通ひ慣れた診療所の所長が、いかにも親切心で言ふのですがといふ顔をして、
「こちらまで通つて頂くのは嬉しいのですが、電車代だつて馬鹿馬鹿しいでせう。ご自宅の近くに評判のいいお医者さんはゐませんか。紹介状を書きますけど」
と言ふ。
大手町の新聞社の3階にある診療所だが、会社をリタイアした後も医者を変へるのが面倒で、ドア・ツウ・ドアで1時間はかかるそこまで、2か月に1回コレステロール薬メバロチンをもらひに通つてゐる。
もちろん診療所に行く日は、昔の後輩とのランチとか夜の飲み会とか銀座での買ひ物とか予定を組む。だから特段「電車代が馬鹿馬鹿しい」ことはないのだが、循環器系では一応名の通つた五十年配の診療所長は続けて、
「いま厚生省は、国民みんなが自宅の近くに家庭医を持つて、ふだんの風邪や胃痛など軽い病気の時はそのお医者さんに掛かり、高度な医療が必要な重病に罹つたときだけ近隣の大病院宛て紹介状を書いてもらつて診てもらふといふ体制を目指してゐるのです」
「ええ、僕も厚生省を担当したことがありますから、それは知つてゐます」
と応じる。
「ああ、さうですよね。ーーそこで、そろそろご近所にお医者さんを見つけてはどうですか」
さう言はれても、ハイ、さうですかといふわけにはいかない。
就職して40余年、自宅の周辺とはまるで縁が切れてゐる。町内会の役員改選や忘年会、ソフトボール大会、夏祭りなどには顔を出したことがない。全部家人任せである。
ご近所にどんな人が引つ越してきたとかコンビニが開店したとかもまるで興味がない。ましてお医者さんに関しては、どの内科が評判が良くて、どの歯医者に美人の女医がゐて、どこの整体師がよく効くなどといふ情報に耳を傾けたことがない。
だいたい自分で医者を選んだ記憶がない。子供のころは風邪でも怪我でも両親が知り合ひの、病室20ほどの外科病院に親に勧められるままに通院した。
就職してからは専ら自社の診療所頼み。この診療所には大手町界隈のビジネスマンやOLも結構来る。彼らは1階の受付で手続きをして、「外来」の名札を胸に付けさせられて診療所にたどり着くのだが、われわれ社員は診療の順番や連絡などで何かと融通がきく。
「近所のお医者さんと言つても、選ぶの難しいですよね。なにしろいざといふとき自分の裸を見せたりするのですから」
と僕は、男としては少々的外れなことを言ふ。すると診療所長は、
「レストランや美容室を見つけるのより難しいかな。ーーさうですね、結局、医者といふのは相性で選ぶしかないですよ」
と笑ふ。
相性ーー。これはまた大問題である。近所に開業医は何軒かあるが、病気でもないのにそこを一軒一軒訪問して、お医者さんとお会ひして相性を確かめるなんてできるわけがない。
開業医の評判を地域の口コミで探るといふのも極めて困難な作業だ。受診して快癒した人は良く言ふし、治療に手間取つた人は病気の善し悪しとは関係なく悪く言ふに決まつてゐる。診療所長が言ふやうに、レストランや美容室と違つて、試しに客となつてテストすることができない。
いつそ離島のやうなところで、医者が一軒しかないところだつたら紹介状を書いてもらふ相手も簡単に決まるのだが、と思ふ。
かうなつたら、ネットで自宅周辺の地図に医療機関を全部書きこんで、単純明快に「家から一等近い医者」を選ぶしかないか。それが産婦人科だつたらどうしよう。
