★この夏の異常気象でカミナリも異常発生し、天気予報では「発雷警報が出てゐます。落雷にご注意ください」と付け加へるけれど、落雷にどう注意したらいいのか教へてほしい。


★スポーツ団体の不祥事が相次ぐのは、2020年東京五輪に向けて予期しない巨額の選手強化費用が各団体に転がり込み、組織として体をなしてゐない団体内部が、持ち慣れないものを持つて大混乱してゐるからではないか。


★筋肉隆々のボディーを作り上げるジムが、テレビCMが功を奏して大はやりのやうだが、男でも女でもああいふ肉体が美しいと誰が決めたのか。三島由紀夫以来の迷妄ではないのか。


★ボクシング連盟のヤクザ・ボスは常に甘露飴を愛し、山中から2歳児を救出したボランティアおじさんは塩飴を持ち歩いてゐたといふ。飴玉は悪いおじさん、良いおじさんを選べない。


★「紀州のドンファン」の怪死事件は、「田舎の警察には解明できない謎の多い事件でした」で幕を閉じたのか。同じ手口を真似する輩が増えるんぢやないか。


★大相撲では、普通の見世物でいへば主役級の横綱、大関が欠場しても、入場料が同じといふのは詐欺ではないか。


★甲子園の高校野球のラジオ実況中継に、ことし初めて女子アナが登場し、「いい当たり。センター、バック、バック!」なんて叫んでゐたが、聴いてゐてなんとなく恥づかしさを覚えた。


★事故に遭った人が救出され、一命をとりとめさうだと「命に別状はない」といふが、「別状」なんてをかしな言葉を遣はないで、もつと今風に、端的で平易な表現はないものか。


★やる前から結果が分かつてゐる自民党総裁選挙に遣ふカネがあるのなら、党として被災地に巨額寄付でもした方が党勢拡大に寄与するのぢやないか。


★女子レスリング界のパワハラ問題で、伊調馨に対して「もともと彼女はアスリートなのですか」とわざわざ記者会見して嫌味を言つたナントカ大学の女性学長は、伊調の復帰後、黙つてしまつた。


NHKラジオの男性アナKYは、「――と発表しました」や「--で終はりました」と過去形で結ぶべきところを、「と発表しましえん」「で終はりましえん」と発音、何度聞いても否定形に聞こえる。


★会つて話をしてゐるとき、不明確だつたり疑問な点が出てくると、すぐその場でしかるべき知人友人消息通にスマホを掛けて黒白をつけようとする女性がゐるが、電話をもらつた相手はさぞ迷惑なことだらう。


★嫌はれてゐたら「セクハラ」、好かれてゐたら「恋愛」。嫌はれたら「パワハラ」、好かれたら「有能な上司」。上に立つ者、知恵を絞らねばならぬ。
 第二次世界大戦が終はるころまで、わが家の庭の隅には防空壕がありました。

 繁茂した木斛(もっこく)の枝葉に紛れるやうに、その根元に畳二枚くらゐ、人が膝を折つてやつとの深さの穴が掘られ、二、三段の土の階段もありました。
 
 戦闘機の会社に勤めてゐた父親は、米軍のB29襲来を予告する「空襲警報」が発令されると、真夜中でも出勤しなければなりませんでしたから、家に残す家族四人のために、おそらく人手を頼んで、意外に立派なものを造つたのです。
 
 当時、ぼくは一歳か二歳。他の記憶はまるでないのですが、空に警報のサイレンが鳴りひびくと、父が母親と長女、次女、ぼくに向かつて、
 「さあ、防空壕に入りなさい」
 と厳しい口調で命令したのだけは耳に残つてゐます。

幼いぼくがぐずぐずしてゐると、父は叱りました。
 「早くみんなと一緒に防空壕に入りなさい。早く! 焼夷弾が落ちたら、みんな丸焼けになるぞ」
 
 父は脚にゲートルを巻きながらさう言ひ置いて、自分は会社に出かけて行きました。

 母親と子供三人は急いで家の電灯を全部消して防空壕に逃げ込むと、最後に母親が壕の天井に鉄板のやうなものをかぶせたのですが、それがどんな形状だつたかよく覚えてゐません。
 
 やがて遠くから地響きのやうな戦闘機のエンジン音が聞こえ、次第に近づきます。

 一家四人は真つ暗な泥の穴の中で息を詰めます。いまにも戦闘機からわが家に向かつて爆弾が投下される、悪い予感がします。

 防空壕とわが家の距離は十メートルほど。もし焼夷弾が落ちて燃え上がつたら、鉄板一枚下の私たちはたぶん助からないでせう。

しかし、一家四人が体を寄せ合つて、お互ひの息吹きを感じながら、身じろぎもしないで耐えてゐる時間には、子供心に妙な安息がありました。

このまま防空壕ごと燃え尽きてしまつても仕方ないか、といふあきらめもありました。
 
 ぼくがその後の人生の中で、「逃げる」ことに奇妙な興趣を感じるのは、これが原体験になつてゐるのだと思ひます。

大学紛争はなやかな頃、ほんの見物客だつたぼくが、ふとしたとばつちりで機動隊の催涙ガスに追ひかけられ、新宿の街中を逃げ回つたことがありました。

文部省記者クラブ内の対立から、朝日新聞など数社共同で仕組んだ「政府が六・三・三制見直し」といふフェイクニュースのために、社内で一時期、辛い立場に追ひ込まれ、事態があきらかになるまでぢつと時の流れを待つたときも、壕の中で一家が身を寄せ合つたのと同種の「逃げる」快感がありました。

体質的に、何かから逃げるのが好きなのかもしれません。今後は「老い」から逃げようとするかもしれませんが、そこに防空壕はあるかしら。
 いつもはトップか二番目に到着する元政治記者が、定刻を三十分過ぎても店に姿を見せない。

 テーブルの七人は、もう二度ほど「非公式な乾杯」でグラスを挙げてゐる。
 
 四十年近くも続いてゐる飲み仲間が、昼間には四十度近くに達した猛暑の夕刻、麻布のワインバーに集まつた。

 定例の暑気払ひ。今回の幹事はぼくだつた。
 
 メンバーはもちろんみんな酒好きだが、少しづつ好みが異なつてゐる。

 日本酒なら全国の銘酒を嗅ぎ分けることができると豪語する元経済部記者、
 都内にある生ビールの注ぎ方「日本一」を売りにしたビアホールを飲み歩いてゐる元地方部記者、 
 十年以上ヨーロッパを転々としながらも日本の焼酎を切らさなかつたといふ元国際部記者、
 蕎麦懐石のことなら本が一冊書けるほどウルサイ元校閲記者など、

 忘年会と暑気払ひの幹事役が回つてくるごとに、各自が得意技を披露する。
 
 ぼくが幹事の順番になると、みんなが期待するのはワインの店である。
 
 ビアホールや蕎麦懐石にくらべ会費が少々高くなつて恐縮するのだけれど、「アイツもリタイアしてからロクな店で飲んでないな」と言はれるのも癪だから、幹事の番が来ると、昔のエチケット・ブック(飲んだワインのラベルを貼り付けて保存するアルバムで、飲んだ店やワインの印象がメモしてある)を本棚から引つ張り出して、どの店にしようか思案する。
 
 今回のワインバーはさう気取つた店ではなくて、楕円形のナラの木のテーブルを囲んで、ひとりひとりが好みの味を初老のソムリエに伝へると、勝手にワインを選んでくれて、グラスで一杯づつ提供してくれる。

 ボトルで注文すると同じ味のものを五、六杯飲まなければならないが、気に入らなければ一杯で別のものに替へられる。
 
 「済まん、済まん。そこまで来て道に迷つて」
 
 自民党担当の記者会「平河倶楽部」で一緒だつたこともあるライバル紙の元政治記者が到着した。

 白髪混じりのソムリエが近寄り、「最初は何になさいますか。もう皆さま、それぞれお始めになつていらつしやいます」と注文を聞いた。
 
 元政治記者の返事を耳にして、一同は一瞬、唖然とした。
 
 「ああ、申し訳ないですが、私は温かい珈琲をいただけますか」
 
 これまでは毎回、ワイン、ビール、酒、紹興酒などと、種類や銘柄にはあまりこだはらずに、しかし誰よりも量を飲んだ小太りな男である。
 
 「体の調子でも悪い?」
 とぼくが一座の関心を一手に引き受けて質問した。
 
 「いや、さういふわけぢやないんだけど、最近、なぜか嗜好が変はつて。アルコール類は飲みたくなくなった」
 
 「すでに並みの男の一生分を飲んだからな」
 と真向ひの席の元社会部記者がヤジり、みんなが笑ふ。
 
 珈琲が来た。木製のテーブルにワイングラスが並木のやうにならぶあひだに、不吉な不整脈の空白のごとく、一つだけ濃紺の珈琲茶碗が置かれた。

彼がアルコールをやめたのは、もちろん「嗜好の変化」などではなく、酒浸りだつた七十代半ばの肉体の必然だらう。みんな分かつてゐる。

この会もそろそろ終はりになるかもしれない、と思つた。