昨日のこと。
午前中トータルワークアウトへ。
というのはもちろん嘘で、近くにある市営のジムで筋トレ。
ほぼ半年ぶりに身体をイジメた。
午後は女房と分担して家を掃除したり、大きく育ち過ぎた
ローズマリーを鉢から直植えに移したり。
夕食にはそのローズマリーを使って、手羽先の香草焼きを作った。
結構美味い。
*
クローゼットを整理していて、すっかり存在を忘れていた帽子が
出てきた。暖かくなったら被ろうと、2月に先物買いしておいたもの。
スガシカオのライヴの前に大宮駅ビルのショップで見つけた。
涼しげな素材と色合いが気に入ったのだった。もうそろそろデビュー
してもいいか。
この組み合わせはどうだろう。シカオTを街着にしている人は
あまり見かけないけど。
いずれにしても腹は出せないね。もっと鍛えないと。
今朝の日経新聞のスポーツ欄、豊田泰光氏のコラムは
プロ野球選手の衰えの自覚と「引き際」について。
巨人の桑田投手が引き合いに出されていた。
もう巨人の勝敗にはそれほど興味ないけど、桑田が投げると
気になる - そういう元巨人ファンは多いのではないか。
入団のいきさつから、長い間ダーティなイメージで語られる
ことが多かった。それを行動と実績で少しずつ払拭し、
ある時から投手の理想形として多くの選手の憧れ・目標と
なった。従来タブー視されてきた水泳や筋トレを、いち早く
取り入れたのも彼だ。
こちらは千葉の一回戦ボーイ、あちらは日本一。
学年は私が一つ上になるが、彼が甲子園に登場した夏から
ずっとウォッチしてきた。
大きな怪我を乗り越えて、屈辱的ともいえる起用にもじっと耐え、
200勝まであと20あまり。実現に向けてさらに進んでほしい
ものです。
「今年の桑田をナメたら恐いよ」 - 今年のキャンプでそう
言っていた堀内監督。自らも背負っていたエースナンバー18の
継承者を、これからどうやって使っていくのだろうか。
桑田のオフィシャルサイトのタイトルは「LIFE IS ART」。
その名の通り、彼の芸術的なピッチングを我々はあと何回
観ることができるのだろう。
同級生のこの人も、500号まであと1本ですね。
『村上朝日堂』
今週の「モトクラシ大調査」
で、春樹さんの作品を初めて読んだ年齢と
そのときの印象について訊かれて当時を思い出した。
1987年の春。大学3年になる前の春休みだ。私は都内の自動車教習所に
通っていた。時期的に教習所は混んでいて、キャンセル待ちをする日も
多い。時間をつぶすために本を読むことにした。
読書の習慣は全くなかった。それまで読んだ小説は『セーラー服と
機関銃』と『時をかける少女』くらい。角川映画を観て、原作に手を
伸ばしたわけだ。あとはビートたけしの「オールナイトニッポン」本。
「幸福シリーズ」などと呼ばれていた。因みに高校時代、『ドカベン』
だけは暗記するまで読み込んだ。
教習所で読み始めたのは、最初は『あぶさん』。アルバイトして
いくらかのお金はあったから、当時出ていた巻は全て読んだ。
そのあとに椎名誠のエッセイ。『さらば国分寺書店のオババ』とか
『わしらはあやしい探検隊』とか。
理由は単純で、当時彼の文体が「軽い」と言われていたからだ。
「昭和軽薄体」とかなんとか。それなら活字の苦手な自分でも
大丈夫だろうと思ったのだ。
椎名本は確かに面白くはあったけれど、4冊5冊と続けていると
あの文体でお腹がいっぱいになってきた。他の作家に替えようと
思った。
どうして村上春樹だったんだろう。
おそらく椎名さんのエッセイで採り上げられていたのだと思う。
それで最初に手にしたのが『村上朝日堂』だ。新潮文庫。
正直なところ、初めはピンとこなかった。だって、のっけから
「書くことは生きること」みたいなことが書いてあるでしょう。
意味がわからない(今はちょっと解かる)。彼が小説家だって
ことでさえ知らなかった。
でもそのうち千倉の海だのヤクルトだの豆腐だのが
出てきて面白くなった。何しろ私が外房出身で野球と豆腐が
大好きだったから。がぜん親近感がわく。
じゃあ、この人の小説も読んでみよう。文章も軽そうだし、と(笑)
で、『風の歌を聴け』だ。
とてもショックだった。
こんな生き方があるわけ?
あの薄っぺらな講談社文庫を閉じて顔を上げたとき、
大袈裟に言えば世界が違って見えた。
それからその春休みの間に、彼の著作を片っ端から
読み漁った。著作が終わると翻訳書。
ジョン・アーヴィングもこのときに知った。面白ェ。
高熱にうなされたような3月。いま振り返れば
どの小説にしても上っ面だけしか読み取っていなかった
わけだが、それでもあの体験は仄かな温みを残した
まま私の腹の底にずっと残っている。
ソフトボール大の柔らかな塊のように。
続くのか。




