第80審/至高の検事⑯
九条の指示通り、持たされていた京極の武器を持って出頭した壬生。たほうの九条は、細かな仕事をこつこつこなしている。猛が殺された事件からけっこう日が経っているということかもしれない。
ウシジマくんの最初のはなしを思い出すような描写だ。一人目は薬物使用初犯の男で、執行猶予がつくという。男はご機嫌で、最近みつけた丸亀生面というすごい美味しい店に九条を連れて行きたいという。
二人目は電話で女性からの相談。九条はホストの売り掛け金はたいがい踏み倒して大丈夫、というような危ういアドバイスをする。闇金とはちがって、払う義務がないとかそんなはなしではないのだろうが、裁判にまでなることなんてないから、というはなしのようだ。そんな面倒なことはしないということだろう。
三人目は痴漢、いちおう冤罪ということのようだが、股間がたまたまお尻に食い込んだだけということだ。示談にすればすぐ出られると聞いたのにうまくいかないようだ。が、九条がはなしをつけたので、これも大丈夫。男は顔をおおって泣いているようだったが、大丈夫と聞いて指のあいだで目を開けている。
四人目はデリヘル。帰宅したところを覚醒剤所持で逮捕。飼い犬のルルちゃんが心配で泣いているが、捜査員が最低限の水と餌は用意したようなのでひとまずは安心。女性がどうなるかはわからん。
仕事を片付けた九条はブラックサンダーと屋上にあがって食事をとる。九条は、そろそろこの生活をやめようと考えていると、ブラサンに語りかける。大型犬可のマンションが見つかったのだと。この生活とは、テント生活のことだ。仕事と生活が連続している、九条のありようを象徴するような生活だったわけだが、これをやめようとしているわけである。
酒を飲んで、九条とブラサンがかび臭い物置に入って就寝。てっきりテントですべて済ましているものかとおもっていたが、スーツや寝具などは物置にあるようだし、睡眠はここでとってきたのかもしれない。
翌朝、歯磨きをしている九条のところに嵐山を先頭に警察がやってくる。嵐山は逮捕状をもっている。罪状は犯人隠避。犬飼に逃亡の指示を出したことを、壬生が告げ口したのである。
それを聞いて九条は、動揺するどころか、いままでに見せなかったような鋭い笑顔とともに、「上等じゃないですか」というのだった。
つづく。
けっこう日が経っているらしいということもあり、明確な状況はよくわからないが、このはなしの感じだと、壬生の証言もあって猛を殺したのは犬飼だということは、嵐山は知っているということになるだろうか。嵐山的には、犬飼は娘を殺した犯人で、壬生はそのボス、猛は壬生のボスの息子で、それらの守護者が九条ということで、勝手につぶしあってくれて最高の展開だろう。嵐山は特になにもしてないけど、状況だけみれば一網打尽というところである。
九条の日常は続いている。相変わらず、なんだかろくでもないようなものばかりだが、それは偏見というもので、弁護士の世話になっているというだけで、この偏見は加わりうるものだろう。弁護士の日常というのはこんなものかもしれない、ともいえる。ただ、これらの描写は、もちろん、煽りにもあるように、九条にとっての非日常がはじまることの前フリでもあったわけである。
壬生が犬飼について白状したというはなしであり、ふつうに考えると、壬生が裏切った、九条が念をおしていたように梯子をはずされた、ということになるようだが、ふたりのことなので、どうだかわかったものではない。なにかこう、現段階では予測できないような作戦が、ふたりのあいだにないとも限らないのだ。限らないのだが、ここはひとまず、見たままに壬生が裏切ったというふうに読むべきだろう。
おもしろいのは九条がテント生活をやめようとしているということだ。これは、はっきりいってかなり興味深い。テント生活は、すべての私的空間を忘れ去って、生活を仕事に直結したものとして生きる九条のありかたの表象そのものだったからだ。それをやめるということは、じぶんの生活に私的空間が流れ込むことを許すということでもある。これは、彼の弁護士としての方針が変更される可能性を示唆するものなのである。
ひとつには、いまげんにまわりに壬生がいないということは大きい。銃を持ち込んで、京極がどうなったかは不明である。が、いままでのところ平和っぽいので、たぶん予想したとおりの展開になっているのだろう。要するに、依頼人を選ばないという九条の態度が招く望まぬ客としての半グレやヤクザたちが、いまなりをひそめている状況なのである。
九条がどうして私的空間を生活からしめだしていたか、すっかり忘れていたが、第47審にくわしい考察がある。おもえば、ほんらい私的空間の生活とは関係のない、事件の死者の犬であったブラックサンダーといま暮らしているということも、まさにそうした九条しぐさのあらわれだった。ふつう、流木にせよ山城にせよ(両者は「ふつう」の例にするには極端すぎるが)、弁護士に限らず、「社会人」というものは、ある種の関数を通過したうえで、社会生活を送るものである。たとえば、山城が金持ちばかり相手にするのは、金持ちばかり相手にしようとするからだ。相手が善人なのか悪人なのかは、山城にはあまり関係ない。金になるかならないか、それだけを考えて、いまのスタンスがある。そのために、当たり前のことだが、「金持ちばかりを相手にする弁護士」に至る「金をもっているかもっていないかだけを重視する」私的空間における山城というものが存在するのである。そう判断する個人が、前段階にあるのだ。だが九条はそうではない。九条の想定する法的空間には、弁護士と依頼人がただいるだけだ。そして、傾聴する。一見すると、いまの山城のような見方でいうと、九条はまるで「半グレばかりを相手にする弁護士」のようである。しかし実はそうではない。それはただの結果だ。九条は、ただ零度の弁護士として、依頼人のはなしを聞くだけだ。その結果として、ふつう厭われる依頼人ばかりが抽出されることになる。それはたとえば、まったく金にならない貧乏人であるし、あるいは金があったとしてもキャリアにかかわるような悪人だったりすると、こういうわけなのだ。師匠である流木は貧乏人を相手にした弁護士として有名だが、九条のありかたはこれともちがう。くりかえすように流木もまた、これを関数を通過したものとして扱うものなのだ。そこには、流木の信念とは別に、無意識レベルで「人権派弁護士」として功成り名遂げるにあたり価値があるかどうか、というような価値判断も潜んでいるだろう。流木は、貧乏人をみずから選び取るが、九条はそうではない。結果そうなっているだけなのだ。
こういう、依頼人を選別するふるいのようなものが、九条にはない。あるとすればせいぜい、「ほかに受けてくれる弁護士がいる」くらいのものだろう。このスタンスが、彼に「つねに本人」であることを要請する。九条は、生活のどの瞬間を切り取っても、「九条間人」なのだ。弁護士は依頼人を本人とした代理人なのだろうが、それ以前に、じつは私的空間における本人の代理人でもあったのだ。ところが九条では、これが一致している。このようにして九条からは私的空間がしめだされるのである。
九条がこういうありように至った理由は、おそらく娘の莉乃にある。
この記事でも考えているように、「九条間人」と莉乃はおそらく同時に誕生している。そこで、九条は、莉乃や元妻にプライベートを預けるようにして、私的空間をもたない弁護士「九条間人」として、テント生活を行ってきたのである。
今回描かれたのは、そのテント生活が終わりつつあるということである。これはつまり、私的空間の居場所を確保しようということなのだ。それは転じて、仕事のうえで「本人」であることが終わることを意味する。依頼人を選ぶふるいが出現し、それに対応するペルソナが装着される、ということなのだ。
といって、九条が、しずくや曽我部のような「弱者」の対応をやめるということではないだろう。だが、依頼人を選ばないという哲学の結果、しずくや曽我部に対応してきたそれまでの現状は、道理として壬生や京極も招いてしまっていたわけである。烏丸が指摘していたのはこのぶぶんだ。依頼人を選ばないのはいい、しずくも助けなければならないのもわかる、だが、選ばないからといって悪党もウェルカムでは身がもたないのではと、烏丸はこういうことをいっていたわけである。
ここに、実は現在九条は到達しているわけである。というのは、壬生が逮捕されたからだ。
壬生が武器をもって出頭し、捕まっているのは、そもそも九条の指示だった。京極封じのためとはいえ、よく考えてみれば、この間、ほかならぬ九条じしんが、壬生から解放されているわけである。壬生がどのくらい捕まっているのかはわからないが、少なくとも、九条にとって夏休み的な期間には、実際なっているのだ。その、ある種の解放感が、おそらく彼に家を選ばせたのだ。
順序としてはおそらく、まず莉乃らと離れて家族を失ったという経験がまずある。それが、九条を仕事人間にした。そこにテント生活が出現し、彼を常に本人である弁護士に仕立てたのである。だから、「依頼人を選ばない」という哲学じたいは、おそらく九条にとっては自明ではないはずだ。彼はおそらく流木タイプで、弱者を救うことに専心すべきなのである。だが、「つねに本人」がそこに介入することで、悪党も拒まない弁護士が完成してしまった。ここで事態をややこしくしていたのは、「つねに本人」であることが、じっさい、弱者を救うにあたっては有効だったということだ。だが、弱者を救うのに「つねに本人」である必要など、じっさいにはまったくないわけである。このあたりで流木のような「貧乏人ばかりを選び取る」というありようを選択してしまったとしても、それが悪いことだとはならないだろう。が、いまはまだその段階にはない。つまり、その段階に至った結果としてテント生活が終了する、というわけでは、おそらくない。たぶん、たんに近くに壬生がいないことの解放感が、彼に夏休み的な感覚をほどこしているだけなのだ。
どこまで九条の計算のうちに入っているものかはわからないが、逮捕状がげんに出ている状況でも彼は笑っている。気になるのは、これはまさに彼の兄である蔵人が危惧していた状況だということだ。いまだどうかかわってくるのかよくわからない蔵人だが、よくわからないまま、厄介な弟に逮捕状が出てしまったのだ。「至高の検事」はここからが本番なのかもしれない。
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