朝、机に向かつて最初にパソコンをひらくと、メールの受信欄がずらりと埋まつてゐる。

 

早朝の、やや澄明な頭をメールチェックに使ふのも勿体ない気がするけれど、もつと勿体ないのは、受信歴にあるメールの9割ほどが個人情報を不当に入手しようとする詐欺メール、いはゆる“迷惑メール”であることだ。

 

どうやらその大半は外国(主としてアジア)からの、外国人によるメールか、一部は生成AIによる機械的な作文らしい。

 

それをいちいち削除する時間も惜しいが、実はそのメールが詐欺メールか否かを見分けるのは至極簡単である。

 

ちやんとした日本文になつてゐるか否かーーですぐ判別できる。怪しいメールは文章も怪しい。

 

日本人なら中学生程度の国語力で書ける文章でも、外国人にとつて正しく書くことはかなり知的で、高度で、至難な作業らしい。

 

たとへば、ある大手運送会社を名乗るメール。

 

『お客様が送信された荷物に関しまして、宛先不明という状況に陥ってしまったようで、大変残念でございます。宛先と電話番号に誤りがありましたため、配送できないことになっています。下記通り、配送情報をご更新ください』

 

一読してヘンな文章だ。

 

注文した荷物を「送信された荷物」とは言はないし、荷物が宛先不明になつた事態を当の運送会社が「大変残念でございます」と言ふのはをかしい。

 

「大変申し訳ございません」なら分かるが、他人事のやうに「残念」で片づけるとはとんでもない。

 

少なくとも日本のビジネス用語にかういふ情緒的な「残念」はない。

 

それに続いて、「下記通り」更新せよ、と冷たく告げるのは、こんどはいささか事務的に過ぎる。

 

配送依頼の個人情報を再度記入せよと言ふのだから、もう少し礼を尽くした丁寧な言ひ方があるだらう。

 

並の日本人ならこの文章は「なんとなくをかしい」と感じる。

 

もう一つ、某カード会社を名乗るメール。

 

『平素より××カードをご利用いただきまして誠にありがとうございます。最近取引を受け取りましたが、それが関係者によって行われたかどうかを確認したいと考えています。誠に申し訳ございませんが、本サービスのご利用を一部制限させていただきます。ご連絡を試みましたが、ご連絡が取れませんでした。連絡が取れません。そのため、ご登録いただいたメールアドレスを使用してご連絡させていただきました』
 

 最初の「取引を受け取りました」以下、なんとも冗長で、無駄な重複が多く、文脈も体を成してゐない。

 

読んでゐて不愉快になる。日本なら「ハシボー(箸にも棒にも)の悪文」と言はれても仕方ない。

 

しかし、待てよ。もしや、こんなメールを受け取つた日本人が、その文章に何の疑問も抱かず、普通に対応してしまふ例が増えてゐるのか。

 

幼いころから「着る物にウルサイ」ガキだつたのには母親の影響が大きい。

 

母は謹厳な警察官の妻として、道楽や趣味には一切手を染めずに、年に数回、馴染みの呉服屋に電話して、愛想のいいおやぢに季節の生地を持つて来させ、床の間の前に素麺のやうに何本もひろげて、あれかこれかと目移りを楽しむのがほとんど唯一の愉楽だつた。

 

新しいきものが出来上がつてくると、古くからの友だちを誘つて銀座・歌舞伎座へ出かけて行った。

 

警察署長を転々とする官舎住まひながら、母はそのときときだけは官舎仲間を避けてゐた。

 

警察官の世界はなにかと周囲の目が厳しく、「こんどの署長の奧さんは派手好みね」などと評判が立つのを避けてゐたやうだ。

 

よろずに地味な父も、母のこの嗜好だけは大目にみてゐた。

 

ぼくが生まれて初めてスーツを誂へたのは大学生になつてすぐだつた。

 

姉の友人の実家が御徒町の川沿ひで洋服店を営んでゐたので、その友だちの手前、ぼくを客として連れて行つた。

 

昭和の中ごろらしい、きはめて簡素な明るい紺のスーツだつたが、入学祝としてプレゼントしてもらつた。

 

新聞社で五年間の地方勤務を終へて本社政治部に配属を命じられ、初めて挨拶に行くと、政治部長が最初に言つたのは「服装には気を付けて」だつた。

 

「政治記者といふのは社会部とか文化部とは違つて、いつ急に総理大臣に単独インタビューすることになるかも知れない。失礼になつてはいけないし、政治家には着てゐる服で品定めする人間も少なくないから、洋服代は政治記者の必要経費だと思つて、これからはスーツに気を遣ひなさい」

 

スーツなどまるで知識のないまま、有名デパートなら間違ひはないだらうと、一着は日本橋の三越で、次に高島屋で誂へた。どちらも20万円を超えた。

 

新聞記者の服装は、第一に目立たないことが求められる。

 

テレビの国会中継でお分かりのやうに濃紺かグレーの上下が無難で、国会議事堂や永田町に出入りする官僚、秘書、記者、みんながみんな例外なくドブネズミ・ルックである

 

自慢話になるけれど、僕のスーツは“世界のファッションデザイナー・森英恵”に褒められたことがある。

 

『週刊読売』の編集長のとき、写真コラムを連載してもらつてゐた森さんに、表参道にある森さん経営のフレンチでご馳走になつた。

 

向かひの席の森さんがしみじみとぼくのスーツの肩や胸を見つめて言つた。

 

「仕立てのいいものを着ていらつしやいますね。失礼だけど、新聞記者さんでそんなのを着てる方、初めて見た」

 

いまもわがクロゼットには季節ごとに濃紺のスーツがずらりと並んでゐる。

 

いくら仕立ては良くても所詮は仕事着である。あすどこからかパーティーの招待状が舞ひ込んでも、そんな場に着て行きたい、いはゆる一張羅はない。

 

2階で机に向かつてゐたら、突然、窓越しにタカかワシのやうな大型の黒い鳥が横切つた。

 

ふだん聞くこともない羽ばたきの音だつた。

 

羽ばたきは数秒後、枯死して今は幹と枝だけのモッコク(木斛)の頂きに止まつた。

 

体操の鉄棒競技で、最後に数回回転したあと空中に身を躍らせて着地する、あの典雅な止まり方だつた。

 

異変はそのとき起きた。

 

モッコクが完全に枯れてゐたからか、あるいは体長1メートルもあらうかといふ鳥の重さがひびいたのか、鳥がモッコクの幹のてつぺんに着地すると、幹が大きく左右にしなり、不安定に二、三回揺れた。

 

本能的に恐怖を感じたのだらう、鳥はすぐさまどこかへ飛び去つた。

 

並外れて大きいその鳥は、よく見るとなんとカラスだつた。

 

近くの旧官幣大社の鎮守の森を棲み家にしてゐる大群の親分なのかもしれない。

 

そのときのモッコクの幹の異様な横揺れが気になり、カラスが飛び去るとすぐ庭に出て、幹を手で揺すつた。

 

太い樹の内部で、ミシミシと軋む音がする。

 

さらに揺する。何かが壊れ、折れ、崩れるやうな音がした。

 

こんな危ない枯れ木を放置しておくことはできない。

 

これならぼくでも倒せるのではないかと、地上1メートルほどのところに手を当て、木が倒れても障りのないことを確認してから、やや決定的な力で幹を押した。

 

長年その世界で威容を保つてゐた巨大組織が一瞬にしてもろくも崩れ落ちるときのやうな、壊滅的かつ悲惨な感触が手に伝はつた。

 

さらに押す。

 

幹は動物が息を引き取るときのやうな小さな叫び声を立てて、ぼくが手をかけた反対側に徐々にかたむき、樹皮もちぎれて、やがて芝生の上に横たはつた。

 

中を覗くと、乾燥して茶褐色に変色した槍状の繊維質が、鋭利な切つ先を屏風のやうに連ねてゐる。

 

切つ先の一つを指先でつまんでみた。

 

悲しいほどあへなく、まるでチョコレート菓子にフォークを立てたやうに、ぐずぐずと崩れた。

 

子どものころ、下から三番目の枝まで登つて、隣りの家の生垣越しに見える新鮮な風景に感激した記憶がある。

 

ぼくと同じくモッコクも成長し、やがて電柱と電柱をつなぐ電線が上枝の茂みの中を通過するやうになつて、「いづれこの木は伐るほかないな」と観念したこともあつた。

 

80年余も親しんだ庭木の最後はあまりにもあつけなかつた。

 

この木は枯れてからも威厳を誇り、厚さ5ミリほどの堅牢な樹皮をA5サイズくらゐに剥がして、いまでも書斎に飾つてゐる。

 

マツ、モチ、モクセイなどと並んで「庭木の王様」と言はれるプライドもあつたかもしれない。

 

しかし、内部で進んでゐた老化と憔悴――。最後にひよんなことから一羽のカラスに現実を暴かれることにならうとは想像もしなかつただらう。