身体からトラウマにアプローチする方法
これまでEMDR・PE・CPTという三つのトラウマ療法を見てきました。いずれも心理療法として確立された治療法ですが、今回紹介するSE(Somatic Experiencing:ソマティック・エクスペリエンス)は、少し異なる角度からトラウマにアプローチします。
キーワードは**「身体」**です。
SEとは何か――ピーター・レヴィンの発見
SEは、アメリカの心理学者・生物物理学者であるピーター・リヴァイン(Peter A. Levine)によって開発されました。近年のリヴァインの著書からも本人自身がが幼少期に受けた性的トラウマ体験を追っており,今もなお苦しみ続けていることが書かれています。
(トラウマと癒やしの自叙伝 ソマティック・エクスペリエンシング®️の誕生,星和書店)
リヴァインが着目したのは、野生動物の行動でした。野生動物は、捕食者に追われて「凍りつき(フリーズ)」状態になっても、危険が去ったあとに身体をぶるぶると震わせ、その緊張を放出して何事もなかったように元の生活に戻ります。ところが人間は、社会的・認知的な制御によってこの自然な放出プロセスを抑制してしまうことがある。その抑制されたエネルギーが身体に蓄積し続けることが、トラウマ症状の本質ではないかと考えたのです。
この着想をまとめた著書『Waking the Tiger』(邦題『身体に閉じ込められたトラウマ』)は、トラウマ療法の世界に大きな影響を与えました。
SEの基本的な考え方
SEの理論的基盤は神経生物学にあります。特に、自律神経系の調整という視点が中心です。
トラウマ体験時、人間の神経系は「闘う・逃げる(交感神経の活性化)」あるいは「凍りつく(背側迷走神経の活性化)」という生存反応を起動させます。SEでは、この未完了の生存反応が身体の中に「凍結されたエネルギー」として残ることがトラウマの核心と捉えます。
治療では、この凍結されたエネルギーをゆっくりと、安全に身体から解放していくことを目指します。
SEのセッションの特徴
SEのセッションには、他のトラウマ療法とは異なるいくつかの特徴があります。
タイトレーション(titration):トラウマを一気に扱うのではなく、ごく小さな量ずつ、少しずつ処理していきます。「少量ずつ」という慎重さが、圧倒されることなく処理を進める鍵です。
ペンデュレーション(pendulation):苦痛な感覚と、身体の中の安全・快適な感覚の間を行き来します。「揺れ」を繰り返すことで、神経系が自然に調整されていきます。これはホロニカル・アプローチの考え方でいうと三点法の考え方と非常に近いです。
フェルトセンス(felt sense):身体の内側から感じられる、言葉になる前の漠然とした感覚に注目します。「胸がざわざわする」「お腹が重い」といった身体感覚を丁寧に観察することが治療の中心です。
トラウマの言語化は必須ではない:SEもEMDRと同様、トラウマ体験を詳細に語る必要はありません。むしろ、「何が起きたか」より「今、身体に何が起きているか」に焦点を当てます。
EMDRとSEの比較
| EMDR | SE | |
|---|---|---|
| 理論基盤 | 適応的情報処理(AIP) | 神経生物学・自律神経系理論 |
| 主なアプローチ | 記憶の処理(両側性刺激) | 身体感覚・神経系の調整 |
| 言語化の必要性 | 低い | 低い(身体感覚が中心) |
| トラウマ記憶の扱い | 直接処理する | 間接的・慎重に扱う |
| ペース | 比較的効率的 | ゆっくり・丁寧 |
| 向いているケース | 特定のトラウマ記憶がある | 身体症状が強い、解離傾向がある |
| エビデンスの蓄積 | 豊富(RCT多数) | 発展途上(質的研究・事例中心) |
エビデンスの現状について正直に
SEは臨床現場での実践が先行しており、RCTによる検証はEMDRやPEと比べてまだ発展途上にあります。ただし近年、SEの効果を検討した研究が増えつつあり、PTSDや複雑性トラウマ、慢性疼痛への効果を示す予備的なエビデンスが蓄積されてきています。
「エビデンスが少ない=効果がない」ではありません。研究が後から追いつく形になっているという点では、1990年代初頭のEMDRと似た状況とも言えます。
臨床家として感じること
複雑なトラウマ歴を持つクライエント、解離症状が強いクライエント、あるいは「記憶として思い出せないが身体に症状がある」というクライエントに接するとき、身体から入るアプローチの重要性を強く感じます。
EMDRと SEは対立するものではなく、むしろ補い合う関係にあります。実際、EMDRとSEの技法を統合して用いる臨床家も少なくありません。「記憶の処理」と「身体の調整」、この二つの軸を持っておくことが、トラウマ支援の幅を大きく広げると感じています。
SEは臨床現場での実践が先行しており、RCTによる検証はEMDRやPEと比べてまだ発展途上にあります。ただし近年、SEの効果を検討した研究が増えつつあり、PTSDや複雑性トラウマ、慢性疼痛への効果を示す予備的なエビデンスが蓄積されてきています。
「エビデンスが少ない=効果がない」ではありません。研究が後から追いつく形になっているという点では、1990年代初頭のEMDRと似た状況とも言えます。
臨床家として感じること
複雑なトラウマ歴を持つクライエント、解離症状が強いクライエント、あるいは「記憶として思い出せないが身体に症状がある」というクライエントに接するとき、身体から入るアプローチの重要性を強く感じます。
EMDRと SEは対立するものではなく、むしろ補い合う関係にあります。実際、EMDRとSEの技法を統合して用いる臨床家も少なくありません。「記憶の処理」と「身体の調整」、この二つの軸を持っておくことが、トラウマ支援の幅を大きく広げると感じています。