ケアハウスを引き上げると決めたからには、一日でも早い方がいい。日々料金は加算されていく。
ケアハウスの職員さんに「引っ越し業者と連携をとったりはしていないでしょうか?」と尋ねてみる。
「特別引っ越し業者さんとのお付き合いはないんですよ。ごみ処理業者さんだけです…。」
そうか。ここは身寄りがない人の終の棲家になっているんだ。改めてそのことを認識する。
仕方がない。私がやるしかない。
私は軽貨物車に普段乗っているので、こういう時に力を発揮するのであった。
1年半とはいえ、住居として暮らしていたのでそれなりにいろいなものがあった。
冷蔵庫、テレビ、電子レンジ、布団、ヒーター、扇風機、タンス、物干しざお…
タンスは引き出しを別々にして、台車に乗せて何回も運んだ。
運んでいる最中に住人の方に声をかけられることも多かった。「本当に残念だねぇ。」と皆さんお優しい。
母も最初こそケアハウスの暮らしを嫌がったが、最近では「職員の人も良くしてくれるし、いいところに入れてくれて良かった。」と言うほどなじんでいたのであった。
冷蔵庫だけはどうしても自分で持ち上げられず、介護ベットの引き上げに来た介護ショップの人に手伝ってもらった。
二日かけて荷物を全部運びだし、契約終了することができた。
今度は家に運び込んだ荷物をごみと分別する。
おしゃれだね、とたまに言われることがあった母であったが、本当に洋服をたくさん持っていて、半分くらい捨てることにした。
母が紙に書いた言葉も出てきた。”人類はAIに駆逐されるに違いない”と書かれていてぎょっとする。
いろんなことを考えていたんだなぁ…
一つ一つのものに思いがあるように感じて、なかなか作業が進まないのであった。
それでもごみ袋3つ分を分別しホッとしたとき、ようやく(あれ?通帳はどこだ?)と一番大事なものの確認を怠っていたことに気づいた。
あるであろうはずのバッグの中に無かった。
タンスの中にもない。
何度もバッグをひっくり返し探し回ったが、どこにも見当たらなかった。疲れが倍増する。
母に聞いてももう分からないし…
銀行に電話して、とりあえずここ数日で貯金がおろされていないか確認することにした。こんなことは考えたくなかったが、ケアハウスの鍵はスタッフが持っている。中に入ることは不可能ではなかったのだ。
どうせそんなに大した金額は入っていないことは知っていたが、数十万円でも今は助かる。
事情を説明した後の銀行の対応で、戸籍謄本を取ってきて親子の確認ができれば、通帳の動きだけは教えてくれるということになった。再発行は本人の意思と印鑑がないとできないと言われた。
次の日、戸籍謄本と鞄に入っていた印鑑を持って行ったが、それは銀行印ではなかった。
家に帰ってもう一度印鑑を探し、出てきた印鑑を全部持って行ったがどれも銀行印ではなかった。絶望する。
しかし、口座からお金は引き落とされてなかったことが分かって、そこはホッとした。
その日の午後、面会の予約が入っていたので母に「通帳どこにあるかわかる?」と一応聞いてみる。
「なんだか全然わからない。」と答える母であった。そうだ、骨折の時に持ち込んだバッグをもう一度見てみよう、と思って棚にある鞄を手に取った。
財布や携帯などの貴重品はすでに看護師さんから返されていたが、もしかしたら…という一縷の望みをかけて。
そうしたら、空っぽのバッグの脇のポケットに膨らみが…通帳と印鑑がそこにあったのである。
看護師さんは見過ごしてしまったのだろう。
母が貴重品を病院に持ち込んでいたことに、助かった~と心底思った。えらい、とほめたたえたい気持でもあった。
ちゃらんぽらんな母だけれど、こういうところはしっかりしていたんだな。
これまでの母の人生を全部肯定したくなるような、そんな気分にさえなったのであった。