急登に入るとすぐに、私の悪い癖(もうダメだ~)精神が沸き起こってくる。
苦しくて、今までは立ったままの休憩でしのいできたのだが、ついに地面にへたり込んでしまった。
他の登山者に「大丈夫ですか~?」「がんばって~。」と声をかけられる。
こんなに早い段階でへたっている人が少ないからかもしれない。まだ6合目を過ぎたばかり。
「ゆーっくり歩くんだよ。まだペース早いよ。」とアドバイスをくれる人もいた。
中国人の青年がグータッチをしてくれた。先に行ったかと思ったら戻ってきて、グータッチの手の写真を撮って進んでいった。
みんなフレンドリーである。富士山に登る人はいい人が多いなぁ、と素直に感動する。
こうして進んでは座り込み、進んでは座り込みをしながら、一番良くないリズムで山を登っていく。夫が先に行ってしまうので、追いつくためにペースが乱れる。こうなると1人の方が気が楽かもしれない。7合目にあるはずの山小屋が、やっと見えてきたかと思ったら、まだまだ高い位置にある。しんどい。
最初に予約を入れた山小屋にたどり着く。
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ここで解放されたらどんなに楽になるだろう…とは思ったが、目標は山頂だ。
行けるところまで行かなければならない。
7合目から先は岩場の道が続く。

足元も滑るので要注意だ。

もはやスティックは使わず、這うようにして岩場を進んだ。台風並みの突風が急に吹き付けるので、体が持っていかれそうになる。

ちょっと座れるところがあったので休む。

先に座っていた男性がなにやら作業をしている様子。

「どうされたんですか?」

「靴の底が抜けちゃって…。山小屋の人に言ったらそこにガムテープ売ってるよ、って言われて。」

その人は靴をガムテープでぐるぐる巻きにしていたのだった。
「えーーー?こんなに滑る道なのに、ガムテープじゃ余計に滑りますね。」
「富士山は5回目なんだけど、さすがに靴が持たなかったですね。」
「5回目ならプロだから大丈夫ですね。気をつけてください。」
といって別れた。
その後に気付いたことなのだが、たまに靴にガムテープを巻きつけている人がいる。
やはり靴にも負担が大きい富士登山。恐るべし。
その後も頭がボーっとしてくるし、強風が吹きつけるし、しんどい登山が続いた。
8合目の山小屋をいくつか通り過ぎる。また違う、また違う…
なかなか元祖室に着かない。どこが元祖室なのかもわからない。(予習不足)
階段の先にまた山小屋があるようだった。
ここが元祖室ではなかったら私はもうここでのたれ死のう、と思いながら、階段を貞子のように這って上って行った。正直とても恥ずかしい姿だったが、そんなことにかまっていられる頭はなかった。
夫が笑いながら「着いたよ。」と余裕をかましている。助かった。
私は写真を撮ることもできず、強風を避けるために一刻も早く山小屋に入りたかった。夫が山小屋の人と話しているのも耳に入ってこない。
部屋に案内します、と言われてついていこうと見ると、その先は2階。
もう階段は登れません…と思ったが、そこで這うわけにもいかない。夫がおしりを押してくれる。
ここです、と言われたのは2段ベッドの上。簡単な梯子が付いている。
この垂直の梯子がまたしんどい。ここでも夫に担ぎ上げられてなんとかゴロンと倒れ込めた。
床にはビニールのクッションマットが敷かれていて、その上に寝袋を毛布が置かれている。想像以上に快適で、私はそのまましばらく横になって休んだ。

 

横の人とはカーテンで仕切れるが、前面にはカーテンが無い。

向かい合いで2段ベッドになっているので、着替えをしようとすると前の人からは丸見え。でも着替える元気もなかったのでしばらくそのままの格好でいた。

夕飯は4時半から。

後から来た人は5時半からのようだ。

山小屋に着いたのが3時半頃だったので、1時間ゆっくり休んで、夕飯も普通に食べられた。美味しいカレーだった。

 

その後ちょっと写真を撮りに外に出て、やることもなかったので、また寝た。

毛布の中でズボンだけ着替えた。寒いと思っていたのに、どうも暖房が効いているらしく、ポワポワのフリースのズボンは暑かった。

7時半に消灯だったが、7時頃にはみんな静かになって寝ているようだった。

風の音だけが恐ろしかったが、山小屋が揺れないことに驚いた。

こんなんで明日は御来光を見に山頂まで行けるのだろうか…

                     ・・・つづく

 

ゲートを通るとすぐに眼下に広がる絶景が現れた。わー、という歓声も聞える。
遠く山中湖や河口湖が見える。これを見るだけでも富士山5合目にくる価値があるかもしれない。

 

 

日曜日だったので国内外問わず親子連れが多く、和気あいあいとした雰囲気がほほえましい。
気持ちに余裕があるのは、道が広くなだらかな下り坂が続いているせいだった。
(ちょっと待ってよ、これって帰り道は上り坂ですよね。無駄に下らせないでください)と心の中で悪態をつきながら、歩きにくい砂利道を下っていく。
なぜ富士山が苛酷かといえば、この深い砂利道のせいだともいえる。
火山灰が固まって軽石になったような砂利が永遠に続いていく。足がズルズルすべり、バランスをとることで非常に疲れるのだ。
歩いていると、パッパカパッパカと馬に乗った登山客がゲートに向かって進んでいくのにすれ違った。こんなところで馬に乗れるんだ、とビックリする。
最初は物珍しく思っていたが、何度もすれ違ううちに、いい迷惑だと思い始めた。
馬が通ると、すごい砂埃が舞うのである。
その日は風も強く、埃まみれになりながら歩いた。こういう時にサングラスが欠かせない。日よけ、ほこりよけに私は大きめのサングラスを持参していた。
youtubeを見て勉強していて良かった。

40分ほど歩くと6合目に辿り着いた。

ここからが本格的な九十九折りの登山道のスタートだ。

規制がかかっているせいか、程よい登山者数である。

 

天気が良かったのでいつでも素晴らしい景色が見られる。

遮る木々が無いのも特徴。

近所の山では森林浴も楽しめたが、富士山は火山だけあって剥き出しの登山道だった。

それだけに直射日光が大敵になるが、雨よりはずっといい。

坂が急になっていく。

頭痛は無かったが、頭がボーッとする感覚はある。それも高山病の一種の症状だそうだ。夫に、とにかくゆっくり登ってほしいとお願いするが、彼はゆっくりの意味が分かっていない。

先に進んでは私を待つスタイルで登山は進んで行った。

                          ・・・つづく


 

 

 

 

吉田ルートは富士スバルライン5合目がスタート地点だ。


7月5日からマイカー規制がしかれていて、電気自動車のみスバルラインを通ることが出来る。環境保全のためらしい。
私達はガソリン車なので、富士北麓駐車場に停めて、そこからシャトルバスに乗る。駐車場代は1台1000円。シャトルバス代は往復一人2500円だった。
なにかとお金が入り用である。30分ごとにシャトルバスが出ているので、駐車場に着いてからチケットを買い、45分乗車で富士スバルライン5合目に着いた。
8時45分。
10時から登山開始予定だったので、1時間以上高度順応する猶予があった。
お土産屋さんをウロウロした後、レストランで腹ごしらえ。
団体さんの予約席がたくさん確保されていて、私たちは相席を余儀なくされた。
相席した女性は私より少し年上の女性だった。
今富士山から下山してきたところだそうだ。
「私達初めての富士登山で緊張しちゃって…。大変でしたか?」と話しかける。
「私も初めてだったのよ。でもツアーで来ているから、ガイドさんがすごくゆっくり登ってくれて脱落者がなく帰ってこれたわ。」
大阪で日本語学校の教師をしているそうだ。
「私も最初は富士山に登るなんて思ってもいなかったのだけれど、生徒さんが富士山に登りたがってねぇ。一度は自分も経験しておかないと、アドバイスもなにもしてあげられないじゃない?」という。
あまり疲れも見受けられなく元気にカレーを食べている。
「お元気ですね。」というと、
「私、お遍路さんをずっとやってて、多い時には2日で40キロ以上歩くのよ。そういう健脚の人がツアーの条件になっているの。」だそうだ。
なるほど。私なんて団体で登山するのは絶対に無理だ。迷惑をかけるだけ。
これから温泉に寄って帰る、と言い残し彼女は去っていった。
さぁ、いよいよ私たちが登る番だ。
今のところ頭痛もない。風は強いがもう行くしかない。
覚悟を決めて、私たちはゲートの門を通過した。
      



                ・・・つづく


 

 

 

私は昔から苦労はするもんじゃない、という信念をもとに生きてきた。
苦労は買ってでもしろ、というセリフもあるが、苦労しているという意識を持つことがあまりいいことだとは思わなかったのだ。
その私がなぜ富士登山に興味を持つようになったのか…
ニュースのせいだと思う。
外国の方がたくさん富士山に登っているそうだ。
富士山と言えば日本の象徴。中年を過ぎたころから、いつか私も富士山に登るべきだな、という意識が芽生え始めていた。
当時は子育てや介護も忙しかったのでその気持ちは封印されていたが、手すきになった最近、またムクムクと当時の気持ちがわき上がってきた。
今を逃すと身体がついていかなくなって、結局行けなくなってしまう。
今しかないのだ。
幸いにも夫がここ数年アウトドア派になってきて、富士登山に協力する姿勢を示してくれた。私一人では敢行するのは無理だったと思う。

以前ブログで書いたのだが、まずは宿の確保から。
人気の富士登山なので、そこからが大変だった。
吉田ルートには14件の山小屋がある。(初心者には吉田ルートを勧める人が多い)
ゴールデンウィーク中に、今年は富士山に行けるかな?という話が出始めて、宿をネットで検索したら、8合目の山小屋の週末がらみの予約は見たところ全部埋まっていた。
遅かったのだ。
7合目の山小屋に1件だけ空きがあった。(7合目付近の山小屋は3件)
仕方がないのでその山小屋に予約を入れた。でもまだチャンスはあった。
元祖室という山小屋だけ、5月22日からネット予約スタートだったのだ。念願の8合目の宿である。
当日は2時間繋がらない状態が続き、それでも何度もチャレンジをして、なんとか予定日を変えて元祖室の予約に成功した。

そして申し訳ないが7合目の宿はキャンセルした。
今年から吉田ルートでは入山規制が敷かれ、通行料が一人2000円(ネットで日付を指定して先に支払える)、上限は1日4000人までという決まりが出来た。
せっかく宿が取れても入山できなくては困る。7合目を予約した段階ですぐにネットで二人分4000円を支払っていた。が、それも水に流し、新たに4000円支払う。
今から思えば、宿が取れていれば入山させてくれないことは無かっただろう。そちらの支払いはギリギリでも良かったかもしれない。
とにかくそう簡単には富士山には登れない、ということを実感した出来事であった。

近くの山に予備登山で2回練習し、あとは天気の心配と、高山病にならないように祈るだけ。梅雨の時期なのでお天気は半分あきらめていたが、天気予報がどんどん好転していくのが嬉しかった。
そして当日、見事に晴れて、私たちは朝5時半に家を出発し、富士山に向かった。

 

 

                     ・・・つづく

 

 

今日は母の補聴器が調子が悪い、というので午前中から母と出かけた。
補聴器の点検前に市役所で書類を提出したいという。そしてお金もおろしてきてほしいそうだ。
「じゃ、おばあちゃんが福祉課に寄っている間に私がお金おろしてくるから。」
といって福祉課の入り口に母をおろした。
市役所の建物が分かれているのだ。
違う市役所内にATMが一つある。そこでおじいさんが操作をしていた。
動作が遅い。仕方ない。こんなおじいさんが一人で操作しているなんて偉いのだ。
やっと終わったかな?と思ったら「いらっしゃいませ」の機械音。
違う操作を始めたようだ。長い。そしてやっと終わったと思ったら「いらっしゃいませ。」の機械音。またか。
本日初イラ。
悪びれる様子もなくおじいさんが去っていき、急いでお金を下ろし、母のもとに戻る。
まだ母の姿はなく、間に合ったようだった。
しかしふと入口の方を見ると、自動ドアのむこうで母が大きく手をおいでおいでしている。結局私が行かなければ用が足せないのか、と思うと2イラ。
市役所での用事が済んでナガタに向かう。
度々お世話になっている。
「前回も同じような症状で修理に出されてますね。その時は水分で中に錆が出ていたんですよね。このケース使っています?」
と湿気取りのケースを見せられる。
「使ってません。」きっぱりという母。
そうだった。あの時にもちゃんと使うように言われたのだった。
なんで言われたことが出来ない人なのか…本日3イラ目。
「今日は冷やし中華でも食べたい気分だから、お昼を欠食にしたよ。どこかで食べよう。」というのでラーメン屋に寄る。
「いっぱいいいかね?」生中のことだ。最初から飲む気満々。4イラ。
食事が終わって、買い物をして帰ることにする。
母をマーケットに置いてある車いすに乗せ、好きなものを買わせる。
「そういえばパンも欲しいんだった。」と母。
「どんなパン?」
「普通のパン。」
「普通のパンって食パンのこと?」
「食パンじゃなくて…。」
「じゃあ、こんなコッペパンみたいのでいいの?」とコッペパンがいくつか入った袋を差し出す。
「じゃ、これでいいや。」と母。
「中になにも入ってないからね。」と一応言っておくと、それならいらない、という。中に何か入った普通のパンってなんじゃい?
よく分からないけど、食パンみたいな中に何かはいっている、っていったらアレだろう、とランチパンはどう?と言ってみる。
ミルクボーイの漫才のような会話になってしまう。
結局2種類のランチパンを買い、レジに並ぶ。
「ちょっと車からマイカゴを持ってくるから、並んで待ってて。」と言って急いで車からカゴを持ってきたら、母の前に誰かが割り込んでいた。
その前の人のレジはまだ終わっていなかった。
多分ゆずったのだと思うが、すぐに戻ってくると言ってすぐに戻ってきたのに…
その間隙を縫って前に入ったおばさんもおばさんだ。(多分私と同年齢)
しかも並んでいる時に「そうだ!事務所の人に何かおいしいもの買ってくるね、って言っちゃった。」と言う。
(はぁ?ちょっとお昼に出るだけなのに、なんでお土産買うなんて言うの?)
「和菓子かなんか見つくろってきて。」と言われたが、私が選んだのなんてどうせ気に入らないのだ。
一応見に行ったが、いくつ入りがいいのか、値段はいくらくらいがいいのか、全然分からなかったので「わからないから、もういいよ。」とあきらめさせる。
自分でやりたいと思ったことは自分で責任をもってやってほしい。お調子者で、そのくせ人にすぐ投げるところが本当に気に入らない。
途中から何イラしたか分からないくらい、イライラした一日になってしまった。
きっと私も脳の機能が衰えてきているのであろう…
心を入れ替えて、母が欲しかったシルバー川柳の本をアマゾンで3冊購入した私であった。(今日寄った本屋には置いていなかったので)