先日,主人公のアンナは自分の気持ちをまるで一切感じていないかのように,冷静に淡々として振る舞っていることについて書きました。
この点は,小説には“アンナの無表情”と記されています。
人は,とっても辛い体験をすると,このように自分の気持ちをあえて感じないようにすることで,自分の心が壊れてしまわないようにバランスを保つんです。

しかし,気持ちを感じないようにしていても,身体は正直です。
アンナには喘息の持病があり,どうもストレスを受けると発作が起きるようなんです。
喘息にはストレスもその原因の一つだったりしますが,アンナさんの場合もこのような形で身体がSOSを出して教えてくれていたんですね。

このように,まず感情と身体(症状)について書きました。

次は,考え方についてです。
アンナさん,養子に行った先でも“自分は養育者に迷惑をかけているのではないか?”,“自分がいない方が良いんじゃないか?”という風に,自分に否定的に考えていたようなんです。
しかし,実際の育ての親はアンナさんのことをむしろ過剰なくらい心配し,愛してくれていたようなんですが・・・。

とても辛い体験をすると,このように考え方までも自己否定になってしまったりすることが良くありますし,むしろこれは自然のことなんです。

そして,小説では特にそうですが,とにかく文章の流れも淡々としていて,思わず読み進めるのが億劫になるほどです。眠くなるというか・・・。
映画の主題歌も,アナ雪の主題歌と比べたら雲泥の差ですよね。とても幻想的というか,ゆったりと流れるような・・・ボーッとした感じですね。

実は,ここに大きなポイントがあるんです。 (つづく)

※次回はネタバレになるかもしれません。





先日映画「思い出のマーニー」を観てきました。
この作品,もともとの原作はイギリスの有名な児童文学です。
原作と映画では少し設定やストーリーに変更が加えられていますが,臨床心理学的にはとても見応えのある作品です。
いや,むしろ臨床心理学的な前知識を持って観に行かれた方が断然楽しめると個人的には思います。

主人公のアンナさん(映画では杏奈)は,幼少期に父母を亡くし,その後祖母に育てられましたが,間もなく祖母も亡くなってしまい,養子として育ての親に育てられるという設定です。

これらから,アンナは幼少期に非常に心につらい体験をしている(トラウマ体験と呼べるようなもの)と考えられます。

アンナは自分の感情をリアルに表現せず,きわめて淡々とした,冷静なキャラクターとして描かれていますが,まさに心に傷を負った人たちが,自分の辛い感情をあたかも感じないように振る舞っている様子と重なります。 (づつく)