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86年ぶりの新型車両

一畑電車が、実に86年ぶりの新型車両投入を発表しました。


一畑電車の現行の車両は、京王や南海から譲り受けた車両が中心ですが、末長く使うためにも負担を軽減する必要があり、更なるコスト削減も必要な事から新型車両投入を決めたのだそうな。

JR四国の7000系をベースとしたステンレス単行車両で、製造はJR西日本グループで、後藤総合車両所内併設の後藤工業。

通常は後藤総合車両所へ入場した車両の検査業務を外注委託で担当しているほか、車両製造も一部手掛けていて、207系や221系の一部が製造された実績もあります。

来月~9月頃迄に最初の編成が納車予定で、年内には運行開始。来年2月に更に1編成を追加投入する計画です。また車体はフルラッピングを施すとのこと。

近年の地方私鉄=中古車のイメージが強いだけに、思いきった事をやりますね。

115系の遜色急行その2

以前の日記の続きで、115系を使った遜色急行のうち、内房線の急行について見てみます。

かつて、気動車大国だった房総各線は、東京から程近い上に観光需要旺盛だった事から、1966年10月改正から外房線に6往復、内房線に7往復の急行列車定期運転を開始、加えて房総夏ダイヤ等と称された夏臨期間中は定期列車と同じ数の臨時急行を増発して対処。

あちこちから車両を借り受けて凌いでいたのは有名で、気動車の雑多な凸凹編成は名物でした。

いすみ鉄道のキハ28-2346は、正にこの房総夏ダイヤで米子運転区(今は後藤総合車両所)から千葉気動車区に応援に駆けつけた経歴の持ち主で、当時の雰囲気を今に伝えるべく導入されました。

そんな房総各線も、沿線の宅地化で都心への通勤需要が増えてきた内房線(と外房線)千葉~木更津が1968年7月に電化されたのを皮切りに相次いで電化、翌年の1969年7月の木更津~千倉電化に際して急行も気動車から165系にバトンタッチするのですが……

房総各線の電化は房総夏ダイヤに合わせて実施されたが故に急行の全てを165系で……というのは無理があって、臨時急行に抜擢されたのが113系と115系。

この内、115系は内房線の急行うち房に充当されています。


113系は津田沼電車区の予備と、大船電車区から借りた横須賀線用を組み合わせて、115系は宇都宮線、高崎線15両化用に製造した27両を9両3本に組んで使っていましたが、1972年7月に外房線蘇我~安房鴨川が一気に電化された際に、183系を使った東京発特急さざなみ、特急わかしおの運転が開始されて、臨時急行が削減された際、113系だけで事足りてしまうため、115系はあっさり房総から消えてしまいました。

ただ、やはり座る事より列車そのものに乗ることが先決の時代、しかも気動車に比べて30分近くも所要時間短縮に成功した113・115系の急行で苦情が出ることは無かったのだそうな。


一昨年の9月に↑画像のような列車が走りましたが、正に当時はこんな感じだったのかな……



東急1000系1013F

東急1000系は日比谷線直通用新型車両として、また旧7000系置き換え(機器更新車両確保)を目的に東横線に投入されたのち、鉄道線オールステンレス化のために旧3000系列を置き換えるべく池上線、旧目蒲線にも投入されました。

このうち、風変わりな車両が1013F


通常、1000系の前面非常用貫通扉は、正面から見て左側にオフセットされた造りなのですが、この編成は中央に非常用貫通扉があります。

実は東横線向けに8両11本が投入されたのち、続いて投入された1012Fと1013Fは4両編成で旧目蒲線に投入され、両者を併結した8両編成で東横線(日比谷線直通)にも使用可能とした共通予備編成なため、日比谷線内で車両間の通り抜けが可能なように真ん中に貫通扉がある風変わりな編成となりました。


現在、池上線と多摩川線で活躍中の1013Fは、言ってみれば忘れ形見のような車両ですね。もう東横線と日比谷線の直通運転は取り止めてるし……