K@Fe~type103's Room~ -1778ページ目

想いは引き継がれる

K@Fe~type103's Room~-DVC00069.jpg

小田急を代表するその車両たちは、時代とともに走り、時代を駆け抜けてきた。

5000形、10000形、20000形。それぞれの車両は、一日一日を、誇りを胸に走り続けてきた。

だからこそ、たくさんの人々から、たくさんの笑顔や勇気をもらうことができたのだと思う。

そんな日々も、もうすぐ終わる。しかし想いは引き継がれてゆく。

私たち、社員一人ひとりの胸の中に。そして小田急の車両、そのすべてに‥‥

2012.3.16 THE RAST RUNNING



小田急電鉄公式の中吊り広告が登場、いよいよ引退ムードも盛り上がってきました。

201系の日

今日は2月01日→201系の日です。

一昨年、JR東日本八王子支社が、公式に201系の日と定めて、スタンプラリー開催や各種グッズ販売を実施したのも記憶に新しいところです。

201系の誕生は1979(昭和54)年、オイルショックによる折からの省エネブームに乗っかり、従来からの抵抗制御に代わって電機子チョッパ制御を採用、電力回生機能を併せ持った省エネ型電車としてデビューしました。

まずは同年に試作編成1本を中央快速線に投入、2年後の1981(昭和56)年から量産が開始され、続々と製造されていきます。
K@Fe~type103's Room~-DVC00003.jpg

K@Fe~type103's Room~-DVC00012.jpg
中央快速線で長らく活躍した201系(上から西八王子、新宿にて)

しかしチョッパ装置に使用する大容量半導体の価格問題から、財政難な国鉄では、製造コスト抑制がネックとなり、1985(昭和60)年に総数1017両を以て製造は打ち切られました。

国鉄時代は、中央快速線、中央・総武緩行線、大阪緩行線(東海道・山陽緩行線)に投入され、中央快速線の車両は、直通運転先の青梅線、五日市線を始め、臨時列車で横浜線や南武線でも運転されました。

東日本では、2000(平成12)年~2001(平成13)年にかけて、中央・総武緩行線へのE231系投入に伴う201系の転用が実施され、同線の全ての車両が青梅線、五日市線、京葉線に転用されました。
K@Fe~type103's Room~-DVC00038.jpg
青梅線、五日市線に転用された中央・総武緩行線201系(中神~東中神にて)


2006(平成18)年以降、新型車両E233系の投入により、中央快速線を筆頭に、東日本に在籍する201系は、次々と廃車になり、昨年、京葉線に最後まで残っていた1本が引退したことで、東日本からは事実上の消滅(保存前提の保留車クハ201-1を除く)となりました。
K@Fe~type103's Room~-DVC00113.jpg

K@Fe~type103's Room~-DVC00076.jpg

K@Fe~type103's Room~-DVC00070.jpg
京葉線で活躍した201系(上から新習志野、誉田、市川塩浜にて)

いっぽうの西日本では、大阪緩行線への321系投入に伴う転用が実施され、大阪環状線、桜島線(ゆめ咲線)、関西本線(大和路線)・おおさか東線へと活躍の舞台を移しています。
K@Fe~type103's Room~-DVC00069.jpg
桜島線を行く201系(安治川口にて)
K@Fe~type103's Room~-DVC00068.jpg
201系初のウグイス色となった関西本線・おおさか東線201系(久宝寺にて)


西日本の201系は、体質改善30Nと呼ばれる大規模な車体リニューアル工事が施工され、全車両が今なお健在です。

湘南色とスカ色その2

K@Fe~type103's Room~-DVC00111.jpg

2009年11月に運転された「なつかしの113系東海道線」「なつかしの113系横須賀線」号。

湘南色にリバイバルされたマリ117編成とスカ色のマリ205編成を繋げた8両で、東京~国府津~大船~横須賀~東京と運転されました。

209系の運用開始に伴い、113系の廃車回送が始まっていた時期で、引退へのカウントダウンの口火を切る形で運転されたリバイバル第一弾と言えます。


のちに「なつかしの113系で行く東海道線の旅」(2011年2月運転)、「なつかしの113系急行伊豆号の旅」(2011年7月運転)、「ありがとう横須賀色113系の旅」(2011年9月運転)と、4回に渡り、思いでの地を駆け抜けて行くことに‥‥