変化はどのように訪れるか

EMDRのセッションを重ねたクライエントが語る変化は、しばしば言葉を超えた体験として表現されます。「あの記憶が遠くなった(ぼんやりとして薄くなった。思い出そうとしても思い出せないなど)」「同じ出来事を思い出しても、なぜかもう苦しくない」「身体が軽くなった感じがした」——これらは症状評価尺度の数値では捉えきれない、しかし確かな変化の語りです。

 

記憶が「過去のもの」になる

EMDRで起きる最も本質的な変化の一つは、トラウマ記憶が「今ここで起きている恐怖」から「過去の出来事」へと移行することです。

PTSDの侵入症状(フラッシュバックや悪夢)は、記憶が「過去のもの」として収まらず、現在の脅威として繰り返し体験されるところに苦しさがあります。EMDRのセッションを通じて記憶が処理されると、同じ出来事を思い出しても「あれは過去に起きたこと」という時間的な距離感が自然に生まれてきます。

 

身体の変化

トラウマは「身体に宿る」という表現があります(van der Kolk, The Body Keeps the Score)。EMDRでは、セッションの中で身体感覚の変化が実際に起きることがあります。胸の締めつけがふっと緩む、肩の力が抜ける、呼吸が深くなる——フェーズ6のボディスキャンはまさにこの変化を確認するステップです。

 

自己認知の変化

「私は悪くなかった」「私は生き延びた」「あのとき自分は精一杯だった」——こうした認知の変化は、EMDRの処理が進む中でクライエント自身の内側から生まれてきます。セラピストが外から「そう考えましょう」と教えるのではなく、処理のプロセスの中で自然に変わっていく点が、EMDRの体験として特徴的に語られることの一つです。

 

回復は直線ではない

EMDRのセッションを重ねる中で、一時的に気持ちが揺れる時期があることも正直にお伝えしておきたいと思います。記憶を扱うプロセスでは、処理の途中で感情が一時的に動くことがあります。これは問題が起きているのではなく、変化のプロセスが動いているサインであることが多いです。

だからこそ、EMDRは単独のテクニックではなく、安全なセラピー関係の中で行われることが大前提です。セラピストとの信頼関係、安定化のスキル、セッション外の生活の安定——これらがあってこそ、処理は深まっていきます。

 

シリーズを振り返って

9回にわたって、EMDRの誕生から作用機序、エビデンス、他療法との比較、そして変化のプロセスまでを見てきました。

 

EMDRはまだ「謎」を多く含んだ療法です。なぜ効くのかが完全に解明されていない。それでも、世界中の臨床現場で、言葉にできなかった記憶を抱えた人たちの助けになり続けている。その事実は、研究の積み重ねとともに、多くのクライエントの体験が支えています。

トラウマを抱えた方が、適切な支援につながるための一助になれば幸いです。

 

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身体からトラウマにアプローチする方法

 

これまでEMDR・PE・CPTという三つのトラウマ療法を見てきました。いずれも心理療法として確立された治療法ですが、今回紹介するSE(Somatic Experiencing:ソマティック・エクスペリエンス)は、少し異なる角度からトラウマにアプローチします。

キーワードは**「身体」**です。

 

SEとは何か――ピーター・レヴィンの発見

SEは、アメリカの心理学者・生物物理学者であるピーター・リヴァイン(Peter A. Levine)によって開発されました。近年のリヴァインの著書からも本人自身がが幼少期に受けた性的トラウマ体験を追っており,今もなお苦しみ続けていることが書かれています。

(トラウマと癒やしの自叙伝 ソマティック・エクスペリエンシング®️の誕生,星和書店)

 

リヴァインが着目したのは、野生動物の行動でした。野生動物は、捕食者に追われて「凍りつき(フリーズ)」状態になっても、危険が去ったあとに身体をぶるぶると震わせ、その緊張を放出して何事もなかったように元の生活に戻ります。ところが人間は、社会的・認知的な制御によってこの自然な放出プロセスを抑制してしまうことがある。その抑制されたエネルギーが身体に蓄積し続けることが、トラウマ症状の本質ではないかと考えたのです。

この着想をまとめた著書『Waking the Tiger』(邦題『身体に閉じ込められたトラウマ』)は、トラウマ療法の世界に大きな影響を与えました。

 

SEの基本的な考え方

SEの理論的基盤は神経生物学にあります。特に、自律神経系の調整という視点が中心です。

トラウマ体験時、人間の神経系は「闘う・逃げる(交感神経の活性化)」あるいは「凍りつく(背側迷走神経の活性化)」という生存反応を起動させます。SEでは、この未完了の生存反応が身体の中に「凍結されたエネルギー」として残ることがトラウマの核心と捉えます。

治療では、この凍結されたエネルギーをゆっくりと、安全に身体から解放していくことを目指します。

 

SEのセッションの特徴

SEのセッションには、他のトラウマ療法とは異なるいくつかの特徴があります。

 

タイトレーション(titration):トラウマを一気に扱うのではなく、ごく小さな量ずつ、少しずつ処理していきます。「少量ずつ」という慎重さが、圧倒されることなく処理を進める鍵です。

 

ペンデュレーション(pendulation):苦痛な感覚と、身体の中の安全・快適な感覚の間を行き来します。「揺れ」を繰り返すことで、神経系が自然に調整されていきます。これはホロニカル・アプローチの考え方でいうと三点法の考え方と非常に近いです。

 

フェルトセンス(felt sense):身体の内側から感じられる、言葉になる前の漠然とした感覚に注目します。「胸がざわざわする」「お腹が重い」といった身体感覚を丁寧に観察することが治療の中心です。

 

トラウマの言語化は必須ではない:SEもEMDRと同様、トラウマ体験を詳細に語る必要はありません。むしろ、「何が起きたか」より「今、身体に何が起きているか」に焦点を当てます。

 

EMDRとSEの比較

  EMDR SE
理論基盤 適応的情報処理(AIP) 神経生物学・自律神経系理論
主なアプローチ 記憶の処理(両側性刺激) 身体感覚・神経系の調整
言語化の必要性 低い 低い(身体感覚が中心)
トラウマ記憶の扱い 直接処理する 間接的・慎重に扱う
ペース 比較的効率的 ゆっくり・丁寧
向いているケース 特定のトラウマ記憶がある 身体症状が強い、解離傾向がある
エビデンスの蓄積 豊富(RCT多数) 発展途上(質的研究・事例中心)

 

エビデンスの現状について正直に

SEは臨床現場での実践が先行しており、RCTによる検証はEMDRやPEと比べてまだ発展途上にあります。ただし近年、SEの効果を検討した研究が増えつつあり、PTSDや複雑性トラウマ、慢性疼痛への効果を示す予備的なエビデンスが蓄積されてきています。

「エビデンスが少ない=効果がない」ではありません。研究が後から追いつく形になっているという点では、1990年代初頭のEMDRと似た状況とも言えます。

 

臨床家として感じること

複雑なトラウマ歴を持つクライエント、解離症状が強いクライエント、あるいは「記憶として思い出せないが身体に症状がある」というクライエントに接するとき、身体から入るアプローチの重要性を強く感じます。

EMDRと SEは対立するものではなく、むしろ補い合う関係にあります。実際、EMDRとSEの技法を統合して用いる臨床家も少なくありません。「記憶の処理」と「身体の調整」、この二つの軸を持っておくことが、トラウマ支援の幅を大きく広げると感じています。

 

SEは臨床現場での実践が先行しており、RCTによる検証はEMDRやPEと比べてまだ発展途上にあります。ただし近年、SEの効果を検討した研究が増えつつあり、PTSDや複雑性トラウマ、慢性疼痛への効果を示す予備的なエビデンスが蓄積されてきています。

「エビデンスが少ない=効果がない」ではありません。研究が後から追いつく形になっているという点では、1990年代初頭のEMDRと似た状況とも言えます。

 

臨床家として感じること

複雑なトラウマ歴を持つクライエント、解離症状が強いクライエント、あるいは「記憶として思い出せないが身体に症状がある」というクライエントに接するとき、身体から入るアプローチの重要性を強く感じます。

EMDRと SEは対立するものではなく、むしろ補い合う関係にあります。実際、EMDRとSEの技法を統合して用いる臨床家も少なくありません。「記憶の処理」と「身体の調整」、この二つの軸を持っておくことが、トラウマ支援の幅を大きく広げると感じています。

 

 

「正解の療法」はない

ここまでEMDR・PE・CPTの三つを見てきました。それぞれにしっかりとしたエビデンスがあり、それぞれに得意とするケースがあります。では実際にトラウマを抱えた方が「どれを選ぶか」は、どのように考えればいいのでしょうか。

まず「今の自分の状態」を知ること

どの療法も、ある程度の安定した状態が前提になります。強い解離症状がある、日常生活がほぼ機能していない、自傷・希死念慮が活発な状態では、トラウマ記憶を直接扱う前に安定化が優先されます。これはEMDR・PE・CPTすべてに共通する前提です。

 

選ぶときの目安

EMDRが向いていると感じるとき

  • トラウマを言葉にすることが難しい、または語ることへの恐怖がある
  • 身体に症状(緊張、痛み、フリーズ感)が強く残っている
  • 宿題や構造化された作業よりも、セッション内での体験を重視したい
  • できるだけ少ない回数で変化を感じたい

PEが向いていると感じるとき

  • 回避行動(特定の場所・人・状況を避け続けている)が生活に大きく影響している
  • トラウマを言語化することへの準備ができている、または語ることで整理されると感じる
  • 宿題に取り組む意欲と環境がある

CPTが向いていると感じるとき

  • 「なぜ自分はこう感じるのか」「あのときの意味は何だったのか」と考えることが多い
  • 自分・他者・世界への信念が大きく揺らいでいると感じる
  • 思考を言語化・文章化することが比較的得意
  • 構造化されたプログラムに安心感を感じる

「語らなくていい」ことの意味

EMDRの特徴として繰り返し触れてきた「詳細を語る必要がない」という点は、トラウマを抱えた方にとって非常に重要な入口の問題です。

被害体験・虐待体験・性暴力被害など、言語化すること自体が再トラウマになりうるケースでは、「語らなくていい」という選択肢があることが、治療への第一歩を踏み出すハードルを大きく下げます。

 

臨床家として大切にしていること

私自身の臨床では、療法を「当てはめる」のではなく、目の前のクライエントの状態・希望・生活環境・準備性をていねいに見極めながら、一緒に考えるプロセスを大切にしています。

「この療法しかやりません」という姿勢ではなく、「あなたには今、これが合いそうだと思う。一緒に試してみましょう」という対話が、トラウマ治療の入口では特に重要だと感じています。

 

次回予告

次回は、EMDRを通じてクライエントに実際に何が起きるのか、変化のプロセスを体験者・臨床家の双方の視点から描きます。

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