特定非営利活動法人 秋田スポーツPLUS 加藤光平

特定非営利活動法人 秋田スポーツPLUS 加藤光平

〝特定非営利活動法人秋田スポーツPLUS”代表を務める加藤が個人発信するプライベートブログ。2022年9月よりフリーペーパー秋田スポーツPLUS内、加藤光平備忘録をこちらに移行。

 

 

  あたり前の難しさ

昨日3月20日にASPジュニアユースとして2回目となる3年生を送る会が行われました。クラブ創設初の送る会が昨年、1期生を対象に行われましたが、あっという間の2回目、今回は2期生の送る会でした。

この年代までは3学年が揃わない中での活動を経験している世代。1年生として入ってきた段階では上に1年上の先輩達がいるだけで、2年生、3年生が揃っていたわけではありません。故に、指導者全員で1つ上の学年と2学年合同で活動した総量が多く、いわゆる創設後のボーナスタイムを少しかじった世代。1年目は県のすぎっちリーグを戦いながらU13のみちのくリーグ(北東北リーグ)も戦いました。

1年目から東北レベルで昇降格を懸けた厳しい試合を経験したこともあり、県リーグが主戦場だった2年目の活動などは今回の会の保護者代表のあいさつで述べられていたお話の中の言葉を借りれば「記憶にない」という程、ある意味イージーな試合も多く刺激が少なかったようです。

そこから3年生になり、最終学年として迎えた県1部リーグ。クラブ創設→4部参入の1期生から繋いできたリーグの流れはここまでストレートで昇格という中で、あとは1部優勝、入れ替え戦勝利、後輩へ北東北の舞台を繋ぐ大役が2期生最大のミッションでした。

思えばU13のみちのくリーグも、その前年に1期生が県で優勝して与えてくれた舞台。2期生としては1期生と同じように、後輩に最高の舞台を繋ぐチャンスでもありました。

 

結果はもうご存知の通り、県1部優勝、入れ替え戦勝利、2026シーズンのみちのく北参入と最高の形で終了。終わってしまえば、結果だけみれば「そりゃそうだよね」と、ともすれば当たり前と思われる結果だったかもしれません。ただ「記憶にない」と言われている1年間も、最後の1年間も、中学生のサッカーで当たり前の試合で当たり前に勝つ事の難しさ。Jリーグでも、ナショナルチームでも、レベル差のあるチーム同士の試合の中でジャイアントキリングが起こるサッカーというこのスポーツの中で、まして多感な成長期の子供達のアマチュアスポーツにおいて、勝っても内容を指摘され、負ければ戦犯扱い。この中で当たり前に勝つ事の難しさ。選手としての経験、指導者としての経験の両面からこの当たり前に勝ち続ける難易度を心の底から感じています。

1期生、2期生が大人から色んなことを言われながらも4部から北東北までストレートで辿り着いたこの結果に対して、最大限の評価と感謝を伝えたいと思います。本当に素晴らしかった。

 

 

  本気の文武両道に挑む3年間

「本気の文武両道に挑む3年間」ASPジュニアユースが掲げている活動指針です。指導者が「勉強もちゃんとやれよー」と声掛けするだけで、とにかく3年間好きなサッカーだけひたすら。これでいいのか?

空き時間はスマホ。テスト前に親に言われて少し机に向かおうとするが、結局すぐに集中力が切れてまたスマホ。これで高校、社会に出てからその子はどうするんだろう?と。秋田でサッカーを、あるいは野球を、バスケをする子供達の中で、その競技で生計を立てるような人間ははっきり言いますがほぼゼロです。それだけをやり切った先に残るものは何にもないんです(厳密にはありますが、ここでの提示の意図に合わせあえてここでは無しと言わせていただきます)

今回の2期生、本当によく頑張りました。サッカーにおいて、冒頭の結果を残しながらです。進学校にもこれだけ合格し「本気の文武両道」を体現してくれました。昨年は4名だった県外組も今年は8名と倍になりました。クラブの歴史が1年、2年と経過する中で積み上がっているなと感じます。

ただ、ここで言いたいのは2つ。これを是非言いたいです。

まず、特待を掴み取った選手達。この選手達はそれに値するだけの本人の努力、そしてご家族のあらゆるご苦労と投資があっての

結果であるということ。生まれてから今日にいたるまでのあらゆる運動環境や、食事、移動、用具のサポートなど、あるいは運も。特待の決定権者に見てもらえるタイミングでそれに値するパフォーマンスを出せたか否かなど。この2年を見ていても、中には選手?保護者?の意向とオファー元のタイミングが合わず、チャンスを逸して何も掴めないケースもあります。あの時オファーを受けていたら・・・そう後悔する事だってあるわけです。

 

秋高・南高・北高などの上位高への合格。これは相反する2つの角度から取り上げたいです。

まず、サッカーと同じように学業にそれだけの努力と情熱を注げますか?ということ。遠征後にそのまま塾へ。トレーニング後、トレーニング前に塾へ。特にASPと連携しているいわゆるキャンパス組はASPのスケジュールを握られていることもあり逃げ場なしです。遠征のバスの中で「この後塾行くのマジでエグい~」などと悲鳴を上げていた選手も多数でした。今の1年生もそう。

サッカーをしながら学業においてもそれをやり切って結果を出した選手達を心の底から尊敬していますし、表にある「進学校何人」という数字だけでなく、1人1人のその努力を総量を想像してもらえたら嬉しいです。気が滅入るような生活の中でやり切った選手達、それが自分に出来るか、自分の息子には出来るか?是非そんな想像をしてもらいたい。

そして別角度のお話。

ASPが掲げている「本気の文武両道」とは、上位校合格の人数だけを指しているわけではありません。ASPの中には学校で1位を取ってくる選手も複数います。5教科合わせても1~2教科分の点数しかとれない選手もいます。

ですが、それぞれのその水準に対しどのくらい維持できるか、どのくらい伸ばせるか。個々の現状に対してどれだけ本気向かえるか。そこをコンセプトによって促しているのであって、セレクションで学力が高い選手を選んでいるわけでもありません。

点数が決して高いわけではない選手でも、チームのオフ日に塾に通っている姿を見る事もあります。中には家庭教師、オンライン授業、様々な形で学業にトライして今現在の学力を備えた選手達もいます。

文武両道とは、スコアの高い一部選手が上位校に合格したり、そこまでのスコアに達しなくても間違いなく勉強の部分で抗うなど、その全てを指しているということ。サッカーだけじゃなく、学業面においても1人1人にドラマがあるということ。それをより深く感じた1年でした。

 

 

 

  ASPの強みと今後の成長

4月から入会する新中1=現6年生=5期生の面談を20家族と行いました。そこでも志望理由として文武両道、学業においても環境が整っているという点を挙げられる保護者さんがとても多かったです。

ですが、今回、卒業される保護者さんとお話をしていて最も多かったエピソードは2つ。

「遠征」「進路」この2つでした。

他では絶対に経験できない遠征の多様さ。これはおそらく学年によって少し意味合いが変化すると思われますが、今回の2期生の保護者さんが話されていたのはマッチアップの部分で本当に良い経験を沢山積むことが出来たという謝意を多く頂きました。

そして、進路の部分。ASPでは強化に加え、選手の進路を意識しながら様々な高校と試合を組んでいくので「保護者が自力で勝手に探して下さい」「何かあれば言ってください」といった状態では進路選定はあまりに難易度が高かったと思うと話されている家庭が複数いらっしゃいました。

対戦した高校チームに入らなかったとしても、比較検討の情報を得た中で最終的な進路を1つ決められたならばそれはそれで後悔の無い最良の進路決定だと思うので、ASPとしては今後もこうした形で、より多くの選択肢を提示しながら選手達と進路選定を進めていけたらと思っています。

 

今回の送る会の中では保護者の方々から今後に向けた提言をいくつか頂きました。中には既に4期生に対して実施しているものもあれば、細かいところで言うと送る会の細かな演出のお話もあったり、クラブがより良い活動となっていく為の必要な提言ばかりでした。そうしたものを1つ1つ加えていきながら年数を重ねる事でASPが1年ごとに進化していき、今後入ってくる選手達、ご家族にとってより良い環境となっていくと思います。

春休みが始まりました。新年度も始まります。新チームは来週から岡山~山口遠征です。

毎年行われている3年生vs2年生の最終決戦、今回は送る会の前日に行われました。結果は7点差で3年生が勝利。昨年が2~3点差だったことを考えると今回は圧倒的な差でした。先日行われた1年生vs2年生でも2-4と2点差で2年生の僅差勝利。3年生が最後のコメントで口々に言っていた「絶対にみちのく残留させて下さい」というミッションは正直今のままでは難易度が高すぎます。新チームはこの春の遠征を皮切りに劇的に生まれ変わる進化が必須です。

今年の3年生は2月まで遠征も実施、特待組は必須参加、秋高合格組にしても定期的に参加してくれました。県外組は特にコンディションを維持するよう努めながらの最終決戦だったのでパフォーマンスが高かったと思っています。春からのスタートダッシュで同学年で上位に食い込む。上級生に割って入る。スタートで下位に分類され、そこから這い上がるのは至難の業です。

送る会は昨日でしたが、チームの始動が遅い高校もあって、そうした選手はこの後も参加させて欲しいと話がありました。

最後までしっかりと身体を動かし、良い形で新チームに合流、活躍してくれることを期待しています。

まだまだお伝えしたいことは多々ありますがだいぶ長文となりましたので一旦このへんで。

 

3年生の皆さん、3年間ありがとうございました。時間が空いたらいつでも遊びに来て下さい~

 

前回のブログ更新、11/5が最後だったようです・・・大変失礼しております。マジでビビる。

こういうことが無いように、フリーペーパーの発刊に紐づけて連動記事として最低2ヶ月に1回更新というルールにしていたのに11/5が最後ってことは今回のフリーペーパーはvol.32なので前回の31号の時に忘れていたということになります。で、今回「あれ?32号ってブログ更新したっけ?」と胸騒ぎがしてこのタイミングで今回、前回のスルーに気付くという・・・

サッカーに関してはスクールとジュニアユース、他事業では学童保育に高齢者移送支援、この時期はどの事業も新入会が絡む為、卒業に絡む作業、そして卒業により退会される人数に対し、入会者数が維持あるいは上回ることが事業として必達な為、それに向けてすべき作業が出てきます。説明会や資料作成も年間で最も増えるのがこの時期ですが、ルーティン化されてきた事で負荷は以前より減っていると感じています。それを証拠に、いつもなら毎年使用していたワードの「繁忙期」を、ここまで発していない(笑)

ただ、ブログを失念していたことでかなり頭の中を別にとられていたことに気付かされました。これは本当に反省です。

 

  高齢者移送支援における除雪のチャレンジ

さて「あけまして~」と言ってはじまった2026年もあっという間に3月半ばに差し掛かります。早いです。雪も2月末には一瞬で消え去り、ここ最近は夜にチラつくことはあっても積もるような雪はまずありません。今年は高齢者移送支援で会員さん限定の雪寄せを加藤1人で行いました。シーズン中は計5回だけの出動でしたが、やりながら本当に沢山の事に気付かされました。やはりまずはやることですね。労働として億劫になりがちですが「お金を払って運動しにいくのではなくお金を頂いて運動した方が良い」という脳内変換をしたことで嫌々ではなく、喜んで取り組めた今シーズンでした。

後々検証しようと思い動画なども記録していますが、まあとにかく劣悪なケースが多かったです(苦笑)簡単には処理できない状況になってからの依頼が基本なので、基本氷みたいな雪だったり、捨てるのに苦労するケースが多かったです。

ただ「これはさすがに高齢者には無理でしょ」と思うような雪の質、雪の量なのでお役に立てて個人的に清々しい気持ちで終える事が出来ました。そう言えば1日だけ2件連続の日もありましたね~(苦笑)一瞬でコートは不要になり、ウインドブレーカーも脱ぎ、ジャージだけ、汗はもう限界突破です。滴り続ける汗はもうタオル無しでは不可能な仕事でした。来冬の雪はどうかなぁ。楽しみやら怖いやら。会員が増えれば増えた分だけ依頼が比例して増えるでしょうから。

 

 

 

  異文化交流・タイのタン君

現在、ASPジュニアユースにタイからのお客さんが参加しています。名前はタンくん。セレクションを通じ入会可能なASPですが協会を通じ打診があり、受け入れ先を探しているとのことだったので受け入れを決めました。

1つはお母さんが秋田大学に勤めているということ。お母さんはタイの方で秋田に来て3年、タイでは公務員として勤めており、休職して秋田大学に来たそうです。お父さんはエンジニアとしてタイで生活をされています。

4月からお母さんもタイに戻られるとのことで、今回は春休みを利用してタンくんを1ヶ月秋田に滞在させる中で、地元タイで続けてきたサッカーをここ秋田でも~ということで相談があり、話が自分のところに巡ってきたという流れです。

言葉が通じない中で既に出来上がったグループの中で1人ポツンと放り込まれ、その中で求められる作業をこなしていく難易度というか負荷をこれまでブラジルだったりスペインや様々な国で経験してきたこともあり、タンくん本人にとってどこで1ヶ月サッカーをすることがベストかを考えた事と、何より言葉の通じない子が1人混ざる中で現在のASP生にどんな体験が生まれるだろうかと想像し、ポジティブに受け入れる決断をしました。

レベルも知りたかったので事前にプレーの動画なども頂いていましたが、トレーニング風景だった為、なかなか把握出来ず。タイで「8歳から続けている」という情報から一定程度出来るだろうという想定で参加してもらいました。

先週から参加しているタンくん。1週間が経過し、今週で2週目に突入します。ウェア類はサイズ計測用のものを貸し出し、ボールも貸し出し、滞在期間中に屋内トレーニングが数回予定されている為、サイズを聞き取りし、選手に近辺のサイズで不要なものがあるかと依頼をしたところ複数出品がありタンくんに試し履きをしてもらい1足決定。出来るだけ不要な購入をせず、余計なものを持ってこないでサッカーが出来るよう配慮をしました。

ASP側の選手達にも事前にアナウンスをし、また、移動にチーム送迎車を利用する為、そこでのコミュニケーションなどについても事前にアナウンスをしていましたが、1年生はいいですね~気持ちいいくらい様々なやりとりをしてくれています。

タイ人は基本公用語のタイ語のみだそうです。ただ、タンくんは英語もなかなか堪能ということでASPの子達は拙い英語で様々なやりとりを試みてくれています。トレーニングのルール説明やプレー中の声掛けなどそれぞれの覚えている範囲の英語で説明を試みます。タンくんの理解力も高いのだと思いますが、ここまで非常にスムーズにアクシデントなくメニューを消化し楽しんでくれているので受け入れを決断した自分としても一安心です。

現在中1のこの年代は来年春に“アジアチャレンジ”と称して海外遠征を予定しています。その遠征候補地としてタイが含まれており、今回のタンくんの受け入れ、そして来年の遠征とこれが繋がっていくならストーリーとして非常に秀逸だなと勝手に思い描きながら受け入れた。これも理由として大きかったです。

お母さんが現在通われている秋田大学は自分がジュニアのクラブチームで監督をしていた際に保護者会会長をされ当時大変お世話になった尾野副学長がいらっしゃいます。チームとしてもスタートアップクエストという秋田大学さんとJR東日本企画さんが共同で行われている「企業を学ぶイベント」にこれまで3回参加させて頂いております。

様々な縁が絡み合い、今回のタン君の受け入れに繋がっていることを無視できない加藤としては是非、来春には遠征先をタイにして現地でまた会えたら、あるいは対戦出来たらと思っています。現U13は中2となり、個人的には担当ではなくなりますがタイ遠征には帯同したいな~と虎視眈で狙っているところです。現在、遠征を斡旋する会社とその調整も進めています。こちらについてはまたどこかのタイミングでご報告を。

 

 

まだまだブログで発信したいネタが多数あります。が、本日は一旦ここまで。改めます!

 

 

色々ありすぎて、そしてそれらがもう通り過ぎてしまいすぎてもうそれらがホットではなくなったので何を取りあげようか悩んでいるのですが、今回、フリーペーパーvol.30は11月上旬発刊で次は1月のお正月休み明けなので、この連動記事も実は年内最後であると気付き、おそらくまたブログ自体は更新すると思いますが、フリーペーパー連動記事として毎号発刊の都度お送りしているこちらは今年ラストとなります。

そんなこんなでまだ11月上旬ではありますが、今回は少し振り返り的な内容で発信したいと思います。深くはまた次回に。

2025年の漢字1文字は?今日の朝、加藤家でそんな話をしました。加藤の予想は物価高の「高」と新総裁高市さんの「高」でこの「高」が来るか、あるいはもうこの数ヶ月は毎日騒ぎになっている「熊」これしかなかろうと、予想しました。予想となるとどうしてもこの秋口、直近の出来事に引っ張られてしまう傾向がありますが、今年って上半期はどんなだったけなぁとか、思い出そうにも昨日の事も思い出せない始末です。

 

 

  ASP所属選手・ASP卒選手達の活躍

 

今年はいつになくスクールやジュニアユースの個が飛躍、評価された年だったと感じています。ジュニアユース4年目に入った今年、ジュニアユースとしてはクラブ初のナショナルトレセン選出・武藤結人(U14)がありました。これまでもスクール出身選手としては多数ナショトレに選出されていました。フリーペーパーでも取り上げましたが、ほとんどASP卒生からナショトレが出ていると言っても過言ではないくらい、実は選出されています。

ジュニアユースの3種領域で見ると「他クラブ所属」ということもあり扱いが難しく大々的に表してこなかったですが、今回はASPジュニアユース所属選手としてのナショトレということで発信しやすかったという経緯もあります。

 

もうひとつはちょっとした騒ぎになった高校サッカー選手権大会秋田県大会決勝の1年原田惇平の全国を決めるロスタイム決勝ゴール。これは結構な反響があり、自分のところにまで複数連絡があったりしました。

ASPジュニアユース立ち上げの1期で飛び込んできた世代はこの春卒業し、高校1年生として県内外で活躍しています。

秋商での惇平の活躍もそうですが、同大会の青森県大会では木元一颯が準々決勝スタメン、準決勝途中出場と、決勝は出場がありませんでしたが、トップレベルで1年目のASP1期生たちが活躍。県内の他高校でも3年生に割って入りスタメンで活躍している選手達が多数いました。

 

3月ポルトガルのスポルティングへ留学した佐々木・菅本

 

卒業生たちの活躍、現在在籍している選手も評価され、また、今年は海外へチャレンジしたASP選手の数が現在で既に4名と過去最多。ポルトガルへ2名、マドリッドへ2名、年度内でいくとまだ渡航する可能性がありそうです。

ASPでは「ASP―PLUS」というASPの選手達をサポートする後援組織があり、その後援会費から留学に対し1人50,000円の補助を行うなど海外へチャレンジするその後押しを行っているのですが、今年度の会費収入合計は38,500円で、既に4名が渡航して200,000円の支出。笑ってしまうほどマイナスです(笑)

 

ASP後援組織「ASP-PLUS」サイト

https://akitasports-plus.com/supporter/

 

スクールやジュニアユースの卒業生にも案内を送ったりもしますが、現状この通りなのでもう加藤はグレそうです。

そこで、こちらのASP―PLUSからのサポートは立ち行かないと判断し、後日アナウンス予定の「サッカー修学旅行」を開催し、そこでの収益を選手サポートに充てる循環を目指したいと考えています。これについては後述します。

高額な費用を伴う海外渡航ではGOサインの決定権者は保護者さんです。例えば60万の予定だった費用が55万になる、ちょっとした後押しで決定に至るならば、それで選手が見た事のないものを見る、体験した事のないことに触れる、会った事のない人に会う、そんな経験を得られるわけなので、渡航の総額に対しては微々たるサポートですが、25年前の2000年、20歳だった自分が初めて海外に行き、地球の裏側ブラジルで体験した人生がひっくり返るような衝撃を、自分が携わる遠くの選手達に感じて欲しいのと、その当時、教えていた子達が海外に行くなどこと秋田という土地では考えられなかった時代。なにせ自分がブラジルに出発する朝5時台の新幹線、ホームでは教えていた子供達と保護者さん達が集まってくれて「加藤光平のブラジル行き、ばんざーい!」と万歳三唱を頂いた、そんな時代です。「こんな体験を子供達が出来たらどれだけ素晴らしいだろう」そう思っていた当時ですが、あれから25年経過した2025年はジュニアユースの中2と中1、スクールの小5が海を渡っています。随分遠くまできたものです。

 

商業の惇平も、野辺地西の木元も、ナショトレ選出の武藤も、みんなウチでサッカーをはじめ、キッズ→アカデミー→ジュニアユースと(武藤はU12も経由)ASPで10年以上ボールを蹴ってきた生粋のASP出身選手達です。

個が躍動し、評価され、浮き彫りになった2025年。上手くいくことも上手くいかない事も多い中、特に上手くいかない事の方に多くの思考と精神を割かれている中にあって、スタッフにとってこうした選手達の活躍は救いになった事と思います。子供達の頑張りに勇気づけられる、そんな実りの秋でした。


 

  高齢者移送支援事業、2年目に突入!

 

秋田市の中でも先進的事例となったASPの移送支援事業

 

高齢者移送支援事業を去年の11月に立ち上げ、1年が経過しました。秋田市高齢者生活支援体制整備事業第一層協議体委員という会議の委員と、その流れで秋田市東3圏域協議体委員という役割も仰せつかって、何の経験も見識もない中ですが、縁あって委員のお話を頂いたので勉強と思い参加するようになって、そこから高齢者の課題に触れる機会が増え、会議で口だけ出す自分の姿が凄く嫌だったので「何か現状で出来ること」として始めたのが高齢者移送支援でした。3名ほどからスタートしたこの事業は、僕がいつも言う「超安定的低空飛行」で大バズりもしない、無くなりもしない状況を保ちながら現在12名のご登録を頂いてここまできました。そして、今月からは現在の横森・広面エリアに加え、2拠点目となる河辺エリアがスタート。こちらも早速3名の利用者さんにご登録頂いています。

今日現在は2拠点合計15名程の会員なわけですが、5年、10年経過した時に法人を支える事業がスポーツ事業や学童事業ではなくこうした高齢者を対象とした事業に変わる可能性は十分にあるし、少なくとも法人を支える柱の1つには十分なりえると予感しています。

スクールを始めた頃、学童を始めた時、課題解決を目的に開始した事業はいつも利用者さんから「助かる~」「ありがたいです」「感謝ですー」などなど、こちらが恐縮するくらい沢山の感謝の言葉を頂き、ASPのサービスが各ご家庭の生活の一部の支えになっている実感があって凄くやりがいを感じてきました。今回もこのお買い物のお手伝いというサービスを通じ課題解決を目指す事業であり、利用者さんたちの声を聞いていて今回もこの実感が、手応えがしっかりとあります。

60代、70,80代、最高齢は90代の方が利用している移送支援、子供たちとはまた違う難しさもあります。乗り降り1つとっても中学生や30~40代の人が利用するのとは勝手が違います。ご利用頂いていた方の健康状態も変わります。

お買い物だけではない困難を抱えている方も少なくないです。この冬は利用者さんと利用者さんの紹介限定で雪かきも行う予定なのですが、この移送支援事業を入口にまだまだ課題解決しなければならないものが転がっています。その全てをASPで解決するのは難しそうですが、乗った船です。やれる限りやってみようと思う次第です。

まずは新エリア、河辺エリアの移送支援も滞りなく進め、この2エリアのサービスが必要な方に情報が届くよう努めて参ります。

 

 

  令和版サッカー修学旅行に乞うご期待!

 

こちらは「サッカー修学旅行」の掘り下げです。過去、加藤が札幌、横浜、埼玉、大阪など過去4回か5回くらいでしょうか、既に開催実績のあるイベントです。

現在のASPジュニアユースくらいの年代ならば参加頂いた層がまだいらっしゃいます。

サッカー修学旅行というネーミングと、加藤の日頃の発信からもう十分想像が可能かと思いますが、過去に実施した内容としましては、

 

伸二選手と砂川さんの計らいで通常あり得ない体験が

 

~札幌開催~

J1コンサドーレ札幌戦観戦 @札幌ドーム

札幌ドーム視察+試合前運営視察

コンサドーレトップチーム見学

札幌大学見学

羊ヶ丘公園散策

 

>>J1を観戦し、更に試合前のピッチに入り(しかもアップ中のピッチに)アップを終えて引き上げてくる選手たちと一緒に同じ通路を同じタイミングで保護者さん達が歩くという凄まじい光景でした(笑)同年の夏に秋田にクリニックで来てくださった小野伸二選手が全面協力して下さり、更に試合では小野伸二vs中村俊輔というサッカーファン必見のレアマッチ。

途中交代の伸二選手がしびれるダイレクトスルーパスでゴールを演出と、修学旅行隊絶叫の素晴らしい試合でした。

 

スタジアムだけでなくクラブハウスまで潜入した大阪開催

 

~大阪開催~

J1セレッソ大阪戦観戦 @ヤンマースタジアム長居

ヤンマースタジアム長居視察+試合前運営視察

セレッソ大阪クラブハウス見学

セレッソ大阪オフィシャルストア

森島社長ごあいさつ

 

>>SMCというJFAのマネジメント系ライセンスでご一緒した清水さん全面協力により、これまた既にお客さんが入るスタジアム内部とピッチに入れて頂き、翌日にはクラブハウスに入れて頂き、選手が自主トレをする中に我々がどやどやと中に。

自主トレを終えた元日本代表清武選手にお会いしたり、清水さんの計らいで元日本代表でセレッソ大阪社長の森島さんにご挨拶の機会を頂き、言葉を交わしたり写真を撮ったりも。

 

2例ご紹介いたしましたが、これで概ね「あ~なるほど、それでサッカー修学旅行ね」とご納得頂ける感じかなと思います。スポーツ先進県に足を運び、サッカー(スポーツ)を学ぶ数日間というコンセプトで、上記の他にもJFAハウスや日産スタジアム、埼玉スタジアムにも行きましたし、レッズランドでフットサルとか、元日本代表の大津選手と昼食会とか、いろんなコンテンツがありました。

最大の特徴はこれらは企画旅行ではない点です。コンテンツだけを共有し、あとは自由ということです。大阪であれば前後の日程でユニバーサルに行った家庭がいたり、現地にいつ来てもいいし何で来てもいい。提供したい各コンテンツの予定時間に合わせて集合場所・集合時間に集まり、皆でそれを体験し、また解散する。ホテルも各ご家庭で予約をし、場所も自由。親戚がこっちで~と身内の家に泊まる方もいますし、自由度が高いです。

提供コンテンツの維持と発掘が非常に大変なのですが、とにかく通常は入れないところに入る、会えない人に会えるなど「はじめて」や「非日常」を提供することで大人も子供も大興奮の満足度の高いイベントであったと自負しています。

中にはその年1年の家族旅行をこのサッカー修学旅行に充てると「前回のサッカー修学旅行から1年間貯めてました」という家族まで出てきて、あれを聞いた時のこちらのプレッシャーたるや・・・

中村健剛選手や大久保選手、稲本選手が居た頃のフロンターレのトレーニングも行きましたし、レッズではJFA公認B級で一緒だった田畑さんが50枚くらいのサイン色紙を準備してくださったり、細かい魅力も多数散りばめられたイベントでした。

キッズを対象とした活動が中心だった当時はチーム活動に作用しない為、対象者が参加しやすい状況でしたが、その後、U12やアカデミーなど高学年対象の活動が中心となってからは対象者が弊スクールだけでなく所属チームのスケジュールも抱えている為、参加の難易度が高く開催を断念してきました。ですが、今は自チームに関してはスケジュールをコントロール出来るので一定の参加者数を想定できるようになり開催が可能と判断。

前述の通り、この活動で提供価値に対して適切と言える設定のインセンティブを頂きながら、それを海外チャレンジする選手への後押しの財源にして循環させていきたいと考えています。サッカー修学旅行に参加し、尚且つ、海外に行く際に支援も受けるというご家庭もあるかもしれません。

 

現在既に1回目の調整を行っており、これまでのようなJリーグのクラブへの協力を得ての施設や仕事の視察や、サッカーシューズの工場見学も調整中。令和版サッカー修学旅行はサッカー以外も部分的に盛り込んでいきたくて、先日は自動車工場の見学のお話もしたり、とにかく大人も子供も楽しんで学べるそんなものにしたいと思っています。

とは言っても、何者でもない加藤が企画をしないといけない本企画は僕が細く繋がっている「凄い人」が持つパワーや人脈に頼らざるを得ません。これまでもそうでしたが。

秋田って本当に閉鎖的で引っ込み思案な県民性です。地理的距離が情報伝達の速度感に比例していて、このネット・AI時代にあっても冗談抜きに10年、20年遅れて情報や流れが入ってきます。

「行く」か「来てもらう」か

ホンモノに触れる機会を自分が創出したい。そこで喜んで下さる光景がもしかすると指導提供よりも、自分が最もやりがいを感じる瞬間かもしれません。

開催となれば参加された方々に後悔はさせません!乞うご期待!

真夏の東京の14時にアスレチック・・・人、皆無でした

 

夏、終わりましたね~

少しずつ秋に向かい深まっていくこの時期、1年の中でも凄く好きな時期です。今年の夏は遠征、フェスティバル、出張、担当したチームにフルコミットで、去年までとは全然違う夏休みでした。

個人のブログなので当たり前に超個人的なお話を綴るのですが、夏休み、1ヶ月もの時間がありながらまるで思い出作りをしてあげられない悪い父親は、夏休みが終わってからこれを見越して組んでいた8/31~9/2の懺悔(ざんげ)旅行に出掛けてきました。加藤家の動向をよくご存じの方には定番の、妻は行かないパパ+娘2人のいつもの3人旅です。

8月中に絶対に完成しなければならないフリーペーパーの入稿をここに間に合わせること、次に9/8に予定されている説明会の資料(スライド)を完成させること。旅行前のミッションがギリっギリ終わり、そして月曜、その説明会が終わりましたが、夏休みのフェスティバルや遠征、リーグなどのスケジュールの中で、滞りまくった各作業、ちょっとこの8月~9月良くなかったです。

遠征もですが、合間には千葉行ったり、新潟・長野行ったり、まだ1回しか車検していない軽自動車は11万kmを超えています(笑)ただ、自分の場合、頭の中を整理したり、アイディアがいきなり「ゴン!」って降りてくるのは長距離運転中なんですよね。今回も、千葉から秋田に戻る道中、大きな方向性が出来上がりました(こちらは会社とは別の話なんですが)

 

 

  ジュニアユースセレクション募集開始

 

それはさておき、ジュニアユースセレクションについての説明会、5期生募集のお話となります。月曜に開催された今回の説明会はアカデミー生を対象とした説明会で、例年行っているものです。

ASPアカデミーでは、1つ上のカテゴリーとなるASPジュニアユースにこのアカデミーから多くの選手が来てくれたらと望んではいますが、これまでもそうでしたが、県外に挑戦する選手や、県内の別の選択肢を選ぶ選手についてもその進路を応援しています。間違っても「ASPに上がらないなら退会しろ」とか「ウチをやめてからでないと他は受けてはならない」とか、チーム強化の利とならないならば断絶するといった行為はASPでは一切ありませんが、これは同じ秋田で毎年起こっているというのが現実です。

 

これまで見てきた選手達ともう3年サッカーが出来るというのは我々ASPスタッフとして非常に有難いことで、強く望んでいることですが、他には他の良さがあり、選手とそのご家庭が考える「得たいもの」がASPに無いとすれば他の選択も必然であり、そこは認め、応援します。

ですが、選手の進路選択の判断基準はどこにあるのか、1つ1つの選択肢の情報をどれくらい獲得して判断しているのか。進んだ先でそんなことになっている、その未来をどうして想像出来なかったのか、疑問に思うことが多々あって、それを個別具体に発信したり当人に伝える事も、そんな後の祭りよろしくなことはしないわけですが「やっぱりこうだった」「ああすべきだった」みたいな後悔を述べている話を聞くと、選手・ご家族の選択に対しても思うところがあります。ですが、それ以上にまずその自身の選択を納得、満足、充実したものに何故出来なかったのか?そこが全てではないかという気もしていて、本人の性質、いや、むしろ大人の性質がそうであれば、Aを選んでもBを選んでも、結局、選ばなかった方に未練を残すような結果になるのだろうと。

やりきって、選んだものを正解にする。それが出来るか出来ないかは自分次第であって、選んだ先のチームや指導者はいつも変わらないし、いつだって「そう」あり続けるわけなので、選ぶ前の話で言えばそれを知る努力や行った先でどうなるかの想像力が必要であるし、選んだ後の話で言えば自分の選んだ道を正解に持っていく前向きなエネルギーが大切。

ASPもこの春に1回目の卒業生を送り出し、今回のセレクション5期生となるので、今後更にクラブの入口と出口はある程度サッカー関係者の皆さんに認知してもらえるようになるかと思います。2期生の3年生も県外高校から特待を受けての進路がメンバーの半分くらい決まりました。去年は県外へ4名が1校へ行きましたが、2期となる今年は今日時点既になっています。

説明会でも何度も伝えていますが、リーグの所属やチームの勝ち負けや優勝、準優勝などの表彰、トレセン選出の有無など、選手個人の能力を見ている高校のスカウト側からすれば何の意味もない要素です。その高校が求めている基準に、その選手個人の能力とスキルが乗って来るか否かを見ているのであって、その意味で、中学の3年間でどう成長したいのか、どんな環境が必要なのか、そのクラブがそれにあたってどんなサポートをしてくれるチームなのかを見定めないといけません。

ASPはそこに自信を持っているし、それを体現する為に具体的に何をするのか、どうなるのか、その情報を説明会で示しているので、あとは選手とご家族の判断だと思うのですが、説明が苦手で人前で話すのが苦手な加藤の説明でさほど響いていないであろうご家族にどれだけ届いたか定かではありません。

10月には一般選手参加の説明会がありますが、まずは可能な限り現ASPジュニアユース生の選手、保護者様に直接聞ける方は直接「ASPってどう?」「ASPって実際どんな感じなの?」と、リアルな情報を掴んで頂きたいと思います。説明会と違い、良い話も悪い話も、利用者視点で見えるリアルがそこにはあると思います。それを選択肢となっている複数、それぞれから等しく収集して見極めるのが納得の3年間に繋がる最良の道かと思います。

 

説明会、セレクション、それぞれエントリーが集まり始めました。ASPでは良い選手を見つけて「はじめまして~是非ウチで~」と選手を獲得しにいくスカウティングはしていません。説明会やセレクションにエントリーしてくれる選手、ASPを選択肢に入れてくれている選手の範囲でチームでのプレーを確認したり情報収集を行い、スカウティングするに留まります。今後の試合でアカデミー生のプレーを確認し、成長の進捗を確認しながら、同時にエントリーしてくれている選手のプレーをチェックしていきます。

保護者の皆様からも沢山情報を頂き、それによって「ASPらしい選手」「ASPらしいご家族」が今回も集まりそうな予感です。

卒業した1期生、そして現在活動している2期生、3期生など先輩達がASPの最初の歴史を作り上げてくれて、そこにこの春から4期生が入団し、自分もそのジュニアユースの入口となる1年目を担当させて頂きながらここまで来ました。

来春からはジュニアユースも新体制となり、スクール全体の改編も行われ、現状のものは全て質に特化、新しいチャレンジについては大胆に、推進力を持って進めます。

改革なんて立派なものではありませんが、これらの修正、変化もそう、冒頭のセレクションに関わる色々な部分もそうなのですが、自分の中で共通して浮かんでいるのが「割り切る」このワードが何度も浮かんできます。自分の思ったようにはならないし、思ったようにも伝わらない、想像してもそうではない事が多いし、もうわからないことだらけです。

「もういいわ」「あっそう」みたいなネガティブな部分も含みつつ「いいからやろう」「やってからなんとかしよ」みたいなポジティブな要素も含みつつ、割り切って整理したものが沢山あります。

あまりこの話をすると具体的事例を思い出しながら自分も感情的になってきてしまうのでこの辺で。

 

※説明会開催日※

日時:10/16(木)19:30~20:45

会場:ASPスタジアム会議室

説明会申込みフォーム

https://forms.gle/12yHsou84x4YLp619

 

※セレクション開催日※

日時:10/26(日)17:30~20:45

会場:県立中央公園スカイドーム

セレクション申込みフォーム

https://forms.gle/A3eb8iFC1PRscEzi8

 

 

  節目いろいろ

 

2013年のお盆明けからそれまで勤めていた会社を辞めて事業を立ち上げ、2001年から継続してきたスクールをここから一気に事業化しました。

2016年11月に法人化して~なので、再来月で10年目を迎えることになります。

細かい話で言うと新法人(現秋田スポーツPLUS)としても設立5周年記念を迎えるタイミングで、いろいろと節目にあたるこの夏~秋です。

幼児などのキッズからスタートした会社が、今やそのキッズはやっていなくて、高齢者の移送支援を行っているんですから本当にどうなるかわからないものです。

現在、ASPはスポーツ部門ではジュニアユースが間もなく5期生を迎えるなど比較的年齢層やレベルが高い層に対しての指導提供にシフトしてきていて、その中で、これまで色々見えてきた事象やこの数年の変化を捉え、ジュニアユース、アカデミー、U-12全体をより一層、競技方向へシフトし「質」から逆算して色々な変更を行います。

スポーツの他には学童がありますが、学童についてももう1ステップを目指すこと。そしてこの2つだけではないもう1つの軸として昨年11月から開始した高齢者移送支援事業の本格化を目指します。1年間、自分は様々なところで「安定的超低空飛行」と評してきたこの高齢者移送支援、おとなの平日くらぶですが、この秋で1年を迎えることもあり、いよいよ本格的にパワーをかけていきます。

1つは現在のエリアでの周知徹底。実施のみ、会員増に対してのパワーを全くかけてきませんでしたが一定の経験とノウハウが蓄積出来たのでもう1.5倍くらいの受け入れを目指し周知します。また、この秋から2拠点目となる河辺地区での移送支援が決まり、現在準備を進めています。更に、今後この2地区での活動は移送支援だけに留まらない、ここを入口に様々な形に派生していきます。

個人的には、これらを1チーム担当しながら行うというのがなかなか異次元で、U13を担当してからのこの5ヶ月、いつもそうですが「これ、来年もまたオレやれる?」と自問自答しています。1年限定じゃない、これをこれから毎年やっていくんだと考えると、リトル光平に問いかけていかないとちょっとわからない感じです。

もちろん、来年度のU13も自分が担当するのはもう決まっているので間違いなく継続していきますが、自分も時間配分、仕事の質を徹底していかないと思っている全部を進めるのは厳しい。精進します。



「いつ休みなの?」と、毎日のように言われます。前回のブログでは「今週の日曜、7月13日が加藤完全オフです。調べて見ると土日の休みは5月11日以来」と書いていましたが、今度は7/14から8/9まで休み無し。期間中、設定していたオフは7/18と7/22でしたが、7/18は関東遠征前日でどうしてもトレーニングの所で心残りがあった為、妻にキレられないように娘2人をピッチに連れて行って妻負荷は発生させない形で練習参加し、7/22も遠征後の片付けや雑務で結局なくなり、この約4週間、次のオフとなる8/10まで突っ走ります。

先週あたりからがとにかく色々で、7/19~21日がU13の関東遠征で埼玉、茨城、福島と3日間秋田を空け、

7/23~25日が主催のU16フェスティバルで男鹿に3日間。フェスティバル実務はスタッフが中心になってやってくれていて自分は大役から外れていますが、チームやスクールのトレーニング、付随する送迎等で夕方からは秋田市へ戻り、日によってはスクール終了後に男鹿に戻って秋田市ー男鹿市2往復というパターンもありました。

そんな最中、トピックスがJFAスポーツマネジャーズカレッジで一緒に学ばせて頂いた玉手さんが長野から来県(移動先は北海道からでしたが)活動を見に来て下さり、1時間半ほど近況報告と意見交換。自分は学びばかりの90分でめちゃくちゃ刺激を受けました。これこれ!って話ばっかりで熱くなります。秋田に居てこうした情報に触れる機会がなかなかないんですよね。閉じていた何かが開いていく感覚がありました。

翌日の土曜、これが一番身体的にキツかった(苦笑)

体育館3時間、外2時間、おまけの体育館2時間と、チームTRとパーソナルTRで3コマ。外は真夏の炎天下、焼き1回、無視2回、蒸して焼かれてまた蒸してと美味しく調理され、夕方から遂に熱中症・・・夜も頭痛のまま就寝でした。




からの~

翌朝は5時起きで千葉へ車移動。メーターは遂に11万キロを超え、ゾロ目に遭遇!

詳しくは書けないのですが、とにかくあのアルゼンチン代表、バルサで活躍したハビエルサビオラさんに会えました。3時間ほどの中で新たな出会いを繋いで頂き、サビオラさん、ドリブルデザイナー岡部さん、他、スポーツ経営者の方々と会えました。

そんな3時間を終えて今度は車で岩手県安比へクライフターン。翌日から行われるU14の東北交流に向かいます。




車中泊を検討していましたが、途中、広野付近での交通事故に巻き込まれ、仙台通過で0時。気持ちが折れてここから蛇行運転がヒド過ぎた為、仙台にて宿を取り1泊。翌日、安比にてU14を1試合観戦。夜にアカデミーがある為、間に合うよう秋田へ爆走しトレーニングへ。

で、笑っちゃうのが翌朝、飛行機で東京と・・・苦笑

本当は関東で1泊すりゃいいものを~という話なんですが、後者の予定は前から確定されていたもので、前者の千葉は後から加わった日程だったので、日月火で秋田→千葉→仙台→安比→秋田→東京という、とても効率の悪い高負担な移動になりました。

で、今はその東京にいるわけですが、今度は明日からU15フェスティバルが3日間です。最終日は県リーグも重なっています。

で、8/3は個人案件ですがまたもや安比へ足を運ぶスケジュールが予定されていて、同じ道をまた走る地獄と、その翌日からは猪苗代遠征3日間でまた秋田を離れます。

戻ってくると今度はU14フェスティバルが3日間でこれまた最終日に県リーグかぶり。

これでようやくオフ予定の8/10を迎える炎の4週間です。そりゃあ離婚でしょ(笑)

今、離婚届け出されたら謝って判子押すかもしれません。自分が悪すぎる。怒られても仕方ない。

このスケジュール、自分は大好物な感じなんですが、やはり家族がねぇ・・・

ただ、このスケジュールの中で大きな出来事が。運転が長いと、思考の時間が存分に生まれます。前後に刺激が多かったのもあり、この長い運転の時間で、頭の中での話ですがいろんな化学反応がありました。

で、結論、新たにやりたいことが見つかりました。この数年ずーっと探していた今の法人以外で、別舞台でのもう1つの何か。

で、早速動き出しました。スポーツの世界に身を置く者なので、会社と切っても切り離せない部分がありますが、これはASPとは別に個人で今後進めていきます。1~2年以内に小さく会社を立ち上げて現法人と別物として進める。そしてこちらは社員は0で行います。

スポーツを通じ、自分が関わる提供で人に喜んでもらえること。やっぱりこれが自分の求めるもので、やはり人に喜んでもらえるその瞬間が自分にとって一番楽しいということを再認識出来たので、自分が一番やりたいことを直線的に行うことにしました。



去年の夏から約1年ぶり、3人での近況報告会開催


昨晩はミシェルさんと、選手が2月のポルトガルでお世話になった竹澤さんと近況報告。この3名での食事はちょうど1年くらいぶり。去年、ミシェルさんから「かとちゃん、面白い人いるから紹介するよ!」と連絡が来て、夏の千葉でお会いし(ついでにその時に本山さんも紹介して頂き)翌2月には選手がポルトガル留学でお世話になるという・・・縁が縁を呼び、選手に繋がっていくこの流れはスピード感含めとても秀逸でした。


探していたものは見つからず⋯ただ、思わぬ発見も!

室伏スポーツ庁長官のスポーツ基本法改定についてのお話

話が脱線しますが、今年もかなりの回数、関東に足を運んだ為、完全に暑熱順化したなという実感があります。秋田の暑さ、間違いなく他の方々より耐性があるなと感じています。ただ、土曜は油断して帽子もかぶらず直射を浴びたのと、屋内でも計5時間蒸された為、体調を崩しましたが、秋田の暑さに対しての余裕が今年は凄いです。

去年はスポルテック参加の為、東京ビックサイトに足を運びましたが暑かったですね〜

電車、車、室外機などの放出熱の滞留があるから他県とはわけが違う暑さなんだそうです。

ただ、夏、終わりの雰囲気出てきていますよね。夕方、もう既にそう感じる日が何日かあります。今年の夏もあっという間に終わるんですね~

秋に向かうこのものさみしい感じ、1年の中でも凄く好きな時間です。

夏休みは学童保育も朝から晩まで長い勤務になるので職員にとって1年で最も大変な時期です。ジュニアユースもフェスティバルが複数加わり、今年は例年以上に厳しいスケジュールになりました。スタッフ皆が連日の酷暑の中で努力してくれています。まずは体調を崩さないことですね。お盆までまだ2週間ほどあります。ここまで何とかやりきる覚悟で・・・


来春、もしかすると自分もポルトガルに足を運ぶかも⋯行けたら自分にとって第8の国になります。

・ブラジル

・韓国2

・スペイン2

・イタリア

・オーストラリア

・中国

・アイスランド

今年の2月には中2が2人ポルトガルに、再来月の9月にはU13の選手がスペインに行きます。

チャンネルが増えました。選択肢が多いのは良いことです。今後も沢山の選手がそうした経験を出来るといいなと思います。海外だけでなく、県外を含む非日常体験を沢山提供したいです。

 

  試合撮影用カメラ問題に終止符

 

前回の更新は・・・と確認したところ、本山さんが来た時の5月末。あっと言うまですね・・・フリーペーパーに合わせ更新するこの備忘録と備忘録の間、何も更新することなくいつの間にか1ヵ月半、もう夏が始まりました。

最近いくつか抱えていた悩みとして1つ取り上げると、自分が担当しているジュニアユースのU13カテゴリーで使用している撮影機材問題。写真については上記のような素晴らしい写真を撮影した下さる保護者様がいらっしゃり、スタッフ・保護者含めたチーム内で共有して下さり、本当に有難いのですが、問題というのは試合映像のお話。

加藤は日頃iPhone14ProMAXを使用していて、試合の撮影には会社の移送支援の専用電話として使っているワイモバイルのOPPO(今調べて初めて何のスマホだったか知った・・・)で、試合はこの移送支援用のスマホを使って撮影。自分は試合中iPhoneでメモを取りながらなので、やはり使い慣れた自分のスマホでババババー!っと打ち込みたい。

ところが、5月中旬くらいから気温の上昇に伴い、撮影用スマホがすぐに停止するように。仕方なくそこから加藤iPhoneを使うのですが、そこからの映像がメッチャ映りが良い(苦笑)これ、保護者の方から「最初からそれで撮影してくんない?」といつかツッコミ入るな~と思いながらも、ただ、自分のスマホで撮影していて、もし試合中「あんた何時に帰ってくんの?」「休みいつなん?」みたいな妻からのLINEが入ってしまうと、選手達の前で威張り散らしている自分の立場が・・・

ということで、サブスクで月間2万払うor30万買い切りでVEOに飛び込むか、

 

 

あるいはアクションカメラなどで高所撮影に挑むか(上のカテゴリーが挑戦も、なかなか課題が尽きない)

一番現実的なのはiPhoneの中古でも買って、少なくとも前半すらもたない今の撮影用スマホはやめ、何か用意しようと1ヶ月近く悩んだ末に出した答えが、

1,Googleピクセルスマホ1台新規契約

2,加藤iPhone14ProMAX解約→下取り出さず手元に

これで、玉突き的にこれまで使っていたiPhoneを撮影用にすることにしました。

同じスマホを買おうとすると中古で十数万円でした。しかし、加藤がGoogleピクセルにし、iPhoneを浮かせたことで毎月支払っているスマホ代+2000円程度で撮影用にiPhoneを獲得したという結果に。これは会心の一撃でした。

これで今までよりは改善された画質で・・・と思ったのですが、契約を終えた後に携帯屋さんが僕に放った一言が衝撃でした。

「このGoogleピクセルの方がiPhoneより画像めっちゃキレイなんですよ」

えっ・・・iPhoneを撮影用に据え、Googleピクセルを自分用にしたばかりの、まだ店内も出ていないタイミングでのやっちまった感。ま、比較の話なので。iPhoneも映像は素晴らしいので問題はないかと。

ちなみに、遊学舎に戻り(加藤1人作業用に借りているブースが有り)データ移行などの作業をしていたのですが、スマホが4台並んでいて、その光景たるや、まるで詐欺グループのかけ子!苦笑

 

機種変更、令和の世になっても数時間かかるんですね・・・

 

チームネタでもう1つ。高卒で就職、たけや製パンの夜勤に始まり、ブラジル帰国後は工場、不動産屋さん、市場、ヤマト運輸、コンビニ配送、一番長かったのが食肉業界最大手・上場企業の営業マンでしたが、電信柱に登ったり、牛乳配達もしました。ちなみにこれで全部ではないという・・・笑

仕事をしながら指導をする最良の環境を探して沢山の模索と経験をした20代、30代だったと。

そんな経験の全てが今の血肉になっていると信じているのですが、先日、遠征中に「あっ、当時のスキルが活きている!」と思ったシーンが。遠征のマイクロバスの荷台に選手の荷物を積み込むシーン!

左がチームのマイクロバス、右が年末最終日の配送時の荷積み(笑)たぶん、このスキル、活きてる!!

 

 

 

  2ヶ月ぶり完全休日オフ!

 

今週の日曜、7月13日が加藤完全オフです。調べて見ると土日の休みは5月11日以来。マジで刺される5秒前です。もちろん妻にです。広末ではありません。

完全にサッカーを排除し、娘達を喜ばせ尽くす1日にして罪滅ぼしをしないと僕が滅ぼされる可能性大です。

福島にあるまだ行った事のない流しそうめんに行きたいな~とか

 

 

まだ娘達が食べた事のないわんこそばを体験させたいなとか、岩手なら娘達が大好きな御所湖の大きな公園とか、パパ平的にはやはり福田パン買って帰るか!とか、去年は山形のリナワーが子供達大満足だったのでまた行くのもいいし、いずれ、ちゃんと遊ぼうと考えています。もちろん、妻は行きません(笑)3人一緒にどっか遠くに行けと言われています。

1日だけなんでそんな遠くには行けないけれども、逆に、1日まるっと時間作れるのもそうないので是非、ここは良い思いをさせたい。天気も良いといいな。

 

久しぶりの開催となった元日本代表選手をお迎えしてのサッカークリニック。午前、クリニックの事務的な残務を行い、本山さんも無事秋田を出発され、主催者としてはここでようやく少しホッと出来る感じです。参加者の皆さんにとっては本当に僅かな時間でも、運営サイドの前後の作業は結構いろいろとあって、クリニックの数時間は全体の氷山の一角。参加して頂く皆さんに、来て頂くゲストに支障なく、全てが滞りなく終わるよう主催者側としては精神的な緊張が続きます。それがようやく解かれてメンタルを起因としたグワッとした感じが今襲ってきている感じの中、これを打っています。

ですが、久しぶりのクリニック、やはりすごく良かったです。本山さんが様々な映像を通して感じていた、想像していた感じの方で、それ以上に優しく人当たりが良く、そして尊敬できる人であったことで今回お願いして本当に良かったと思っています。そして凄く勉強になったし、サッカーに携わる身として何より大切なものに触れる事が出来ました。

 

 

  本山さんとの出会い

毎年、自分の中で全国のトップ水準に最低年1回触れる事をルールにしていて、具体的には「ジュニアワールドチャレンジ」「JFA全日本U-12サッカー選手権大会全国大会」この2つの内のいずれかに足を運び、全国のトップトップを継続的に確認するようにしています。2013年、全少の全国大会がまだ静岡県の御殿場開催だった時から見ているので少なくともこの12年は継続してジュニア年代の全国水準を定点観測しています。

余裕があればワーチャレ、全少の両方を見にいく年もありますが、昨年はワーチャレを選択。ここ2年は秋田市勢が全国大会を逃していて、秋田市のチームが優勝すると必然的にスクール生の誰かが全国舞台を踏む事が多いのですが、市外のチームだとやはりスクール生はいないので鹿児島までの交通費、そこへ行くモチベーション、スケジュールの負荷などからいってもワーチャレに傾きます。そんなこんなで昨年夏はワーチャレに足を運んだのですが、その時にASPではお馴染み、サッカー解説者の宮澤ミッシェルさんと待ち合わせをして一緒にワーチャレを見ようという事で現地に足を運びました。

仕事の関係で引き合わせたい人がいるというミッシェルさんからのお話もあり千葉のワーチャレ会場へ。そこで紹介頂いたのが本山さん・・・ではありません(苦笑)話の流れとしてはそれが一番スムーズなのですが、その件については今回ウチのジュニアユース選手がお世話になったポルトガル留学のコーディネートをして頂いた竹澤さんという方をご紹介頂いたのですが、そこはやはりあのミッシェルさんですから、試合会場あちこちで沢山のサッカー関係者と会います。あっちに行けばあの方、こっちに行けばこの方と「おー久しぶり!」「ミシェルさん~」と、歩く度に沢山の方とお話されていました。で、その中で同じくワーチャレをスカウティングで視察に来ていた本山さん登場という運びです。

その場で紹介して頂き、名刺交換をし、翌日また同会場でお会いした際にLINEも交換し、加藤得意の「是非今度秋田に来て下さい!」で、今回に至ったという形です。

本山さんに関しては特に我々世代、保護者さん世代だと説明するまでもなく、あの高速ドリブル、鹿島の黄金期の中心であり、ワールドユース準優勝、日本代表として活躍され、ただの日本代表ではない、観るもの全てをワクワクさせてくれる希少性の高いレジェンドでした。

自分は代表のユニフォームも鹿島のユニフォームもリアルタイムで買って持っていましたし、今の仕事をするちょっと前くらいでしょうか、本山さんがまだ現役だった頃の鹿島に足を運び、練習を見学し、サインをもらっています(苦笑)まさに向こう側の世界の人です。

こうしてお仕事をご一緒出来て、沢山のお話を双方向で交換させて頂けて「ウチの仕事もなかなか夢のある仕事だなぁ」と感じます。

 

 

 

  サッカーが好き

今回、本山さんを通じて感じたことがあります。まず、ご本人の人当たりの良さや、礼儀正しさ、気遣い、優しさなど、会話から、立ち居振る舞いから感じるものは好感しかなかったです。

それは千葉で初めてお会いした時からそうだったのですが、鹿島アントラーズの様々なお話を聞いて、本山さんのお話を聞いて、凄く感じたのは「めちゃくちゃサッカーが大好きである」ということです。もうそれは中学の頃の自分のような、懐かしさを感じるくらいに「今、サッカーが大好きだ」という、それが溢れ出てしまっていたという、近年なかなかお会いした事のない大人。まさにサッカー小僧、サッカー小僧のまま今のお仕事をされているという印象を受けました。そして、アントラーズのスタッフさん達は毎週、週1回、スタッフメンバーが25名〜30名集まってサッカーをしているそうです。

誰もが知る有名どころで言えば監督の鬼木さん、コーチの柳沢さん、曽ヶ端さん、育成にも小笠原さん、フロントに中田さん、そして本山さんと凄まじいメンバーが居ますが、フロントからスクールスタッフまで混じって毎週やるそうです。イベントが重なったりで人数がどれだけ少なくてもサッカーすると。

どの方のどのエピソードを聞いてもサッカーが好きな人たちが鹿島に携わっている事が伝わってくるし、これまで他のJクラブのお話を聞いていて、どちらかと言うとどこも負のエピソードが多かったですが(苦笑)これだけサッカーとハッピーを感じるクラブは過去無かったので凄く稀有です。

現在、フロントから現場まで鹿島の黄金期を支えたレジェンドを軸に育成もトップも上昇気流にいて、素晴らしい成果を上げつつある鹿島アントラーズの「今」と、以前、秋田さんからも色々と聞かせて頂いたお話と今回の本山さんのお話から感じる鹿島アントラーズの強さと伝統を紐解く根幹に触れた、かすったような気がしました。

「サッカーが好きだ」という大人があれだけ居ること。選手を見ていたって「この子、サッカー好きなんだろうか?」と感じる事があるくらいの昨今、自分自身も自問自答する機会になりましたし、本山さんに感化されました。クリニックのゲームでも無邪気なあどけない表情で「コーチ達もみんな一緒にやりましょうよ!」と言われていたシーンが自分の中で凄く印象に残っています。

秋田駅からクラ戦会場の男鹿まで、男鹿からクリニック会場の雄和まで、そして夜のお食事で、1日通じて沢山のお話が出来ました。本山さん、小野伸二選手、高原選手、遠藤選手、稲本選手、中田選手、曽ヶ端選手、小笠原選手などなど、黄金世代(79年組)は加藤の同学年です。同い年ながら手の届かないテレビの向こう側のヒーローであった彼らの、その中でも特に現役時代、自分が熱狂したスーパードリブラー本山さんとこうしてお仕事出来てとても嬉しかったです。

 

 

事務所に本山さんのサイン入りユニフォームを飾ります
 

7月にはウチのU13を連れて鹿島スタジアムでJ1観戦予定です。現在1位の鹿島vs現在2位の柏の好カード。引き続き、様々な形でお会いする事があると思いますし、スクール生が一昨年までお世話になっていましたが、またいつかASPの選手が鹿島アントラーズでお世話になることを期待して情報交換をしていきたいと思います。

本山さんが食事の席で「次、秋田に誰を呼びますか?」と心配して下さってました(笑)

何せ、ご存知の通り加藤は秋田を一度も出た事の無い、秋田県人の中の秋田県人。プロ経験もなければ何の繋がりもない中でこれまで全てのクリニックが運と奇跡で開催してきたものです。宮本さん、ミシェルさん、秋田さん、伸二選手、楢﨑さん、風間さん、本山さんとこれだけの面々にお越し頂いて、毎回、毎回、開催する都度、運も繋がりも尽きる思いです。

来年のASP10周年記念には是非、黄金世代の最高級コンビ「本山雅志×小野伸二クリニック」をお願いしようかと。鼻血必至です。これも夢がありますね!誰かご協賛下さい!お食事セットで!

※注:写真はイメージです。投稿内容とは関係ありません。

 

  修行と研鑽の1年間

4月が終わりました。あっという間です。年明けからここまでが早過ぎでした。4月は自分が担当しているU13チームのTRM、遠征が立て続き、最後は福島遠征、リーグ戦開幕と続いて4月が終わりました。

ようやくリーグ開幕を迎えたU13ですが、先日、午前に市外でリーグ戦、午後に会場をスカイドームに移してトレマと、午前・午後と2学年上となる中3以下チームとの対戦を見ていて改めて再認識した点がありました。試合後に選手・保護者様向けにお送りしているレポートにも記したのですが、

「技術は体力であり、身体能力である」ということです。

説明を加えないと少々語弊があるので解説しますが、午前のリーグ戦、田んぼのようがグラウンドで強雨・強風で選手達には非常に厳しい環境でした。トランジションはゼロ。ボールを奪う=背後にボールが飛んできて、カバーリングなど破壊される走力で8ゴールを献上しました。しかしながら、今回、U13チームが県U13ではなく本家すぎっちにエントリーし、4部へ参入したのはまさにこの2学年差のフィジカルで起こるこうした事を選手達に経験させる事が目的で、それは数年前、この春に卒業した1期生が1年生だった頃に同じリーグで同じような厳しい試合を経験し、成長機会を獲得していた事から今年の1年生もこの場所で戦っています。

ここまでのTRMでも何度も「実際の中3と対峙するとそのラインダウンのタイミングでは間に合わない」「今の緩んだポディショニングだと奪う=蹴るのチームだと間に合わない」などなど、こうしたゲームを想定したリハーサルを積んできましたが、選手達からすれば本番は甘さ控えめ、リアルはとても厳しいというこの現実にびっくりした事と思います。

ただその中でも、試合の経過と共にアジャストしてきて、僅かな時間でも成長を見せてくるので、中1という1から積み上げる年代の成長は素晴らしいと思います。後半は風上に立つと今度はこちらが押し込む展開となり4点を返したのですが、DF陣の負荷がすごく減った為、変態加藤は守備を4枚から3枚に減らし前半のような現象を増やしました(苦笑)

見ている人からは「守備を減らしてFWを増やし、是が非でも追いつく」という姿に見えていたと思いますが、実際は「ゴール数を増やすのと同時に、DFの負荷を前半に近い所に戻す」という意図で、実際、後半もそこから裏抜けのピンチが沢山生まれ、そこにDF陣、GKと生きた経験を何度も積みました。攻撃し続けて4バック4人がセンターラインで立ったまま30分過ごすのと前後半厳しい守備機会を得続けるのとどれだけ経験値が変わるか。

出場した選手は重場で出し切った状態に近かった為、午後は参加出来なかった選手もいました。実際、午後は4本行ったゲームでクオリティ的にはもう1本目から既にいつもよりも質は低く、2本目の途中から切れたような状態でした。

 

  技術的ミスが起こる仕組み

で、例のお話です。

午後のゲームの1本目からMFはパスを相手に当て、アタッカー陣はドリブルで仕掛ける意欲も少なく、くさびが収まらない。技術的なエラーが多く、全員の質が低下。ミスだらけでした。振る足に力が入らない。ターンの時の地面反発のパワーを発揮出来ない。ボールを引くときの足裏での引きに力が無い。様々なボールコントロールの為の出力に低下が発生することで技術発揮にミスが出るという仕組みです。これは技術が足りない、上手ではないという類の話ではなく「持久的ないわゆる体力が低下して出来なくなっていることが増えている」「身体能力的に相手との差異が大きいことで相手がこちらを上回ることでロストしている」など、各シーンにおける身体的なビハインドによって起こっている現象だと思います。

もう卒業しましたがボランチを務めていた選手でキックが飛ばせない選手が居て、トラップ後、遠くに飛ばす為に大きなスイングが必要な為、人より大きなバックスイングが必要でそのスイングのコンマレベルの時間ですが相手に寄せられ、つつかれる。あるいはボールを相手に当てるという現象を繰り返していた選手がいました。ワンステップでは飛ばせないので人より助走が必要。ボールの置きどころも身体から離れた位置になります。キックを容易に飛ばせるパワーがあればボールの置き所はもっと懐の近くでいいし、バックスイングも短くでいい=短時間で送れる。そして何より、キックの出力が100%じゃなくていいということは、よりコントロール出来るということ。僕が良く言う鼻かんだティッシュ理論です。居間で寝ころびながら鼻をかんだ時、そのティッシュをめんどくさいから離れたところからゴミ箱にヒョイと投げる。外して拾いに行くのはとても面倒なので絶対に1回で入れたい。その時のコントロールは「ヒョイっ」であり「おりゃー!」と100%のフルスイングはしない。

コントロールをするというのは100%ではなく50%や70%だということです。これが筋力的に100%を出さなければその場面の求められる距離や速度に到達しないとなるとミスコントロールの可能性が増えるし、1回1回のプレーでの出力が他者より多く、消費が大きくなる。

こうした原因と仕組みがピッチの至る所で起きていて、自分もそうでしたが対峙する相手よりも身体が小さく弱い選手だと身体能力的な不足から技術における局面勝利が獲得できない。

疲労がたまって動けなくなってからのパスミスなどは非常に分かりやすい例で、DFのギャップ間を斜めに通すべき場面で、スイングに使う大腿部を動かすエネルギーがもう不足してしまってスイングの速度が遅れる。インパクトが遅れるということは蹴るまでにボールが横移動していたり、ドリブル中であればボールが縦移動しているわけなので、思っていたヒットポイントではないところでボールを捉える事となり、結果としてありえないような目の前の相手の正面にボールを飛ばすという現象が頻発します。横移動しているボールを振った足で当てるという恋愛で言えば運命の出会いのような「ここしかない」というヒットのタイミングが疲労によりスイングに大きな遅れが生じてズレるわけですから、それはもうとんでもないズレになります。

つまり、基礎体力と能力が上がればこうした動作をしっかりと遂行出来るという意味で技術も向上すると表現出来るわけです。4年生だった選手が6年生になれば、中学1年生だった子が3年生になれば、実際そうなりますよね。それは誰もが体感していると思います。そこに対峙する相手が絡んでくるので「差異」も重要な要素になるわけですが。

もちろん、ベースとなるその技術の基礎が無いとこの話は成り立ちません。キック練習をまるでしていない選手が毎日5km走ってもピンポイントクロスは蹴れません。一定の技術の上に、どう積み上げていくかという話の中で、身体能力の向上が出来る事を増やすよねという話です。

 

フロンターレの家長選手が、トラップが止まらないなと感じた時はパスコンなどをして技術的なトレーニングでの改善をするのではなくフィジカルに目を向けると話しています。

https://youtu.be/2LDxXFWhFFo?si=4iNbNKHRliXSXl8l ※6:55〜参照

技術のズレを感じたら身体の修正を施すと。もちろん、これも基本スキルのベースがあるという前提条件ありきの話であり、技術が何も無い選手がフィジカルTRをすればトラップが止まるという切り取り拡大解釈にはならないよう注意が必要ですが、ただ、ボールを受け取る時の股関節の開きや、ボールスピードを受け取る筋肉のしなりや勢いを跳ね返す力は厳密にはフィジカルなので、言っていることは正しいです。

ウチのU13のような1年生だけのチームとなればやはり大きさ、速さ、強さというフィジカルの部分で優位性がある選手が試合の中でのプレー成功確率が上がり、早期に評価されやすいです。あるいは差異を埋めるだけのテクニックや判断の掛け合わせで局面の結果を出せる選手も。

そうでない選手が圧倒的に多いわけなので、皆、序盤は我慢しながら色々なものを身に付けながらです。成長に応じ頭角を表してくる選手と、恵まれた身体で順調に進む選手と分かれますが、どちらも最終的には近いところに合流するし、そのグループを更に飛び抜ける選手はトップトップに行くので、この年代は焦らずじっくりです。

 

GWには大会があり、ここでもまた3年生ベースのチームと数試合を経験できます。人工芝グラウンドで、エネルギーゲージも満タンでキチンとプレー出来るので、全然違った姿になると思います。「身体の状態で技術も変わる」の検証になる数試合になるかと思います。

お付き合いの中でわがまま言って1年生で出場させて頂いているので、しっかり戦い、出場する義務を果たす事が大切です。去年出た現中2の先輩達も3年生チームに1勝しています。頑張ってもらいます。



今朝は朝7:30~1時間半程、既存のサッカー施設、そしてサッカーグラウンドになりうる施設を5箇所ほど周遊し、事務所に。とん挫してから触れる事もなかったですが、法人として出来るだけ短い期間で専用グラウンドの獲得を目指す。これを自分たちの見えるところに置いて事業を進めていきたいと思います。

フリーペーパーが予定していた入稿より4日?5日?遅れでようやく終わりました。ここに持っていかれる時間とメンタルが本当に大きいので毎回「いつ辞めてもいい!」と思いながらも2ヶ月に1回の発刊をかれこれ60数回重ねています。ホント気が付けば・・です。

さて、今回はまさに備忘録らしく、思い出したものをメモのごとく列挙します。たぶんこれが本来の備忘録のあるべき姿なのかと思いますが(苦笑

 

 

  元日本代表サッカークリニック5月25日開催決定!

元日本代表サッカークリニックが5月25日に決定しました!前回の風間さんから久しぶりの開催でしょうか。ご案内は可能な状態ですが、宣材写真をお願いしたりタイムテーブルの確認など細かな調整が残っている為、次の打ち合わせを終えてからご案内をと思っています。お楽しみに!です。

 

  忘れる力

最近「自分のこと棚に上げてよくゆーわ、この人」「大人にもなってよくその態度で人と接することが出来るな」という場面に複数回でくわしました。凄く僅かな期間に複数。顔や態度には一切出しませんが全県No.1短気で一瞬で頭にくる加藤ですが、近年「忘れる力」を磨いている自分は複数回あったことは認識しているのですが、もう直近の1名しか思い出せないという「あれ?あと誰に頭きたんだっけ?」という状態で(ただ、これを書きながら掘り起こしたら思い出しました)嫌な事を忘れる力が身に付いてきているなと実感しています。そこに囚われると本当にマイナスで、他人は変えられないのでどうしようもないし、理解し得ない人達の行動や言動にメンタルを持っていかれたり時間を奪われるのは本当に損なので、どれだけ忘れるか。自分の向かうべきものにだけ直線的に進めるか。あとは「過去にもっとヒドイのもあったし」と思える経験も今となっては支えになっています。もちろん、そんな経験望んでしたくはないですが。

 

  加藤のアシスタント指導者募集!

今年からU13を担当し、完全に1カテゴリーをコミットしているのですが同カテゴリーの専属スタッフが加藤1名のみな為、2025年の業務ですがマジで地獄を見ています。これを見ている若い方でコーチ志望の方、ご連絡下さい。ボランティア、アルバイト、副業、形態は相談に応じます。加藤の全てを伝承しながらリトル加藤が1人居る状態を作りたいので、加藤が威張って話せるくらい年齢が離れている方がやりやすいです。加藤にサッカー教わったとか、そういったパターンは尚良し。そうでなくても人がらさえ良くて真っ当な人なら選手としての経歴など一切不要です。指導経験すら不要です。指導時の用具の使い方からメニュー、オフザピッチ、運営などマネジメント含め全てを叩き込みます◎

 

 

  動きの増える5月以降~

5月のゴールデンウィークは今年は2日間プライベート休みが!そして5月下旬に家族旅行を予定しています。とは言っても得意の妻は来ない、またもや娘2人と3人旅です。

今回は妻の飛行機も予約したにも関わらず行かないというのでキャンセルしての結果、いつもの3人旅です。ま、1人の時間が3日間出来る事を物凄く喜んでくれているのであとは娘達を日頃の分まで存分に楽しませて罪滅ぼしを。今回は東京で3日間です。KTBが組んだ旅程でスケジュールはびっしり(KTBとは加藤専属に旅行の手配を行う年に数回稼働する旅行会社)

あ、あとこちらは家族関係ないですが6月に大阪に代表戦を見に!ジュニアユースチームのトレーナーさんも行きますし、チームで参加を希望されたご家族(先着順で希望を取りました)も行きます。本当はチームの選手達みんなに代表戦を見せてあげたいんですが、20枚とか一気にはなかなか難しいので、こちらはまた代表戦開催の都度、アナウンス出来る時は数名ずつ提供出来たらと思っています。

家族旅行の前に東京出帳も1つありました。新年度の流れが出来てきて、5月以降は通常業務と並行して個人的に様々な動きが色々と出てきます。可能性を広げる動きです。

 

 

  10年目、そして10周年

今号のフリーペーパーで取り上げましたが、秋田スポーツPLUSがこの秋で10年目を迎えます。来年は10周年です。10年目と10周年は違うんです。皆さんはこの違い、知ってましたか?10周年は10年間の活動を満了してからを指すそうで、今年の秋を過ぎると10年目に入り、来年の秋で10年を経過し10周年となると。

法人登記が2016年の秋だったのでそこから数えて10年目、10周年となります。

前職を退職して事業化したのは2013年8月。個人的にはやはりここが飛び込んだ大切なスタート地点だったので、振り返るとこの2013年というのが一番思い入れがあるわけですが、この仕事を始めてもう12年経過、事業費も1億を超えて(事業費が上がっても利益は笑ってしまうくらい無い)見える景色はあまり変わりないですが、自身の能力も対して変わってない中、会員数も増え、社員も増え、業務も増えました。一昨年の決算は秋田スポーツPLUSに名称変更してから初の赤字だった為、去年は完全に守備的シフトで改革。なんとかこの3月決算は黒字着地。ただ、去年の踏襲では今年は乗り切れないのが分かっているので今年は今年で色々変えていかなければならない1年です。2026年は結構いろいろ変えます。目に見えて変えるので内部の人間だけでなく、沢山の方々にその変化は気付いてもらえるかと思っています。

 

 

3/23(日)に秋田駅前にあるパーティーギャラリーイヤタカにてASPジュニアユース1期生の「3年生を送る会」が行われました。

2022年春にASPジュニアユースが創設され、まだ姿形の無い出来立ての新しいクラブの門を叩いてくれた選手たち、それがこの1期生たちです。
他所のクラブに行っていたなら、既に所属している上位リーグでの試合が約束されていたでしょうし、あらゆる部分が見えている中でスムーズな3年間を過ごしていたはずです。
それが、全く見えない0→1の活動に飛び込んできた選手たち。難しい方の選択を楽しんでしまうこのチャレンジ精神と行動力が、まず何よりも称賛されるべきマインドだと思っています。
1年目は先輩もいない、後輩もいない、1期生でなければ起こり得ない特異な環境の中でサッカーをしました。全スタッフが1カテゴリーに注力する1年でしたから、環境の良さは間違いなくあったと思いますが、その裏返しで難しさも存在していた1年目、2年目でした。
運営面に目を移すと、3学年を見据えた構築が必要ながらも、1年目20名、2年目40名で活動してきた為、法人全体が傾くほどこの部門の負担は大きく、秋田スポーツPLUS全体にとって「人」「時間」「車両」あらゆる経費を1番持っていかれる活動ながらも収益性が低く巨大な赤字事業だった冒頭のジュニアユースでした。
それが2024年、ようやく3学年が揃いあらゆるものが整理されてきて「今後この形で進めていけば〜」というベースがようやく出来上がってきました。
以前にも書きましたがスポーツの価値は他のそれと比べてまだまだ低い貧乏な業界です。世にある様々なサービスの対価と比較してみれば一目瞭然、とてもとてもその対価=価値は低い為、スポーツがスポーツだけで成り立たない現実があります。
良い選手が予定された人数しっかり集まってもらわないといけない、練習会場、試合会場が必要、指導者の人数もクオリティも必要、送迎が必要、遠征も行く、求められる結果・成果、全選手の進路への責任・・・こんな全てが詰まったジュニアユースチームの運営の中で、全ての質を担保しながら活動するのはなかなか困難を極めます。
なので、他のクラブなどを見ると遠征は1人で運転し1人で指導するクラブがあるし、練習や試合でも選手50〜60人あるいはもっと多くの選手を指導者1人で見るといったチームも少なくなく、質と収益がトレードオフになっていて、収益を上げようとすれば指導者は少なく選手が多く質が下がるし、質を上げようとすれば選手は少なく指導者は多く収益性は下がる。なんでも潤沢にというわけにはいかない、それが育成現場の現実です。
クラブとしてもこのジュニアユースの立ち上げは悩みに悩んだ末の立ち上げでした。この3年の歩みの中で上手くいかないことがある度、ジュニアユースを立ち上げたのは果たして良かったのか?何度も自問自答してきた3年間でした。

 

 

1年目、20名の選手たち。先輩もいなければ後輩もいない。コーチ陣全員がこの1カテにフルコミットでした。
自分も1年目は1期生と過ごす時間を多く持つ事ができ、リーグ戦、遠征、大会と、自分の中で1年生の頃の思い出がとても強く残っています。
初の遠征はJヴィレッジで、チームの最初のゴールはあの子で、お寺での座禅をしたなとか、空路で札幌遠征もしたなとか。
ちょうど先日、札幌に出張する機会があり、札幌駅前のホテルに向かう道中に当時この1期生たちとキャリーバックをガラガラと引きながら歩いた道をたまたま通りました。
「あいつらとここ歩いたなぁ」と思い出しながら同じようにキャリーバックをガラガラと引いていたので、1人ただ歩いていただけでしたが、やはりグッとくるものがありました。

 

 

他にも野菜の収穫体験、Jリーグ観戦、指揮を取らせてもらったみちのく参入戦などはやはり強く印象に残っています。
その後は2期生、3期生とカテゴリーが増え、トレーニングの機会が分散し、個人的にも法人内の全体業務も変化していく中で本当に限られた時間しか携わる事が出来なくなっていきましたが、最後、引退間際の数ヶ月などはまた3年生を見る機会が増え、受験も絡み限定的な人数ではありましたが、ジュニアユースとしての余生とでも言えばいいでしょうか(笑) 最後の時間をまた過ごせたのはただの練習であっても自分にとっては嬉しかったです。
 

 

更には最後の最後、卒団数日前に高校のフットサル大会に参加させて頂く機会に恵まれ、12名の参加に留まりましたが、大会を通じ3年生と1日過ごす事が出来ました。
受験を終えて合流する選手を含め最後に何かこうした機会を提供出来たらと考えていた中で、本来、大会要綱の規定範囲外の中学年代にも関わらず、こうして配慮して下さった東北社会人フットサルチーム・ジェランの皆様には心から感謝しています。選手同士が、あるいは自分にとっても3年生達と一緒にいる時間を与えて頂いた、それだけで非常に有難い機会でした。
 
今回卒業する中には年中、4~5歳くらいからずっと携わってきた子達が何人も居て、膝くらいだった子達が十年ちょっとの時を経て自分の身長を超え、遂に手を離れました。保育園の先生より、学校の先生より、おそらく家族を除く全他人の中で圧倒的に長くその成長を目にしてきたかもしれません。言わずもがな、当たり前にもう親心が宿ります。
ジュニアユースのトレーニングを終えて帰宅して22時、アカデミーのトレーニングを終えて帰宅して22時。帰宅したら娘たちはもう寝ていて~の生活をしている自分にとってはヘタすると週5回の活動であってもジュニアユースの中学生との時間の方が我が子たちより長いかもしれない。そりゃ、親心も芽生えるってもんです。そもそも10年以上という期間が娘達より長いわけなので。
送る会のあいさつでも伝えましたが、彼らに対して思うのは「身体に気をつけて欲しい」「健康でいて欲しい」「楽しく充実した人生であって欲しい」自分の娘に思う願いと何ら変わらないものです。
サッカーで活躍、全国大会に出る、将来プロサッカー選手に…僕の中では正直どうでもいいんです(苦笑)もちろん、彼らが今後もまた続けていくであろう大好きなサッカーでどんな活躍を見せてくれるか、適時注目していきたいと思ってはいますが、これからの60年、70年、80年が良いものになって欲しいというそんな事だけが頭の中に残ります。
そして、これからもこの縁が繋がっていくこと。自分は以前はキッズ層を対象に指導をしてきたこともあり、そこからジュニア、更にその先と追跡出来る選手は少なく、5年、10年経っても繋がっている選手・ご家庭はごくわずかでした。それから領域が変わりスクールも高学年対象にシフトし、ジュニアユースが出来て高校へ繋げる役目を負うようになり、今や選手とも直接やりとりが出来るし、ご家族とも沢山のお付き合いが広がってきました。
 
 

 

たまたまサッカーというスポーツを通じ、選手同士、大人同士がこうして繋がり、大切な時期の3年と言う長い時間を共有し、大人になる1歩手前のところまで携わる機会を頂きました。
中学受験という人生の一代イベントにて人生の岐路に立ち、一緒に進むべき道を考える大切な役目を頂くようになった我々は大きな責任と同時に充実感が、そしてその子の将来を今後も遠くから見守る楽しみがあります。
県外へ4名、県内へ15名。ほぼ全員が各高校から評価を頂きました。オファーを行使して入学した選手、自分の意思で学力で勝負した選手、それぞれの思いに従いこの中学受験に対しても自分らしさを発揮して臨んだようです。素晴らしい結果を掴み、良い笑顔で今回のこの送る会を迎えられた事を非常に嬉しく思っています。
 

 

3年間卒業者が居なかった為、居るのが当たり前だった1期生メンバーがスッと退団しました。無論、3年間の間、送る会などなかったですし、今回はじめてジュニアユースとしての送る会、卒団者でした。保護者を代表してご挨拶頂いたキャプテンのお父さんなどは、強面でいつも勢いがあって何にも動じないキャラクターだったのに(少なくとも選手も指導者もみんなそうした印象を抱いていました)そのお父さんが、マイクの前に立ち、一言目から呼吸を乱して泣き出す始末…(笑)
会場全体どれだけあの落差にやられたか。保護者の皆さんも、これまでのお子さんのサッカーを通じ、様々なドラマがあって、ご苦労があって、選手と一緒に全力で駆け抜けてこられたことと思います。卒業という節目にあたり、それらを思い返した時に、感極まるのは当然だと思いますし、クラブとしても本当に心から感謝しています。保護者の皆様のご理解、ご協力、我慢なくしてこの3年はありえなかったです。最高でした。最高の送る会でした。
 
出来たばかりのクラブに飛び込んだ選手達も挑戦者ですが、それを容認し、後押ししたご家族もまた素晴らしいマインドを持つ人達です。出来立てのクラブは歴史や前例を持たず、指導者・運営サイドも手探り、試行錯誤の毎日でした。日々の細々とした事もそうですが、予定していた事が変わってしまったり、叶わずに終わってしまったこともありました。
保護者の方々も思うところは沢山あったと思います。ですが、本当に3年間、クラブを3年間温かく見守ってくれました。注文やクレーム、感情的なやりとりなど一切無く、広く俯瞰した視野と、深く愛ある我慢で3年間クラブを見守り続けてくださったのだと想像しています。
1期卒業生19名、チームとしてグループとして19名いるわけですが、どの選手もそのご家族にとっての主人公であり、それぞれにドラマがありました。怪我で苦しい思いをした選手もいるでしょう、自分の思い描くプレーではなかったと思っている選手もいるかもしれないです。中学が大きな飛躍だったと感じる選手もいたかもしれない。そんな19名それぞれが持つその思いやいろんな課題や次のステージへの接続において、クラブが、我々指導者が出来たことはあまりにも少なく小さかったですが、コーチングスタッフ一同、19名みんなの事を大切に思い1人1人に対して思いを持って携わってきた事は間違いありません。何より、この3年間、コーチ達が何度選手たちの名前を呼んできたか。スタッフミーティングで、普段の会話の中で、次の試合、次の遠征、終えた試合の話、進路のこと、1人1人について何度も何度も選手の名前をあげて話をしてきた3年間でした。
 

 

とある高校の監督さんが「ASPの子達のプレーを見れば、コーチ達がこれまでどれだけ愛情を注いで教えてきたのかが伝わってきます」と話されていました。身に余るお話です。何割かはお世辞であって、過大な表現なのだろうとわかってはいます。ですが、凄く嬉しかった、忘れられない言葉でした。選手が評価される嬉しさ、そしてそのプレーの奥行きに我々コーチ陣の思いを感じてもらえる。こんな指導者冥利に尽きることはありません。
選手達がコーチ達の愛を感じているかは定かではありませんし、むしろ微塵も感じていない可能性が高いですが、携わった指導者全員、選手に対する思いはホンモノなので、それを感じ取ってくださる方がいるというのはとても嬉しく思います。

 

 

設立以来、送る会が無い3年間を過ごしてきた我々指導者にとって、今回のこの会を通じ「あ、これからはこれが毎年あるのか!」と、その精神負荷を想像して少しメンタルをやられています。本来、当たり前のことですが、これまでなかった為に今回の送る会での喪失感と、これがこれから毎年行われることに気付いたことによるダメージの前借のようなものがここ数日気持ちを沈ませています。
また、ASPとしてはこの翌日の月曜、ジュニアの方のアカデミーも最終日で、6年生に対してのセレモニーが行われました。2日続けて携わっていた選手との別れ、これも初めてのパターンで、尚且つ、今後毎年続いていくことになります。精神を鍛えないと結構やられそうです。
 
最後になります。書けば出てくる出てくるエピソードや彼らへの思い。まだまだまだまだまだまだ言いたいことはあるんです。だらだらと長文になっているのは、これを書き終えると自分の中で1期生は完全に一区切り、自分の頭の中で完全な卒業になってしまう感覚なのだと思います。途中、終わらないように書き連ねている自分に気付きました。やはりあのやんちゃで年齢より子供で、コントロールが難しく、それでいて特異な個性を持ち合わせ、なんだかんだワクワクさせてくれる1期生達が大好きなんだなと改めて思っています。
これからはチームではなく、それぞれが1人の人間としてそれぞれの進路においてどのような日々を送るのか、どんな大人になっていくのかを我々は見させてもらいます。
これからASPの卒業生たちがどんな道筋を辿り、どんな大人に成長していくのか。こんな楽しみな事はないです。次会った時、高校を卒業した時、20歳になった時、大人になり、結婚したり、仕事の関係で一緒に何かを~ということもあるかもしれない。あった都度、成長した彼らとどんな会話を交わせるだろうかと。そんな事を想像しています。
 
ASPを作り上げてくれた1期生のメンバー、そして保護者の方々には本当に感謝しています。3年間本当にありがとうございました。勇気を持って新たな何かに飛び込むそのマインドは必ず今後の人生のあらゆるものを突き動かすパワーになるはずです。これからもASPスタッフ一同、いつでもどんな時でも相談に乗ります。話を聞きます。時折、クラブに顔を出したり近況を報告してくれたら嬉しいなと思います。
まずは滞りなく高校のスタートを迎えられるよう、3月残りの期間良い準備をして春を迎えて頂けたらと思います。我々指導者も次へ進みます。2期生、3期生、そしてこれからASPへ入団する4期生と、1期生の残してくれたチームの歴史を進めていきたいと思います。