205系の日
本日は、2月05日→205系の日です。
国鉄の財政難から、コスト高な201系の製造を続けていくのは無理があるため、昭和60年に製造が打ち切られました。
しかし201系と比してもコストパフォーマンスに優れた車両を開発しない限り、103系をいつまでも作り続けることになりかねないという悩ましき問題を解決すべく開発され、1985(昭和60)年に登場したのが205系です。
山手線205系(目白にて)
東急車輌製造が開発した軽量ステンレス構造の車体と空気バネ台車を採用して、大幅な軽量化を達成、制御方式は従来の抵抗制御をベースにした界磁添加励磁制御と呼ばれるものが採用されました。
これはモーターの界磁側(回転しない側の電磁石)に電動発電機から引っ張った電流を、励磁装置を介して連続して35%添加(電機子(モーターの回転する側の電磁石)側を100%とした場合)させて効率良く電流差を付け、無駄を廃したもので、駅間距離の比較的長い近郊型車両向けに編み出され、113系、115系老朽取り替えを目的に開発されていた新型車両(211系)に採用することで計画されていた技術でしたが、205系にも全面的にフィードバックされた形です。
山手線への投入を皮切りに、1994(平成6)年までに多彩な路線へ投入されたばかりか、山手線へのE231系投入による205系の大規模転用に際しても、活躍の場を広げました。
山手線では、E231系投入で2005(平成17)年に運転を終了しました。しかし今もなお多彩な路線で活躍しています。以下に簡単にまとめてみると‥‥
205系が新車として投入された路線
山手線
横浜線
南武線
埼京線
中央・総武緩行線
京浜東北線
京葉線
武蔵野線
相模線
大阪緩行線
阪和線
京浜東北線
中央総武緩行線
横浜線
南武線
埼京線(左)
武蔵野線
山手線205系の転用で新たに投入された路線
南武支線
鶴見線
八高・川越線
仙石線
山手線からの転用車が活躍する鶴見線(浅野にて)
新型車両投入で運行終了した路線
山手線
京浜東北線
中央・総武緩行線
京葉線
ありがとうヘッドマークを掲げて運転された山手線205系(御徒町にて)
京葉線から引退した205系(市川塩浜にて)
山手線205系の各線への転用の過程で余剰となった車両の廃車も行われていて、今後も目まぐるしく変化が予想される形式です。
国鉄の財政難から、コスト高な201系の製造を続けていくのは無理があるため、昭和60年に製造が打ち切られました。
しかし201系と比してもコストパフォーマンスに優れた車両を開発しない限り、103系をいつまでも作り続けることになりかねないという悩ましき問題を解決すべく開発され、1985(昭和60)年に登場したのが205系です。
山手線205系(目白にて)東急車輌製造が開発した軽量ステンレス構造の車体と空気バネ台車を採用して、大幅な軽量化を達成、制御方式は従来の抵抗制御をベースにした界磁添加励磁制御と呼ばれるものが採用されました。
これはモーターの界磁側(回転しない側の電磁石)に電動発電機から引っ張った電流を、励磁装置を介して連続して35%添加(電機子(モーターの回転する側の電磁石)側を100%とした場合)させて効率良く電流差を付け、無駄を廃したもので、駅間距離の比較的長い近郊型車両向けに編み出され、113系、115系老朽取り替えを目的に開発されていた新型車両(211系)に採用することで計画されていた技術でしたが、205系にも全面的にフィードバックされた形です。
山手線への投入を皮切りに、1994(平成6)年までに多彩な路線へ投入されたばかりか、山手線へのE231系投入による205系の大規模転用に際しても、活躍の場を広げました。
山手線では、E231系投入で2005(平成17)年に運転を終了しました。しかし今もなお多彩な路線で活躍しています。以下に簡単にまとめてみると‥‥
205系が新車として投入された路線
山手線
横浜線
南武線
埼京線
中央・総武緩行線
京浜東北線
京葉線
武蔵野線
相模線
大阪緩行線
阪和線
京浜東北線
中央総武緩行線
横浜線
南武線
埼京線(左)
武蔵野線山手線205系の転用で新たに投入された路線
南武支線
鶴見線
八高・川越線
仙石線
山手線からの転用車が活躍する鶴見線(浅野にて)新型車両投入で運行終了した路線
山手線
京浜東北線
中央・総武緩行線
京葉線
ありがとうヘッドマークを掲げて運転された山手線205系(御徒町にて)
京葉線から引退した205系(市川塩浜にて)山手線205系の各線への転用の過程で余剰となった車両の廃車も行われていて、今後も目まぐるしく変化が予想される形式です。
203系の日
2月03日→203系の日です。
昭和46年の常磐緩行線と東京メトロ(当時は営団地下鉄)千代田線の直通運転には、国鉄(JR)側は、長らく103系1000番台が使用されてきました。
103系1000番台(常磐快速線転用後)
しかしながら、電力消費量や抵抗器からの排熱対策など様々な面から、メトロ(営団)側よりチョッパ制御車等の省エネ型車両導入を要請されていたため、昭和58年の常磐線我孫子~取手の複々線完成(常磐緩行線の運転区間を取手まで延長)による増発で必要となる車両は、201系を基本ベースにしたものとされ、さらにこれを機に103系1000番台を、主に常磐快速線にコンバートさせることにして誕生したのが203系です。
亀有にて
根津にて
201系同様の電機子チョッパ制御に加えて、アルミニウム合金車体を採用した軽量車で、昭和61年までに17編成170両が投入されました。
長らく常磐緩行線の主役として君臨してきましたが、チョッパ装置半導体機器の老朽化など、201系同様の諸問題から、201系引退に歩調を合わせるかの如く、一昨年より常磐緩行線向けに開発されたE233系2000番台投入による廃車が始まり、昨年9月に完全に引退、最後まで活躍した編成には、惜別ヘッドマークが付きで運転されたのも記憶に新しいですね。
昭和46年の常磐緩行線と東京メトロ(当時は営団地下鉄)千代田線の直通運転には、国鉄(JR)側は、長らく103系1000番台が使用されてきました。
103系1000番台(常磐快速線転用後)
しかしながら、電力消費量や抵抗器からの排熱対策など様々な面から、メトロ(営団)側よりチョッパ制御車等の省エネ型車両導入を要請されていたため、昭和58年の常磐線我孫子~取手の複々線完成(常磐緩行線の運転区間を取手まで延長)による増発で必要となる車両は、201系を基本ベースにしたものとされ、さらにこれを機に103系1000番台を、主に常磐快速線にコンバートさせることにして誕生したのが203系です。
亀有にて
根津にて
201系同様の電機子チョッパ制御に加えて、アルミニウム合金車体を採用した軽量車で、昭和61年までに17編成170両が投入されました。
長らく常磐緩行線の主役として君臨してきましたが、チョッパ装置半導体機器の老朽化など、201系同様の諸問題から、201系引退に歩調を合わせるかの如く、一昨年より常磐緩行線向けに開発されたE233系2000番台投入による廃車が始まり、昨年9月に完全に引退、最後まで活躍した編成には、惜別ヘッドマークが付きで運転されたのも記憶に新しいですね。



