『HEAVEN 萩原重化学工業連続殺人事件』浦賀和宏 | すっぴんマスター

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(※注:ゲーム攻略サイトではありません)書店員。読んだ小説などについて書いています。基本ネタバレしてますので注意。気になる点ありましたらコメントなどで指摘していただけるとうれしいです。

■『HEAVEN 萩原重化学工業連続殺人事件』浦賀和宏 幻冬舎文庫

 

 

 


 

 

 

 

「ナンパした祥子を情事の最中に絞め殺してしまった19歳の零。だが警察が到着した時には死体は消えていた。そして祥子は、別の場所で、頭頂部を切断され、頭蓋骨の中の脳を持ち去られた無残な姿で見つかる。以来、同様の猟奇殺人が次々に発生する。脳のない死体の意味は? 全ての事件の鍵を握る萩原重化学工業とは? 怒濤の展開、超絶ミステリ!」Amazon商品説明より

 

 

 

 

浦賀和宏の隠れた傑作、『萩原重化学工業連続殺人事件』が、もともとのタイトルを副題として、『HEAVEN』として文庫化された。毎度毎度浦賀和宏の書評を書くときは、あつかいがミステリであるぶんくわしい内容を書けないということもあり、僕の浦賀体験と熱い気持ちを述べて終わるが、今回もそのように書いていこう。

 

浦賀和宏はメフィスト賞受賞の『記憶の果て』で1998年にデビューした。以来、天才肌にありがちな寡作にはならず、ぼこぼことさまざまな作品を生み出してきたが、当初この『記憶の果て』からはじまったシリーズは、すべて安藤直樹という人物を主人公にした作品群だった。『記憶の果て』では高校3年生だった安藤は、このときにあることを経験する。このことが、とりわけ本作のような作品ではテーマになっている、個人の認識の向こう側に広がるある種の客観を獲得させ、彼は笑わなくなった。そうして、宣伝文句にはちょうどいい、「笑わない名探偵」が誕生した。つづく『時の鳥籠』は『記憶の果て』より前のはなしで、安藤が直接登場するのはさらにその次の『頭蓋骨の中の楽園』である。ここまでで、本作の萩原良二に関連するはなしはまとまっていたとおもう。いってみれば三部作である。作者本人によれば、改題されたこの『HEAVEN』は、単品の作品としても読めるようになっているが、あえてこの前日譚を示すとすれば、この3作、特に『頭蓋骨の中の楽園』ということになる。ここで、安藤は世界の構造をほどききる。この世界において、解かれるべき謎はなくなった。だが、厳密には安藤シリーズはさらに続き、特にカニバリズムを中心に据えた『記号を喰う魔女』というおそるべき傑作も存在するのだが、これ以降はノベルスで刊行されたのみで、文庫化されていないから、現状では中古でしか手に入らない。それ以前にしても、実は『記憶の果て』が文庫化されたのみだった期間がけっこうあった。それが、安藤シリーズが終わり、あるときに、解説にも熱く書かれているが、書店での仕掛けで『彼女は存在しない』という単発長編がヒットしたのである。これを受けてなのか、品切れ状態だった『記憶の果て』の文庫が再刊され、さらには『時の鳥籠』、『頭蓋骨の中の楽園』まで立て続けに文庫化されたのである。しばらく浦賀和宏から離れていた僕は、それでも強い影響を受けていたから、書店員として仕事しつつこの流れに狂喜していたが、残念ながら文庫化はここでストップしてしまった。

『透明人間』をもって安藤シリーズはいったん終わり、その後、シリーズの登場人物である萩原の名前を冠した本作が発表され、これは安藤シリーズのシーズン2ということになっている。じっさいには、6月にこれも文庫化予定の『女王暗殺』改め『HELL』をあわせた2作でシーズン2はとまった状態で、その後音沙汰なしである。ここまで書いておいてなんだが、じつは僕は、シーズン2の作品は今回が初見である。安藤シリーズが終わって、浦賀和宏どころかミステリから離れてしまっていた時期に出たものだから、つい読み逃してしまったのである。だから、その後の松浦純奈のシリーズも読んでいないし、幻冬舎から出ている「彼女」のシリーズもまだ全部は読めていないのである。

 

 

それでまあ、萩原の今回の小説は、うわさには聞いていたけど、とにかくとてつもない作品だった。浦賀和宏を読んだあとはどうしてもそういうばかみたいな感想しか出てこないのだが、これを表現するジャンルというかあつかいがミステリとかSFとかしかないのがほんとうにはがゆく、結局は、解説のかたが書いているように、とにかく読め、というしかなくなる。

僕にとっては特に『記憶の果て』は思い出深く、記憶が捏造されている可能性もあるが、当時シンセサイザーを手に入れて鍵盤楽器の練習をはじめたのはこの影響である。作中で、ピアノ弾きである安藤が印象的な演奏を何度もするし、効果的なBGMとして坂本龍一やジョージ・ウィンストン、エリック・サティなどがいくども登場するのである。くりかえすがこの記憶はどうも捏造したものっぽく、僕がシンセを手に入れた直接の原因はハービー・ハンコック&ヘッドハンターズの再結成、そして来日公演だったはずだ。が、果たして、『記憶の果て』なしで、僕は、特に訓練のないまま、自己流でピアノを弾こうなどと決意しただろうか。安藤もまた、独学でピアノをマスターしているのである。また、僕が当初弾いていた曲目は9割くらいが坂本龍一だったのだ。

そういう意味でも僕の青春時代を彩る作品ではあるのだが、そのほかさまざまな面で影響を受けていることはまちがいない。たとえば、安藤直樹の名言で「すべてはどこかでつながっている」というものがある。これを、『Mの女』の書評で僕は、一種の批評のちからのことだと書いた。安藤は、『記憶の果て』で“あること”を経験して、感情を失ったロボットのような人間になる。以後、彼は作外から「名探偵」と呼ばれることになるが、そのありかたも、ときには皮肉に自覚されたものとしてふるまわれることもあるが、だいたいは便宜的なものである。というか、結果そうなっているだけ、といったほうがいいだろうか。安藤は別に、“あること”ののちに、頭脳が冴え渡るようになったわけではない。ただ、彼には確信がある。たとえばそれは、「すべてはどこかでつながっている」ということだ。まったく無関係にみえる物事でも、安藤にはその確信があるので、迷うことなく歩を進めることができる。ある種の達観だけが、彼を名探偵たらしめているのではない。そうした確信が、構造を必然として見出させるのである。これは、文芸批評とはまた異なるが、二次創作的な批評と同じ方法だ。とりわけブログスタイル、特に考察の強度に責任を負わなくてよいようなものにおいて、非常に有効である。まず、こたえが見出されるのだ。そして、しかるのちに、そこまでの道筋を、論理的に導いていくのである。そういう思考は、内田樹がそうだが、非常にスリリングなものとなる。なぜなら、読者は書き手が構造をほどいていく手つきを、ほとんど同化したような立場から、いっしょに行っていくことになるからである。

 

この安藤シリーズもそうだし、『Mの女』関連もそうだが、浦賀和宏は非常に壮大な仕掛けで成り立っているものが多い。その「彼女」のシリーズにしても、桑原銀次郎を主人公としておのおの別の事件が描かれながら、最初の『彼女は存在しない』は、タイトルだけかぶっている単発作品としてみなされてきた。しかし、これらの作品は実はつながっていたのである。読んでいないのでネット情報だが、ともかく、これこそが浦賀和宏の醍醐味なのだ。しかし、こうした作品構造を作者が最初から計算して小説を書いているかというと、それは微妙なところである。それよりも、僕は、この安藤の達観をここに持ち込みたいのである。つまり、「すべてはどこかでつながっている」はずという確信が、結果としてはそれをつなげてしまうのだ。

 

本書を含む安藤シリーズシーズン2では、萩原という人物が中心となる。彼は『頭蓋骨の中の楽園』でも中心におり、本作では彼がじぶんのミッションを引き続きこなしていることがわかるのだが、この流れで描かれているものは、どちらかというと「すべてはどこかでつながっている」という確信によって見出される道程が、たしかにあるということの、その根拠である。未読のひとにはなにをいっているのかさっぱりだろうが、内容を書くわけにもいかないのでしかたない。

じっさい内容を要約することは非常に困難であり、その気もないのだが、本作では祥子と綾子というふたりの女の子が中心に動く。これは書いていいだろうか、祥子は、完全に感情の欠落した人間で、綾子はひとの考えていることが見えてしまうというある種の超能力の持ち主である。この、文学的な対になっているふたりが、事件の中を泳ぎつつ、関係者をゆさぶっていく。事件とは、まあ殺人事件なのだけど、死んだはずの女が消失したり、発見されたとおもったら額のところからあたまがぱっくり開けられていて脳みそがなくなっていたり、とおもったらそういう死体の殺人事件が連続しておこったり、目の前から急にひとが消滅したり、そういうことである。安藤スタイルを批評的な、確信に駆動される推理だとすると、書いたように、本作で描かれるのは、その確信を担保するおおもとの構造を描いたものだ。だから、謎があって、名探偵がいて、じゅんばんにそれが解かれていく、というような、一般的なミステリの形式にはなっていない。それよりも、構造を描くぶん、陰謀論的な、荒唐無稽な展開が続く。これをしっかりエンターテイメントとして、しかも、文学的な説得力こみで描ききるのがこのひとの天才である。

 

もし浦賀和宏を読んでみたいというひとがいたら、なにをすすめたらいいか、難しいところである。個人的にはやはり『記憶の果て』『時の鳥籠』『頭蓋骨の中の楽園』をいっきに読んでもらいたい。たぶんまだ文庫はふつうに流通しているはずだ(未確認)。もしこれを読みきることができたら、たぶんそのひとはもう浦賀和宏から離れることはできなくなる。が、これはいかにも長い。だとすると、売り上げが示す、もっとも一般受けした『彼女は存在しない』をすすめるべきかもしれない。最近読んだ『緋い猫』や『Mの女』もたいへんすばらしかった。ふつうに傑作である。しかも、『Mの女』は電子書籍を通じてその「構造」みたいなものに触れることもできる。そういうわけだから、要するになんでもいいのかもしれない。もちろん、本作からでも読むことは可能だ。一気に読みたかったが、けっこう長いので、まとまった時間がとれず、もどかしいおもいをしながら読んでいたが、それでも3日くらいで読みきれた。ミステリは好きだけど様式美的なものにはちょっと倦んできた、みたいなひとにもちょうどいいかも。

 

 

 

 




 


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