ぼくが子供のころ、わが家では日曜日の午後八時といへばテレビのプロ野球中継にチャンネルを合はせるのが普通だつた。

 

一家挙げてジャイアンツ・ファンだつた。

 

警察官の父親も巨人戦を観ることに異存はなく、「サード・長嶋」も「ファースト・王」も知らない母も黙つてプロ野球を観た。姉二人にも抵抗がなかつた。

 

最近は、日曜日に限らず午後8時の時間帯のテレビは娘にチャンネル権がある。

 

名も知らない芸人たちがじやれ合ふお笑ひ番組、歌のイントロ当てクイズ、盛りを過ぎたタレントが日本各地を訪ねあるく旅番組、安上がりな食ひ物番組……。ぼくは静かに書斎に消える。

 

いまや「伝統の巨人・阪神戦」もセパ両リーグの「首位決戦」も、プロ野球では家人の賛同を得られない。

 

かく言ふぼくも、すでに日本のプロ野球には関心が薄れた。

 

現役時代の41年間、読売新聞社で働いてゐたから、東京ドームのセリーグ開幕戦のチケットなどの入手に奔走した。

 

いまだに、「巨人戦は見向きもしない」と公言するのはいささか躊躇するけれど、どうしても観たい、といふ気にはならない。

 

ご存知のやうに、プロ野球のテレビ中継は、ここ数年、急速に視聴率を落してゐる。

 

公平を旨とするNHKが、「なぜいまこの試合を?」と首をかしげるやうな中継をすることがあるが、広告依存の民放テレビ局はプロ野球に冷たい。

 

それも無理はない。日本のプロ野球が急速に色褪せた。

 

ちなみに、いまの巨人の一軍選手でぼくがその名を知つてゐるのは、坂本勇人、丸佳浩など2,3人しかゐない。

 

2,3人でも知つてゐるのは、かつての熱烈ジャイアンツ・ファンだけではないか。

 

プロ野球の新人登用の契約額を平準化するための「ドラフト制」導入以来、大学や高校で活躍したり社会人野球のスター選手は、最近は初めから日本のプロ野球を目指さないでアメリカ大リーグを狙ふ。

 

とりあへず日本のプロ野球に入つた選手も、少し目立つ成績を残すとすぐにアメリカを目指す。

 

ギャラが違ふし、大谷翔平、村上宗隆など大リーグに渡つた日本人たちの活躍と人気をみればその気持ちも分かる。

 

日本のプロ野球は「二軍」になつた。

 

かくて日本のプロ野球はファンからもテレビからも見放され、夜のスポーツニュースでも、まづアメリカでの日本人選手の活躍が取り上げられ、日本のプロ野球の試合結果など最後に数分、添へ物のやうに付け足されるに至つた。

 

このままだと、プロ野球はやがてサッカーやバスケット、大相撲などにも及ばない、

 

かつての陸上やテニスや卓球などの「その他のスポーツ」扱ひになるのでは――と、嘆いたところで、実はもう手遅れになつてゐるのかもしれない。

 

これも時代による嗜好の移ろひの一つなのだらうか。

朝、新聞をとりに郵便受けまで行つたぼくが暫く戻らないと、朝食の準備を終へた家人がリビングのカーテンをちよつと開けてこちらをのぞく。

 

80翁が起きがけに外に出て、脳卒中でも起こしたのではないかと案じたのか。

 

実はこの時間、ぼくは「朝の労働」をしてゐる。

 

庭に君臨する五葉松の葉叢に降り落ちたゴミを、チクチクする松葉の間に指を差し入れて一つ一つ除去する。

 

ゴミといふのは、この時季、五葉松の隣りで咲きをはつた枝垂れ桜からばらまかれる、一、二ミリくらゐの赤紫色の花萼(がく)だ。

 

微少なものだから、はふつてをいてもいづれ風に吹き飛ばされるかと思ふと、意外にさうではない。

 

この小虫のやうな花咢が萎れて、五葉松の、それぞれ新芽を出さうと意気込む芯の中央に数個たまると、やがて腐葉土のやうな黒い塊(かたまり)になる。

 

それがこれから噴き出さうとする新芽の邪魔をする。

 

この五葉松は亡き父が可愛がつてゐたもので、元は園芸品の盆栽だつたのだらうが、育ち過ぎに手を焼いた父が盆から外して地植ゑした。

 

すると五葉松は出自を忘れ、関東平野の肥沃な庭地の恵みを存分に受けて見る見る成長、今では大蛇がとぐろを巻いたみたいな、恥づかしいほどグロテスクな根元といひ、風をはらんだ凧みたいな枝葉の張りといひ、もはや誰一人掣肘する者のない環境で不羈奔放、いつの間にやら幅も高さも二メートルほどの庭木に成長した。

 

そんな五葉松が、毎朝のぼくのゴミ取りを感謝してくれてゐるかどうかはわからないものの、朝この小作業をやると、父から受け継いだ義理が果たせたやうで清々しい気分になる。

 

これ以外にも、父から受け継いだ庭木はいつぱいある。門懸りの黒松の巨木、新緑と朱色の実が美しい黐(もち)、数年前に枯死したものの、ぼくが幼いころ木登りを楽しませてもらつた木斛(もつこく)、病弱だつた母が廊下の籐椅子から初夏の新緑と実を愛でた柘榴(ざくろ)など、すべて父からの遺産だ。

 

ぼくが庭を管理するやうになつてからのものは、四十年ほど前に福島・三春から苗木を取り寄せた枝垂れ桜だけである。

 

楽しい遺産だけではない。

 

どれもこれもほとんど樹齢100年超だから、たとへば黒松は、上部の枝葉の中に電線や電話ケーブルを包み込んで伸び続けてゐて、いづれ伐らないとトラブルになるだらう。

 

庭師に見積りを頼んだら、高木伐採の特殊技術が要るので一本処理するのに20万円ほどかかるといふ。

 

かうなるとまさしく「負の遺産」だが、これらの庭木は、ぼくの代になつてからでも半世紀以上楽しませてもらつてゐるのだから、甘受すべき対価なのかもしれない。

 

 

いつもどほり、午前9時半にベッドから出る。春うらら、快晴の土曜日。

 

「けふあたり、裏の公園が満開みたいだから、お花見にでも行きますか」

 

こちらの気持ちを読んだやうに、家人から誘ひがかかる。

 

午後1時過ぎ、パスタ(ボンゴレ)の昼食を済ませると、三時に夫婦で家を出る。

 

ことし雑事に紛れ忘れた恒例の“初詣”に近所の旧官幣大社へまづ参拝し、その裏手に広がる、明治時代から文人などに愛された桜と松林の公園に向かふ。

 

その日そこには、これまで見たこともない光景が広がつてゐた。

 

まるで地域のお祭りかと思ふほど夥しい数の花見客が、園中央の、小学校の校庭みたいな楕円形の広場を埋めてゐる。

 

それぞれ整然と1坪ほどのブルーシートの境界を守り、4,5人づつが車座になつて、べつたりと地面に尻をおろす日本特有のお花見風景である。

 

それにしても、これだけの数の家族やグループがここに集まるとは!

 

広場を一回りすると、「この後はどうせあそこへ寄るのでしよ」と家人が笑ふ。

 

あそことは、ほとんど毎夕通ふ自称「4時5時男」のワインバーのことだが、けふはなぜか気が変はってそこへは行かず、帰宅した。

 

家に着くや、昨夜抜栓したボルドーの安物ワインに、娘がプレゼントしてくれた小さなチーズケーキ、近ごろ凝つてゐるキビナゴ(ニシンの稚魚)の揚げ物を両手に抱へて庭に出る。

 

つと空を見上げると、松の枝葉のはるか上の鮮烈な青空に、白いマシュマロを手でちぎつて置いたかのやうな雲がいくつも浮いてゐる。

 

庭の西にある枝垂れ桜は早くも散り始め、小虫のやうな白い花弁が飛んで来てワイングラスをおびやかす。

 

そのとき、見知らぬ二人連れの中年女性が門のところへやつて来た。

 

ぼくが近寄つて行くと、何やらモノクロの印刷物を差し出して、

 「私たちは高市政権に反対してゐます。あなたはどんなお考へですか」

と切り出す。

 

いかにも藪から棒の質問で答へやうがない。

 

この辺りで最近よく見かける新興宗教団体のおばさんたちだが、少しは春の午後を楽しんでゐるこちらの身にもなつて欲しい。

 

先に東京高裁で判決の出た旧統一教会の解散命令に宗教仲間として反対してゐるらしいが、さあ、これから庭で一杯といふこちらにすれば傍迷惑といふしかない。

 

政権談議なら逆に問ひ返してみたいことが山ほどあるが、面倒だから適当にあしらふ。

 

5時を過ぎてリビングへ退きあげ、こんどはウイスキーのロックで口を漱(すす)ぎ、7時になると、テレビのNHKニュースを見ながら、きのうから家人に所望してゐた天麩羅の夕食で、これには「白鶴・大吟醸」の常温を合はせる。

 

9時、書斎に上がり、18年目になるわがエッセー塾の女性ヴェテラン塾生がメールに添付してくれた、ほとんど添削する必要のないエッセーを読み、返信する。

 

午前1時23分、つまり「123」にベッドに入る。

 

「123」は日によつて多少前後する一応の目安。

 

ややあつて「234」2時34分。

 

枕に頭を沈めて入眠態勢を整へる。時にはすでにうつらうつら状態に入ることもある。

 

あすの起床も9時半の予定だ。