「何のために生きてるか、なんて考えてたら飯がまずくなる」
と言った女性作家がいた。
とても面白い。うまいこと言うなと思った。
ただし、言い換えるとこれは、
「明日のことばかり考えたってしょうがない。
まず今日を生きることだ」ならマルだけど、
「明日のことなんてわからないのだから、
今日さえ楽しければいい」なら動物と変わらない。
作家の柴田錬三郎が、昔エッセイで、
「死んだら無がいい」と書いていたが、そのあとで、
「いま挿絵を描いてくれてる横尾忠則君は絶対嘘をつかない。
その横尾が、あの世はある、と言ってるから、
多分そうなのだろう」と書いていた。
もし死んで無になるのなら、墓参りは必要ない。
特に1人で行くなんて全く意味がない。
対象が無だからである。
葬式は商売、僧侶は宗教者ではなく商売人。
なので宅配も可能になる。
日本人の初詣参拝者数9千万人。当然のべ人数だろうが、
これも経済の動きとしてしか意味はない。
なんでテキ屋が作ったお飾りが、無病息災、商売繁盛に効くと思うのか。インタビューしたいくらいだ。
考えていますか?って。
ネズミがヒトに進化したのなら、進化途中の者がいるはず。
なのに化石も見つからない。顔が似てる人がいるくらいだ。
進化論のキーワードは突然変異。
あさりの味噌汁を振ったり、沸かしたり冷したりしてると、
何億年後かには、クラムチャウダーになるらしい。
スーパーあとづけ理論である。
ピアノをぶっ壊して、巨大乾燥機にいれて、
何億年か回し続けると、そのうちピアノが出来る。
これが進化論。
最後は霊能者。
あなたが指輪をなくしました。
すると、公園のブランコの後ろの並木を探しなさい、
とお告げがありました。
そこに、本当に指輪がありました。
すごい、私には神様がついている。
いいえ、それは神様ではありません。
私だって、死んだらそれくらい出来るはずです。
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