前回は、バイオフィリア仮説やヒューマン・アニマル・ボンド、オキシトシンの分泌など、ペットや動物が私たちの心身に与える科学的な効果についてご紹介しました。今回は、その効果をカウンセリングや心理支援の文脈でどう理解し、活かせるかを考えていきたいと思います。
キーワードは、「場」です。
ペットがいると、なぜ「場の雰囲気」が変わるのか
ペットを飼っている方ならきっと経験があると思います。家に帰ると犬がしっぽを振って迎えてくれる。猫がそっと膝の上に乗ってくる。それだけで、その場の空気がやわらかく、明るくなる感覚。
これは主観的な印象ではなく、心理学的に説明のつく現象です。
動物は、人と人との間に生じる「評価」「緊張」「気遣い」といった社会的プレッシャーを無力化します。動物がそこにいるだけで、人は自然と表情がほぐれ、声のトーンが変わり、他者への警戒心が下がる。これをソーシャル・ルブリカント(social lubricant:社会的潤滑剤)効果と呼ぶことがあります。
動物と触れ合うことで場が和み、その場にいる人々の間のコミュニケーションが自然と促進される。高齢者施設や病院でのセラピー犬訪問で、普段ほとんど話さない入居者が犬に向かって声をかけ始める、というのはこの効果の典型例です。
ホロニカル・アプローチの「場所的自己」という視点
ここで、日本発のユニークな心理療法の概念を紹介したいと思います。定森恭司先生らが提唱したホロニカル・アプローチです。
ホロニカル・アプローチとは、心の深層から、身体、関係性や社会に至るまで、自己(部分)と世界(全体)の関係を自由無礙に俯瞰しながらアプローチするもので、西洋の心理療法だけでなく東洋思想までを統合した独創的な理論です。
その中核概念のひとつが「場所的自己」です。
ホロニカル心理学では、自己は固定した個人の内部にあるのではなく、「場」との密接な関係の中で形成されると考えます。つまり、「自己」と「場(環境・関係性・空間)」は切り離せない関係にあり、どんな場にいるかが、そのときの自分のあり方そのものに影響する、という考え方です。
これはペットとの関係を考えるうえで、非常に示唆的な視点です。
「ペットがいる場」は、自己(わたし)のあり方を変える
場所的自己の観点から見ると、ペットがいる空間は、単に「動物がいる」というだけでなく、その場にいる人の自己のあり方そのものを変えると考えることができます。
犬が好きな人であれば,ペットとしての犬がいない時といる時を比較してください。おそらく犬に声をかけ、撫でるうちに、不安や緊張,疲れがあったとしても自然とほぐれ、ホッとした気持ちになることでしょう。
これは「場」そのものが変わったことで、自己のあり方が変化した、とホロニカル的に理解できます。
場が変わると、自己が変わる。自己が変わると、こころが動き出す。動物はその「場の変容」を引き起こす、特別な存在といえます。
カウンセリングにおける動物介在の実践
実際の心理臨床の現場でも、動物の存在を意図的に活用する試みが広がっています。
欧米では、トラウマを抱えた子どもへのセラピーに馬を用いるエクワイン・アシステッド・サイコセラピー(Equine-Assisted Psychotherapy)が注目されています。馬は人間の感情に非常に敏感で、クライエントの内的状態を映し出す「生きた鏡」として機能するとされます。言葉で表現することが難しい感情を、馬との関わりを通じて体験的に気づいていくアプローチです。
日本でも、犬を活用したカウンセリング補助の実践が少しずつ報告されており、特に子どもや高齢者、自閉スペクトラム症のある方への支援において効果が示されています。
「評価しない存在」がつくる安全な場
カウンセリングの基本に、無条件の肯定的関心(unconditional positive regard)という概念があります。カール・ロジャーズが提唱したもので、クライエントをありのままに受け入れる姿勢を指します。
動物は、この「無条件の受容」を、言葉を使わずに体現します。怒っても、泣いても、だらしなくても、動物はそこにいてくれます。人間のカウンセラーが意識的に実践しようとする姿勢を、動物は存在そのものとして示してくれるのです。
これが、カウンセリングの場に動物がいることで「安全な場」が自然に形成されやすくなる理由です。ホロニカル・アプローチの言葉を借りるなら、動物の存在が「自己と世界がより一致しやすい場」を作り出す、と言えるかもしれません。
私自身の体験から
新しいトイプードルと暮らし始めて改めて実感したことがあります。帰宅したとき、犬がいると場の緊張がほぐれ、会話が自然に弾むのです。家族とのコミュニケーションも同様で、犬という「共通の話題」が橋渡しになり、その場の雰囲気が一変します。
カウンセリングの場でも、日常の場でも、動物は「場のあり方」を根本から変える力を持っている。そのことを、専門家として改めて実感しています。
おわりに
ペットや動物の癒やし効果は、個人の心理的な安らぎにとどまりません。それは「場」そのものを変容させ、そこにいる人々の自己のあり方や関係性にまで影響を与えます。
ホロニカル・アプローチの場所的自己の視点は、動物と人との関係を「個人の癒やし」という枠を超えて、「場と自己の相互変容」として捉え直す豊かな視座を提供してくれます。
動物の力を心理支援に活かすことは、これからの臨床心理学のひとつの重要な方向性だと、私は感じています。