事実上は不可能に近いことだと思いますので、以上を参考にされる場合には、事前に必ず、旅行会社の担当者に相談してください。

このブログを読んで真似をされて、不利益などを受けられたとしても、私は一切の責任を負えません。



http://www.tcsa.or.jp/


ガイドは同行しないと明記してあるツァーで添乗員さんのことをガイドさんと呼んでいるお客がいる。


添乗員というのは、お茶を出したり、お客様の世間話しを聞くのがも仕事かもしれませんが、本来は旅程の管理・安全管理がお仕事です。












日本ほど、食文化が豊かな国はありません。

ある料理人から聞いた。(ドイツの話は別)勉強になった



その理由は、逆説的な言い方になりますが、今から1000年以上前にはおそらく、今のように自由に食材を手に入れることはできなかったからであると思われます。

そんなわけで、地産地消という言葉があるように、その場所でとれる料理をいかに工夫して保存し、調理するかという文化が育ったのだと思います。


日本への外国人観光客の方々が、日本のおいしい料理をいろいろ食べてみたいというのも頷けます。


私の乏しい日本国内旅行での食文化の経験においても、日本は四季が際立っていると思います。


もっと言えば二十四の季節があると昔は言われていました。

その場合、食べ物の文化と酒の文化というのは一致するのではないかと考えるようになりました。


沖縄には、泡盛という蒸留酒があります。


一方食べ物は、豚の煮込み料理とか、割に味のきついものが多いように思われます。


逆に、日本酒の作り酒屋が盛んなコメどころでは、料理はむしろ淡泊なものになる傾向があるようです。


ですから。一部だけを切り取った料理評論というのは、あまり好きではありません。

たとえば・・・・・


沖縄の泡盛をアルプスの天然水で割って飲む。

ちょっと聞いただけで、あまりおいしそうには感じられませんね。


水は移動できません無いと言われます。[土地の水が合う]という言葉がある通りです。


食文化というのは、気候風土や時代に合わせて考えるべきだと思います。


このことに最初に気が付いたのは、ドイツでビールを飲んでいるときでした。


よくドイツでは、でんぷんや米から作った成分を混ぜたら、それはビールとして認定されないということが言われます。


ところがドイツでずっとドイツビールを飲んでいると、日本のスターチや米やでんぷんから作った成分の作ったビールが飲みたくてしょうがなくなりました。


なぜなら、そのほうが軽く飲めるからです。

日本のような高温多湿な国で、夏のある日、汗びっしょりになって家に帰ってきたような時に、腹にこたえるような重いビールは飲めないわけです。



ここで述べた岡山の郷土の名物料理、夏の夕方に少し、お酒の肴としていたのかもしれません。昔のように冷暖房もなかった・ファミレスもなかったころです。近所にあるお魚屋さんで買って、ご飯を食べていた。郷土料理には淡白な料理が多いのもそのせいかもしれませんね。


ある料理人から聞いた。(ドイツの話は別)すごく勉強になったわけです












中学受験で不合格になる理由は一つしかない。


それは受験したから。受験させて頂いたから。


受けなきゃ落ちません。挑戦しなければ破れません。


日本でも教育格差(教育を受けている子供は将来お金持ちになる)とか、子供の貧困の連鎖(だから、その子供もお金が無い)などと言われます。


でも、日本は世界で最も豊かな国です。


ノーベル賞を受賞されたマララさんのことは、学校でも習ったかもしれません。マララさんは、君たちと、そう年齢が変わらないときに、「女の子だって学校に行きたい!勉強したい!」といっただけで、過激(一部の極端な解釈を信じる人)に殺されそうになりました。


世界には今でもって言っだけで殺される子供がいるのです。勉強したいと思っても言えない子供もいます。


言えないだけでなく、子供は10歳ぐらいになったら、人殺しの練習をするのが当然だと思いこまされている場合もあります。その場合には「本を読みたい。字が読めるようになりたい・書けるようになりたい、だから勉強したい!」と考えることもなくなくのです。



キミ達には当たり前と思っているかもしれませんが




マララさんは殺されそうになって逃げて助かったのではなく、銃で撃たれて、何とか助かったのです。マララさんの目の上の傷は殺されそうになった時の傷です。


その時の殺されそうになった体験の記録が「私はマララ」という本だそうです。きっと、学校の図書館にありますから、このブログの記事を信じないで、実際に読んでください。


別に威張って「私はマララです。」といったわけではなく。テロリストたちが「勉強したいなどとはとんでもない、マララを殺してやる。マララはどこだ」と、脅(おど)かした時に、「このままじゃ学校中が大変だ」ということで、「私はマララです」と言ったそうです。


http://ameblo.jp/ubqubq/entry-11744761291.html (過去記事リンク)


お断り:マララさんの演説がYOU TUBE で切り取られたり削除されていることの理由が国際理解には必要だ。国連での演説は国連加盟国である日本は内閣府のhpにあげても守るべきだ。日本国は国家運営の運営の、独自の動画サーバーを立ち上げられないのか?







天婦羅というのは、揚げ物ではないと言われた職人がいます。




詳しいことを聞いてみると、もちろん天婦羅と言っても、チェーン店の天丼や持ち帰り店の天ぷらや、その場で揚げる高級な銀座の天ぷらもあるでしょうから、あくまでも一般論として申し上げます。




昔の天ぷらは、食材がなかなか手に入らなかったから、例えば身近にある玉ねぎやサツマイモと言ったものに衣をつけて揚げていたように思います。

ですから、火を通すには長時間揚げなければいけない。

味をつけるためには、天つゆをたくさんつけてしみ込ませて食べなければいけない。

ところがこれだけ食生活が豊かになった結果、どうなったか。




「酒を飲みながら天婦羅をちょっとその場で揚げて食べるような店においては、メニューをみればわかるように、みょうがとか、ちょっとした小魚とか、こういったものばかりでしょう。つまり、小さな野菜や小さな魚を軽く揚げるだけなんですよ。だから昔のように、時間をかけて揚げていません。ちょっと油にくぐらせる程度のことだから、もはや揚げ物ではなくて、蒸し料理であると考えてください」



とある職人さんに言われました。

なるほど、お客様を見てみると、天つゆにドバっとつける必要もなく、塩をかけたり、あるいはそのまま食べたりしてもまた、実に旨いのです。

いきなり、現代文で戸惑った。メイド喫茶・・・?都会にあるのは知っているが岡山にはあるの?



やおい・・・聞いたことがない。いまどきUFO探検か、人類未踏の洞窟調査か?    やおいの二次何とか?



地方の受験生の皆様は、体験学習で東京に行ったら、


メイド喫茶と秋葉原(?)のやおい専門店(?)は必須であろう。どういうところか知らないので、必ず引率の先生に相談してください。もっとも引率の先生も知らない・・・(?)



電子辞書の弊害ということについて、昔から指摘しております。もちろん電子辞書が悪いわけではありません。要は使い方です。


昨今、電子辞書どころか、辞書すら持っていない、あるいは、持っているけれども持ち歩くのが面倒だ、とさえいっている受験生がいるそうです。


それでは、わからない英単語は。

「スマホでその場で検索したほうが早い」そうです。


確かに、スマホは便利がよいことは事実です。


しかし、いろいろな英和辞典は、英語学者や言語学者、さらには専門用語のインフォーマット(例:数学の訳語に対して数学者として意見を述べる立場の方)が集まって作っている学術的な書物であります。



何でもかんでもスマホで検索しさえすれば理解できるという考え自体、間違っていると考えます。


単語と単語を対応させて、

犬=dog、cat=猫・・・

こういう調べ方で済むならば、確かにスマホは便利でしょう。


ただし、本来辞書というものは、「読むもの」であります。

辞書というものは、調べるためのツールではありません。読むための「書物」であると思っております。


たとえば英語で、ある単語を辞書で調べる際には、


Consult your dictionary, please.

辞書に相談してください。


という言い方をするのです。

consult というのは、日本語でいう経営コンサルタント(consultant)の consult です。


英和辞典をひくということは、単に単語を調べるということではなく、専門家が編纂された辞書を通じて英語の背景にある文化を理解するという意味で重要なのであろうかと思われます。


例によってあいまいなことではなく、具体的に言います。

英和辞典を「読んで」いると(「読んで」いるというところが重要です)、様々な発見があります。


たとえば、誰でも知っている important という単語がありますが、その語源となった言葉は、



「im(そとから)」+「port(もってくる)」+「tant(ほどのもの)」



port という単語は、 inport や export という単語があるように、

重要なものというのは、外からとってくるいう略奪的な考え方があるのかもしれません。





また、オランダのという形容詞は、英語でDutchと言いますが、語源は「ドイツの」という意味だそうです。




さて、中国人で英語の辞書に必ず載っている人物は誰でしょうか?

ここで、しばらく、考えていただきたい。





それはもちろん、孔子であります。

そして、儒教というのは、 Confusism といいます。

これはおそらく、中国語の言葉が英語への転写(transliteration)が難しいので、なかなか理解しづらいわけです。



Confucius Tang Dynasty.jpg


でも、それだけで終わったならば、辞書を読むという学習ではありませんね。

英和辞典というのは、日本人が英語を理解するために、様々な学者が集まって作った知識の集大成です。



そこで私は、手許にあるジーニアス英和辞典で、中国人や韓国人・日本人の名前が何人乗っているかということを調べました。

非常に興味深い学習でした。


皆さんもぜひ、辞書を「読んで」、調べていただきたいと思います。

むろん、ネットではありませんから、最近の芸能人のような方は乗っていません。

明らかに英語でも取り上げられる歴史的人物が載っているわけです。


それならば、もっと拡大して、ジーニアス英和辞典には日本人の名前が載っているか、あるいは東洋人の名前が何人乗っているでしょうか。


こういったことを調べるだけでも、辞書に

「相談(consult)」

というのが、先ほどから言っている、「辞書は『読む』ものである」という意味なのです。













まず、亡くなられた方とご家族にこころから、お悔やみを申し上げます。



関係各庁には原因究明を徹底して頂きたい。法にのっとって責任の所在を明らかにして頂きたい。


ただ、マスコミにも問題がある。事故が起きた時には個人のプライバシーを勝手にFBから引用して「・・・・さんは、・・・・大学で・・・・を学ぶ優秀な学生で・・・・・」など顔写真は必要なのでしょうか?


ある友人の弁護士


(人権に大変うるさい女性弁護士です.訴訟を依頼したこともあります。原体験としては小学生の時に、教師が職業に貴賤はない。その後で・・・・という職業でも、立派な仕事だ。差別してはいけないなどというから、それって親の職業じゃない?といことから、戦い方を研究してきた


が・・・新聞を凄く批判していた。「この被害者の個人情報が一番多いでしょう。写真も他の被害者より、大きいでしょう。それは、この女性が美人でエリート大学の学生だからですね。大体男女平等というなのら…:・その新聞社の系列のテレビ局では、メイン・キャスターが男性でサブ出で来る女子は美人ばっかりじゃない!」との由。


結局、その方が新聞が売れるからなのでしょうね。


犠牲者の自宅には、マスコミが殺到しているようだ。深夜に家の前に何十名もカメラを持って記者が集まること自体、非常識。



昔、日本初の臓器移植法案に基づく移植医療(和田心臓移植ではないという意味です)ときに、ヘリコプターで取材したマスコミがあった。



その時に塾の生徒の小学生が「病院の上をヘリコプターを飛ばしたら、お医者さんも患者さんも困るんじゃない?」と質問された。


「君は間違っていない。」と答えた。病院長は記者会見の時に「病院の上をヘリコプターを飛ばしたマスコミは出て行ってください」というべきだった。



マスコミの問題は、原因究明が望まれると言っておきながら、何年もたって、風化したころに裁判の結果や原因を報道しないことである。



過去にも、トンネルが崩落して多くの方が亡くなったり、突然の土砂災害の事件で、裁判になっているはずなのに、確定判決を報道しないではないか?広島の土砂災害で「割り山」が原因だったのか?という疑問にだれも答えない。



割り山・・・・山の入会(いりあい)権をマンションの区分所有のようにすること。権利関係が複雑になる。用水路の転落事故と水利権の関係は?水門管理者なんて言葉をご存知ですか。


未だに阪神・淡路大震災で「自衛隊がすぐに救助に向かっておれば犠牲者は半減したのではないか?」(石原慎太郎氏の指摘)という問題についてマスコミは正面から取り上げていない。尚、この発言および兵庫県井戸知事(当時)の発言を動画検索したらかなり、削除されているようである。



尚、その・・・・新聞社は現在、告訴していますので実名は控えます・