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14年前の初夏、2008年。
@ 北京
夏の北京オリンピックに関連して、
中国に初めて降り立ちました。
湿気が凄い広州。
オリンピックを前にした6月、
2020東京大会で「真夏の大冒険~」
という解説が話題になりましたが、
私にとってもまさに、「真夏の大冒険」。
それまで海外にはあまりいったことがなく、
ましてや、言語にも触れたことがない中国での仕事が、
北京オリンピック、そして2010年の上海での世界博覧会を機に
物凄く増えました。
全世界が中国ラッシュに沸き、日本企業が次々と進出していく‥
私の勤める業界は、それらの企業の周辺にいる、
ガテンな業界でしたが、
北京オリンピックを前に、中国での仕事が、
何となく滞りだした予兆がありました。
当時、英語も中国語も話せなかった私は
(今でもさしてしゃべれません)
自分がそんな行動をとるなんてことは想像できませんでしたが、
日に日に中国向けの仕事がトラブルばかりになってきて、
「あの国で何が起こってるんだ!?」
と、目でみないと解決できない!という、
今思うと青い使命感に駆られていました。
「生で目で見て、日本の関係者に伝えたいんです!」
事業長を捕まえて直談判し、
せっかく行くならばと、
広州~北京~上海と1週間の周遊視察の機会がやってきました。
そんな風に、何かをしたいという思いを、
24歳まで誰にも言ったことなかったので、
伝えたいんです!と言い切った後に思わず泣くという、
少し恥ずかしい過去です。
事業長と私@24歳
初めて降り立った広州白雲空港は、
6月の梅雨シーズンで最高潮の湿気具合と熱さ。
少し埃っぽい街と、あちこちでパパパーんとなるクラクション、
ぶつかってきそうなくらいの車とバイク、
見るもの全部が、「ひょえ~」という世界でした。
そのあとにいった北京では、
「太陽が白く見える・・」というくらいモヤで曇っていたのに
2か月後のオリンピックでは晴天が広がる不思議・・・
北京税関です
そして最終目的地の上海では、
摩天楼のような外灘の高層ビルや東方明珠塔に度肝を抜かれ、
全土の経営者会議に参加するなかで必死に背伸びをしていた時代でした。
その後足掛け7年、3年は中国に住んだり、
日本から長期で行ったりと、
様々な仕事であの国にかかわってきましたが、
大きなイベントの前には、とてもここでは書けないような、
裏の世界の駆け引きが行われる国・・・
そういう国のマリーシア(サッカーでよく使われる、ポルトガル語なのかな?ずるがしこさ、などと言われます)に、
若すぎた私は順応ができず、
ただただ必死に毎日生きるしかできなかったし、
途中で帰国させられそうなくらいバランスを崩しまして、
会社がない日は、セラピーを受けたり、
ヒーリングの資格を取りに行ったりと、
自分探しに必死でした。
そんな中、中国という地で、
自ら渡航したり、ご主人の赴任に帯同してきた女性たちが、
ヨガ・ピラティス・薬膳・絵画教室・整体・フラワーアレンジメント・・・
様々なスキルを教えている女性たちと出会いました。
でも写真がない・・・撮る余裕もありませんでした
そして、私が体調を崩した時に、
色々なところに誘い出してくれたのもまた、
この方たちでした。
何もスキルもなく、熱中するものもわからなかった私は、
彼女たちの習い事を、
自分の運営するお店で実施してもらえるように、
場を創ることしかできませんでしたが、
そこで出会った彼女たちのバイタリティや思い、
多様性の中で働く・生きるとはどういうことなのか、
そんな力を教えていただきました。
まさか、帰国から10年で、
それに近いことを自分が行っているなんて、
全く思っていませんでしたが、
確実に、
「自分には何もない」
と自己否定をしながら必死にやってきて、
見聞きしてきた時代に影響を受けたことが原体験になって、
今の自分があるのだなあと思います。
あの時、私は在留日本人の奥様方に
憩いの場を創るくらいのことしかできませんでしたが、
皆さんが皆さん、
中国での生活をエンジョイできていたわけではありませんでした。
ご主人に赴任に突如ついてくることになって、
仕事を辞めなくてはいけなかった方、
中国での生活や習慣になじめないと悩んでいた方、
朝から晩まで、
会社や同じマンションの奥様たちとのつながりの中にいて、
少し苦しく感じている方。
私のやっていた店では、
こういった奥様方、ちびっこ、ご家族様への
価値を提供するというマーケティングをしていて、
日中はジーパン・Tシャツで接客をしながら、
朝と晩はオフィスで仕事か接待、
週末は日本からの出張者のアテンドをしていました。
ジーパン・Tシャツの女店長になら、
何の利害もなく、奥さんたちは色々と話をしてくれました。
私は寄り添うしかできなかったし、
当時の私は自分で自分の生活を一人で成り立たせることに必死で、
今思うと、完全に寄り添うことがおそらくできてなかったと思っています。
今ならもっと違う深いかかわりやサポートができるのになと。
そういう苦い思い出がいっぱいありますが、
この時があったからこそ、
憩いの場や、自分が自分らしくいられる場所の大切さは、
身に染みて感じています。
いきりすぎて、空回りばかりして、
朝晩は男性の中で左脳中心、日中は奥さんたちの中で右脳中心、
上手く切り替えられずに、若気の至りで苦労ばかりでしたが、
その時の膿だしがあって、
今すっかり角が取れた自分がいます。
夏の時もそうでしたが、
オリンピックと聞くと、14年前から自分にやってきた機会を
頭の中で振り返るきっかけになります。
成都のパンダ園。パンダが木になっている
どこかよくわからないけど、たぶん洛陽あたりの黄河付近w
なんだか見栄えがしないけれど中国の鍋底と言われる重慶
3年もいたのに、ほぼ仕事しかしてなかったので(信じられない)
大した写真も全く持っていませんし、観光地にもほぼ行ったことがありません。
もし機会があるならば、また住んでみたいと思う国でもあります。
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