人気タレントDAIGOをまねして、それをローマ字の頭文字で略して言ふなら、「オンスン(ONSN)」と「ゴイン(GOIN)」といふことになるか。
 生涯、大切にしてゐる二冊のノートである。

 「ONSN」とは「オンシノオト」。

 小学校五、六年の二年間、持ち上がりで担任してもらつたヴェテランの女性教師は、もともと国語が専門だつたこともあつて、まるで書家のやうな惚れ惚れする筆跡で、黒板にハクボク文字を連ねた。

 ノートに書きうつす児童たちも先生の流儀にならひ、みんなゆつくりと、一画一画をきちんと止めたり撥ねたりし、正確な書き順にも気を遣ひながら、メリハリの効いた文字を記した。
 
 と言つても、クラス全員がさうだつたわけではない。
 女子は大半が謹厳な先生の文字をお手本にしたが、男子はどちらかといふと自己流で、適当に書き流す者も少なくなかつた。

 ぼくもその一人で、先生が黒板に書く文字はゆつくり過ぎて、こちらと呼吸が合はない。

先生が次に書く言葉が予想できると、先生より先にノートに綴つた。実際に書かれた黒板の文字が予想と異なると、ひそかに消しゴムで消して書き直した。
 
 その先生がある日、ぼくに一冊のノートをくれた。見開きの半ページに、毎日、何でもいいから作文を書いて、朝一番で提出しなさいと言はれた。

 いはゆる宿題とは別である。
 「何でもいいから」と言はれても、小学生の大きな鉛筆文字でも見開き半ページを埋めるには四、五百字は必要だつた。

朝、先生に提出したノートは、先生の流麗な赤鉛筆の添削、感想が追加されて、下校時にさりげなくぼくに返された。

そんな交換ノートみたいなことを一人だけやつてゐても、クラスでは特に問題にならなかつた。

「町を歩きながら、お店ごとに柱時計の針が五分、十分と少しづつズレてゐるのに気づき、それをこまかく書いたところが面白いです。大人の世界にはかういふいいかげんさがあります」

などと、いま思へば熟女らしい感想が書き添へられてゐたりした。

学生時代も就職してからも、さらには素浪人になつてからも、小説や雑文を書いたりして、生涯、一貫して文章だけを頼りに生活してこられた素地は、この二年間の「オンシノオト」のお陰だ。

もうひとつの「GOIN」とは「ゴイノオト」。

高校を卒業するころからだから既に六十年近く、書斎の手の届くところに常に存在するのが一冊の大学ノートで、原則、持ち歩くことをしないから擦り減つたり破れたりすることはないのだけれど、

窓越しの陽をあびて、表紙も中身もほんのり焼きあがつたホットケーキみたいな、美味しさうな色に変色してきたのを労はりたいのと、手に取つたときの湿潤な感触が好きで、二十年ほど前からノート全体を乳白色の薄い和紙のカヴァーでくるんだ。

いま、たまたま開いたページには、「昧爽」「遅鈍」「流麗」「魁偉」「都雅」「顕證」などといふ脈絡のない語彙が並んでゐる。

六十年近くのあひだには、万年筆も変はれば書き癖も変化してゐる。悪筆は生まれつきだが、三十代にはいかつい四角張つた文字を書いてゐたのが、五十代に入ると角が取れた。

それぞれの語彙に、それぞれの文献からその使用例文が付記されてゐる。

たとへばーー
<昧爽>殺戮がさはやかなものになるには何かが要る。思想が一つの胸のときめきと化し、詩が一滴一滴の血のしたたりになるやうな、すばらしい昧爽の風が吹き寄せて来なければならぬ。
 
 キーボードを打つてゐて、ふと次の一行に詰まると、はなから無信教の老
人が、あたかも飢渇の苦しみのなかで聖書にすがる信者のごとく、薄い和紙
のカヴァーに手を伸べる。

いつの時代も人は語彙によつて物を考へ、語彙によつて文章を紡ぐのだから、そ
のときゴイノオトで出会ふいかなる言葉も、次に書くべき一行を触発する助けとな
る。

オンシノオトとゴイノオトは、わが命のオト(音)でもある。
 道を挟んだとなりの家の八十歳に近い奥さんが亡くなつたのは、ことし正月だつた。

 親の代からとなり同士とはいつても、もう何十年も親しい付き合ひはなかつたので、家族からちやんとした知らせもなく、死因も不明で、「あそこの奧さん、亡くなつたらしいね」といふご近所の噂話がそれとなく耳に入つた。

 二か月後、少し年上だつた旦那さんが死んだ。これも噂に頼るしかなく、確たる情報がひとつもないまま、いつのまにか「寂しさに耐へきれず、後追ひなんとかぢやないの」といふ説が有力になつた。

 奥さんが亡くなつたあと、一日中雨戸も閉めきりの日が多かつたりしたから、この噂は容易に信じられた。
 
 敷地三百坪の古い家に残されたのは、中年で独身の娘さん一人になつた。
 
 ぼくが庭でワインを飲んでゐると、毎日、午後五時半ぴたりに勤め先から帰宅する。
 
 近所で会へばお互ひ頭は下げるが、言葉を交はすことはなかつた。夜はぼくが書斎を消灯する午前一時を過ぎても、娘さんの部屋とおぼしき二階の一室だけ灯りがついてゐた。
 
 そこはもともと正月に亡くなつた奧さんの実家のお屋敷である。

 子供のころ、ぼくより少し年上の彼女は恐ろしい存在だつた。

 その家の前庭の一画にイチゴ畑があり、小学生のぼくはときどき生け垣をくぐつて侵入しては、真つ赤に熟したイチゴを頂戴した。
 
 「コラッ、ダメよ、イチゴを盗んぢやあ」
 見つかると、妹とふたりで追ひかけてくる。
「こんどやつたら、お母さんに言ひ付けますからね」
 
 道で友だちと野球をしてゐると、打つたボールがしばしばこの家の庭に飛び込む。
 
 「ボール、取らしてくださ~い」
 大声をあげて、生け垣の隙間からとなりの家に入る。

 家の中をうかがふと、長女か次女が廊下の端でぢつとこちらを見つめてゐた。
 
 八月中旬、業者がタオルを持つて挨拶にきて、隣の家の解体工事を始めると告げた。土地を売却することになつたらしい。これも噂話だけれど。

近ごろ自然災害の被災地で大活躍する黄色い大型の重機が翌日来て、先端に装着したザリガニの赤いハサミのやうな巨大な鉄の爪で、明治時代からの日本家屋をグシャグシャと容赦なく叩きつぶし始めた。

三週間もすると、塀沿ひに庭木の古木数本を残して、そこは想像もできなかつた真つ平らな更地に変容した。何もなくなると、三百坪は広い。

これまではとなりの家が邪魔して中空(なかぞら)に上がるまで見えなかつた中秋の名月が、ことしは宵の口からあきらかに見ることができた。

更地の上にのぼる月は、童謡の『月の沙漠』の月みたいに、妙に小さく、白々として、心もとない感じがあつた。

そのときの心境は、学校で学んだ古文の一節の心に似てゐる気がして、本棚で確認した。鴨長明「方丈記」にかうある。
 <かりのやどり、誰が為に心を悩まし、何によりてか目をよろこばしむる。そのあるじとすみかと、無常をあらそひ去るさま、いはば朝顔の露にことならず>
 
 とりわけ「すみか」の虚飾を嫌悪した文人は、方丈の小部屋で生涯を閉ぢたといふが、人間みな、とどのつまりは更地に還るのみ、といふことだらうか。覚悟しなければならぬ。
 店長は遅い夏休みだといふ。いつもぼくの相手をするのは主として店長だから、留守番役の若いボーイは困惑して、それでも客の注文に応じ、手慣れた感じでややドライなマティーニをつくつた。

 レモンピールをふりかけ、輝いた楢材のカウンターを滑らせるやうにグラスを差し出すと、また横に退(ひ)いて、さつきから熱中してゐたグラス磨きに戻つた。

 バーや寿司屋は、店の人間とのやり取りが料金の半分だから、飲み物や寿司だけ出してさあ勝手に、といふのでは詐欺に近いけれど、やつと三十代かと思はれるボーイが、ふだんほとんど話をしたこともない、少々癖のある年配客とのあひだで話題に難渋するのは目に見えてゐるから、こちらも達観して、黙々とカクテルをたのしむ。

 まだ「誰そ彼(たそがれ)どき」だから、客は来ない。

それにしても、ボーイのグラス磨きは熱が入つてゐる。リーデルらしい大ぶりなワイングラスの中に真つ白な布を押し込み、数回回して底まで汚れが取れたことを確認すると、こんどは引き出した布を壊れやすい宝石でも扱ふかのやうに神妙にグラスの縁に掛ける。

仕上げはグラスの心もとないほど細い脚を、回転させながら上下にこする。

その間、彼は幾度かシミや傷がないか点検する。たぶんシミも傷もないのだが、どこか気になるのか、ときどき工程を戻して再び同じところを拭き直す。

これだけ入念にやると、一つのグラスを拭きをへるのに5分ほどかかる。まだ納得してゐない風情で、名残惜しさうに次のグラスに取り掛かる。

「なんとなく、磨くのが楽しさうだよ」

嫌味に聞こえては困ると案じつつさう言ふと、意外にも彼はぼくが話しかけるのを待つてゐたやうに、

「楽しいといふか、気持ちが落ち着きます」
とはにかむやうに笑つた。

寿司屋の新米が、刺身のつまを作るために大根を均一に薄く剥く「かつらむき」の修業に集中しながら、同じことを言つたのを思ひ出した。

精妙な単純作業を一途に繰り返すことで「気分が落ち着く」といふのはよく分かる。

ぼくもワイングラスを磨くのが大好きである。グラスだけでなく、栓抜きに用ゐるソムリエナイフをぴかぴかにするのも好きなひまつぶしの一つだ。

年に一、二回、愛用してゐる四本のソムリエナイフをテーブルの上に並べて、柔らかい布で、まづワインの瓶口に引つ掛ける頭部の内外(うちそと)を拭き、次に螺旋形のネヂを立ててその形状に沿つて撫で、おしまひに胴体の柘植(つげ)、黒檀、ブライヤー(薔薇の根つこ)、水牛の角を光らせていく。

さういへば、何かを磨く趣味は日常生活の中でワイン用具だけではない。

斎で時間が空くと、極太の万年筆の黒いボディーを磨くし、お茶の師匠からおみやげに頂戴したダンヒルのボールペンを、ときどき軸の銀が擦り減るくらゐ拭き上げる。

食事のあと、台所の水道栓の下で、母親の遺品の象牙の箸を心ゆくまで洗ふのも気分がいい。鞄や靴磨きは言ふまでもない。

若いボーイは「気持ちが落ち着く」と言つたが、何かを無心に磨くといふ行為の中には一種の酔ひに近いものがある。

磨いても磨かなくても、結果に大差はないといふのもいい。