「正解の療法」はない

ここまでEMDR・PE・CPTの三つを見てきました。それぞれにしっかりとしたエビデンスがあり、それぞれに得意とするケースがあります。では実際にトラウマを抱えた方が「どれを選ぶか」は、どのように考えればいいのでしょうか。

まず「今の自分の状態」を知ること

どの療法も、ある程度の安定した状態が前提になります。強い解離症状がある、日常生活がほぼ機能していない、自傷・希死念慮が活発な状態では、トラウマ記憶を直接扱う前に安定化が優先されます。これはEMDR・PE・CPTすべてに共通する前提です。

 

選ぶときの目安

EMDRが向いていると感じるとき

  • トラウマを言葉にすることが難しい、または語ることへの恐怖がある
  • 身体に症状(緊張、痛み、フリーズ感)が強く残っている
  • 宿題や構造化された作業よりも、セッション内での体験を重視したい
  • できるだけ少ない回数で変化を感じたい

PEが向いていると感じるとき

  • 回避行動(特定の場所・人・状況を避け続けている)が生活に大きく影響している
  • トラウマを言語化することへの準備ができている、または語ることで整理されると感じる
  • 宿題に取り組む意欲と環境がある

CPTが向いていると感じるとき

  • 「なぜ自分はこう感じるのか」「あのときの意味は何だったのか」と考えることが多い
  • 自分・他者・世界への信念が大きく揺らいでいると感じる
  • 思考を言語化・文章化することが比較的得意
  • 構造化されたプログラムに安心感を感じる

「語らなくていい」ことの意味

EMDRの特徴として繰り返し触れてきた「詳細を語る必要がない」という点は、トラウマを抱えた方にとって非常に重要な入口の問題です。

被害体験・虐待体験・性暴力被害など、言語化すること自体が再トラウマになりうるケースでは、「語らなくていい」という選択肢があることが、治療への第一歩を踏み出すハードルを大きく下げます。

 

臨床家として大切にしていること

私自身の臨床では、療法を「当てはめる」のではなく、目の前のクライエントの状態・希望・生活環境・準備性をていねいに見極めながら、一緒に考えるプロセスを大切にしています。

「この療法しかやりません」という姿勢ではなく、「あなたには今、これが合いそうだと思う。一緒に試してみましょう」という対話が、トラウマ治療の入口では特に重要だと感じています。

 

次回予告

次回は、EMDRを通じてクライエントに実際に何が起きるのか、変化のプロセスを体験者・臨床家の双方の視点から描きます。

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CPTとは何か

 

CPT(Cognitive Processing Therapy:認知処理療法)は、パトリシア・レジック(Patricia Resick)らによって開発された認知行動療法です。もともと性的暴力被害者のPTSD治療として開発され、現在では退役軍人・自然災害・その他の様々なトラウマへの適用が研究されています。

米国退役軍人省(VA)が推奨する主要なトラウマ療法の一つであり、PEと並んで軍・退役軍人領域での普及が進んでいます。

 

CPTの基本的な考え方

CPTの理論的基盤は社会認知理論情動処理理論の統合です。PTSDが慢性化するのは、トラウマによって生じた「スタックポイント(stuck points)」——すなわち、自分・他者・世界に関する過度に否定的な思い込み——が処理を妨げているからだと考えます。

「あのとき私が〇〇していなければ」「人間は信頼できない」「世界はどこも安全ではない」——こうしたスタックポイントを特定し、証拠に基づいて検討し直すことが治療の核心です。

 

CPTのセッション構成

通常12セッション(週1〜2回)で構成されます。主要な要素は以下のとおりです。

トラウマ陳述書の作成(初期):トラウマ体験が自分の人生・信念にどう影響したかを書き出します。なお近年は、この陳述書を省略した「CPT-C(Cognitive Only)」版も標準的に用いられます。

スタックポイントの同定と検討:自動思考記録表(ABC シート)を用いて、思い込みを特定し、証拠を吟味し、よりバランスのとれた認知に書き換えていきます。

5つのテーマの整理:安全・信頼・力とコントロール・尊重・親密さという5つのテーマについて、トラウマ前後の信念の変化を整理します。

 

EMDRとCPTの比較

  EMDR CPT
理論基盤 適応的情報処理(AIP) 社会認知理論・情動処理理論
主なアプローチ 記憶処理(両側性刺激) 認知再構成
言語化・記述 少ない 多い(ワークシート中心)
宿題 少ない 多い(毎回ワークシートあり)
セッション数 比較的少ない 12セッション固定が多い
向いているケース 言語化困難、身体症状強い 認知の歪みが明確、内省志向

 

臨床家として感じること

CPTは「考え方のパターンを変える」というアプローチが非常に明確で、構造化されているため、ある種のクライエントには非常に馴染みやすい療法です。特に、「なぜ自分はこう感じるのか理解したい」という内省志向の強い方、思考と感情を言語化することが比較的得意な方に力を発揮しやすい印象があります。

一方で、毎回のワークシートへの取り組みが負担になるケース、そもそも認知的アプローチよりも身体・感覚ベースのアプローチが合うケース、また複雑なトラウマ歴を持つケースでは、EMDRの方がより柔軟に対応できることがあります。

「認知から変える」のがCPT、「記憶の処理から変える」のがEMDR——この違いは、クライエントが自分の回復にどうアプローチしたいかという希望とも深く関係します。

 

次回予告

3回にわたってEMDR・PE・CPTを見てきました。次回はいよいよ「どの療法を選ぶか」というテーマを、クライエントの視点と臨床家の視点から考えていきます。

 

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PEとは何か

 

PE(Prolonged Exposure Therapy:持続エクスポージャー療法)は、エドナ・フォア(Edna Foa)らによって開発された、認知行動療法の流れを汲むトラウマ治療法です。1990年代から大規模な研究が積み重ねられ、現在ではEMDRと並んでPTSDの最もエビデンスの高い治療法の一つとして位置づけられています。

 

PEの基本的な考え方

PEの理論的基盤は**情動処理理論(Emotional Processing Theory)**です。トラウマ後にPTSDが慢性化するのは、恐怖記憶が「未処理」のまま残り、その恐怖ネットワークが誤った信念(「世界は危険だ」「自分は無力だ」)と結びついているからだと考えます。

この恐怖ネットワークに意図的に接触し(曝露)、回避せずに十分な時間向き合うことで、自然な消去学習が起き、苦痛が低減していく——これがPEの核心です。

 

PEのセッション構成

PEは通常、週1〜2回、全8〜15セッション程度で構成されます。主な要素は以下の二つです。

現実エクスポージャー:トラウマ後に避けるようになった場所・状況・人物などに段階的に実際に近づいていく練習です。回避行動を減らすことで、「そこは本当に危険ではない」という現実の学習を促します。

イマジナル・エクスポージャー:目を閉じてトラウマ体験を現在形(「今、〇〇されています」)で詳細に語り、録音します。その音声を宿題として繰り返し聴くことで、記憶への慣れと処理が進みます。

 

EMDRとPEの比較

  EMDR PE
理論基盤 適応的情報処理(AIP) 情動処理理論(EPT)
言語化の必要性 低い(詳述不要) 高い(詳細な語りが中心)
宿題 少ない 多い(録音聴取・現実曝露)
セッション数 比較的少ない 8〜15回程度
苦痛の体験 比較的緩やか 一時的に強まることがある
適用の広さ 拡大中
PTSDを中心に確立
 

 

臨床家として感じること

PEの「詳細に語る」というプロセスは、十分に準備が整ったクライエントには強力な治療効果をもたらします。一方で、トラウマを言語化すること自体が困難なケース、解離傾向が強いケース、まだ安定化が不十分なケースでは慎重な判断が必要です。

EMDRが「言葉にしなくていい」という入口の広さを持つのに対し、PEは「言葉にすることそのものが治療の核」という構造です。どちらが優れているというより、クライエントの状態・準備性・希望に合わせて選ぶ視点が重要だと、臨床の場で繰り返し感じます。

 

次回予告

次回はCPT(認知処理療法)を取り上げます。PEとはまた異なる角度からトラウマにアプローチするこの療法と、EMDRとの比較を見ていきます。

 

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