https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180131-00000034-sasahi-life
東大医学部トップの夫はゲーマー 「東大はゲームをしていても入れる」(上記記事のタイトルより)
■FBで東大医学部の先生(特任助教)をされていた元・教え子の先生が東大の試験の評価では順位もつけないし、教えてもくれないと断言されていました。少し考えれば、わかることですが。履修科目が違うのに東大トップ認定ということはあり得ません。ドイツ語選択のトップとフランス語選択のトップがいたとしても、どちらを東大トップと決めれば良いのでしょうか?
高齢ドライバーの免許返納問題。若手の労働人口の減少。介護の問題。お年寄りの医療費の増大。女性の社会進出の促進。子育て支援。
その中でこれらを解決する様々な提案がなされています。海外からの移民の受け入れ。消費税の増税。
それは再生医療に力を入れることです。予算を徹底的に集中することです。
簡単に言えば、元気なお年寄りを迎え入れる社会を作る。健康寿命を延ばす。例えば認知症を大幅に改善する技術の開発。
当然のことですが、今すぐにできることではありませんが近い将来、現実のものになるという事は予測できるわけです。
そして医療の進歩は日本にとどまらず世界中に恩恵をもたらすことになります。
以下に述べることはあくまでも素人の意見として空想に過ぎません。脳梗塞を起こして後遺症が残っているお年寄りを医療の進歩により、元気なお年寄りにすることができる。不妊治療に大変なお金をつぎ込む夫婦に画期的な対策ができる。
車いすや難病に苦しんで不自由な生活を強いされてる方が、医療の進歩によって元気に高齢化を迎えても社会の先頭に立って活躍できる。
そうなれば、移民政策も消費税の増税も必要ないではないですか?
ですから、高等教育を無償にする。ほとんど利用されない音楽ホールを建設する。町内会のカラオケ大会に税金で補助する。
FACEBOOK JAPAN の最大の失敗は、英語の「friend」という言葉を「友達」と訳したことであります。
英語の 「friend」という言葉と日本語の「友達」という言葉は、表す概念が違います。
たとえば、ヨーロッパの知らない街の飲み屋で飲んでいると、現地の人から、日本人かと聞かれるので、そうだと答えると、(注:相手によっては日本人だと答えてはいけません、言葉がわからないふりをしましょう)
「Oh,my friendよ、今日は一緒に飲もう」とか、
「my friend . ぜひ、いろいろこの街のことを御案内しよう」と、声をかけてくることがあります。
注:こういう言葉をかけられたからと言って無条件についていくことは非常に危険です。ご注意ください。
外国で飛行機で隣に乗り合わせて、しばらく現地の人と話をして、降りるときになって「MY FRIEND,SEE YOU AGAIN.」と言われたこともあります。
このように、英語の「friend」という言葉は、もう少し気楽な言葉で使うわけです。
一方、日本語で、初対面の人やちょっと、何かの機会に会話しただけの人に。「友達になってください」とメールを出したり、街中で知らない人に声をかけたりしようものなら、おそらく気持ち悪がられるだろうし、場合によっては警察に通報されるかもしれません。
また、自分の兄弟や親、あるいは大学の指導教授を「友達」と表現することはないでしょう。
ですから、英語の「friend」と日本語の「友達」という言葉の概念の違いを考えずに、「友達申請」と訳したことから、いろいろな問題が生じているのだと思われます。
最初から、「ネットワーク構築申請」と訳しておけばよかったのではないでしょうか。
18歳人口のピークは、1966年の249万人・・・・それが93年の205万人を最後に200万人を割り込み、14年は118万人にまで減少。30年代には100万人の大台を割り込む見通しとなっている。18年から31年までの間に33万人減少し、それに伴い大学 進学者数は17万人減るともいわれている。学生数1000人規模の大学が150校以上も淘汰されてもおかしくない状況となるのだ。
こうした事態を深刻に受け止めているのが大学関係者だ。90年代の大学数は国公立、私立を含め約500校だったが、現在では約780校と1.5倍に膨れ上がった。・・・・・・・ユニークな学科の新設、授業料引き下げなどの取り組みをして生き残りを図っているが、淘汰の嵐は吹きやみそうにない。(引用終わり)、
と一般に言われているが。
計算がおかしい。
もっと深刻。18歳人口が15万人減ると進学率が50%としても。毎年7.5万人へるから、4倍しないといけない。学生数1000人規模の大学が150×4で600校が淘汰・・・というべきである。
はっきりと「東京に住んでいる高校生のヨシエさんのレポート」に関して設問に答えなさいという設定になってます。
したがってレポートを越えて議論するのはルール違反です。
ムーミンはどこが舞台なのかと。
それは北欧文学の専門の学者ではありません。大使館の職員でもありません。
誰が決めるのか?それは問題設定上、ヨシエさんが決めることなのです。
高校生とはっきり書いてある以上は大使館職員でもなければ学者でもありません。そう考えるのが問題の設定です。
東京に住んでいるというのは北欧に住んでいないと解釈すべきなのです。もう一つは東京以外で放映されていない地域がある可能性を考えてのことでしょう。
3つの童話に3つの国を当てはめて断定するのは間違っていると言う意見も的外れです。断定したのは出題者でもなく作者でもなくヨシエさんなのです。よく読んでください。童話をモチーフにした・・・と書いてあります。
今から10年以上前にセンター試験にドラえもんのどこでもドアは可能かという問題が出たことがあります。基礎理科だったので注目されなかっただけのことです。答えは気圧の差でドアがあかない!




