すっぴんマスター

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(※注:ゲーム攻略サイトではありません)書店員。読んだ小説などについて書いています。基本ネタバレしてますので注意。気になる点ありましたらコメントなどで指摘していただけるとうれしいです。

小説家志望です。


バキ道、九条の大罪の感想を毎週書いてます。


基本的に読み終えた書籍についてはすべて書評のかたちで記事をあげていっています。


ちなみに、読む速度は非常に遅いです。


その他、気になる小説やマンガ、映画など、いろいろ考察しています。


あと、宝塚歌劇が好きです。







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漫画家批評①福満しげゆき


漫画家批評②押切蓮介


漫画家批評③真鍋昌平


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第65話/打顔(だがん)



加納に耐久力を疑われた勇次郎が持ち出したのはランマーなのであった。


このランマーだが、実物の、実在のランマーを使用し、しかも名前もそのままのため、メーカーの三笠産業がSNSで反応するというじつに楽しい事態も起きている。さいきん、Xすさんでるから、もうずっとこういう話題でいいな…




 

 



立位で顔にランマーをセッティング、ブリッジの要領でそのまま仰向けになり、ストライダムがスイッチを押す。ランマーって、押したぶんの反作用のちからはどこにいくのだろう。支えはストライダムが担っているが、当たり前だが等しいパワーで抑え込んでる様子はない。理論的にはなにもしないで置いておくだけで仕様通りのパワーが出るのかな。

そこらへんはわからないが、とにかく持ち手はストライダムだ。結局スイッチを押したり、もろもろはストライダムがやるのだから、セッティングも任せれば良さそうだが、なんか歯医者みたいになっちゃうし、それだとストライダムに主体性があるようにもなるし、勇次郎は気に入らなかったのかもしれない。今回の相手はあくまでランマー、ストライダムはサポートなのである。



勇次郎が敷石にあたまをのせたものだから、枕にしたそれにひびが入り始めている。衝撃で勇次郎の手足が踊る。ということは力んではいないのかもしれない。かと言って固定されていては消力でもなく、頭蓋骨のかたさのみでこれを受け止めている感じだ。もはや、格闘技術や肉体の強さなど無関係、骨のかたさだけでランマーに耐えるのである。


いつものパターンで加納がファミレス後日談。異様な光景に笑いそうだが、現場ではとにかく顔がひきつる感じだろう。どうなったか。もちろん勇次郎は立ち上がる。といっても、終わってから立ち上がったということではない。打たれながら立ち上がる。ちょうどセッティング時とは逆向きに、ブリッジでせりあがる。つまり一時的に首のパワーだけでランマーの衝撃を受けていることになる。が、勇次郎を知るものとしては、寝ているよりこっちのほうが楽だろうなという気がする。仰向けでは筋肉とか関係ないから。


そのまま勇次郎は直立、真上を向いたままポケットに手を入れてしばらく顔面でランマーを堪能する。

やがてランマーは稼働したまま落下。加納は勇次郎の顔を指差してたまげる。真っ平になっているのだ。そして勇次郎は頬に思い切り空気を入れるあの動作で顔をもとに戻す。(ああやって戻すンだ…)という加納の反応がおかしい。こむら返りを起こしたときにぶるぶる降って戻すあの感じかな。


無抵抗をいいことに、図に乗りやがって…ということで勇次郎の反撃。真上からの拳でランマーは破壊されるのだった。



つづく



鼻の骨とかどうなってんのかな。やっぱもうふにゃふにゃなのかな…。しかし目は…?


顔が平らになるのは、その見た目の衝撃こみで、またそのあとの顔を戻すビックリ人間しぐさこみで、それだけの打撃であり、勇次郎はそれに耐えることができる人間なのだということだろう。ただ、「平らにはなるんだ」という発見もここにはある。顔が少し汚れる程度の漫画的表現で立ち上がる、とかではなく、顔はたしかにつぶれるのだ。要するに、「つぶれないほどの顔面である」ではなく、「つぶれるほどの衝撃だったが大丈夫」というのが今回描かれたところなわけである。


組み技の現場にいたことがないのでわからないが、レスリング系のひとだと耳とともに鼻もつぶれているひとが多いのかもしれない。それは、つぶれてそうなるのか、それとももともとつぶれやすいやわらかい鼻のひとが有利な結果なのか、ともかく、勇次郎がそういう鼻だったとしても不思議はないかもしれない。鼻血も出てないし。

だが、それでも、あんな印象的な絵で顔が平らになる。攻撃に対して、耐久力で弾き飛ばすのではなく、たしかにそれは攻撃としての効果をもたらし、その上で勇次郎にとってそれはなんでもないことなのだと、今回はそういうはなしなのだ。これは、意外というか、勇次郎も考えてみれば刃牙戦や郭戦では出血してたしな、ということが思い出される。漫画としては、漫画なんだし、勇次郎なんだし、「肉体になんの反応もなく弾き飛ばす」は認められると思われるところ、刃牙的なリアリズム表現は勇次郎においても発動するのである。


ただ、書いたように、勇次郎もそういえば出血してたことあるよなという想起はありつつも、ぼくでは、郭戦でのあれは初見時けっこう驚きだったような記憶もある。やはり勇次郎には、「こう殴るとこうちからが通る」という、物理法則的な意味でのリアリティがあまりない感じがしていたのだ。一連の「勇次郎人間化計画」描写の流れでいえば、これはそういうことと思われる。結局のところランマーですら勇次郎は耐えてしまう。だが物理法則を無視して「なにも起こらない」のではない。ちゃんと顔は平らになる(それじたいが物理的に正しいかいまは問わずにおいて)。リアリティは、ここでは勇次郎なりのかたちで出現しているのである。


続くランマー破壊は「理不尽」という煽りこみでいかにも「範馬勇次郎」だが、これは、近頃身につけた社会性とバランスをとるかのような範馬性のように見える。だがそうだろうか。ランマーは、加納の疑いを受けて勇次郎が用意した。つまりランマーとしては、急に呼び出されて仕事させられたかと思ったら破壊された、という状況で、こうみるとこれはたしかに理不尽ということになる。しかし、これをランマーとの試合と考えるとどうだろう。以上の流れを知らないものがみれば、これはたしかに「無抵抗をいいことに」ということになるのである。


とはいえ、ランマーには意志表示ができない。したがって、連れてこられたこと、また勝手に試合を組まれたことじたいが、そもそも「無抵抗をいいことに」の状況ということになる。だから勇次郎はじしん抵抗なく、ランマーにとっては最高の条件で攻撃させたのである。勇次郎がのちに「無抵抗をいいことに」と付け加えるのはある意味範馬的演出にすぎないのであり、勇次郎の無抵抗はそもそも無理に連れてこられたランマーへの配慮なのである。そして、こうでもしなければ、「わがままを押し通す」ことが強さである勇次郎において、今回のような状況は成り立たない。なぜなら、通常であれば、攻撃を受ける前にランマーは勇次郎によって破壊されているからだ。加納の疑いから、どうやればランマーの攻撃を正式に受けるか考えれば、おのずとこの物語になる。それは、試合成立時点でこちらに負い目がある状態、意志表示できないランマーを無理に連れてくるという関係性以外ないのである。「無抵抗」なランマーと無理に試合をしようとしているのだから、勇次郎としてもここは配慮しなくてはならない。その結果、ほんらいであればただランマーを破壊して終わりのところ、加納の疑問にこたえる耐久力テストが実現するのである。











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第64話/挨拶代わり



続く勇次郎回である。


勇次郎といえば、先日『鉄拳8』への参戦が発表された。鉄拳はやらないけど、世界中のひとが喜ぶ動画にはちょっと感動してしまった。勇次郎、有名なんだな…。というか、この件があって板垣先生、勇次郎をキャラクターとして見直してたのかも。






加納があんまり考えずくちにした勇次郎の耐久力について、勇次郎じしんが光成邸で示そうとしているところだ。なんだかわからないものが布をかぶって置いてあるのを光成と加納が見つける。その背後に、ストライダムを連れた勇次郎が現れる。ただ置いておけばいいのに布をかぶせるあたりに勇次郎の成長が感じられる。光成らがしっかり楽しめるように演出しているのである。


対戦者(あいて)だというそれは、ランマーである。舗装中の地面を高速でぶっ叩いて、かたく平らにするあれだ。


で?だからなに?となる加納らに、勇次郎は今日の相手だとくりかえす。「MT-77HRL タンピングランマー」と、ストライダムが正式名称を伝える。身長1.1メートル、体重80キロ、打撃力1.5トン、連打力毎秒12打撃と、ゲームのキャラのスペックを語るように解説が加わる。この打撃を勇次郎が受けると。


ここにさらに、1.5トンの打撃がどんなものかの説明に、極真の八巻健弐があがる。末堂のモデルになったひとだ。その下段蹴りは1065キロだという。これはぼくも知っていたが、打撃の威力というものは計り方によってまちまちで、知る限り黒澤浩樹は1.4トンの記録があるし(これは本で読んだ)、ぼくがみたテレビ番組では、数見肇と入澤群が2トン超を出していた。ただ、これらの選手はみんな世界最高レベルの空手家で、打撃力にそう大きい差があるとも思えず、要するに、一流になると1トン超は普通だというくらいのはなしで受け止めた方がいいだろう。特に極真は素手素足だから部位鍛錬もかなり重要になってくる。



今回は、その八巻の1.5倍もの強打を1秒に12回も、それも顔面にくらったら、というはなしだ。ようやく加納もはなしが飲み込めてくる。常人なら、尻もちの体勢で顔面に食らったら死んでしまうような蹴りよりさらに強力なものを高速で顔に打ち込むと。斉木楠雄かよ。


勇次郎がランマーを軽々と持ち上げて顔にのせ、安定させたままブリッジでゆっくり仰向けの体勢になる。合図したらONにしろとストライダムにいうが、それならセッティングもやってもらえばいいのに…


勇次郎が手で合図したのを受け、ストライダムがスイッチと支えを担う。寝そべった地上最強の顔面をランマーがぶっ叩くというありえない光景が加納らの目前に広がるのだった。



つづく




親子喧嘩を経て丸くなり、社会勉強の日々な勇次郎だが、いくらなんでも丸くなりすぎじゃないだろうか…。「世界まる見え〜」に出てくる中国のビックリ人間かよ。


八巻は、ちょうどぼくも極真空手をやっていたころの選手で、世代である。今回はなにより「極真カラテ史上最強〜」のくだりを勇次郎が黙って聞いているところである。板垣作品ではよくあることだが、この世界には神心会とは別に極真会館が存在するし、末堂と八巻は別人なのである。


ただ、勇次郎がいくら黙って聞いているとは言っても、八巻の1トンの蹴りを、ストライダムがいうように、顔に受けたら死んでしまうようなものと受け止めている、ということにはならない。ここの場面が特異に感じられるのは、勇次郎が一般的な感覚に寄り添っているからだ。


八巻が極真カラテ史上最強かどうかというのは、他にも強い選手はいたという点で意見が分かれるところでもあるし、かつてのように地上最強を名乗るでもなく組織内最強を言っているだけなのであるから、もとより勇次郎がかみつくようなポイントではない。勇次郎からすればどうでもよい。しかし文脈でみたとき、これは明らかに「1トン」という威力を形容するにあたって「八巻」が使われているのであるから、実はそう無関係ではない。要するに、はなしの前提として「八巻は強い」が共有されていないと、このストライダムの説明は成り立たないのだ。

そしてそこから導かれる1トンの打撃も、勇次郎はこれからそれに耐えようというのだから、彼にすればそこまでたいしたものではないはずである。つまり勇次郎はこのショーを行うにあたって、「八巻は強い」「1トンの破壊力はすさまじい」といった一般的な感覚を想像しているのである。


むろん、以上の説明はストライダムのしたものであるから一般的な感覚になるのは自然かもしれない。しかし、今回の勇次郎からは、まるでストライダムにそういえと指示したかのような同意の感覚が見て取れるのだ。


そもそもが、勇次郎からすれば、耐久力があるかないかを“示す”必要なんかないのである。彼自身、強さの構成要素として耐久力を重視していないということもあるし、ほんらい強さとはわがままを通すちからであるのだから、そんなことをいう加納を殴れば済む話だったはずだ。それがこのようになるのは、加納の疑問をそのままにするのはよしとしないからである。この一連のショーの過程で、勇次郎はある種の暴力を解除している。なぜなら、このような疑問に“応える”という状況じたいが、相手に依存したものであり、「わがままを押し通す」という、勇次郎が実践し続けた強さ表現からは程遠いからである。

おもえばこの「わがままを押し通す」ということはコミュニケーションの拒否でもあったのだ。加納の疑問は、ほんらいであれば勇次郎を拘束する。拘束されるから、ばらばらに砕いて疑問じたいをなきものにする。それが勇次郎の強さだった。だがコミュニケーションにおいては、加納の疑問を拘束ととらえることはない。それはただ情報の往来である。勇次郎はそれに乗ったのだ。ここに暴力はない。あるのはコミュニケーションである。


だから、これはまぎれもなくショーなのだ。ここで勇次郎は強さ表現を、わがままを通すことを志向していない。“見せる”こと、より本質的にいえば“伝える”ことが目的になっている。映画でもなんでも、演出は効果を計算して施される。効果とは、より強烈に、ヴィヴィッドに、記憶に残るように伝えるためのものだ。布にしろ八巻にしろランマーという「見たことがある」という程度には親しい小道具にせよ、すべてはここで明らかに演出の手助けとして考えられている。それは、伝えるためだ。前代未聞と言っていいだろう。勇次郎はここまで大人になったのだ。やっていることはユーチューバーみたいだが…




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第141審/其々の思惑




「三つの裁判」はあれで終わりなのか、今回は「其々の思惑」になっている。ナンバーがないので単発っぽい。ところで、裁判は三つあったのか? 出雲の百井処刑が含まれているのかもしれない。


時間はどのくらい経っているのか。ブラサンと散歩する九条は平穏な日常を送っているふうだ。ブラサンの散歩描写、毎回ひとコマとかではなくふつうに何ページが使ってることも多いが、なんなのだろうな。わがままなブラサンかわいい。


宇治と出雲やりとりである。雀卓がいっぱいあるけど、これが事務所なのかな。

出雲のうしろには佐々木求馬が観念した様子で正座しており、宇治はそれは誰ですかと聞いている。久我は求馬を知っている。宇治と久我が乗る車を蹴ってきたのでおしおき、300万貸してる状態だ。


なぜ身柄をおさえているか?タイにいる壬生と菅原を捕まえる人員である。あやしんでいる出雲は宇治にも行くよううながすが、宇治はふつうに断る。すごいな、ふつうに断れるのか。


出雲は偉くなったなあなどと言って意外と激昂したりはしない。組の金を回す人間がいなくなってはいけないからと、宇治は理由をつける。


しかしこうした信条じたいが出雲の気にさわるところだ。宇治を札束に土下座してるだけのガキと断じて、組は帳面ではなく誰のために血を流すかで立つと語る。いつのまにか宇治がかなり接近していて、壁を背にした出雲は追い込まれているようにもみえる。そして宇治はとにかくでかい。ほとんどプロレスラーである。


ふつうは黙るところだが、宇治は反論する。その理屈でみんなが黙る時代は終わったと。いま、このように黙っていないことがその証明なのだ。敬語ではあるが上下関係に厳しいヤクザとしてはそうとう踏み込んだ反論である。だが出雲はまだ、言うようになったな、というくらいだ。

宇治は続ける。揉め事を起こさないよう組長にいわれている。しかしそれは承服できない。げんに京極はやりすぎて絶縁されたじゃないかと。

これが出雲のトリガーだ。いきなり無言で宇治の腹に下突きである。その名前を軽々しくくちにするなと。この巨体なので宇治はノーダメージではある。去っていく出雲も特に興奮したりはしていない。感情でも理性でもなく、義理人情で京極を慕っているという感じだ。


別のとき、このひとは…誰だっけ。雁金…かな?見た目からはわからん。とにかく偉いひとだ。これと、出雲についてはなす。雁金は京極タイプではなかったし、絶縁にも部分的に関与しているくらいだが、出雲らを甘くみてはいけないことはよくわかっている。


雁金は宇治の出方を探る。この先きっと出雲は宇治を財布にする。そして雁金を超えて若頭になるつもりだろう。つまり利害が一致してないかというはなしだ。だから組もうとはいわず、雁金は一般論として武闘派がしきると組は短命に終わるということを述べる。だから自分につけ。それなら出雲にも手は出させない。


宇治は京極も出雲も一定以上評価しているところがある。出雲は文字通りに京極のためなら命を差し出せる漢だ。黙ってみているはずはない。それを裏切れというのか?男ではなく漢という表記であり、宇治の評価が滲んでいるとみていいだろう。

対して雁金は、もう裏切ったろうと意外な切り口をみせてくる。九条、壬生と協力して京極を絶縁に追い込んだ件のことなのである。もちろん宇治は認めないが、出雲はそう考えている。鈍臭そうな雁金までこういうことをいうとなると、うわさレベルでもほとんどみんなそう理解しているとみてよさそうだ。


その壬生と菅原だ。施設育ちの菅原は甘いものに目がない。だから刑務所に入りたくない。そういうおいしいものや、なにか感動的なものに出会ったとき、分かち合えるツレがいるかと菅原が問う。壬生は彼女はいないらしい。九条に対してそういう身振りをとることもあるが、友情とはちがうかもしれない。

菅原もいない。だからストーリーにあげてると。

しかし菅原には子どもがいるという。腹違いで認知している子が5人だそうだ。菅原は複雑な表情をしている。複雑というか、露骨に寂しそうだ。お金だけ払って連絡もないと。


壬生はなんかちょっと楽しそうだ。菅原の人間らしい面をみてふつうにほっこりしてるっぽい。じゃあじぶんに連絡してくださいと、気持ち悪がられながら壬生はいうのだった。




つづく



ウシジマ育ちなので、こういう、金と暴力で生きてますみたいな人間の情やプライドで動くさまがたまらなく好きである。しかし同時に、ウシジマ育ちなので、これがいつ壊れるのかがこわくもあるのだが…



「三つの裁判」はあれで終わりみたいだ。

覚えている範囲で、裁判はふたつしかなかった、と思う。曽我部とのらそれぞれのやつだ。ほかにあったらごめんなさい。だから、もうひとつの裁判は裁判所で行われたものではないことになる。となると、百井の処刑以外ないのだった。

おもえばあのときの出雲はたしかに裁判官のよう、少なくともなにかをジャッジするものだった。ふたりは弁護士なしの最終弁論の段階だったわけである。


刑法にはどうあれある種の暴力性が伴う。それは、応報刑論(犯罪の反作用として刑罰をとらえる立場)であれ目的刑論(犯罪予防的な観点)であれ、国家の平和概念を一定の枠内におさめるためのものであり、正義、つまりひとや国家の「正しい状態」を設定するその手には、どうしても強権が宿るのである。もちろん、通常の手続きに則って参照される刑法が強権そのものであると、わたしたちが日常感じることはないし、そもそもそれはげんに法を定めたり施行したりする側が百も承知で慎重を期すところのものである。だが100人が100人納得しているのだとしても、それが人工物であり、ひとの自由を制限するものであるにはちがいない。九条もそうした法律のいびつさ、基礎部分からやり直さないと修正不可能な建物のゆがみのようなものに直面することがある。納得があればこそ、わたしたちは強権を感じない。であれば納得のない理不尽さにわたしたちはその片鱗を感じることになる。出雲はあの場で全能の裁判官になることで、百井には到底納得できない死刑を執行したのであり、九条を通じて見え隠れする法典のとりこぼしのうえを、「裁判」のいち風景としてうっすら覆うのである。


宇治のヤクザ観は正確には不明だが、壬生のためには出雲はかなりやっかいな存在で、どんくさくてもいまはまだ雁金は出雲より上の立場なのだから、あの誘いにのったほうが良さそうではある。雁金なら利用することもできるだろう。ただ、ほとんど公式に「裏切り」をしてしまうことは、長く業界でやっていこうとしたら十字架になってしまうかもしれない。そしてヤクザ観という以前にどっちが有能かという問題もある。出雲は武闘派だが、財布あつかいでも信頼できるなら弟分はちゃんと守ってくれるだろう。たほうで雁金は、いつその京極の件でゆすってくるかわからない。要するに両方問題はあるのだった。


宇治が出雲にふつうに言い返したのは驚いたが、それは彼が丑嶋と似た雰囲気だからかもしれない。出雲と宇治の差は厳しいものではあれ上下関係のみであり、丑嶋がヤクザに言い返せないのとは状況が異なるのである。とはいえ武闘派・出雲にあそこまではっきりいえるのはやはりガタイもあってだろうか…。個人的には、やはりちょっと出雲のことを買ってるぶん正面から言い返したのかなという感じはする。いずれにせよ波風を立てないにしくはないはずだ。それがああいう態度に出るのは、感情的になってしまうからだろう。じぶんにはできないことができるひとに対しては、それがなにをするものであれ、いっしゅの畏れ、また敬意の感覚を覚えるものである。こちらはそれなりに敬意を払っているのに、それがじぶんの領域に踏み込んできた。それはないだろうと。そういうふうに見えないこともないのである。









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今週(先週)も刃牙らへんは休載だが、板垣恵介先生の読切が掲載されている。


グルメ漫画とのことである。

板垣先生はグルメ描写に定評がある格闘漫画家である。作中人物の食べるものがなんでもおいしそうに見えるのだ。

ぼくでは、筋トレ者ではあるが食が細いので、食事のモチベーションをあげるのに重宝している描写がいくつかある。毒の裏返った刃牙が、烈の提供する大量の食べ物を平らげる場面とか最高だ。しかしいちばんは幼年編、夜叉猿戦に向けてからだを作り直す決意をした刃牙が、安藤さんの家で食べまくるなんか、なんだかわからない汁である。あの一連の場面は食事だけでなくトレーニングのモチベーションを上げる効果もあり、筋トレ者にはおすすめである。


こうした定評を踏まえてか、5月19日発売のチャンピオンREDには独歩を主人公にしたスピンオフ漫画が掲載されるが、これもグルメ漫画だそうだ。ネーム原作が浦安鉄筋家族の浜岡先生で、絵はガイアとシコルスキーを描いている林先生。浜岡先生はたびたびバキネタで浦安鉄筋家族を描いているし、こんなもん100パーセントおもしろいよね。単行本で読もうとおもうが、すごい楽しみ。






今回はおそらくこれに先立っての本家グルメ漫画という主旨の掲載と思われるが、まともに描かないのが板垣先生である。


グルメ漫画、ということなわけだが、美食を語るには避けて通りたくない道があると。水だという。いい水を使って〜とかそういうはなしではなく、渇きを癒す水である。「避けてとおりたくない」なので、厳密には避けることはできる。しかし話題にしないでいるのは引っかかると。



飢えと渇きをではどちらがキツいのか、作者は渇きだと断言する。

ボクシング競技者であった作者はかつて9.5キロの減量経験がある。わかりにくいが、板垣先生がボクシングやってたのって空挺部隊にいたときなんだっけ。もともとからだは絞られており、脂肪をどうこうというはなしではないから、水分を断つほかない。やがてサ行とタ行がいえなくなる。これは自衛隊の行軍経験を描いた漫画でも書いていたな。




その行軍、これは減量の話と別のときなのか、よくわからないが、このとき用意した1リットルの水道水が忘れられない。いかなるごちそうも、酸素を除けば、あのときの水にかなわない。


で、これは現在の作者なのかな。走り込みをしている。2日半の水断ちをしており、汗も出ない。珠玉の一杯を堪能するためだ。大ジョッキに、キューブアイスで冷やした水道水1リットル。この、たんに「氷」と書かない/描かないのがポイントなんだろうな。いまぼくは別に渇いていないが、このみずはめっちゃうまそう。


サ行が言いにくくなってるのを確認し、彼は一気に水を流し込む。このとき、冷たさのせいかうまさのせいか、彼は激痛を感じたときと同じ顔をしている。足の小指を打ちつけて超痛いときと、気持ちいいとき、うれしいとき、かなしいとき、これらが極まった場合、ひとは同じ顔をするのだ。この表情に感覚の極みが映し出される。板垣恵介は今後この表情を追い求めることを決意するのだった。



おしまい



書いたように、たぶん独歩のグルメ漫画が始まるから、その盛り上げのために本家でも描くってなって、こうなった感じじゃないかな。素直じゃないのさ、板垣先生は…。グルメ…これまでの人生で、最も美味かったものはなにか…?って考えて、あのときの水だ!ってなったんじゃないかな。2日半断水はたぶんじっさいにやってるとおもう。そういうひとだから。


グルメ漫画と言っても、ただ「美味」を追求するだけではない。最終的にはそうであるとしても、その料理を実現するために必要なさまざまなことを描いてそこで完結させてもグルメ漫画にはちがいない。また、味覚はただの化学反応ではない。はじめてのデートの、映画館で食べたジャンクフードや、なんでもない夕暮れ、学校帰りの買い食い、苦労して登った山で苦労して作った数口で終わる小さな食べ物などが一生忘れられない最美味になることはある。要するに、グルメ漫画とは、シチュエーションさえ含んだ、広く食にまつわるもろもろを描いたものなのだ。

着想としては、板垣先生はグルメ漫画というもののありようを美味のイメージに集約させたようではある。そして、「あのときの水」に至った。「あのとき」とは、交換不可能な固有の体験、つまりシチュエーションのことだ。つまりこれは、美味に意味を狭めながら結果としては個人的なシチュエーション依存に展開していったものなのである。おそらく、ではあるが、2日半断水を実行しそうな板垣先生ならではの結論であるといえるだろう。美味は普遍性がある。しかしそれを求めるとシチュエーション的な特殊に至ってしまうのである。


それが激痛と同じ反応をもたらすという洞察も興味深い。うまい、気持ちいい、かなしいなどの感情のどれをとっても、極まったところでは同じ反応をするのだとしたら、身体はそれらを区別していない可能性がある。つまり、極まる以前の、もう少し刺激が軽微な段階で、ただ笑ったり泣いたりすることは、言語によってそれらの刺激を区別する知的処理であるのかもしれないのだ。おそらく、言語で処理することが難しいほどの刺激を受けたとき、わたしたちはいちようにある種の危険を感じるのだ。なぜなら、表情とはメッセージだからである。受け止めきれない、いま正常な機能を果たすことができない、それを、感覚作用が極まったところでは、わたしたちは周囲に伝えようとするのである。



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第63話/強さと堅牢さ(タフネス)



続く勇次郎回、5回目。今回は光成邸である。勇次郎で1巻出すつもりなのでは?!


光成が、警護の加納が言っていたことを勇次郎にきかせているところだ。加納ときいて勇次郎はちゃんと顔を思い浮かべている。たしかに、勇次郎が名前を覚えてて加納が感動してる場面あったよね。なんだろ、なにがそんなに印象に残ってるのかな…



内容としては、勇次郎の防御力のはなしだ。勇次郎の強さについて、「強さ」とは全方位に向けられるものだとしたとき、攻撃面で疑いをはさむ余地はないが、守護るちからはどうなのか、試されていないのではないかと。


おもしろい問いかけである。光成はその問いの含む広い意味を「堅牢さ」、タフネスという語に集約させる。試してみようと。



もちろん勇次郎は、試されることそのものにじゃっかん不満である。疑いをもたれているということだからだ。しかしこの問いは、いつものようにそうした無礼者を打ち倒して済むものではない。結果、タフネスは検証されていないからである。

光成はこうしたことを踏まえてか、「怪しい」とまでいう。最近の勇次郎の社会性もあっての踏み込みかもしれない。


勇次郎はやはり常識的になっている。怒るでも笑うでもなく、「打たれ強さ」を示すことは格闘家としての恥だと、落ち着いて持論を開陳する。しかし、とはいえ、実際でもイメージでも脆弱なのは論外である。


なにかを考えついた勇次郎は、明日出直すと言って立ち去る。加納を同席させるようにと。いつもの空間がゆがむ表現になっているが表情は穏やかであり、これが感情のあらわれであるとしてもポジティブなものであることを感じさせる。


翌日、光成と、ビビりまくりの加納が出た庭には、布をかぶったなにかが持ち込まれているのだった。



つづく



こうして勇次郎回6回目が確定である…!


防御力といっても、いろいろだ。とりわけ今回のように「守護(まも)る」などということであれば、当然本部の姿が浮かんでくることは避けられない。じぶんや他人を危害から遠ざけるということだ。また、一般的な意味でも、たとえば攻撃がすりぬけるレベルでかわす刃牙の防御力はたいそうなものだが、いっさい攻撃をよけない花山の耐久力もまたたいへんな防御力と呼んでよいだろう。ひとまず光成は、そして勇次郎は、最後の、花山的な意味で受け取ったようである。


勇次郎は力のひとだが、はるかむかし独歩戦で見せたように、ふつうにあらゆる格闘技を修めている系のひとである。だから刃牙的な意味での防御力も優れているはずだが、郭戦で彼がよけたことに刃牙が驚いていたように、防御行動じたいの描写はあまりない。なぜかというと、一撃で終わるからである。なんらかの理由、たとえば郭戦のように不可解であるとか、あるいは戯れで、相手の攻撃を待つというような状況でもなければ、そもそも攻撃をかわすという状況にならないのだ。彼にとっては相手の破壊がたたかいの目的なのだから。なので、郭戦での刃牙の反応はあまり正確ではないのだろう。よけることじたいはたしかに珍しいが、よけないわけではない、そういう状況が訪れないといったほうがたぶん正しい。

腕力に優れる彼がなにゆえあれほど技に通じているかという疑問もあるだろうが、たぶん楽しいからだろう。なんであれ、物事というのはくわしいほど楽しい。スターウォーズは誰がみても楽しいかもしれないが、映画に通じているほど、オマージュや技術、工夫などが見えて興味深くなるだろう。おそらくそんな程度のことと思われる。また彼はふつうにセンス面でも天才なので、常人が人生をかけて修得する技術を見て真似してしまう。費用対効果的にも「あらゆる格闘技を修める」ことは理にかなっているのだ。


こうした自己意識もあるだろうに、はなしはタフネスにすすむ。技術的なものは再現性があるということだ。そのひとならではの防御とはタフネスに現れるということかもしれない。


その問いに、勇次郎はかなりノリノリで応じる。試されることに怒るのではなく、感情をのせつつもじぶんでなにかを用意してまでして加納に試させようとするのだ。こんな勇次郎がかつてあったろうか。加納の顔をしっかり浮かべているのもなにか微笑ましい。「知り合い」なのだ。一連のこれは、勇次郎が社会性を身につけ、大人になっていく物語なのである。










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