夜7時のNHKニュースからチャネルを切り替へるのを忘れて、実に久しぶりにテレビの歌番組を見た。

 

そして妙に感動した。5月14日(火)の「うたコン」である。

 

92歳(6月には93歳になる)演歌歌手・二葉百合子が、「岸壁の母」を歌つた。

 

♪ 母は来ました 今日も来た

♪ この岸壁に今日も来た

 

といふ、戦後の引き上げ船を歌つたあのヒット曲だ。

 

生放送に出演する歌手としては異例の高齢といふことで気を遣つたNHKは、舞台に終始、一番弟子の人気女性歌手を付き添はせたが、当の92歳は三番まで十全に歌ひ切つた。

 

曲中、聴かせどころのセリフも怠りなく、最後の

  ……ああ風よ 心あらば伝へてよ

  ……愛(いと)し子待ちて今日もまた

  ……怒涛砕くる岸壁に立つ母の姿を

 まで、高齢者にありがちな声のふるへも、音程の狂ひもなかつた。

 

正直、びつくりした。

 

低音部の粘り、高音部のアピールなど、元浪曲師らしい張りも響きも、昔聴いたころと遜色なく、永年うたひ続けた喉はおとろへを感じさせない。

 

いや、をかしな言ひ方だが、むしろ“女浪花節”の精華ともいふべき艶冶な趣きさへ全編にただよつた。

 

歌が完璧といふだけではない。

 

きもの姿で端正に立つてマイクを握る姿には、歌ひ手の「これが演歌といふものだ」といふ自恃とプライドを感じさせる情趣があつた。

 

さて、見終はつて省みるに、ぼくはざつと齢(よはひ)一回りも下だといふのに、何事にせよ、今の自分にこれだけのエネルギーと凛々しさがあるだらうか。

 

自らが誇りに思ひ、恃(たよ)りにしてゐるものがもし何かあるとして、それをこれだけ横溢させる技量があるだらうか。

 

「人生100年時代」と口で言ふのは簡単だけれど、真の「人生100年」といふのは、この演歌歌手のやうに充実した人生を生きることかも知れないと思つた。

 

いざといふとき、その人らしさ、その人なりの全能力を存分に発揮できてこそ本当の「人生100年」だらう。

 

にはかに、わが81歳の現実に怯えを感じた。

 

大型連休中に珍しい来客があった。

 

快晴に包まれたその日、たまたま親戚で急病人といふ電話を家内が受けてゐる最中にドアホンが鳴つた。

 

客は家内の高校時代の友人で、事前に来訪の連絡を頂いてゐた。

 

二十歳過ぎまで近所に住んでゐたが、静岡に嫁いで、家内と会ふのも久々のはずだ。

 

三人でしばし久闊のことばを交はし終はつたとき、ふたたび電話が鳴つた。

 

急病人の続報らしい。話が話なので、家内も「来客で」とすげなく切ることもできず、受話器を持つたまま別室へ消えた。

 

応接椅子に残されたのは、客とぼくの二人になつた。

 

「新幹線は混みましたか」「けふはまれに見る青空ですね」

などといふ会話を終へると、ぼくと客との間に話題はなくなつた。

 

でも客を迎へて黙つてゐるわけにもいかないから、

「お会ひするのは何年ぶりでせうね」

とぼくが言ふ。

 

「さう、何年になるでせうか。もう分からないくらゐ昔ですね。確か四十代のころ、私が実家に帰つてゐたとき、ご旅行の帰りにお土産を持つて寄つて頂いて――」

と客が笑ふ。

 

「ご実家はお変はりないですか?」

と問ふぼくは、実は彼女の実家がいまどうなつてゐるのかまるで知らない。

 

「ええ、妹一家が住んでをります」

 

――家内の電話はなかなか終はらない。

 

客とぼくの間に、また気まづい沈黙が来た。卓上の紅茶に手を伸ばし、次に庭を見やる。

 

つられて客も庭を見る。マツの薄茶色の新芽や、モチ、モミジ、ザクロなどの新緑がまばゆいが、とりたてて口にすることでもない。

 

ぼくの友達相手なら、大リーグ・大谷翔平の話題でもいいし、昔の記者仲間なら自民党の裏金騒動、ポスト岸田の政局など、話の接ぎ穂に事欠くことはないが、何に興味があるのか分からない老女にそんな話をするのもをかしい。

 

と言つて相手の胸で異様にひかるペンダントに話を振るのもわざとらしい。

 

家内の電話はまだ続いてゐる。ふたたび、どうしやうもない無言の時間。

 

客もぼくも、お互ひに視線のやり場に困り、ぼくは家内のゐる奥に目をやり、客は手持無沙汰の手を幾度も紅茶に伸ばす。

 

80歳を過ぎて、接客ひとつ満足にできないといふのは何とも情けない。

 

新入りのホステスが一見の客を前にしても、もう少しマシなお愛想があるだらう。

 

こんなときに役立つのは、日常、あまり意識することもない、ありきたりで当たり障りのない、いはゆる「世間話」の類いだ。

 

自分にさういふ能力が欠けてゐることに改めて気づく。

 

男一匹、「人間力」が試されてゐるのかもしれない。

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自民党二階派の二階俊博氏が、3月末、折からの政治資金問題で「次の選挙に出ない」と引退宣言した記者会見で、某ローカルテレビ局の中年記者が「引退の決意には年齢が関係してゐますか」と質問した。

 

これに対して85歳の二階氏は、思はず逆上して「バカヤロー」と言つた。

 

ふだんの会話ならともかく、政治家が公的な場で「バカヤロー」を口にするのはタブーである。

 

古くはざつと70年前の1953年、衆院予算委員会で、吉田茂首相が社会党の西村栄一氏の質問に「無礼だ。バカヤロー」と捨て台詞を吐き、これがきつかけとなつて内閣不信任案が可決され、衆院解散となつた、いはゆる「バカヤロー解散」が有名だ。

 

当時現場にゐた記者の話では、答弁した後の“つぶやき程度”だつたさうだが、予算委員会のマイクはこれをちやんと拾つてゐた。

 

「バカ」とか「バカヤロー」は人が感情的になつた時に発するありふれた言葉だから、全国にはこれに類する方言は数多い。

 

ネットで調べただけでも、関東の「バカ!」、関西の「アホ!」を筆頭に、山形や九州の「あんぽんたん」「あんぼんたん」、中部地方の「たわけ」「たーけ」「あんごー(暗愚が語源?)」、北陸の「だら」、日本海側の「だらず」「だらじ」、九州の「べかたん」「しちりん」「にとはつじゅ」、沖縄「ふらー」、北の方では、北海道「はんかくさい」、青森「ほんじなし」宮城「ほんでなす」もあり、ある程度広範囲に使はれてゐるものだけでも30語は下らない。

 

二階氏は和歌山の出身。「馬鹿」の方言地図では「アホ」の地域だから、一生一度の引退会見で、なぜ故郷の言葉を使はずに、東京言葉を使つたのか。

 

永らく永田町にゐて、もはや心は故郷より東京・永田町に移つてゐたといふことか。

 

この「バカヤロー」発言の前に、二階氏は記者に言ひ返す形で、「お前もその歳が来るんだよ」と言つた。

 

もしこの場で、「バカヤロー!」ではなくて「アホ!」とつぶやいて会見を閉ぢてゐたら、評価は大きく変はつてゐたかもしれない。

 

質問した記者の所属するテレビ局は二階氏の地元の和歌山にある。同じ「アホ」圏だから意は十分通じたはずである。

 

吉田首相も「バカヤロー」ではなく、たとへば奈良県出身の西村議員相手だから「アホ」とつぶやいてゐたなら、ことは衆院解散にまで進展しなかったのではないか。

 

「バカヤロー1」と「アホ!」の違ひは大きい。聞いた人が受ける印象がまるで異なる。

 

濁音のない「アホ」には、なんとも間の抜けた、いはく言ひ難いお国訛りの放胆、寛恕、ユーモアがある。

 

お国ことばは貴重な日本文化の一つといふしかない。