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城山公園の桜

千葉市のスポーツクラブ仲間を城山公園に案内してから一週間が経った。

あの時は1~2分咲きだった桜が、今は満開で素晴らしい眺めである。

仲間達に咲けばこうだよ、と伝えたくてこの記事を認めている。


4月6日(月)、家を出るのが少し遅れた。公園は大変な人出である。

トラピクスの名札を付けたツアー客を見掛けたり、里見茶屋なる常設のお店があったりで、

隔世の想いである。


さて、桜の写真だが、通常ホワイトバランスを太陽光とするが、この時は山頂が強く雲に覆われ

日陰モードにしないとピンク色を出せない状況であった。

翌日の火曜日は青い空の広がる快晴となったので、妻を誘い今度は早目に家を出て

ホワイトバランスを太陽光で撮った。



魚との対話-城山公園の桜

4月6日(月) ホワイトバランス日陰で撮影



魚との対話-城山公園の桜

4月7日(火) ホワイトバランス太陽光で撮影


山頂のベンチで悠然と景色を眺めている紳士がいた。同級生のTさんである。

館山にUターンしてから、Tさんとは色々な場所で出くわす。

私の住む地区の区長をされており、今度の日曜日の総会の構想を練っていたところだと言う。

何時の間にか信州の旅の話で盛り上がり、総会への出席を約束してそれぞれに山を下りた。



魚との対話-城山公園の桜



魚との対話-城山公園の桜



魚との対話-城山公園の桜





沖ノ島に咲く花

3月30日(月)夕方、私は千葉市からやって来た、かつてのスポーツクラブ仲間を沖ノ島の夕日観賞

スポットに案内した。

その帰り、中央遊歩道脇で、鳥や植物に詳しいNさんが「お~、ウラシマソウだ!!」と言った。


その花は葉よりも下にあり、しかも花の中から糸状のものが長~く伸びている。

この長い糸を浦島太郎の釣り糸にたとえたのが、名の由来だという。


ユニークな花の形故、その後皆「ここにもある!ここにもある!」と大騒ぎになった。

それから、キケマンの群れにも遭遇して、この日のガイドは無事終了。

宿での夕食会に臨んだ。


4月3日(金)、私はこの時期沖ノ島で群生して咲く花、ウラシマソウ・キケマン・ハマダイコン

写真に収めておこうと、再び一人沖ノ島を訪ねた。



魚との対話-ウラシマソウ  ウラシマソウ



魚との対話-ウラシマソウ

ウラシマソウ



魚との対話-キケマン  キケマン



魚との対話-ハマダイコン

ハマダイコン








ハクモクレンとボケ

もう、4月である。

見事に咲いていた隣組のSさん宅のハクモクレンやYさん宅のボケも、すっかり変わってしまった。


3月30日(月)~31日(火)にかけて、千葉のスポーツクラブ仲間11人が3台の車で館山に

やって来た。


私は、写真の手ほどきを受けたHさんの為に、城と桜の城山公園と寺と桜の那古寺もガイドコースに

入れたのだが、満開になる予報がこの一週間の冷え込みで狂ってしまい、1~2分咲きといった始末。

しかし、Hさんはキブシや沖ノ島の夕景やハマダイコンとウラシマソウの群生、坂田(ばんだ)海岸の

ハマダイコンの群生等を熱心に撮ってくれた。

Hさんは、ブログに載せると言っていたので、楽しみに待つ事にしよう。



魚との対話-ハクモクレン

Sさん宅のハクモクレン



魚との対話-ボケ

Yさん宅のボケ


荒れ地に咲く花

ウグイスの鳴き競う声やカエルの合唱が聞こえる季節となった。

朝、戸を開けると飛び込んでくるのが咲き乱れる白色の花木の群生だ。

そこは、大部分が荒れ地となったxx兵衛さんの畑である。

例によってxx兵衛さん(ご婦人)が悠然と現れた。

私は尋ねた。「あの白い花の名前は何というのですか」

xx兵衛さんは答えた。「忘れちゃったでお~」

昔は出荷していたそうだが、今はどうでもよい花木のようである。


その真っ白い五弁花は、ノイバラやウツギに似ているが、どうも違う。

そこで、庭に所狭しとばかりに樹木、花木、四季の花々を植えている隣組のSさんに質問した。

色々と調べてくれたのであろう、暫くして「リキュウバラではないだろうか」との答が返ってきた。

早速、ホームページ「季節の花300」を開いたところ、確かにとてもよく似ていた。



魚との対話-荒れ地に咲く花
リキュウバラ?  3月19日撮影



魚との対話-荒れ地に咲く花

リキュウバラ?  3月23日撮影


白色の花木の周辺を歩き廻っていたら、レンゲのような野草を見つけた。

葉には細かく深い切れ込みがある。

図鑑を見て、今度は分かった。ムラサキケマンである。

それはレンズ越しに見ると中々の可憐な立ち姿である。


私の拙いブログにお付き合い頂いている方で、白色の花木の名前をご存知でしたら、

コメント下されば、嬉しく思います。



魚との対話-ムラサキケマン

ムラサキケマン   3月23日撮影

ジャガイモの植え付け

寒起こしをしてから約1ヶ月後の3月11日(水)、堆肥と腐葉土の袋を畑に並べていると隣組の

SさんとYさんが心配げに顔を出した。

硬い塊状態なので堆肥と腐葉土をばらまき、混ぜ合わせて細かいさらさらした土にしようと思って

・・・・・・、と話したところYさんはうちの耕運機を使えばいい、と言ってすぐ持って来て手取り足取り

して運転の仕方を教えてくれた。

SさんとYさんの奥さんと女房もやって来た。

大ギャラリーの視線を受け、人生初めての体験で私の額には汗がにじんで来た。

でも、お陰様で約11坪の畑の土は、細かく砕かれ瞬く間に立派な畑に変身したのであった。


Sさんのアドバイスにより、私は早る心を押えて1週間後の18日(水)、満開のモクレンとハクモクレンに

囲まれた畑で、初めての野菜づくりジャガイモの植え付けをしたのである。



魚との対話-ハクモクレン

Sさん宅の満開のハクモクレン  3月19日撮影



魚との対話-我家の畑

ジャガイモの植え付けを終えた我家の畑  3月19日撮影


何時の間にかxx兵衛さんが現れた。

xx兵衛さん(屋号)は、私の家の前にも畑を持つ以前はプロの農家の未亡人で、大きな明るい男言葉で話す。

私は先ず、60cm間隔で縦に2本のロープを張った。

そして、1本目のロープに沿って深さ15cmの溝を掘った。計測は手製の目盛り付きの棒である。

大きな声がした。「いい加減でいいだよぉ~」


女房は種のジャガイモを芽の数が同じになるように二つに切り、切り口を発泡スチロールの箱に入れた草木灰

に押し付けた。

xx兵衛さん、今度は「貸してみやっしぇ~」と言って種のジャガイモを2~3等分に切り、ビニールの袋に草木灰

と一緒に入れて袋を激しく揺り動かした。


それから移植ゴテを尺にして、溝に30cm間隔で切り口を下にしてジャガイモを置いた。

再び大きな声がした。「いい加減でいいだよぉ~」


次にもう一方のロープ沿いに深さ15cmの溝を掘った。その際、掘った土はジャガイモが置かれた溝に

放り投げた。土をかぶせるためである。この時は大きな声は飛ばなかった。

数日前、xx兵衛さんの植え付け作業を盗み見てなるほどと真似たからであろう。

そして、イモとイモの間に一握りの化成肥料(8:8:8)を置いた。


かくして、3kgのジャガイモ(男爵)が4列(各5m)に植え付けられた。

女房は、もう誰、誰さんの所に持って行こう等と言っている。

果たして無事収獲できるだろうか。大いに楽しみである。




我家の庭の来訪者

館山へ引越してから、私の見るテレビ番組にNHK教育テレビの「やさいの時間」と「趣味の園芸」が

加わった。家庭菜園と四季の花咲く庭づくりの参考にしようとの思いからである。

そこで寒起こしという言葉を知り、2月は畑と庭の土をせっせと掘り起こしたのである。


とりわけ、長年ほったらかして置いた庭は大変だった。

先ず、水はけが悪いので水路を作った。それからスコップで土を掘り起こしたのだが、何故と思う様な

大きな石やスイセンの球根やハナショウブの根っこに悩まされた。

妻の提案で、ミカンを植えようと大きくなったトベラの木を根こそぎ取り除いた時など開墾者の気分だ。

それでも何とか格好が付いたので、3月からはいよいよ植付けである。

果たして数年後自慢の庭となるだろうか・・・・・・・・・・・・・・??



魚との対話-我家の庭と畑

我家の庭と畑  2月11日 撮影


現在の我家の庭で一つだけ自慢出来ることがある。

それは、リビングのこたつの中から野鳥観察が出来ることである。

そこで、12月から2月にかけて、私が識別できた我家の庭の来訪者を書き留めておこう。


12月、目が可愛らしいジョウビタキと尾が長いモズ、そしてアオジがよくやって来た。

これに気を良くした私は身近に双眼鏡を置いて、ことあるごとに観察するようになった。

それから、少し大きくて単独行動のアカハラもやって来た。

他には、お馴染みのムクドリ・ヒヨドリ・ハクセキレイが見られた。


1月になって、新たに冬の鳥ツグミ、メジロに続いてオナガが庭の木々に群れて止まった時は驚いた。

29日のことだが、寒起こしをした畑に2匹、スズメにしては尾が長い鳥がやって来た。

双眼鏡で見ると顔に黒白の模様あり、ホウジロだ!!図鑑で確認し自己満足の識別に浸る。

他にはキジバトも現れた。


2月、洗面所の窓を開けると、家の裏の空地であるが、満開の梅の木にメジロが飛び交っていた。

暖かい春を感じる光景だ。

新たな野鳥としてはカワラヒワが数匹でやって来たが、後半はアカハラヒヨドリ位しか見られなくなった。

アカハラは口ばしで土を盛んに突っつきながら歩き廻る。一体何を探しているのだろうか。

ある日メジロを期待して柿の木にミカンをぶら下げたところ、お呼びでないヒヨドリがやって来て跡形もなく

食い尽くしてしまった。


今朝(3月3日)はベランダに出て、近くの山からのウグイスの鳴き声を聞く。

連日の曇り日に似つかわない爽やかさであった。




沼の里山~2009.2

私の移住先は館山市沼といい、館山城の立つ城山公園の西側の里海と里山のほぼ真ん中に位置する。

故郷に戻った私が撮った沼の里山を紹介しよう。



魚との対話-沼の里山 日の出

写真ー1 日の出 2月3日 自宅リビングより撮影



魚との対話-沼の里山 日の出

写真ー2 日の出 2月3日 自宅の外に出て撮影


いつものようにお茶を飲みながら日の出の光景を眺めていたら、この日は太陽が満月のようにくっきりと

見えた。普段はまぶしくて直視出来ないのだが、慌ててカメラを取り出して撮ったのが写真ー1である。

それから外に出てみたら、山の端やビワ栽培のハウスが光って見えた。(写真ー2)



魚との対話-沼の里山

写真ー3 沼の里山 2月7日 古代珊瑚の泉小屋そばから撮影


私は古代珊瑚の泉小屋の持主のご好意で、サンゴミネラルたっぷりの珊瑚水を愛飲している。

小屋の近くには沼の珊瑚層、沼の堰(農業用水池)や沼のひかりもがある。

ひかりもは光線の具合により黄金色に光るのだが、珊瑚のカルシウムが基因していると聞く。



魚との対話-沼の里山

写真ー4 沼の里山 2月8日撮影



魚との対話-沼の里山

写真ー5 沼の里山 2月8日撮影


里山(写真ー4,5)では、中高年の方がせっせと歩いている姿が目立つ。真白なコンクリートの農道や

どこからでも館山城が見えるのが人気の基かもと思う。

また、写真3と4,5の間には樹齢800年の見事なビャクシンと十二天神社がある。


私は今まで、沼の里山では野鳥観察を楽しんでいたが、これから田んぼに水が入り、新緑の季節とも

なれば、そこは自然観察の宝庫になるのではないかと期待している。








千倉

2月とは思えない暖かさの15日(日)、親戚のS子さんのお誘いで、南房総花散歩のドライブに出掛けた。

ここでは千倉の想い出を書き留めておこう。

先ずは千倉駅でつるし雛を見学した後、庖丁式があるという高家(たかべ)神社へ向う。


高家神社は日本唯一料理の祖神を祀る社として広く調理関係者、醸造食品関係者に崇敬をいただいて

いるとのこと。そのせいか庖丁塚が立ち、寄付も集まるのだろうか立派なたたずまいである。

庖丁式では刀主が庖丁とまな箸を用い、一切手に触れることなくイナダをさばいて見せた。

厳粛な宮中行事のような趣であった。



魚との対話-高家神社  高家神社



魚との対話-庖丁塚  庖丁塚



魚との対話-庖丁式  庖丁式


昼食は海岸線の潮風王国から白浜へ向うとすぐ近くにある天作で取った。

ここの天作丼セットは850円でうどんと天丼が付く。安くて美味しいのでお勧めだ。

圧巻は金目鯛の煮付け、びっくりするほどの大きな金目鯛で4人でやっと食べ尽くしたが、

大変美味しかった。(1800円)


この時期、千倉の白間津(しらまず)と言えば、ストック・キンセンカのお花畑が有名だが、

海沿いに続くお花畑の光景は素晴らしく、一足早い春を満喫することが出来た。



魚との対話-白間津のお花畑

白間津のお花畑






富浦ウォッチング~民話の里を訪ねて

移住してから2ヶ月が過ぎ、余裕が出て来たので、健康と地域の方々との交流の一助になればと思い、

私は夫婦でコミュニティーセンターの卓球サークルに入会した。

そこで、偶然高校で同じクラスだったYUさんと出会った。

YUさんは、地元民と移住者の交流の場をつくる等のボランティア活動をしていたと言う。

そんな面倒見の良いYUさんから、南房総市富浦町八束(やつか)地区の民話の里を訪ねて、という

散策ツアーに誘われて夫婦で行ってみた。2月14日(土)のことである。



魚との対話-村境の庚申塔

深名(ふかな)と丹生(にゅう)の村境の庚申塔やお地蔵様


散策ツアーは、民話の達人だという生稲さんのガイドで、かつて館山から江戸へ出る為の木の根街道沿いの

八束地区の中の丹生(にゅう)という所を巡った。



魚との対話-丹生の名家

丹生の名家


丹生は稲作の出来ない丘陵地の為、貧しかったとのことだが今やビワ栽培の成功でどの民家もその面影は

ない。



魚との対話-東福寺仏壇

東福寺の仏壇  東福寺は丹生の公民館でもある。


お婆さん達が花束を抱えて階段を登り公民館に入って行くのに出くわした。

何の寄合かと思ったら、そこは東福寺というお寺でもあり、この日は薬師如来のご開帳の日だと言う。

ここで、我々は生稲さんの口利きもあって、珍しい宗教儀式を体験したのである。


それは仏壇の前に置かれた大きな数珠の輪を皆が持って座り、輪の中央に陣取ったお婆さんのたたく

鐘の音に合わせて、数珠の輪を右回りに南無阿弥陀仏と唱えながら廻す。

数珠の輪の中には房がいくつか付いており、それが手許に来たら自分の身体の悪い所にあてて、

回復を祈るのである。


この儀式もさることながら、随所に見られた祠や神社から、住民の健康とこの地区の繁栄を願う

信仰心を垣間見る思いがした。


富浦と言えば、海岸線の道路を車で通ったことしかない私にとっては、木の根街道の山郷は新鮮で、

また随所で民話を語る生稲さんは、大変な話上手で結構楽しい散策ツアーであった。








那古寺節分会

那古寺(館山市)は坂東33観音霊場巡りの結願寺で、行基により717年に創建された古刹である。

2月3日(火)5年間にわたる改修工事が終わり、新装なった観音堂(本堂)で節分会が執り行なわれた。

この日、私は近所のYさんのお孫さんが出演するという里見流一門の奉納舞踊と引き続き行われた

豆まきを見学し、新たな体験をしたのであった。


さて、奉納舞踊だが無論私は日本舞踊には縁もゆかりもない門外漢である。

それは、私の好きな笑顔で元気一杯に踊るよさこいソーランとは大いに趣を異にしていた。

時に優美、時にりりしく、時に艶やかで、きめのポーズは日本人形を見ているかのようであった。

シャッターを押しまくった私は、後日写真をYさんに差し上げたところ、大変喜ばれ嬉しく思った。



魚との対話-那古寺奉納舞踊



魚との対話-那古寺奉納舞踊



魚との対話-那古寺奉納舞踊


奉納舞踊後、しばらくしてから観音堂前はポリ袋をぶら下げた子供達が次々に現れ、何時の間にか

大変な人だかりとなった。

豆まきは始まった。袋詰めの福豆やお菓子やミカンがジャンジャン播かれる。

胸に赤いリボンを付けた館山市長も播きまくる。

後方で写真を撮っている私の前にもミカンがドサッと落ちて来て慌てて拾った。

豆まきは大いに盛り上がったのである。


夕方、恐縮するほど面倒見の良いYさんから邪気払いの木の束が三本届いた。

それはヒイラギとトベラと枝の先端にイワシの頭を付けたものとを束ねたものである。

私は、それを玄関と台所と物置の扉横に貼り付け、仏様(仏壇)には福豆を上げた。

そして、福豆をほおばり恵方巻を食したのである。

福は内、福は内、鬼は外!!



魚との対話-那古寺豆まき