生命
『無事、終わったよ』
夏も終わり、秋の気配が色濃くなった頃、彼に新しい家族の一員が誕生した。
『抱かせて貰った時、涙が出たよ』
これから沢山の色彩と、数え切れない程の幸福を彼にもたらすだろう、小さな命が、今日この世に誕生したのだ。
『良かったね。健康?』
そう聞く私に
『うん。思わず指五本、数えちゃったよ』
安堵にくるまれた彼の声を聞きながら、私は電話での遣り取りだった事に感謝する。
いくら私でも、彼を目の前にしていたら、こんなに冷静ではいられなかっただろうから。
『良かったね』と言いながら、一方で計り知れない寂しさが、私を支配していたのだもの…。
夏も終わり、秋の気配が色濃くなった頃、彼に新しい家族の一員が誕生した。
『抱かせて貰った時、涙が出たよ』
これから沢山の色彩と、数え切れない程の幸福を彼にもたらすだろう、小さな命が、今日この世に誕生したのだ。
『良かったね。健康?』
そう聞く私に
『うん。思わず指五本、数えちゃったよ』
安堵にくるまれた彼の声を聞きながら、私は電話での遣り取りだった事に感謝する。
いくら私でも、彼を目の前にしていたら、こんなに冷静ではいられなかっただろうから。
『良かったね』と言いながら、一方で計り知れない寂しさが、私を支配していたのだもの…。
彼の恋
『何で俺と逢うのかな。って思うんだよね』
別に大した事じゃないんだけど…。と前置きした後に彼は言った。
目の前にある、鉄板の上で美味しそうに跳ねているイカに集中していた私は、その言葉で我にかえる。
私達の間で、聞きたくても聞けない。と思っていた類の事柄を口にした彼に、少なからず驚いたからだ。
『何かあったのかしら』
少し訝しみながらも、私は一言だけ返した。
『逢いたいからよ』
『時々、思うんだ。何でだろうって』
つまり、リスクを犯してまでなぜ?という事なんだろう。
俯き加減に、少しバツの悪そうな様子で、そう言う彼を見つめながら
『逢いたいだけ。な、訳ないじゃない』
と、本音が私の胸の内を去来する。
『じゃあ、貴方はどうして私と逢い続けるの?』
同じ事を、彼に問いたい衝動を私はアルコールで塞いだ。
問われれば、私も同じ様に、問い返したくなってしまう。
彼の胸の内を知りたいから。
答えを得る事で、安心したいから。
けれど、問われる事で自分がどれだけ彼を求めているか。という現実から目を背く事が出来なくなってしまう。
それが分かっているからこそ、私は訪ねない。
だから、私は真実ではなく、事実を口にする。
『だって、楽しいもの。貴方と居ると』
すると、彼は嬉しそうな表情で言った。
『俺も。』
そして、こうも付け加えた。
『一緒に居ると、当たり前の事が、そうじゃなくなるんだよね。今まで空の色なんて、気にもしなかったのに』
可愛い事を言うな。
私は微笑ましく思うと同時に、心の襞を彼に摘まれてしまう。
目もくれなかった色褪せた日常が、ハッキリと輪郭を持って目の前にやって来る事。
それが『恋』なのだと、彼は気付いているのだろうか。
別に大した事じゃないんだけど…。と前置きした後に彼は言った。
目の前にある、鉄板の上で美味しそうに跳ねているイカに集中していた私は、その言葉で我にかえる。
私達の間で、聞きたくても聞けない。と思っていた類の事柄を口にした彼に、少なからず驚いたからだ。
『何かあったのかしら』
少し訝しみながらも、私は一言だけ返した。
『逢いたいからよ』
『時々、思うんだ。何でだろうって』
つまり、リスクを犯してまでなぜ?という事なんだろう。
俯き加減に、少しバツの悪そうな様子で、そう言う彼を見つめながら
『逢いたいだけ。な、訳ないじゃない』
と、本音が私の胸の内を去来する。
『じゃあ、貴方はどうして私と逢い続けるの?』
同じ事を、彼に問いたい衝動を私はアルコールで塞いだ。
問われれば、私も同じ様に、問い返したくなってしまう。
彼の胸の内を知りたいから。
答えを得る事で、安心したいから。
けれど、問われる事で自分がどれだけ彼を求めているか。という現実から目を背く事が出来なくなってしまう。
それが分かっているからこそ、私は訪ねない。
だから、私は真実ではなく、事実を口にする。
『だって、楽しいもの。貴方と居ると』
すると、彼は嬉しそうな表情で言った。
『俺も。』
そして、こうも付け加えた。
『一緒に居ると、当たり前の事が、そうじゃなくなるんだよね。今まで空の色なんて、気にもしなかったのに』
可愛い事を言うな。
私は微笑ましく思うと同時に、心の襞を彼に摘まれてしまう。
目もくれなかった色褪せた日常が、ハッキリと輪郭を持って目の前にやって来る事。
それが『恋』なのだと、彼は気付いているのだろうか。
焦らし
『俺はマゾだからね』
睡眠時間もままならない中、仕事・趣味・家族サービスをこなす彼に、半ば呆れながら感心していると、本音とも冗談ともつかない様子で、彼は言った。
確かに彼は、マゾなのかも知れない。
精神的な部分に於いて。
学生時代の様子や、会社での先輩との遣り取りを聞いていると、その思いは更に強固になる。
同じく、マゾ的要素のある私には、彼の精神的構造の成り立ちが良く分かる。
それ以外の、彼の愛すべきマゾ的要素。
それは『焦らす事』
彼は、焦らす事がとても上手だ。
それも私だけでなく、彼自身をも。
そしてそれが、二人にどれだけの悦びをもたらすかを知っている。
自分自身を焦らす事。
それによって引き起こされる心の快楽と体の悦楽。
その二つが合わさると、エクスタシーは訪れる。
私達は互いに焦らす事で、終わりへの道のりを引き延ばしているのかもしれない。
知り尽くしたい。と思いながらも、その先にあるものが何かを分かっている。
その先に待っているもの。
それは、飽きだ。
もしくは、執着。
そして、安定。
仮に、それらを上手く飼い慣らす事が出来たとしても、今のように私達を引き寄せるモノはなくなるだろう。
私は彼と過ごすベッドに、日常を持ち込むのは趣味じゃない。
そして、きっと彼も…。
睡眠時間もままならない中、仕事・趣味・家族サービスをこなす彼に、半ば呆れながら感心していると、本音とも冗談ともつかない様子で、彼は言った。
確かに彼は、マゾなのかも知れない。
精神的な部分に於いて。
学生時代の様子や、会社での先輩との遣り取りを聞いていると、その思いは更に強固になる。
同じく、マゾ的要素のある私には、彼の精神的構造の成り立ちが良く分かる。
それ以外の、彼の愛すべきマゾ的要素。
それは『焦らす事』
彼は、焦らす事がとても上手だ。
それも私だけでなく、彼自身をも。
そしてそれが、二人にどれだけの悦びをもたらすかを知っている。
自分自身を焦らす事。
それによって引き起こされる心の快楽と体の悦楽。
その二つが合わさると、エクスタシーは訪れる。
私達は互いに焦らす事で、終わりへの道のりを引き延ばしているのかもしれない。
知り尽くしたい。と思いながらも、その先にあるものが何かを分かっている。
その先に待っているもの。
それは、飽きだ。
もしくは、執着。
そして、安定。
仮に、それらを上手く飼い慣らす事が出来たとしても、今のように私達を引き寄せるモノはなくなるだろう。
私は彼と過ごすベッドに、日常を持ち込むのは趣味じゃない。
そして、きっと彼も…。