年寄りぢやあるまいし、季の変はり目の寒暖差に体が随いて行けないなんてーー

 

と身のほど知らずで高をくくつてゐたのだが、どうやらこれが現実らしい。鼻風邪をひいた。

 

サラリーマンの現役時代、病気を理由に仕事を休んだことが一日もない「41年間病欠ゼロ」は、政治講演の枕にふつたり、あちこちに書いたりする自慢話だけれど、81歳になつて初めて、「これが歳といふものかしら」といふ自覚を味はつた。

 

35度8分~36度の「平熱」はほぼ変はりなく、朝起きて格別倦怠感もない。

 

ただ先週、やたらに咳が出るやうになつた。続いて水のやうな鼻水が出始めて、数日ティッシュが手離せなくなつた。

 

この経過は三日早く家人が経験してゐて、朝居間に降りると、小さく巻いた棒状のティッシュを両鼻に詰めてゐる。

 

サルのお化粧のやうな奇態な眺めである。

 

「それ。何かのおまじなひ?」

と問ふと、

「いや、朝起きたら、なぜか急に鼻水が止まらなくなつて」。

 

家人の鼻水は3日ほど続いた。

 

発熱はなかつたが、鼻水が一段落すると、こんどはドンドンと階段を駆けあがるやうな咳が三日ほど続いた。要するに「風邪」である。

 

原因は分からない。どこで感染したのか。さつそくパソコンで調べる。

 

「風邪」で検索すると、これでもかといふほど解説が並んでゐる。

 

こちらはただ「鼻風邪と咳」の対処法を知りたいだけなのに、聞いたこともないクリニックの医師やら、大学病院の専門医などがあれこれと解説してくれてゐる。

 

単なる「風邪」を飛び越えて、気管支炎や肺炎の心配をしてくれたり、中には最近流行つてゐるといふ「SRウイルス感染症」だとか、「マイコプラズマ肺炎」などといふ、なんとなく恐ろしい、まことしやかな病名が続いたりする。

 

こちらはさういふものには興味がない。

 

突然始まつた、原因不明の鼻風邪に当面どう対応すればいいのか、何といふ薬を買って飲めばいいのかを知りたいだけである。

 

しかし、スマホにもパソコンにも、簡明、単純なその処方箋がない。

 

そこに展開する「情報」は、クリニックの宣伝やさまざまな製薬会社のPRばかり。「こちらが必要とする端的な情報」がない。

 

折から衆院選が始まつた。

 

ネットをひらけば、各政党、各候補者が経済、外交、物価対策など国政全般についてそれぞれ雄弁に語り、これらの政策が全部実現したら、明日にでも「バラ色のニッポン」が出来上がるやうな夢を披歴してゐる。

 

しかし、現実にどの政党の、どの候補者が有権者たるこちらの主義主張に最も近く、こちらが考へる「バラ色のニッポン」への政策を遂行してくれるのかはさつぱり分からない。

 

鼻風邪にどの薬を飲んだらいいのか分からないのと同じである。

 

いま、あらゆる「情報」が一見、ボタン一つで容易に手に入る。

 

しかし、真にこちらが必要としてゐる喫緊の情報は、むしろ茫漠とした「情報の闇」のむかうに消えてしまつて見つからない。

 

 

新しい総理大臣が誕生して、「2024 政治の季節」は一段落した。

 

浮いた人あれば沈んだ人あり、いつもながらの永田町劇場だが、今回顕著な傾向としてあらはれたのは、「激越な物言ひをする人たちの挫折」だ

 

自民党総裁選では石破茂氏が決選投票で逆転勝利し、高市早苗氏、小泉進次郎氏らが敗れた。

 

その数日前の立憲民主党の代表選では、野田佳彦氏が勝って枝野幸男氏が敗れた。

 

少しさかのぼつて、7月に行はれた東京都知事選では、小池百合子氏が勝つて、「2位ぢやダメなんですか」の蓮舫氏がまさかの3位に泣き、その後、とんんと消息が知れなくなつた。

 

高市氏は新総裁の下の党役員ポストを拒否して無役となり、民主党の枝野氏は“一丁上がり”の会長職「党最高顧問」を呑んだ。

 

ついでに言へば、総裁選で高市氏を推した“中折れ帽”の麻生太郎氏(84)もたうとう「党最高顧問」に祀り上げられた。

 

この夏、敗北したこれらの顔ぶれは、高市氏、小泉氏、枝野氏、麻生氏、蓮舫氏など、日ごろからいづれも舌鋒鋭い「攻撃的な物言ひ」をウリにした論客である。

 

ご存知、かの「上から下まで白ファッション」の蓮舫氏が国会で質問に立ち、たぢたぢの首相や大臣を激しく糾弾する場面を思ひ浮かべるまでもない。

 

小泉2世もあの犀利な顔立ちを生かして論難の名手である。

 

次元は少々異なるけれど、県庁役人に対する感情的な叱責やおねだりスキャンダルで名を馳せ失職した兵庫県知事の斎藤元彦氏を、この列の最後に加へてもいい。

 

かういふ人たちが、この夏、揃つて涙を飲んだのはなぜか。何か原因でもあるのか。

 

逆に、勝利したのはいつも茫洋として口ごもるやうな話し方の石破氏であり、容姿のことを言ふのも気がさすけれど目蓋が重く下がつて、放つてをけば眠つてしまひさうな野田氏だ。

 

時代は、高圧的に、かつヒステリックに人を指弾、攻撃する物言ひ、態度を嫌ふといふことか。

 

――といふやうなことを晩酌のつまみに家人に話したら、

「あなたもいい歳なんだから、少しは物言ひに気をつけないと」

と早速イエローカードが飛んできた。

 

「キツイ物言ひ」は、新聞記者時代の記者会見を最後に卒業したつもりなのだけれどーー。

ところはパリのシャルル・ド・ゴール空港。乗り換え便を待つあひだ、空港内のロビーで時間をつぶしてゐた。

 

ワインの店に列ができてゐた。

 

いくらフランスでも、空港内のレストランであまり旨いワインは期待できないけれど、機内で飲み飽きたコーヒーよりはマシかと客の列に並んだ。

 

長い行列だが、列の動きがおどろくほど速い。一度止まつたかと思ふと、次の瞬間にはもう動き出してゐる。

 

ワイン店のカウンターにゐる中年の女性スタッフの手際がすばらしくいいのだ。

 

ワインはまづ、コルク栓を抜かなくてはならない。慣れないとこれが一仕事。抜栓が面倒だからワインは嫌い、といふ人もゐる。

 

ところがこの女性スタッフの手にかかると、まるでビールの栓を開けるやうに軽々と栓が開く。

 

ふつう、ワインの抜栓は次のやうに進む。

 

➀瓶のコルク栓をくるんでゐる鉛のシールを、ソムリエナイフで回し切る

➁ナイフの螺旋状のスクリューをコルクの中心に刺す

➂スクリューをコルクの下に押し込む

➃ナイフの端のカギ型の部分を瓶の口に掛け、梃子の応用でスクリューを引き上げ、栓を抜く ➄スクリューからコルクを外す

 

女性スタッフはこれらの作業を、➀は右へ1秒、左へ1秒の計2秒。コルクの中央に刺すのが面倒な➁も1秒、力仕事の➂は2秒、手慣れた➃は3秒、➄は2秒ほどーーで終へる。

 

まさに手品のやうに栓を抜く。

 

素人だと、かなり習熟した人でも、➀に10秒、➁にも10秒、➂に20秒、➃に30秒、➄に数秒の、計1分余は要する。彼女はそれを10秒ほどで完了する。

 

ワインバーにはよく行くが、こんな抜栓の名人を見たことがない。

 

ところ変はつて、きのうまで両国国技館で開催された大相撲9月場所。

 

2004年1月、モンゴルから来日して初土俵を踏んで以来20年、一日も土俵を休むことなく、ことし(2024年)9月10日、伝統ある大相撲の歴史に「連続出場記録1631回」の金字塔を打ち立て、さらに記録を伸ばしてゐる東前頭10枚目・玉鷲(たまわし)一朗、39歳。

 

体重200キロ近い力士が激突する立ち合ひ、勝負の土俵際では、双方手も突かず、もんどりうつて頭から落下する。

 

怪我をしない方がをかしい。机に向かふだけのサラリーマンだつて、20年間病気にもならずに「皆勤」するのは容易でない。

 

格闘技中の格闘技ともいふべき大相撲で、病気も大怪我もなく、連続出場記録を作つた裏には人知れずの苦労と節制があるに違ひない。

 

とかく話題になる「モンゴル派」とは距離を置き、将来も相撲界に残る決意で、ことし3月、日本国籍を取得した。エライ、スゴイ!といふしかない。