ここからは数回に分けて当カウンセリングルームでも最も問い合わせの多いEMDRについてシリーズ形式で紹介します。EMDRの有効性はさまざまなエビデンスの蓄積に伴って広く認知されていますが,それでも万能でもなく魔法でもありません。ご自分に合った方法を見つけるためのご参考としていただければ幸いです。
1987年の春、カリフォルニア州の公園で
EMDRの歴史は、一人の女性が公園を散歩していた日に始まります。
フランシーン・シャピロ(Francine Shapiro)。当時、心理学の博士課程に在籍しながら、自身もがんの診断を受け、ストレスフルな日々を過ごしていました。そのある日、気になっていた悩みごとを考えながら歩いていると、ふと気づいたことがありました。——考えていた内容の不快感が、気がつくと和らいでいる。
原因を探ると、自分の目が左右に素早く動いていたことに気づきました。意識的に眼球を動かしながら不快な考えを思い浮かべると、同じことが起きる。感情的な苦痛が、やわらいでいく。
これがEMDR(Eye Movement Desensitization and Reprocessing:眼球運動による脱感作と再処理法)の原点となった体験です。
偶然の発見から臨床研究へ
シャピロは直感を科学に変えようとしました。まずベトナム戦争帰還兵やレイプ被害者など、トラウマを抱えた22名を対象に試験的なセッションを行い、1989年に最初の論文を発表します(Shapiro, 1989, Journal of Traumatic Stress)。
結果は驚くべきものでした。1回のセッションで、長年抱えていたトラウマ記憶の苦痛が大幅に軽減したというのです。当初、心理学界はこの結果に懐疑的でした。「眼球を動かすだけでトラウマが治る」という主張は、あまりにも単純すぎると映ったからです。
論争と発展の時代
1990年代、EMDRは激しい賛否の中で発展していきます。シャピロ自身がトレーニングの普及に力を入れる一方、「眼球運動は本当に必要なのか」「イメージだけでも同じ効果があるのではないか」という批判的研究も相次ぎました。
しかしその論争が、皮肉にも研究の蓄積を促します。1990年代後半から2000年代にかけて、無作為化比較試験(RCT)が次々と行われ、少なくとも「EMDRがPTSDに有効である」という点については、次第にコンセンサスが形成されていきました。
国際的な認知へ
2013年、WHO(世界保健機関)はPTSDの治療ガイドラインにEMDRを推奨療法として明記しました。現在では、米国心理学会(APA)、国際トラウマティックストレス学会(ISTSS)など主要な専門機関が軒並みEMDRをエビデンスに基づく治療法として認定しています。
公園でのたった一つの気づきが、世界中の何百万人ものトラウマを抱えた人々の治療に使われる療法へと育ったのです。
次回予告
次回は、実際のEMDRセッションがどのように進むのか、8つのフェーズの流れをご紹介します。「眼球を動かす」だけではない、その奥にある丁寧なプロセスをお伝えします。
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