はじめに

精神分析、ユング・プロセス指向、人間性心理学、CBT、家族療法・システム論、ナラティブ・セラピーと見てきたこのシリーズ。今回はいよいよ、私自身の最も重要な臨床的専門領域でもあるEMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)とトラウマ理論とホロニカル・アプローチの接合を探ります。

なお、トラウマやEMDRについては過去にこのブログでも紹介しましたので、一部重複もあると思います。

EMDRは現在、世界保健機関(WHO)がPTSDへの推奨治療法として認定した、エビデンスに基づく心理療法です。一方ホロニカル・アプローチは、トラウマを「ホロニカル関係の阻害」として独自に位置づけ、神経生物学的反応から多層多次元の文化・社会的文脈までを包括する統合的な理解を提示しています。

両者の対話は、私にとって単なる理論的探求を超えた、日々の臨床実践の核心に触れるものです。

 

EMDRとトラウマ理論の核心

フランシーヌ・シャピロの発見

EMDR(Eye Movement Desensitization and Reprocessing)は、1987年にアメリカの心理学者フランシーヌ・シャピロ(1948-2019)によって発見・開発されました。

公園を散歩中、不快な思考が眼球を左右に動かすことで軽減されることに気づいたシャピロは、この観察を体系的な治療法として発展させました。クライエントがトラウマ記憶を思い浮かべながら、治療者が指などを左右に動かすのを目で追う(あるいは左右交互の音・タッピングなどの両側性刺激を受ける)という独特の手続きにより、トラウマ記憶の情動的苦痛が低減し、適応的な認知と感情が促進されます。

EMDRの理論的基盤となるのが、シャピロが提唱したAIP(適応的情報処理)モデルです。脳には本来、体験を情動的に処理し適応的に統合する能力(適応的情報処理システム)が備わっています。トラウマ体験は、この処理が阻害された状態——生々しい感覚・感情・思考・身体感覚が「今・ここ」に侵入し続ける状態——として理解されます。EMDRはこの阻害を解除し、記憶を適応的に統合することを目指します。

ヴァン・デア・コークとトラウマの身体論

EMDRと密接に関連するトラウマ研究の金字塔が、精神科医ベッセル・ヴァン・デア・コークの「身体はトラウマを記録する(The Body Keeps the Score)」です。

ヴァン・デア・コークが示したのは、「トラウマは『思考する脳』(前頭前皮質)では忘れられても、身体と神経系に深く刻まれ続ける」という事実です。フラッシュバック・過覚醒・凍りつきなどのトラウマ反応は、過去の体験への意識的な記憶ではなく、神経生物学的な防衛反応として身体レベルで保存されています。

定森(2026)もヴァン・デア・コークを明示的に参照しながら、「心的外傷の回復には、身体的自己が実感できる安全な環境づくりや、体験を言語化すること、そして新たな人間関係を築くことが回復の鍵である」と述べています。

ポリヴェーガル理論との接合

近年のトラウマ治療に最も大きな影響を与えた理論のひとつが、スティーヴン・ポージェスのポリヴェーガル理論(Polyvagal Theory)です。

ポリヴェーガル理論は、自律神経系を三つの階層的システムとして捉えます。

  • 腹側迷走神経系:社会的関与システム。安全を感じるとき活性化し、つながり・学習・遊びが可能になる。
  • 交感神経系:闘争逃走反応。脅威を感じるとき活性化し、動員・戦い・逃げることを可能にする。
  • 背側迷走神経系:凍りつき・シャットダウン反応。命の危険を感じるとき活性化し、解離・麻痺・崩壊をもたらす。

本書は「被支援者が抱えるトラウマ反応は、腹側迷走神経・交感神経・背側迷走神経という三つの階層的システムとして捉える仮説であるポリヴェーガル理論(Porges, 2018)のように、脳や神経生物学的な防衛反応としての側面を持つ」と明記しています。

ポリヴェーガル理論が臨床実践に与えた最大の貢献は、「治療の場そのものが『安全』でなければ、トラウマの処理はできない」という認識です。支援関係において腹側迷走神経系が活性化される安全な「場」を整えることが、あらゆるトラウマ治療の前提条件となります。

 

ホロニカル・アプローチによるトラウマの理解

「ホロニカル関係の阻害」としてのトラウマ

ホロニカル心理学はトラウマを独自の概念で定義します。本書では「心的外傷とは、ある一つのホロニカル的存在が他の存在と関係を結べなくなったことにより、ホロニカル関係のネットワーク全体が自己照合を失っている状態」と述べています。

具体的に言えばこうです。幼少期の体罰体験に端を発する恐怖(陰のホロニカル的存在a)が、成長の過程でさまざまなホロニカル的存在(b, c, d……)へと連鎖し、最終的には対人関係全般の回避・自責・無力感・睡眠障害・うつ症状といった形で"こころ"の広範な構造に影響を及ぼしていく——これがトラウマのホロニカル的理解です。

EMDRのAIP(適応的情報処理)モデルが「トラウマ記憶は神経ネットワーク上で孤立・凍結した状態にある」と理解するのに対し、ホロニカル的理解では「ホロニカル関係のネットワーク全体が自己照合を失った状態」として理解されます。どちらも「孤立・凍結・ネットワークの分断」という構造を共有しながら、ホロニカル心理学はそれを個人の神経系レベルにとどめず、多層多次元の関係性ネットワーク全体として捉える点が独自性です。

「観察主体」の視野狭窄としてのトラウマ

ホロニカル・アプローチはトラウマをさらに「観察主体の視野狭窄」として理解します。

「観察主体が特定のホロニカル的存在に対して強い執着を示し、それ以外の存在を否認・抑圧・隔離してしまうと、多層多次元にわたる自己と世界のホロニカル関係の自己組織化が阻害される」——これはまさにトラウマの臨床的実態を表しています。

フラッシュバックで支配されているとき、クライエントの観察主体は「あの瞬間」に固着し、「今・ここ」に戻れなくなります。過覚醒状態では、わずかな刺激でも脅威として知覚され、安全な関係を築けなくなります。解離状態では、体験の断片が統合されず、自己の連続性が失われます。

これらはすべて、「観察主体の視野狭窄」による「ホロニカル関係のネットワークの自己照合の喪失」として理解できます。

「今・ここ」の時間論とトラウマ

ホロニカル心理学の時間論は、トラウマ理解において特に重要な視座を提供します。

本書は「過去のトラウマ体験が『今・ここ』においても繰り返されているかのような感覚を生み出すことがある。これは、意識が記憶を再構成する際に、過去の出来事を現在の文脈で再体験するからである」と述べています。

この理解はEMDRの臨床的実践と深く一致します。EMDRにおけるフラッシュバックの理解——「過去のトラウマ記憶が現在として体験される」——は、まさに「過去・現在・未来は直線的に分断されたものではなく、常に重層的に絡み合いながら今という一瞬に包摂される」というホロニカルの時間論と対応しています。

そして、ホロニカル・アプローチの支援の方向性は「支援者との対話を通じて『今・ここは、もう安全で安心できる場である』という新たな体験の実感・自覚を促すことで、過去の記憶を過去の記憶として『今・ここ』の体験から区別し、トラウマ体験そのものの意味が変容するのを促進していく」と述べています。

これはEMDRのフェーズ1・2(安全の確立・安定化)とフェーズ3〜6(記憶の処理・再固定)の流れと、構造的に深く共鳴しています。

 

EMDRとホロニカル・アプローチの接合点

フェーズ・ベースド・アプローチとの共鳴

現代のトラウマ治療の標準的な枠組みがフェーズ・ベースド・アプローチ(段階的治療)です。ジュディス・ハーマンが提唱し、EMDRでも採用されているこの枠組みは、以下の段階で構成されます。

フェーズ1:安全・安定化——安全な治療関係と環境を整え、感情調整スキルと内的安全基地を確立する。

フェーズ2:トラウマ記憶の処理——EMDRの標準的プロトコルによる記憶の脱感作と再処理。

フェーズ3:統合・再連結——処理された体験を現在の生活と統合し、新たな自己の物語を構築する。

このフェーズ構造は、ホロニカル・アプローチの変容の5段階(インテーク→外在化・可視化→共創的俯瞰→ホロニカル関係の創発→ホロニカル・ループの強化)と深く共鳴します。特に「安全・安定化」はホロニカルの「安全・安心な場の整備」と、「統合・再連結」は「自己組織化の促進とホロニカル・ループの強化」と対応します。

両側性刺激とホロニカル的な「左右の往還」

EMDRの核心的手続きである両側性刺激(Bilateral Stimulation)——眼球の左右運動、左右交互の音、タッピングなど——は、なぜ効果をもたらすのか、その神経科学的メカニズムはいまだ完全には解明されていません。

しかし、ホロニカル心理学の観点から興味深い解釈が可能です。

ホロニカル心理学では、「一瞬・一瞬の間(ま)に生じる微細なズレやせめぎ合いが"こころ"の動態を生み出す」と理解されます。両側性刺激による「左右の往還」は、固着した観察主体を「不一致→一致」の動的ゆらぎの中に引き込み、視野狭窄状態から俯瞰的立場へのシフトを促進するものとして理解できます。

また両側性刺激が促すREM睡眠との類似(夢処理仮説)は、ホロニカル心理学のユング・プロセス指向との接合——夢・身体・無意識の統合的処理——とも深く共鳴します。

「内的安全基地」とホロニカルの「安全な場の生成」

EMDRの準備段階で重要な技法のひとつが「内的安全基地(safe place)」の確立です。クライエントが安全・安心を感じる場所のイメージを心の中に育て、感情が高まったときにそこに戻れる力を養います。

これはホロニカル・アプローチの「被支援者が過去の外傷体験によって"こころ"が『今』に留まれなくなっている場合、支援者が『今・ここ』の安全と安心を共に体感することが、被支援者にとっての変容の契機となる」という視座と深く共鳴します。

ただし、EMDRが「クライエントの内部に安全基地を作る」ことを重視するのに対し、ホロニカル・アプローチは「支援者とクライエントが共に創る『場』の安全性」をより強調します。これは「共同研究的協働関係」——支援者も被支援者も共に変化する関係——というホロニカルの基本姿勢と一致しています。

「認知の再構成」とホロニカルの「観察主体の育成」

EMDRの処理プロセスでは、ネガティブな認知(NC:「私はダメだ」「世界は安全でない」)がポジティブな認知(PC:「私はやり遂げられる」「今は安全だ」)へと変容します。

ホロニカル・アプローチはこの変容を、単なる認知の内容の変化としてではなく、観察主体(A点)のあり方の変容として理解します。ネガティブな認知に固着した観察主体が、両側性刺激の往還とともに、「今・ここ」の安全を感じながら俯瞰的立場(C点)を回復する——この過程が、EMDRにおける処理のホロニカル的理解です。

 

トラウマ・インフォームド・ケアとホロニカル

「なぜそのような行動をするのか」から「何があったのか」へ

近年の支援現場で急速に普及しているのがトラウマ・インフォームド・ケア(Trauma-Informed Care: TIC)の視座です。

「この人は問題行動をしている(Why)」から「この人に何があったのか(What happened)」という問いの転換——これは支援のパラダイム全体を変える視座です。

定森(2026)の事例では、DV被害を受けた母親と反抗する息子の事例において、「易怒性を気質や人格の問題にせず、課題は『癇癪虫(かんしゃく虫)』として外在化」し、「親子ともトラウマ反応でスイッチ・オンし理性の制御を失う悪循環がある、というトラウマ・インフォームドな説明が鍵になる」と述べられています。

これはTICの精神とホロニカル・アプローチの外在化技法が見事に統合された実践例です。「問題のある人」ではなく「世代間連鎖とトラウマが交差する悪循環パターンの中にある人」というホロニカル的理解が、支援の方向性を根本から変えています。

神経生物学とホロニカル――「脳還元主義」の超克

ホロニカル心理学は、神経生物学・脳科学の知見を積極的に取り込みながら、同時に「脳還元主義」への警戒を保持します。

本書は「脳や神経生物学的活動は、身体、感情、社会的関係性、文化的文脈、さらには歴史的背景など、多様な要素が複雑に交錯するなかで成り立っている。脳の活動を理解するためには、脳を動かしている働きそのもの、すなわち"こころ"の側からも問い直す視座が重要になる」と明確に述べています。

EMDRはエビデンスに基づく治療法として神経科学的説明を重視しますが、その効果のメカニズムは神経生物学的説明だけには収まりません。クライエントと治療者の関係性・治療の場の安全性・文化的文脈・世代間トラウマの影響——これらの多層的要素が絡み合う中で、EMDRの治療的効果は生まれます。

ホロニカル・アプローチはこの「EMDRの効果の多層的理解」を可能にする統合的枠組みを提供します。

 

私の臨床実践から――EMDRとホロニカルの統合

カウンセリングの現場でEMDRとホロニカル・アプローチを統合的に実践する中で、私は次のような手順を大切にしています。

まず、ホロニカル的な見立てとして、クライエントの「ホロニカル関係のネットワーク」全体を俯瞰します。個人的無意識層にとどまらず、家族的無意識層(世代間連鎖)・社会文化的文脈を含む多層的な理解を行います。

次に、ポリヴェーガル理論を念頭に置いた安全・安定化の段階では、「今・ここ」の腹側迷走神経系の活性化を促す関係の「場」を共に整えます。これはホロニカルの「安全な場の生成」と完全に一致します。三点法でいうとB点の強化にあたります。

そしてEMDRによる記憶処理の段階では、両側性刺激を「観察主体が固着した視野狭窄から俯瞰的立場へシフトするプロセスの補助」として理解しながら実施します。処理の進行とともに、ネガティブな認知の変容を「観察主体のあり方の変容」として読み解きます。三点法でいうと、先のB点とA点を行ったり来たりすることで、新たなC点が創発されると考えます。

最後の統合・再連結の段階では、ホロニカル・アプローチの「自己組織化の促進」として、処理された体験が多層多次元のホロニカル関係のネットワーク全体へと再統合されるプロセスを丁寧に支援します。

おわりに

EMDRは「身体に刻まれたトラウマ記憶を、両側性刺激によって解凍し、適応的に再処理する」という明確なプロトコルと強力なエビデンスを持っています。ホロニカル・アプローチはそのプロセスを「ホロニカル関係のネットワークの自己照合の回復」として深く理解し、多層多次元の文脈の中に位置づけ直します。

「身体に刻まれた記憶」を解放するのは、神経生物学的プロセスだけではありません。「今・ここ」の安全な関係の場の中で、観察主体が視野狭窄を超えて俯瞰的立場を回復し、過去・現在・未来が重層的に包摂される「永遠の今」に触れるとき——そこにトラウマからの真の回復が生まれると、臨床家として私は感じています。

次回は東洋思想(仏教・禅・西田哲学)とホロニカル・アプローチの接合を探ります。いよいよこのシリーズの最終回、ホロニカル・アプローチ最大の独自性に迫ります。

 

はじめに

精神分析・ユング心理学・人間性心理学・CBT・家族療法システム論に続く今回は、ナラティブ・セラピー(Narrative Therapy)とホロニカル・アプローチの接合を探ります。

ナラティブ・セラピーは、1980〜90年代にマイケル・ホワイトとデイヴィッド・エプストンによって創始されたポストモダン的心理療法です。「人は自分の人生を物語として生きており、その物語が変われば生き方が変わる」という根本命題を持つこのアプローチは、「外在化」「オルタナティブ・ストーリー(代替的物語)」「再著述(re-authoring)」など、臨床実践において非常に有用な概念と技法を生み出してきました。

ホロニカル・アプローチはナラティブ・セラピーの豊かな知見を積極的に取り込みながら、同時に「物語の書き換え」という枠組みを超えた、より根源的な次元での変容を目指します。

 

ナラティブ・セラピーの核心

「問題の外在化」――問題は人ではない

ナラティブ・セラピーがもたらした最も革新的な貢献のひとつが、「問題の外在化(externalizing the problem)」という技法・思想です。

「問題を抱えた人」ではなく「人が問題と関係している」という視点の転換——「うつな私」ではなく「うつが私に影響している」、「怒りっぽい子ども」ではなく「怒りがこの子に取り憑いている」という言語的枠組みの転換は、クライエントと問題の関係そのものを組み替えます。

問題を外在化することで、クライエントは問題から少し距離を置き、問題との関係を新たに選択する主体として立ち現れてきます。これは支援の文脈を根本から変える発想です。

「支配的物語」と「オルタナティブ・ストーリー」

ナラティブ・セラピーは、クライエントが「支配的物語(dominant story)」——「私はダメな人間だ」「私はいつも失敗する」——に縛られており、その物語の中に収まらない「例外(unique outcome)」がすでに存在することに注目します。

その例外を丁寧に拾い上げ、クライエントが自らを別の視点から語り直す「オルタナティブ・ストーリー(代替的物語)」の構築を支援することが、ナラティブ・セラピーの核心です。この過程は「再著述(re-authoring)」とも呼ばれます。

ポストモダン・社会構成主義の立脚点

ナラティブ・セラピーはポストモダン思想・社会構成主義を理論的基盤とします。「現実は客観的に存在するのではなく、言語・言説・ナラティブを通じて社会的に構成される」という立場から、クライエントが「問題のある人」として定義されるのは、支配的な文化的言説(「こうあるべき」という規範)の産物にすぎないとみなします。

この視座は、セラピストの権威性を批判し、クライエントを自らの人生の「専門家」として位置づける、徹底した非権威主義的姿勢につながります。

 

ホロニカル・アプローチとの深いつながり

「問題の外在化」から「観察主体と観察対象の分離・可視化」へ

ホロニカル・アプローチは、ナラティブ・セラピーの「外在化」技法を積極的かつ独自に発展させています。

定森(2026)には明確にこう記されています。「ホロニカル・アプローチは、ナラティヴ・セラピーなどに見られる『問題の外在化』の技法を深め、被支援者と支援者が共に外在化された問題を再定義するプロセスを重視します。外在化により問題を外に出すことで、『被支援者が問題である』という視点ではなく、『問題が問題である』という捉え方に転換する文脈が生まれ、自ずと被支援者と支援者が共に『問題』に取り組む協働的関係性が生まれるようになります」。

ホロニカル・アプローチにおける外在化の独自性は、それをナラティブ・セラピーの「言語的枠組みの転換」にとどめず、「観察主体(A点)と観察対象(B点)の分離・可視化」として、"こころ"の構造論と直接結びつける点にあります。

たとえば「自分は常に怒りに翻弄される」と訴えるクライエントに対して、ホロニカル・アプローチでは「翻弄される私(観察主体A)」と「怒り(観察対象B)」の関係性のパターンとして捉え直し、さらにこのパターンが対人関係・身体症状・学校との関係など、異なる領域でもフラクタル構造として自己相似的に反復されていることを可視化します。

外在化は「言葉の転換」だけでなく、"こころ"の多層多次元構造全体を俯瞰するための技法として深化されているのです。

小物による外在化——ナラティブを超えた「体験的可視化」

ホロニカル・アプローチの実践技法として特に重要なのが、「小物による外在化法」です。

クライエントの内的構造(観察主体Aと観察対象B、あるいは内我と外我の関係)を、言語的に語り直すだけでなく、小さな具体的な物体(人形・石・積み木など)を使って空間的に配置し、視覚的・身体的に「見える化」します。

これはナラティブ・セラピーの「外在化」の精神を引き継ぎながら、言語以前の身体感覚・空間知覚・視覚的配置を通じた理解へと拡張するものです。言語化が困難な体験、身体に刻まれたトラウマ記憶、多層的な関係性のパターンを、小物の配置を通じて「あるがままに俯瞰する」——この作業が、クライエント自身の観察主体の育成を促します。

また「名付ける(外在化の命名)」という点でも、ホロニカル・アプローチはナラティブ・セラピーと共鳴します。本書では「怒りに振り回されている親子がいる場合、その怒りを『カット虫』などと名付けることで外在化し、被支援者と支援者が『カット虫への対策』を共同研究的に検討しながら、問題の意味づけや関わり方を協働的に組み替えていく」という実践例が示されています。

「語りの主語・述語」から観察主体を読む

ナラティブ・セラピーが「物語の内容」に注目するとすれば、ホロニカル・アプローチはさらに「語りの構造」に注目します。

本書では「被支援者の語りの中で『誰が何をどう感じ、どう判断しているのか』を読み解くことは、観察主体と観察対象の特定に直結する」と述べています。

特に日本語では主語が省略されがちであるため、「誰が」を補って再構成する手法が有効です。主語に当たる観察主体が内的現実主体(内我)か、外的現実主体(外我)か、ホロニカル主体(理)かを見極めることで、クライエントがいかなる視座から語っているかが明確になります。

「私はダメだ」という語りは、外我が内我を批判し続けているのか、内在化された「理」(親・社会の価値観)が現実主体を縛っているのか——同じ「ダメだ」という言葉の背後にある構造の違いを読み解く視座は、ナラティブ・セラピーの「支配的物語の分析」を、ホロニカルの構造論として精緻化したものといえます。

「自己物語の再著述」と「自己組織化」

ナラティブ・セラピーの「再著述(re-authoring)」——クライエントが自らの人生を「著者」として書き直す営み——は、ホロニカル・アプローチの「自己組織化」と深く共鳴します。

しかし重要な差異があります。

ナラティブ・セラピーにおける「再著述」は、基本的に言語・物語の次元での変容を志向します。オルタナティブ・ストーリーを語ることが変容の核です。

一方ホロニカル・アプローチにおける「自己組織化」は、言語・物語の次元だけでなく、身体感覚・感情・関係・場所など、言語以前の多層多次元にわたる変容の全体を射程に収めます。本書では「ホロニカル心理学では、"こころ"を固定的に定義しないこと自体が支援技法の一部になっている」と述べられており、「語り直し」に固定することなく、"こころ"の動的現象に参与し続ける姿勢が求められます。

 

ナラティブ・セラピーとの根本的な相違点

「ポストモダン・社会構成主義」との距離

ナラティブ・セラピーが拠って立つポストモダン・社会構成主義は、「現実は言語的・社会的に構成される」という立場から、客観的現実や普遍的真理の存在を問い直します。

ホロニカル・アプローチはこの問い直しに深く共感しながら、同時に言語・言説・ナラティブの次元に議論を限定することに慎重です。

本書では「ホロニカル心理学は、関係性をコミュニケーション、言説やナラティブとして理解するだけではなく、身体や宇宙を包摂する多層多次元的な関係生成過程として捉え直す」と述べています。

言語は、自己と世界の不一致・一致を表現する重要なチャンネルのひとつですが、「言語化されない一致の体験こそが、"こころ"の奥底にあるリアリティ」でもあります。定森(2026)はさらに「言語化されない感覚的な一致もあれば、自己と他者、あるいは自己と出来事とのあいだに明確なズレを感じるような不一致も存在する。自己と世界が本来的に一体であるという無境界の現象世界は、私たちが何かを『言葉』にした瞬間に、対象とそれ以外とを区別するという構造をもたらし、そこに不一致が生じる」とも述べています。

言語化することでかえって失われる何かがある——この認識は、ナラティブ・セラピーが十分に扱えない次元への、ホロニカル的な問いかけです。

「物語の書き換え」より「俯瞰する主体の育成」

ナラティブ・セラピーは「物語を書き換えること」を変容の核とします。しかしホロニカル・アプローチでは、「どんな物語を語るか」よりも、「どのような観察主体の立場から物語を語っているか」——すなわち「語る主体そのものの変容」を重視します。

外我(他者の評価・社会規範を内面化した批判的自己)が観察主体となって語る物語は、いかに「ポジティブ」に書き換えられても、その構造が変わらなければ変容は表面的にとどまります。

ホロニカル・アプローチが目指すのは、「IT(イット)」——無批判・無評価・無解釈の立場から自己と世界の不一致・一致を俯瞰する根源的な観察主体——が立ち上がることです。そのとき初めて、外在化された「物語」を多層多次元的に俯瞰し、自己と世界の関係を自己組織化していく力が生まれます。

「物語を書き換える」のではなく「物語を俯瞰する主体が育つ」——この差異は、ナラティブ・セラピーとホロニカル・アプローチの根本的な相違点です。

セラピストの立場をめぐる共鳴と相違

ナラティブ・セラピーは「セラピストは知らない立場(not-knowing position)に立つ」という徹底した非権威主義を標榜します。クライエントを自らの人生の専門家として尊重し、セラピストは「外部証人」として物語の再著述を支援します。

ホロニカル・アプローチもまた「共同研究的協働関係」を基本姿勢とし、支援者が答えを与える権威者となることを否定する点では深く共鳴します。

しかし同時に、ホロニカル・アプローチでは、支援者が「IT(イット)」の俯瞰的立場に立つための相応の訓練・自己修練が求められます。「雨降らし男」(河合隼雄が紹介した、ただ「道(タオ)の状態になる」ことで自然に変容をもたらす治療者の象徴的喩え)を参照しながら本書は述べます——「ホロニカル・アプローチでは、支援者が『雨降らし男』になるのではなく、被支援者と支援者が共に雨降らしの関係になるような関係づくりを徹底し続ける」。

「知らない立場」ではなく「ともに俯瞰する立場」——この微細だが重要な差異に、ホロニカル・アプローチの独自性があります。

 

変容の5つのステージ——ナラティブ的視座との統合

ホロニカル・アプローチでは、変容のプロセスを5つのステージとして示しています。

ステージ1(インテーク):被支援者の語りの中から「日常のズレ」「一瞬の違和感」を俯瞰的に拾い上げる。

ステージ2(外在化・可視化):多層多次元の悪循環のフラクタル構造全体を外在化・可視化する。被支援者は「困難が単なる個人的問題に還元されない」ことを体験として理解する。

ステージ3(共創的俯瞰による模索):支援者と被支援者が共同研究的協働の立場から、不一致が一致へと向かう観察主体と観察対象の組み合わせを探索する。

ステージ4(ホロニカル関係の創発):「過去の語りと現在の内省のギャップ」を足場に、小さな意味のある変化が生まれる。変化は「できた・できない」ではなく「世界の見え方・関係の結び方が変わった」という意味生成として語られる。

ステージ5(ホロニカル・ループの強化):変容が一過性で終わらず、心的構造の変化として定着していく。

このプロセスは、ナラティブ・セラピーの「支配的物語→例外の発見→オルタナティブ・ストーリーの構築」という流れと深く共鳴しながら、それを多層多次元の"こころ"の構造論・変容論として再記述したものといえます。

 

おわりに

ナラティブ・セラピーは「人は物語として生きる」という洞察から、「問題の外在化」「オルタナティブ・ストーリー」「再著述」という豊かな実践的知見を生み出しました。ホロニカル・アプローチはこれを深く継承しながら、以下の方向に発展させます。

言語的物語を超えた多層多次元の変容へ。「物語の書き換え」を超えた俯瞰する主体の育成へ。「知らない立場」を超えたともに俯瞰し共創する関係へ。

ナラティブ・セラピーが「語ること」に変容の力を見出したとすれば、ホロニカル・アプローチは「語ること」と「語る以前の直接体験」の両方を抱え込みながら、"こころ"の自己組織化を共に育んでいきます。

次回はEMDRとトラウマ理論とホロニカル・アプローチの接合を探ります。

はじめに

精神分析・ユング心理学・人間性心理学・CBTに続く今回は、家族療法とシステム論とホロニカル・アプローチの接合を探ります。

この二つは、ホロニカル・アプローチとの親和性が特に高い理論体系です。それは、どちらも「問題は個人の内部にあるのではなく、関係性・システム・場の中に立ち現れる」という根本的な視座を共有しているからです。

実はホロニカル・アプローチの誕生そのものが、家族療法・システム論との格闘の中から生まれています。その歴史的経緯も含めながら、両者の対話を丁寧に見ていきます。

 

家族療法・システム論の核心

システム論の誕生――「全体は部分の総和ではない」

家族療法の理論的基盤となったのが、ルートヴィヒ・フォン・ベルタランフィが提唱した一般システム理論と、ノーバート・ウィーナーのサイバネティクス(フィードバックと制御の理論)です。

システム理論の核心は、「全体は部分の総和ではない」という命題にあります。家族は個々のメンバーの集まりではなく、それぞれが互いに影響し合いながら独自のパターンを生み出す有機的なシステムとして理解されます。

グレゴリー・ベイトソンはこのシステム論を人間の関係性・コミュニケーションに応用し、統合失調症の発症に関わるダブルバインド(二重拘束)理論を提唱しました。「あなたを愛している(言語メッセージ)」と「近寄るな(非言語メッセージ)」が同時に発せられるとき、受け手は矛盾した命令の中に閉じ込められる——この洞察は、家族システムが個人の心理に与える影響の深さを示したものです。

家族療法の展開――IP(同定患者)という視座

家族療法がもたらした最も革新的な視座のひとつが、IP(Identified Patient:同定患者)という概念です。

家族の中で「問題のある人」として同定されている子ども(不登校・非行・摂食障害など)は、実は家族システム全体の機能不全を体現しているにすぎない、という考え方です。「問題は個人の中にあるのではなく、家族システムのパターンの中にある」——この転換は、心理支援の実践を根本から変えました。

サルバドール・ミニューチンの構造的家族療法(家族の境界・サブシステム・ヒエラルキーの再構造化)、ジェイ・ヘイリーの戦略的家族療法(症状の機能・変化を促すための戦略的介入)、マレー・ボーエンの多世代家族療法(家族パターンの世代間伝達)など、多様な流派が展開されてきました。

円環的因果論――「原因と結果」を超えて

家族療法・システム論が従来の心理学に突きつけた最大の問いが、因果論の転換です。

従来の心理学は「A(原因)→B(結果)」という線形的因果論に依拠してきました(例:「親の養育方法が子どもの問題を引き起こす」)。これに対してシステム論は、円環的(循環的)因果論を提唱します。

AがBに影響し、BがAに影響し、その相互作用がシステム全体のパターンを生み出す——「母親が過保護になる→子どもが依存する→子どもが依存するから母親が過保護になる」という円環のどこに「原因」があるかは問えない。このような循環的な相互作用こそが、家族システムの現実です。

 

ホロニカル・アプローチとの深い接合

ホロニカル・アプローチの誕生と家族療法・システム論

ここで重要な歴史的事実を記しておく必要があります。定森(2026)によれば、ホロニカル・アプローチの誕生過程において、家族療法・システム論は核心的な役割を果たしていました。

定森先生は1980年代の臨床実践の中で、既存の個人モデルでは捉えきれない現象に繰り返し直面する中から、「深層心理学的視点やシステム論、家族療法、地域臨床、教育臨床といった領域が個別にはそれぞれ重要な役割を担っていましたが、実践現場においてはそれらの知見が断片的であり、相互に結びつけて扱う理論的枠組みが欠けていた」ことを痛感されていました。

その過程で生まれたのが、「ホームシミュレーション」技法です。「家庭内の人間関係や家族力動に基づく家族構造をシステム論的に捉え直し、模擬的に再現することで、被支援者の深層的な心的構造を俯瞰的に観察することを試みた」——これはホロニカル・アプローチの実践技法の原型のひとつです。

「円環的因果論」と「ホロニカル関係」

システム論の円環的因果論は、ホロニカル心理学の「ホロニカル関係」と深く対応します。

ホロニカル関係とは、「部分と全体が相互に包摂し合う関係」です。感情・認知・行動・関係性・社会的文脈は一方向的な因果連鎖で結ばれているのではなく、互いが互いを包み込みながら動的に生成し合っています。

本書では「自己と世界との出あいには、不一致と一致が絶え間なく繰り返されており、この変化は一方向的な『発達』ではなく、円環的で絶えず変化していくプロセスとして理解される」と述べられています。

家族療法が「家族メンバー間の円環的相互作用」を見るとすれば、ホロニカル・アプローチはそれをさらに拡張し、個人の内部(多層的無意識)から家族・社会・文化・人類にまたがる多層多次元の「円環的・ホロニカル的相互包摂」として理解します。

「家族的無意識」という独自の概念

ホロニカル心理学が家族療法の知見を取り込みながら独自に展開した最も重要な概念が、「家族的無意識層」です。

ホロニカル心理学の多層的無意識の構造の中で、個人的無意識層の下層に位置するのが「家族内で代々引き継がれる心的パターン」としての家族的無意識層です。

ボーエンの多世代家族療法が「世代間伝達(intergenerational transmission)」として示した知見——家族の感情プロセス・関係パターンが世代を超えて繰り返される——を、ホロニカル心理学は「家族的無意識」という概念として"こころ"の多層構造の中に位置づけ直します。

本書にはその実践例として印象的な事例が掲載されています。母親からの虐待・威圧で来談した少女の背景には、その母親もまた母方祖母から虐待を受けてきた歴史があり、さらに継父もまた激しい体罰を受けて育った過去があった——「憤怒は祖父母代からの伝承でもあった」という言葉が、家族的無意識の深さをリアルに物語っています。

怒りの世代間連鎖」。これは家族的無意識が個人の"こころ"に刻まれたフラクタル構造であり、家族療法的な見立てとホロニカル的な多層構造論が交差する接合点です。

IPの視座から「場の転移」へ

家族療法のIP(同定患者)概念——「問題者とされた個人の背後に家族システムの問題がある」——は、ホロニカル・アプローチの「場の転移」概念とも深く共鳴するでしょう。

「場の転移」とは、過去に形成された悪循環パターン(ホロニカル・ループ)が、家族・学校・職場などあらゆる「場」において反復される現象です。家族システムの中で生まれた不一致のパターンが、その後の人生のあらゆる「場」で繰り返されていく——これはIPの問題を個人の内部に閉じるのではなく、その人が生きてきたすべての「場」との関係の中で理解するという視座です。

本書では「個人の問題を場所の問題へ」という方向性を、ABCモデルのモデルⅡ(場所モデル)として示しています。「家族療法では、子どもの苦悩(A点)を子ども個人の問題としてではなく、家族関係における不一致として捉え直すことで、家族全体に俯瞰的な視座が生まれ、全体としての一致(B点)をめざす方向性が形成される」という記述は、ホロニカルが家族療法の知見をいかに深く継承しているかを示しています。

 

システム論との重要な相違点

「自己組織化」の概念をめぐって

システム論・複雑系理論との接合でもっとも重要な概念が「自己組織化」です。

複雑系理論の「自己組織化」——外部からの管理なしに、システムが内部の相互作用から自律的に秩序を生み出すプロセス——は、ホロニカル心理学の"こころ"の理解と深く共鳴します。本書も「エリッヒ・ヤンツ」「スチュアート・カウフマン」の自己組織化論を積極的に参照しています。

しかし、ここに重要な相違点があります。

本書は「複雑性科学は、数理モデルや一般システム理論を重視する傾向が強く、人間の"こころ"の質的経験や実存的側面には踏み込まない」と明記しています。システム論・複雑系理論が数理的・構造的な記述を目指すのに対し、ホロニカル・アプローチは「被支援者と支援者のやり取りや、日常的な"こころ"の揺らぎを基盤資料として理論化する」——実践即理論・理論即実践の往還を特徴とします。

「数理的抽象と実践的具体性のあいだに明確な境界が存在し、その境界を横断することがホロニカル論の独自性」という本書の言葉は、システム論との距離を明確に示しています。

「観察者の問題」への深化

システム論の第二世代(セカンド・サイバネティクス)は、観察者自身がシステムの一部であるという「観察者の問題*を提起しました。支援者もまた家族システムに影響を与え、影響を受ける存在である——この認識は家族療法の実践を大きく変えました。

ホロニカル・アプローチはこの問題意識をさらに深めます。支援者自身もまた、自らのホロニカル主体(理)——内在化された価値観・理論・信念——を通じてクライエントを見ており、その「理」がクライエントとの関係の「場」を形成しています。

支援者が「IT(イット)」の立場——無批判・無評価・無解釈の根源的俯瞰——に立つことで初めて、自分自身のホロニカル主体(理)の作用を相対化し、クライエントの"こころ"の自己組織化を妨げない「共同研究的協働の場」が生まれます。これはセカンド・サイバネティクスの問題意識を、実践哲学として徹底化したものといえます。

 

「場のホロニカル的理解」という統合

家族療法とシステム論が「家族・社会システムの変容」を目指すのに対し、ホロニカル・アプローチはそれをさらに深め、「場そのものの変容」へと視野を広げます。

本書のABCモデル・モデルⅢ(場モデル)では、「支援の対象は個人や集団にとどまらず、『場』そのものが生成と消滅を反復する動的現象として理解される」と述べられています。支援者は、当事者を取り巻く「場」に働きかけ、場全体に共創的俯瞰のC点(観察主体)の視座をもたらすことで、より協働的な関係性の創出を支援します。

「問題は個人の中にあるのではなくシステムの中にある」(家族療法)

「システムは部分と全体が円環的に包摂し合うホロニカル関係にある」(ホロニカル)

「場そのものが、自己と世界の不一致・一致のプロセスを通じて自己組織化していく」(ホロニカル)

この深化の連鎖が、家族療法・システム論とホロニカル・アプローチの対話の軌跡です。

 

おわりに

家族療法とシステム論は、「問題は個人の中ではなく関係の中にある」という根本的な転換をもたらしました。ホロニカル・アプローチはこの転換を深く継承しながら、「関係」をさらに多層多次元の「場」として、そして自己組織化する動的プロセスとして捉え直します。

臨床の現場で、子どもの不登校・摂食障害・自傷行為を「その子どもの問題」として個人に還元せず、家族的無意識・世代間連鎖・場の転移の文脈で理解しようとするとき——その視座の背景には、家族療法・システム論とホロニカル・アプローチが積み重ねてきた深い対話があります。

次回はナラティブ・セラピーとホロニカル・アプローチの接合を探ります。