ギアのならない九五式軽戦車の変速操作(発進編)
ギアなりさせずに変速(ギヤシフト)するにはどうするかである。
簡単だ。
エンジンかける前にギヤ入れておけばいいのだ。
ギヤが鳴るのは動いているギヤと止まっているギヤが接触するからだ。
変速機内のギヤ機構が停止していればガリガリ鳴る事は無い。
道理だな。
九五式軽戦車が発進時にギヤを入れる通常操作は以下の通り
① クラッチを切る(左足でクラッチペダルを力いっぱい踏む)
② 発進に必要な速度段(シフト位置)に変速レバーを動かす
これだけである。戦車も乗用車も操作としては変わらない。
ではなぜ九五式軽戦車は難しい?
ひとつはエンジン出力が大きいから
もうひとつはクラッチブレーキがついていないから
ひとつめのエンジン出力が大きいというのは、大型自動車を運転した事があれば普通車よりもギヤが入れにくいのは体験としてあるだろう。エンジン出力が大きくなると出力に見合ったトランスミッションが採用される。当然の事ながら大出力に見合った大きく頑丈なギヤ機構を採用するのでギヤ相互を入れるためには力が必要になる。
もうひとつの「クラッチブレーキ」とは操向方式(ステアリング)のクラッチブレーキの事では無く、クラッチ(主クラッチ)を切断した際に慣性で回るギヤシャフトにブレーキを掛けて減速しギヤを入れやすくする装置である。
61式戦車のトランスミッションの図
蛇足ながら61式戦車にはこのクラッチブレーキがついていたのだが整備不良(調整不足)で作動してない個体もあった。クラッチブレーキの正常作動時には、クラッチを踏んだ時のエンジン回転数にもよるのだが、約5秒以内で停止した。しかし非作動時には十数秒から20数秒かかったから、これを知らず無理にギヤを入れることで手が痛い羽目になった新米戦車乗員は多かった。というよりも、ほとんどがクラッチ踏んですぐにギヤを入れようとしていたのだからギヤ鳴りして当然であるし、あまつさえアクセル踏んでしまった状態でギヤ入れようとするものだからガリガリ音どころか「キンッ!!」という金属音とともに腕がすっ飛ばされる。無論、私もその一人だ。
話を戻す。
発進時にギヤを入れるタイミングは回っているギヤが止まる寸前だ。
九五式軽戦車にはこのクラッチブレーキが付いていないので、クラッチを踏んだ後に変速機内のギヤが慣性で回る時間が長い。
ギヤが止まるまでの秒数をエンジン回転数(通常はアイドリング回転)から体得していればよい。
どうするのかだ
クラッチを踏む
ギヤが止まる秒数をイチ、二、サン・・・と数え覚えておく。
停止直前に変速レバーを操作すれば「コ、コクン」とギヤが入る。
自然に停止するよりも早くギヤを入れたいと時は変速レバーを軽く短切に操作し「ガ、ガ」「ガ、カ、カ」と何度かギヤ鳴りさせ強制的に速度を落とし、ギヤ鳴り音と手ごたえで発進ギヤ位置に入れるのだ。
入らないからといって「ガリガリガガガガッ!ゴクン!」と両手を使った力業で入れてはならない。
腕力は使わずに手首のスナップで「カカカ・・コクン」が理想だ。
この際、わずかにギヤ同士を圧しておいてギヤ速度を手のひらに「ココココ」と振動として感じておくことがコツになる。
最初に書いたように、エンジンをかける前かエンジンが掛かってもクラッチを踏んでしばらく時間を置けば変速機内のギヤは回転していないのでにギヤ入れてもギヤ鳴りはしない。
ところが、だ。
両方ともギヤが完全停止の状態では入らない場合もある。
ギヤは日本名で「歯車」と言うように「歯」同士が嚙み合うものだ。
歯の山と谷が噛み合うものだから、停止状態でギヤ同士が山と山という噛み合わない状態にあれば入らないのは道理である。その状態で過大な力を加えればギヤの歯が欠損するかシフトレバーやリンゲージが破損する。
もっともそれは人間技ではないのだが。
実際には、エンジンが掛かったからと言って即発進しない場合がほとんどである。
エンジンや動伝装置(動力伝達装置/パワートレイン)の暖気(ウォーミングアップ)もしなくてはならないからだ。もちろん変速機(トランスミッション)は動伝装置の一部であり、ギヤ機構を回すことでミッションオイルを循環させ、ギヤにオイル皮膜を作る必要がある。
通常の発進であれば通常の操作であるクラッチを踏んでギヤを入れる。
先に記したようにクラッチを踏み可動ギヤが停止する直前にギヤを入れるわけだ。
大事に乗る場合は、十分時間をとり完全にギヤが止まってからギヤを入れる。
入らない場合は、他のギヤに入れてみる。
これをすると微妙な掛かりの状態では他ギヤに入ると共回りしてギヤがわずかに回るので必要なギヤに入る場合がある。
上記動画でガチャガチャ他のギヤに入れようとしているのがそれだ。
(ギヤシャフト回転状態だから意味ないのだけど)
それでも入らない場合はクラッチを繋いでギヤをもう一度動かす必要がある。
通常は完全にクラッチを繋ぐのだが、これではギヤが回りすぎるので微妙な半クラッチ状態にしてすぐに切るのがコツとなる。
動画では完全にクラッチを繋いだ上にクラッチを切ったり繋いだりした上、即座にギヤを入れようとしているのでギヤ鳴りして入らないのは当然である。
さて、上記動画の16:00秒で小林会長が「どうしても入らなかったらレバーを両方とも引けばいい」と言っている。これはどういう事だろう?
これは、操向装置(ステアリング)がクラッチブレーキ方式であることからできる裏技だ。
外観は同じような二本レバーの61式戦車やM4シャーマン戦車ではできない。
先に「微妙な掛かりの状態の他ギヤに入るとギヤがわずかに回るので必要なギヤに入る場合もある」と記したが、これはクラッチを切る(クラッチペダルを踏む)ことによってクラッチからの入力軸がフリーになりギヤが回る状態となるためだ。エンジン停止状態でもクラッチペダルを踏まないとギヤはどちらも固定状態なのでガチャガチャ変速しても全く意味はない。
クラッチブレーキ式操向装置の場合には操向制動レバーを引くと操向用クラッチが切れるので、メインクラッチペダルを踏んだ状態だと主歯車軸(メインシャフト)と副歯車軸(オキジャリシャフト)の双方がフリー状態になり、よりギヤが入りやすくなる。
特に、通常のギヤ入れに際しては受ける方のギヤがフリーになるので「ギア鳴り=嚙み合わせ」という状態になり、ある意味シンクロ状態になるのでノンシンクロだから入れにくいことはなく、むしろ構造が理解できていれば入れやすいのだ。当然の事ながら操向制動レバーを引いた状態ならば操向クラッチが切れているのでメインクラッチを繋いでも発進しない。
このように、クラッチブレーキ式操向装置の便利なところは、操向制動レバーを引いた状態だとスプロケットへの動力は遮断されかつ操向ブレーキはかかった状態なのでメインクラッチを繋ぎ主ブレーキ(フットブレーキ/駐車ブレーキ)を解除しても止まったままである。そして、通常の発進ではブレーキペダルを放しアクセルペダルに移したのち踏みながらクラッチを繋ぐという面倒くさい操作が「アクセル踏んで操向制動レバーを静かに前に倒す」という簡単な操作で発進できたりする。これはオートマチック車の坂道発進操作であるアクセル踏んでサイドブレーキ(駐車ブレーキ)を解除するのと同じだ。
しかし、走行状態における変速操作は走行速度とギヤ速度(エンジン回転数)の相関性を理解していないと変速は非常に難しいのである。
走行編に続く(たぶん)