音楽万能説? | 皆見つかさ 公式ブログ 〜ソロアーティストの脳内と日常

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この記事は2769文字です。(読破予想時間:約6分35秒)

 

ミュージシャンなら、言いたい事は音楽で語れ!

こんな台詞を耳にした、或いは、そんな事言った事がある、なんて人は案外多いのではないだろうか?

しかし、そんな無茶を言われても困ると言うのがミュージシャンの本音だったりする。(゜д゜;)エッ!?

それは、アートとは何かと言う事が語られる時に、「自分の主張を作品に込めた」と言うアーティストの台詞をよく耳にする所に、起因してるのではないだろうか?

 

◇アート(芸術)とは


音楽アーティストに限らず、確かにアーティストは皆作品に主張を込める

しかし、この「主張」と言う言葉を拡大解釈しすぎるから、そういう誤解が生まれるのではないだろうか。

アート(芸術)とは』 とは言う記事で、アートとは何であるかと言う事を、以前自分なりに書かせて頂いた事があるので、その記事も合わせて読んで頂けるとより分かりやすいと思うのだが、アート作品に主張を込めると言うのは、何でもかんでも言いたい事をメロディーに乗せて歌うとかって意味ではない

勿論、言いたい事をストレートに歌詞に込めると言う人もいらっしゃるし、それはアリだと思う。

しかし、主張という意味が人それぞれであり、それは非常に多岐に渡る。

僕の場合に関して言えば、主張を込めると言うのは、あくまでアート的主張の意味の場合が多い。

アート的主張と言うのは、例えば、絵画なら「ここでこの色を使うからこそ美しいんじゃないか」とか、音楽なら「ここはこう弾いた方が絶対格好いい」とか、そんな主張も含めての幅広い意味での主張だ。

歌ものの曲なんて、おそらく、歌詞があるからその歌詞に言いたい事が全て述べられているとか勘違いする人も出てくるのだろう。

確かに、もっとメッセージ的な何かを込める場合もあるが、単純に何かを訴えたいだけなら、直接話したり、文章にして書いた方が早いし、間違いなくその方が伝わりやすい

実際に、歌ものの曲を聴いていてあまり歌詞を咀嚼して聴いていないって人はけっこういる

誰かと同じ曲を好きだと言う話になって、「あの歌詞がいいよね」なんて言いながら、歌詞を説明した場合なんか、「へぇ~、そんな内容だったんだ」なんて答えが返ってくる事も珍しくはない。

勿論、日本語の歌詞の曲の話だ。

結局、いろいろ主張があるのなら、そのアーティストがMCで語るか、トーク番組にでも出て直接喋った方が早いし、はっきりと大勢に伝わると言う事なのだ。

自分はこんな事を思っていると言う事だけが目的なら、言いたい事を述べるだけでいい訳だし、それこそ曲作ってライブするより、青年の主張にでも出た方が早い

心の内をただただ美しく表現したいのなら、それはポエムで事足りる訳で、そこにメロディーもリズムも必要はない場合が多い。

それでもメロディーとリズムに乗せて、言いたい事も歌詞に込めてみたいって場合もあるだろう。

それは、その人のスタイルであり、それがやりたい事なのだからやればいいと思う。

 

つまり、音楽とは言いたい事を言い尽くす為だけのものではないと言う事だ。

 

言いたい事を全て表現したいと言う人がそれを目指したいと言うのも、音楽は拒否したりしない。

 

しかし、音楽はもっともっと幅が広くと懐も深いものなのだ。

 

「ミュージシャンならば、言いたい事は音楽で語るべき」などと、勝手に決められては困るのだ。

 

それを決めるのは、やってる本人であって、そこに他人が介入する余地はない

 

 

そもそも音楽にはいろんな制約がある。

 

メロディーがあるので文字数の制限もあり、構成があるのだから詞の長さも決まってくる。

 

本当に、世間に対して言いたい事があるのなら、そして、伝えたい事がそれだけであるのなら、メロディーだのリズムだのハーモニーだのは、邪魔物以外の何物でもない

 

わざわざ、分かりにくい比喩表現など使ったり、わざわざ窮屈な制約の中で訴えるより、直接ダイレクトに言葉にする方が間違いなく早い

 

なのに、敢えてその制約の中での表現を選ぶのには、それぞれのそれなりの理由があるのだ。

 

事のつまりは、アーティストの伝えたい事とは、ただそれだけのものではないと言う事だ。

 

これは音楽に限った話ではない。

 

例えば、選挙演説で政策を訴えるのに、わざわざ俳句で訴えても、その政策の全てを伝える事は難しいだろう。

 

絵画に描いて、政策を訴えるのでも同じだ。

 

演説を聞きに来た有権者にしてみれば、ハッキリと分かりやすい言葉で伝えてくれと言うのが正直な所だろう。

 

そこに芸術性やら、味わい深さや、侘び寂びなどは必要ない。

 

人によっては、直接言葉で伝えられるより伝わったと言う人もいるだろう。

 

しかし、そこまで深く鑑賞し、尚且つ、作品の意図を汲み取れる知識と感性を持ち合わせた人はどれくらいいるのだろうか。

 

間違いなく、そう言う人達は少数派だ。

 

そして、必ずしもその人達が作者の意図を正確に汲み取っているとは限らない。

 

 

僕は、自分で歌詞を書いて曲も作っているが、このブログでエッセイも書いている。

 

エッセイと歌詞では、それぞれ書きたい事はやはり別物であるし、違うからこそ2つの事を平行してやっているのだ。

 

もしかしたら、エッセイで書いた中身と、歌詞の中身が共通の素材を扱ったりする事もあるかもしれない。

 

しかし、この2つはアプローチが全然違うし、全くの別物なのである。

 

エッセイならば、一体何があって、どんな状況でどんな心理が働いたかを、言葉だけで事細かに伝える事に力を割く。

 

しかし、歌詞にする場合、その一場面や一つの心情を切り取って歌詞とメロディーを中心に、その心情や情景のイメージを表現していく作業なのだ。

 

いつ、誰が、何処で、何をして、だからどう思ったかまで時系列を追って事細かに表現する必要などないし、また、そんな事をしても鑑賞に耐え得る作品になどなりはしない。

 

 

言いたい事は音楽で語れ!

 

こんな言葉を聞く度に、「音楽万能説」と言う言葉が頭に浮かんで、最近は、ちょっとクスっと笑ってしまいそうになる事もある。(*≧m≦*)ププッ

 

むちゃ、言うなよ。(笑)」とか思ってみたり、常にミュージカルの様にオペラチックに歌い上げて、音楽で全てを語ろうとするミュージシャンの姿が頭に浮かんだりで、ちょっとツボに入りそうになるのだ。

 

ちなみに、その妄想の中のミュージシャンのヘアースタイルは、バッハとかシューベルトみたいな巻き毛だったりする。ププ━(〃>З<)━ッッ!!!

 

 

まぁ、そんな訳で、あまり音楽アーティストに万能を求め過ぎない様に、頼んます。(≧∇≦)

 

私ら誰も、そこまで優れた能力は持ち合わせとりません。(^▽^;)



☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*

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