アンナ(杏奈)は,養母のいる自宅を離れ,静養先である知り合い夫婦のもとで色々な体験をし,成長していきます。

アンナの静養生活は,ある意味カウンセリングの場面と非常に似ているとも思います。
というのは,アンナさん毎日遊び回っているにも関わらず,ほとんど怒られることもありません。
静養先のおばさんは,アンナをいつも見守る感じで(決して放任ということでもないと思います)側にいてくれます。
このような安心できる環境の下で,アンナさんが変化していっているように思えます。

カウンセリングの場面も基本的には日常の生活とはやや違った時間で,それはカウンセラーが相談者のために時間を取り,そこでは基本的に何を言おうが自由です。
もちろん自分や他者を傷つけたり,モノを壊すなどの行為はしてはいけないなど,最低限のルールはありますが。

そして,カウンセラーは相談者の発言などを通して相談者を理解しようと努めます。
このような,安心感,安全感の感じられる状況で,カウンセラーに受け入れられる体験をすることで,これまでは考えたりすることを避けていたような,自分自身のこころの問題に関わっていくことができるようになるのです。

次に,このような安心できる環境の下で,アンナさんは何をしたのか,彼女に何が起きたのか,次回私なりの考えをお伝えします。(つづき)

思い出のマーニーの映画を観た方に感想を聞くと,どうも賛否両論あるようです。

これまでのジブリのようなイメージを期待したり,アナ雪のようなメリハリのあるストーリー構成と比較すると,何だか物足りないという感じを抱く方もいるかもしれません。


これには,先回お伝えしたように「解離」という前知識を持って映画を観ると,より楽しめると思います。

アンナ(杏奈)は幼少期からのとてもつらい体験の影響で,容易にボーッとした解離状態になりやすかったものと思われます。


そのような中,静養をかねて,知り合いの夫婦の元で預かってもらうことになったのです。

映画の設定は北海道のはずれのようですね。


この養母の元を離れ,知り合い夫婦の元で,アンナはとても色々な体験をしていきます。


この様子は,まさに悩みや傷ついた相談者さんが,カウンセラーのもとを訪れ,カウンセリングをする中で変化,成長していくプロセスととても似ているんです。 (つづく)



先回,この映画(小説)の特徴として,ボーッとしたような,ストーリーも淡々と進んでいくことについて触れました(特に小説)。
そして,主題歌も同様に,すごくゆーったりとした曲になっています。

これは何を意味しているのか。また,何を意図しているのでしょうか?

おそらく,アンナさんの心情風景を描写していると思われます。
それは「解離」という心のメカニズムで説明できるでしょう。

人の心は苦痛が自分自身の許容範囲を超えると,自分自身の心を守るために感覚を麻痺させるのです。
ちょうど,電気を使い過ぎると安全装置であるブレーカーが落ちてしまうのと同じように。

そしてアンナさん,解離していくとどうやら色々な体験をするようなんです・・・。(つづく)