『村上朝日堂』
今週の「モトクラシ大調査」
で、春樹さんの作品を初めて読んだ年齢と
そのときの印象について訊かれて当時を思い出した。
1987年の春。大学3年になる前の春休みだ。私は都内の自動車教習所に
通っていた。時期的に教習所は混んでいて、キャンセル待ちをする日も
多い。時間をつぶすために本を読むことにした。
読書の習慣は全くなかった。それまで読んだ小説は『セーラー服と
機関銃』と『時をかける少女』くらい。角川映画を観て、原作に手を
伸ばしたわけだ。あとはビートたけしの「オールナイトニッポン」本。
「幸福シリーズ」などと呼ばれていた。因みに高校時代、『ドカベン』
だけは暗記するまで読み込んだ。
教習所で読み始めたのは、最初は『あぶさん』。アルバイトして
いくらかのお金はあったから、当時出ていた巻は全て読んだ。
そのあとに椎名誠のエッセイ。『さらば国分寺書店のオババ』とか
『わしらはあやしい探検隊』とか。
理由は単純で、当時彼の文体が「軽い」と言われていたからだ。
「昭和軽薄体」とかなんとか。それなら活字の苦手な自分でも
大丈夫だろうと思ったのだ。
椎名本は確かに面白くはあったけれど、4冊5冊と続けていると
あの文体でお腹がいっぱいになってきた。他の作家に替えようと
思った。
どうして村上春樹だったんだろう。
おそらく椎名さんのエッセイで採り上げられていたのだと思う。
それで最初に手にしたのが『村上朝日堂』だ。新潮文庫。
正直なところ、初めはピンとこなかった。だって、のっけから
「書くことは生きること」みたいなことが書いてあるでしょう。
意味がわからない(今はちょっと解かる)。彼が小説家だって
ことでさえ知らなかった。
でもそのうち千倉の海だのヤクルトだの豆腐だのが
出てきて面白くなった。何しろ私が外房出身で野球と豆腐が
大好きだったから。がぜん親近感がわく。
じゃあ、この人の小説も読んでみよう。文章も軽そうだし、と(笑)
で、『風の歌を聴け』だ。
とてもショックだった。
こんな生き方があるわけ?
あの薄っぺらな講談社文庫を閉じて顔を上げたとき、
大袈裟に言えば世界が違って見えた。
それからその春休みの間に、彼の著作を片っ端から
読み漁った。著作が終わると翻訳書。
ジョン・アーヴィングもこのときに知った。面白ェ。
高熱にうなされたような3月。いま振り返れば
どの小説にしても上っ面だけしか読み取っていなかった
わけだが、それでもあの体験は仄かな温みを残した
まま私の腹の底にずっと残っている。
ソフトボール大の柔らかな塊のように。
続くのか。
