大学のゼミの面接試験を受けに行くと、椅子に腰かけるなり、長老の教授が笑ひ出した。

 「な~んだ、普通の学生なのか」

 話を聞くと、教授はぼくが事前に提出したゼミの「志望理由」を読んで、こちらを勝手に「老人学生」と決めつけてゐた。

 ぼくが在籍した学部には、ほんの数人だが、怠惰だつた若い頃を反省して、高齢になつてから改めて政治や経済を勉強し直さうと、もう一度大学に入つた「老人学生」がゐる。普通の学生より真面目で、勉強もする。

ぼくが勘違ひされたのは、教授に提出した「志望理由」の歴史的仮名遣ひ(旧かな)のせゐだった。

ぼくは高校を卒業するころから、学校以外の私的な文章、つまり小説やエッセーや手紙は旧かなで書き、大学生になつてからは公私一切の文章を旧かなに統一した。

「きみは期末試験の論文も旧かなで書くね。きつと私ぐらゐの歳の勉強熱心な学生なのだらうと思つて、論文はろくに読まずに、可哀さうだからと『優』を付けてゐたが、まんまと騙されてたわけだ」

そのゼミは落とされたが、旧かなのために毎年「優」をもらつてゐたとは知らなかつた。

教授によれば、昭和21年(1946)の文部省令で、旧かなに代はつて現代仮名遣ひが義務付けられてゐるから、「きみが趣味でやつてゐることは厳密には法令違反」なのだといふ。

ささやかな「法令違反」が好きな癖は、小学校時代にさかのぼる。

小学校5年生のとき、毎日ほとんど学校給食に手をつけずに持ち帰るのを見かねた母親が、担任教師に掛け合つてくれて、給食の時間になると、クラスの同級生はコッペパン、脱脂粉乳、おかず一品の、戦後の貧しい給食を食べるしかないのに、ぼく一人は家から持参した日替はり弁当を広げた。

立派な「学校給食法違反」である。

担任は職員室で、「なぜ一人だけ例外を認めるのか」と教師仲間から攻撃されたらしいが、担任は「あの子はパンが食べられない体質なので」と、今でこそ堂々と通用しさうなアレルギー体質論で突つぱねてくれた。

高校時代は制服制帽着用の校則を無視して、3年間私服で、制帽をかぶらず、坊ちやん刈りをさらして通学した。

服装にうるさいことを言はない高校だつたのでお咎めはなかつた。

社会人になつてからも、「ささやかな反則」の趣味は残り、昼どきになると、記者クラブの同僚とは一人離れて外出、ランチの前に必ずワインかビールをひそかに楽しんだ。

ぼくは酒を飲んでも顔に出ないのでバレることはなかつた。

日大アメフト部の反則タックル事件は、スポーツの世界で発生した「ルール違反」であることを飛び越えて、大学そのものの屋台骨が揺るがされるほどに問題がこじれ、「ルール違反即法令違反」であるかのやうな非難を浴びてゐる。

反則はもちろん誉められたことではないけれど、よろづにルール違反好きなぼくから見ると、唯々諾々、既成の道徳、規範に従つてさへゐれば、身の安泰は保証され、だれからも批判されない「善良な市民」でゐられるものの、それだけでは何の一歩も踏み出せないのではないか。

文化とか生活の楽しさは、ルールを一歩踏み外すことから始まるやうな気がする。
 聞き耳を立ててゐるわけではないのに、頭に飛び込んできてしまふ他人の会話といふものがある。

 夕方のワインレストランで、テーブルが隣り合つたご婦人四人。お茶会の流れらしい。

 みんな季節先取りの紗のきものを涼しげに着て、着席した当座は流派の幹部女性の噂に花を咲かせてゐたが、先輩格らしい一人がかう言つたのをしほに、話はにはかに広がりを見せはじめた。

「わたくし、この頃、家でテレビを見てゐると、なぜかイライラして仕方がないのよ」

このでつぷりおばさまが気にしてゐるのは、「紀州のドン・ファン」事件。

死因は覚せい剤と判明したし、周囲の関係者もほぼ限局され、押収物も多数あるのに、「警察は何をやつてゐるのでせうね」と、いつまでも犯人が特定されないのがイライラの原因らしい。

脇から、あぢさゐ柄の帯を締めた七十年配の女性が、「それにあの事件、登場人物がみんな、なんとなく胡散臭い感じがしますわねえ」と口をはさんだ。

「二十歳を過ぎたばかりの奧さまにしても、長い付き合ひの家政婦さんにしても、第一、あのドン・ファンご自身、ただの田舎の金満色狂ひぢやありませんこと」

でつぷりおばさまが次に話題にしたのが、レスリングの伊調選手に対するパワハラ事件で、記者会見をしたナントカ大学の女性学長の顔がテレビに映るたびに、嫌悪感でムシズが走り、足が震へると言ふ。

あぢさゐ帯がこれに重ねて、
「さうさう、あの人がふと~い下唇にうかべる、ひとを小ばかにした微笑み、あれ気持ち悪いですわねえ。ああいふのを『軽蔑の微笑み』といふのでしよ。アゲマンとかサゲマンとか、女にはいろいろあるらしいけど、あれはまさしくゴーマン」

一同爆笑のなか、もう一人、比較的痩身の女が加勢する。

「あの人が学長室で受けたテレビのインタビュー、ご覧になられました? ソファの後ろの本棚をみて、びつくりしました。これが学長室の本棚つて。どれもこれも最近の軽薄なベストセラー本かハウツウ物ばかり。こんな本しか読まないで学長が務まるのかしらつて笑つちやひました」

「大学といへば、アメフトの反則タックルで問題になつた日本大学もさうですわね」
と最後に白髪の女が口をひらく。

「大学つて、表向きは『学究の徒の最高学府』つて顔しながら、一皮むくと、理事長とか学長とか役員はひどいものですわね。ニチゲイ(日大芸術学部)出身の方は芸術の世界で大活躍されてゐますけど、大学を牛耳つてゐるのはあんな人たちなのですね」

話は少し前の、財務省事務次官のセクハラに飛び、本棚おばさまが
「霞が関の高級官僚つて意外にモテないといふことが、あの女性記者の告発ではつきりしましたね。もしあの次官が素敵なロマンスグレーなら、記者だつて事を荒立てたりしなかつたでせうから」

「あなたも古いわねえ、ロマンスグレーなんてもう死語ぢやない」
とでつぷりおばさまが茶々を入れる。

――ワインを口に運ぶぼくの手はほとんど滞らない。

おばさまたちが次から次へ取り上げる話題に興味はあるものの、おばさまたちが嘆く「イライラ」の根源はといへば、すべてテレビの報道ショー番組のキャスターやコメンテーターの受け売りだ。

自分で考へた見解や、ユニークな感想は一つもない。

テレビが番組作りで流してゐるリンチまがひの非難や攻撃を連日聞かされてゐるうちに、いつしかそれが自分の思索の結果であるかのやうに錯覚してゐる。「お茶人」たちも、家に帰るとテレビ漬けなのか。

おばさま方、世間で起きてゐることに、いちいちそんなにイライラすることはないのでは。

もつと大らかになさつたら。たとへばその事件によつて、おばさま方は一円でもソンしましたか。
 
 ――待てよ。よく考へると、どこの誰とも知らぬ人が愚にもつかぬことにイライラしてゐるのを見て、こんどはこつちがイラつくなんて、実は一番ばかばかしい。
 手先も不器用なら力もない。

 小学校では鉄棒の逆上がりもできなかつたくらゐだから、大人になつても特別ヒトサマに見せられる特技などないのだけれど、親しい人の集まりとか飲み屋で少々酒が回ると、ときどきやりたくなることがある。

 ワインの抜栓である。

 昔は手帳に、その日に栓を抜いたワインの数を記録してゐた。飲んだワインの数ではない。自分の手で栓を抜いたワインの本数である。

 二人や三人で4本飲んだとすれば、「抜栓数」は「4」だから、当然、ぼくひとりが飲んだ本数より多くなる。

 それでも50代のころ、その数字が年間400を超え、こんな記録をとつてゐると飲み過ぎるなと恐ろしくなつて、本数をメモするのをやめた。

 そのころ、ボディーが水牛の角のソムリエナイフを、いつもスーツの内ポケットに忍ばせてゐた。

 その後、ボディーは煙草のパイプにも用ゐるブライヤー(薔薇の根)、黄色い柘植、赤い桜などと移り、いまは箪笥でおなじみの黒檀のナイフを愛用してゐる。
 
 まづ、ナイフの刃を出して、ワインの瓶を左手に持ち、コルクを包んでゐるシールを右から左からと(帝国ホテル流、ホテル・オークラ流など店によつて流儀が異なる)手早く切り落とす。

次に、寝てゐるネヂを立て、先端をコルクの中心に真つ直ぐ(最初に曲がつて刺さると、コルクが途中で折れたりする)に突き立てる。ネヂを回転させながらコルクに押し込む。

最後は、ナイフの袖にある金具を起こし、ワインの口に引つ掛け(これをいい加減にやると、引き上げるとき怪我をする)、梃(てこ)の応用でゆるやかに引き上げていく。

この作業を30秒程度で行ふ。ふつうはテーブル上でやるが、手慣れたボーイは一連の工程をすべて空中で行つて、一種のショーに仕立て上げたりする。
 
 何年か前、出張先のパリのシャルル・ド・ゴール空港で、スイスへの乗り継ぎに1時間ほど間が空いたことがあつた。

 ロビーの隅にあるワインコーナーの列に並ぶ。カウンターの中では、若い女性が客の注文を聞いてから、ハーフサイズのワインを1本1本抜栓してゐる。

さすがパリの空港で、ハーフサイズでも本物のコルクを使つたワインだ。

しかし、1本づつ抜栓してゐて客の列がさばけるのだらうか、と案じてゐると、その黒人女性は実に手慣れてゐて、1つの栓をお茶の子さいさいと10秒もかけずに抜く。

シールを切るのに2秒、ネヂをコルクに突き刺すのに2秒、コルクを引き抜くのに2秒程度。客がコインを用意する間にはハーフ瓶が突き出される。
 
 動きにやや乱暴なきらひはあつたが、ぼくはそれを見て、最近の大工さんが使ふ電動釘打ち機を思ひ浮かべた。

昔の大工さんは、釘を打つ前に夥しい数の釘を口に含み、右手に持つたトンカチでひとつ打ちをへると、左手を口に運んですばやく次の釘を1本取り出し、所定の位置に立てて、またトンカチを振り下ろしてゐたが、今は電動釘打ち機でバシッ、バシッと何本でも連続して打ち込める。

あれなら「一人前の大工になるまでに修業何年」が要らない。
 
 ぼくがひそかに自慢してゐる抜栓のワザは、パリの空港の女性の前では、釘を口に含んだ昔の大工さんと、バシッ、バシッの電動釘打ち機ほどの違ひがあつた。

だが、その結果はワインの味にも釘打ちの出来にも大差はないだらう。ワザは見えない。