軍曹!時間だ!… -2ページ目

歴史と視点―私の雑記帖―(新潮文庫)

戦車の操向装置について調べていたら

司馬 遼太郎 著書の『歴史と視点―私の雑記帖―』

という本に行き当たった。

 

例の

「三式中戦車の装甲はヤスリで削れた」

「避難民をひきコロせと命ぜられた」

というアレだ

とりあえず熱帯雨林の金ドルで購入して読んだ

戦車に関するものは

・戦車・この憂鬱な乗り物

・戦車の壁の中で

に記述されている。

 

素直に感じたことを語っているにすぎず

ヤスリの件については削れたことは事実であり

それについては「当たり前」の感想しかない。

それを、「軍は三菱にふつうの鉄を使え(要約)」

と言ったのだろうという想像上の記述をしている。

「避難民をひきコロせと命ぜられた」件は

そのような命令が出たわけではなく

単なる司馬氏の疑問に窮した上級将校の

捨て台詞のようなものだった。

 

私としては中々面白い読み物だった

特にハンドルを転把(てんぱ)と言うのだと記述されているが

私も砲塔制御装置の俯仰ハンドルは

「高低転把(こうていてんぱ)」

旋回ハンドルは「旋回転把(せんかいてんぱ)」

と教えられたので疑問にも思わなかった。

旧軍呼称が残ってたんだなと懐かしかった。

 

読み方によっていろいろな解釈もできるが

私が感じたのは

 

<司馬遼太郎は戦車将校であったが

「若手の戦車素人」以外の何物でもない>

 

しかしながら帝国日本陸軍戦車を語るには

是非一読しておくべきだろう。

特に自衛官で戦車乗員である者、あった者は

思わずニヤッとするに違いない。

 

なお、同じ新潮文庫から15巻発売されている

『司馬遼太郎が考えたこと』の第6巻にも

同じエッセイが掲載されている。

 

九五式軽戦車の変速機

九五式軽戦車の変速機

 

昨年、九五式軽戦車が里帰りして4月に一般公開された。

操縦してみたいと思ったが、そんな簡単な話ではないだろう。

とりあえず、変速機はどうなっているのだろうかと調べてみた。

最初は、九七式中戦車同じ変速パターンなのだろうと予想していたのだが

調べてみると意外な事実に気がつく。

 

九七式中戦車については取説(九七式戦車保存取扱教程)を持っており、

変速パターンが記載されている。

1速を後ろに入れ1→2→3→4とN字に変速していくパターンだ。

九五式軽戦車も九七式中戦車と同様のマニュアルミッションであり、形式は「摺動歯車式」と記されている。

英語だと「sliding-mesh(スライディング・メッシュ)と呼ばれるものだが「摺動歯車式」は帝国日本陸軍における和訳名称であり、一般的な自動車用語では「摺動選択式」と記される。

 

九七式中戦者と同様の形式で前進4速、後進1速であることから九五式軽戦車も副変速機がないだけで同じ変速パターンだと思うのは必然である。しかし、高低装置の排除と軽量化などから後退のシフトの位置が左右・前後異なる可能性があるので調べたのだ。

 

十数冊の九五式軽戦車の資料を所蔵しているが、構造機能について詳細に記述されたものは無い。その中で資料価値が高かったのが『ジェイ-タンク将校集会所』が発行した「J-TANK別冊『九五式軽戦車(ハ号)』」である。同人誌ではあるが、帝国日本戦車の研究者方々の本である。

これに、小玉克幸氏提供の「昭和十七年増版 兵器学教程 戦車」から抜粋された記事が掲載されている。一次資料ということで価値は高いのだが、一次資料だからといって正しいとは言い切れないのがこの手の資料であり、私も現役時代に根拠の確認に四苦八苦したものである。

 

第三図がエンジンを含む動力伝達機構(パワートレイン)の図であり、第十七図が変速機の構造図(第十七図その一)と上部カバーを外した写真(第十七図その二)、第十八図が変速機の構造を簡略した図だ。

 

これらの図から、変速パターンが読み取れる。

まず、第三図から見てみる。

車体後部右側に搭載されている発動機(エンジン)出力は主連動機(メインクラッチ)を経て伝動機(トランスファー)により車体中央に動力軸を偏移させ推進軸(プロペラシャフト)により車体前方中央に設置されている変速機(トランスミッション)に動力を伝達する。

 

変速機を出た動力は横軸装置で90度方向を変換され左右の操向機である操向連動制動機(クラッチブレーキ・ステアリング)を経て終減速装置(ファイナルドライブ)で減速され起動輪(スプロケットドライブホイール)に動力が伝えられる。

 

さて、この図では全般的な動力の流れが分かるだけで、変速機の速度段が記載されていないので変速パターンはわからない。しかもギヤが1組足りないので前進3速、後進1速だな。

また、些細なことかもしれないが、変速機の図を見る限り、推進軸から横軸装置まで直結になっているため変速できないぞ。(直結ギヤは入るが直結は速度変化がないので変速にはならない)

 

ということで、第十七図と第十八図で変速パターンの解析を試みる。

第十七図(その一)は構造図である。説明はないのだが、構造図を読み解くと、エンジン出力は「主軸」に入力され・・・・違う。主軸に入力しちゃったらギアチェンジできない。

図に記されている「主軸」が示す先は主軸ではなく「常噛主歯車」だ。しかし、常噛主歯車には「第四速度主歯車」からの矢印も示している。まてまて、第四速度主歯車からは2本の矢印が別々の歯車を示しているな。どちらかが間違いなのだが、多分2本とも間違いだ。

更に第三速度主歯車と第4速度服歯車が噛み合うようになっている。

 

第十七図(その二)からは、ギヤを動かす3本の推桿が操縦手側から後退用、1速2速用、3速4速用であることが読み取れる。

 

第十八図は第十七図(その一)を簡略化した図に各歯車の歯数が記載されており、減速比からも各速度の歯車が判断できる。これにより、第十七図における第3及び第4主歯車は逆であることが判明する。しかし、前述の第三図と同様に推進軸からの動力がそのまま主軸に直結しているのでこれでは変速できない。

 

上記は所見で判断したものだ。実に4図中の3図において間違いがあるのだ。

実際の流れはこうなっている。

推進軸からの入力は常噛主歯車を回し噛み合っている常噛副歯車は副軸を回す。

副軸には各速度の副歯車が固定装着されている。副歯車に対応する主歯車を噛み合わすことで主軸が回り主軸に付いている横軸歯車小が噛み合っている横軸歯車大を回す。

簡単に書くと以下の通り

推進軸→常噛主歯車→常噛副歯車→副軸→各速度副歯車→各速度主歯車→主軸→横軸装置

 

 

なお、件の動画では横軸装置を「デフ」と称しているがデフ(ディファレンシャルギヤ/差動機)ではなく、動力方向変換用のベベルギヤ(傘歯車)が収まっているだけだ。

 

【中立(ニュートラル)】

 

エンジンからの動力は副軸に伝わり各速度副歯車を回すが、いづれの主歯車とも噛み合っていないので操向機に動力は伝わらない。

 

 

【第1速度(ローギヤ)】

 

 

主軸を摺動(スライド)するように取り付けられている第1速度及び第2速度歯車を前方に動かし第1速度歯車同士を噛み合わせることで主軸がに動力が伝わり横軸装置を経て操向機に動力が伝わる。

第1速度主歯車を前方に動かすには変速テコ(シフトレバー)をシフトゲート中央後方に動かす。

 

【第2速度(セカンドギヤ)】

 

 

主軸を摺動(スライド)するように取り付けられている第1速度及び第2速度歯車を後方に動かし第2速度歯車同士を噛み合わせることで主軸に動力が伝わり横軸装置を経て操向機に動力が伝わる。

第2速度主歯車を前方に動かすには変速テコ(シフトレバー)をシフトゲート中央前方に動かす。

 

 

【第3速度(トップギヤ)】

 

 

主軸を摺動(スライド)するように取り付けられている第3速度及び第4速度歯車を後方に動かし第3速度歯車を常噛主歯車と噛み合わせることで主軸が直結となり動力が伝わり横軸装置を経て操向機に動力が伝わる。

第3速度主歯車を後方に動かすには変速テコ(シフトレバー)をシフトゲート右前方に動かす。

 

 

【第4速度(オーバートップギヤ)】

 

 

主軸を摺動(スライド)するように取り付けられている第3速度及び第4速度歯車を前方に動かし第4速度歯車同士を噛み合わせることで主軸に動力が伝わり横軸装置を経て操向機に動力が伝わる。

第4速度主歯車を前方に動かすには変速テコ(シフトレバー)をシフトゲート右後方に動かす。

 

 

【後退(リバースギヤ)】

 

 

主軸を摺動(スライド)するように取り付けられている後退主歯車を前方に動かし後退副歯車と噛み合っている逆転歯車に噛み合わせることで主軸に逆転動力が伝わり横軸装置を経て操向機に動力が伝わる。

後退主歯車を後方に動かすには変速テコ(シフトレバー)のシフトロックを解除しながらシフトゲート左前方に動かす。

61式90mm戦車砲、実は50口径だった!

 

私自身、新隊員や初曹課程の教育において61式戦車の90mm砲は、米軍のM3(M3A1)90mm砲を元に砲身延長して52口径としたものであり、「90㎜戦車砲M3(改)といえる」と教育を受けた。

 

確かに、61式戦車教範(案)である『61式戦車の火器器材の取り扱い及び乗員訓練(草案)』にも「砲身長:52口径」と記載してある。

戦車砲の全長は473.0㎝と記載してあり、計算すると473.0÷9=52.55555…であるから小数点以下を切り捨てると52口径、四捨五入すると53口径となる。

 

さて、90mm砲M3(90mm, GUN, M3)の諸元はいかがなものであろう?

テクニカルマニュアル『TM 9-374 90mm GUN M3 MOUNTED IN COMBAT VEHICLS(1944.9.11)』を参照してみる。

https://stephentaylorhistorian.files.wordpress.com/2020/09/tm-9-374-90mm-gun-m3-mounted-in-combat-vehicles.pdf

① の「Length of tube(muzzle to rear face of breech ring)」和訳(意訳)すると「砲身長(砲口から砲尾環後面まで)」が186.15インチであり、単位をセンチメートルに変換すると472.821cmにり、小数点以下を四捨五入すると!!

「473cm」

どこかで見た数字だ。

② のLength of bore(砲腔長)は50cal、つまり50口径である。

現在では口径長は砲腔長であるのが一般的である。

 

ここで、61式90mm戦車砲の資料を見てみよう。

仮制式要綱 XB 3002C 『61式90mm戦車砲(C)』に記載されているのは

「砲身全長 約4730mm(制退機を除く)」

おっと、数値がM3の砲身長(砲口から砲尾環後面)と一致したぞ?

 

余談だが、仮制式要綱の原文及び図面ともに「制退機」表記だが、正しくは「制退器」だ。

61式戦車教範(案)では、本文中には「砲口制退器、排煙器」と記載しているが掲載図面には「砲口制退機、排煙機」と記載されている。仮制式要綱の図を基にしたためであろう。

話を戻す。

61式90mm戦車砲の砲身全長とはどこからどこまでを表しているのか調べてみる。

同要綱に記載された図面を見ると砲口制退器を含まない砲口から砲耳中心までが3468mm、砲耳中心から砲尾環(閉鎖機)後面までが1262mmであり、足すと4730mmつまり、473.0 cmになる。

このように、「砲身全長」とは砲口制退器を除いた砲口から砲尾環の後面までの長さであり、90mmM3砲の「Length of tube(muzzle to rear face of breech ring)」と同じものである。

 

仮制式要綱には「コウ(腔)内全長」という項目があり「約4509mm」である。

「腔内全長」とは砲身のみの全長、つまり現在では一般的な「砲身長」であるから口径の90mmで割ると

「50.1」

となり「50口径長」であることが分かる。

 

61式90㎜戦車砲は90mmM3砲と同じ寸法であることが結論付けられるのだ。

 

では、どこから「52口径に伸ばした」という話が出てきたのだろう?

推測でしかないが、M3の50口径(砲腔長)に対し52口径(砲全長)という対比と徹甲弾の初速がM3砲は2800 ft per sec(823m/s)に対し61式は915m/sと高いところから初速が増したのは砲身が伸びたからと考えたのだろう。

実際にはM3砲の徹甲弾には炸薬入りのM82 APCと無垢の鉄鋼製のT33 APの2種類があり、どちらも初速は2800 ft per sec(853m/s)にそろえてある。61式戦車砲の使用した徹甲弾はM318A1というT33APの装薬を増やし初速を増した砲弾になるのである。

 

証拠に、61式戦車教範(案)に掲載されている照準装置の鏡内目盛(レチクル)には以下のように弾種が記されている。

・HE M71 MV 2700 

(M71榴弾、初速2700フィート)

・APC-T M82 MV 2800 

(M82曵光被帽徹甲弾、初速 2800 フィート)

・APC-T M82 MV 2670 

(M82曵光被帽徹甲弾、初速 2670 フィート)

・HVAP-T M304 MV 3350

 (M304曵光高速徹甲弾、初速 3350 フィート)

 

 

この鏡内目盛り(レチクル)は初期のものである。

他中隊に極初期型(量産7号車)があり、目盛りが違うという話は聞いていたが残念ながら私自身は見たことはない。

 

私が扱った61式戦車の照準具の目盛りは以下の通り

・HE M71 823m/s

(M71榴弾、初速823m/s)

・AP-T M318A1 914.4m/s

(M318A1 曵光徹甲弾、初速 914.4m/s)

・HEAT-T M431 1170m/s

 (M431曵光対戦車榴弾、初速 1170m/s)

 

M313 WP(黄燐発煙弾)は榴弾目盛りを使用することになっていた。