南條 竹則
「幻想秘湯巡り
」
同朋舎
わー、南條さんだー、と特に確かめもせず、ネットでぽちっと図書館予約をしたのだけれど、実際手元に来てびっくりの表紙のおどろおどろしさ。ま、たしかに表紙に小さく「ホラージャパネスク」とあるのだけれど…。なんか、このノリの表紙と、本の大きさをどこかで見たことがあるなぁ、と思ったら、「日本怪奇幻想紀行」のシリーズが後ろのページに載っていました(以前読んだ、このシリーズの4巻、芸能・見世物録の感想はこちら
)。
まえがき
恐山―死者も入りぬという地獄湯に浸かる
台、花巻、鉛温泉―賢治を想いつつ温泉俳諧小説を作る
那須湯本温泉-妖狐を語り、火事の湯の話に震える
山代、山中、和倉温泉―鏡花に誘われて北陸へ旅立つ
修善寺温泉―死人の面に纏わる伝説の筥湯に入る
塩原温泉―とある温泉宿で、身も凍る怖い体験をする
畑毛温泉―過ぎし日を想い、温泉神秘小説の想を練る
温泉津温泉―角の生えた銅像と鄙びた温泉町に安らぐ
南條さんは、「恐怖の黄金時代 」なんて本も著わしておられるわけで、そういった方面にも造詣が深いわけですが、南條さん自身の本来の文章の味わいは、「酒仙 」や「猫城 」に見られるような、どこかすっとぼけたところにあると思うのです。
実際、この本の中でも、本当の恐怖体験は「塩原温泉」くらいのもの。あとは、淡淡とした味わいの不思議や、温泉に絡めた文学が語られる。
温泉というと、私の場合、上げ膳据え膳もまた楽しみだったするのだけれど、ここでいう温泉はもっと純粋な湯治的なもの。一人、ふらりと小体な宿に泊まる、こんな旅も楽しいかもなぁ(南條さんも一人でばっかり旅しているわけではないのだけれど)。
参考文献に挙げられている本、著者を見ても錚々たるメンバーです。私でも知っているところで言うと、幸田露伴、宮沢賢治、鶴屋南北、岡本綺堂、泉鏡花、尾崎紅葉などなど。これらが温泉文学とでもいうのかな、そういった視点で語り直されるわけです。ところで、貫一お宮の「金色夜叉」。これに、「続々金色夜叉」なんてものがあったことを初めて知りました。「金色夜叉」では舞台は熱海だけれど、「続々」では塩原が舞台となるのだって。ここでは、貫一は復讐鬼転じて救い主となり、なんだか「モンテ・クリスト伯」を思わせるのだとか。
なかなかね、その温泉地のことなら何でも知ってる屋台があるような温泉(ここでは、過去の話として、屋台を引く夫婦者の事が書かれていたけど、今でもこういう人達っているのかしら?)には行かないけれども、ノスタルジックな味わいというか、自分が知っている温泉とは、多少パラレルワールド的でもある、少々幻想的な温泉を楽しめる一冊でした。