第29話/近代格闘技
ジャック・ハンマーとピクルの再戦、反則スタートから、まずはジャックの猛烈な打撃が決まりまくる。ジャブと呼ぶには強烈すぎる左ストレート、噛み付こうとするピクルの顔面にカウンター、そして左のハイキック、すべて一撃必殺のすごみをもった技だ。それらをすべて直撃されながら、倒れないばかりか、ピクルは笑うのだった。以前の条件のままなら、まだ泣いたり四足歩行になったりしてないので、楽しいという段階のようだが、最初のたたかいのとき、ジャックは2発でピクルの本気を引き出していた。いまがあのときより打撃面で弱いとは、描写的にもちょっとおもえないので、ピクルのほうで条件が変わってきているとみたほうがいいだろう。とにかく強い相手が好きなのだ。そして、もしかすると、「だからといって殺さなくていい、食わなくていい」ということを学習しつつあるのかもしれない。それなら、泣くこともないのだから。武蔵は言ってもわからなかったが、ピクルが言わなくても理解しつつあるというのなら、なかなか興味深い。
巨大な建物のようなサイズの相手ばかりだった白亜紀の時代に、ピクルはせいぜいゴリラ程度の体躯で食物連鎖の頂点に立っていた。少なくとも頂点に立つものと互角だった。243センチのジャックは人類としては破格のサイズだが
、ピクルがたたかっていた相手を考えればなんということのない小ささだ。その拳は、果たして白亜紀の牙や爪を上回るのか?
だが、ジャックはここで恐竜ごっこをしているのではない。彼が見につけているのは近代格闘技である。牙も爪も、対人間用に進化した武器ではない。そしてピクルは人間である。それなら、格闘技の技が、ピクルに対するときだけ、
恐竜の攻撃を上回ってもいいはずだ。
ジャックがピクルの髪の毛をわしずかみにして膝蹴りを顔の中央に打ち込む。つかみ、非常にせまいポイントを正確に突くと、これだけでも恐竜にはできなかったことだろう。いや、つかむやつはいたのかな・・・。
髪の毛をつかんでピクルの向きをコントロールしたジャックは、彼の後ろをとり、腹で手をロック、ジャーマン・スープレックスである。これはダメージがあるようだ。脳震盪系のダメージは、首の太いピクルには通りにくいということもるが、たしか以前もかなり困惑していたはずだ。あまり経験がないのである。
わずかに停止していたであろうピクルのマウントをとったジャックが、手技最強といわれる鉄槌をくりだすのであった。
つづく
以前から考えられていたことで、ピクルにとっても新鮮さがあるはなしでもないが、人間にできて恐竜にできないことはたくさんあり、そしてそのなかでも人間体型のピクルだからこそ通じる技というのはあるわけである。マウントをとって鉄槌というのは、いかにも同じくらいのサイズのものどうしで発生しそうな技だ。同じくらいの大きさの恐竜に乗られて、牙や爪で攻められることはあったろうが、拳くらいの小ささのものが、コンパクトに、すばやく、くりかえし顔の中央に点の攻撃をしてくるということは未体験だろう。ピクルじしんがそういう攻撃をしてきたということはあるだろうが、相手が同程度以上の大きさでマウントポジションを維持するというのは、なにかのひょうしに思いついたからできるというものではない。技術なのだ。ピクルは、鉄槌に加えて、吸い付いて離れないジャックのマウントにも驚くかもしれない。
そして、恐竜ができるなら、ジャックにも嚙みつきはできる。マウントポジションの肝は、相手をコントロールすることにある。あんなふうに自由を奪われれば、プロでなくても、すさまじいちからを発揮してがむしゃらに動くし、そういうときのがむしゃらさというのは生半可な技術を無効にしてしまう。ただ乗っかっているだけではすぐに体勢が崩れてしまうのだ。ピクルくらいの体力があればなおさらだろう。非常に荒々しく、予測できない動きの連続のなかで、それでもマウントポジションを維持するためには、相手の動きを制圧するポイントのようなものを見抜いていかなければならない。握手だけで相手のヒザを地面につける渋川剛気の技術にも似て、複雑に入り組むベクトルの要所を即座に見抜いていかなければならない。こうした繊細さは、優れた点を強固にすることでサバイブしていく進化論的な発想にはないだろう。これは、相手がいて初めて成り立つものなのだ。ジャックにはもともとそういう技術はあったろうが、わざわざここで「人類」という大きな主語でもって格闘技術を論じるからには、そこに心がわりがあったということである。たんにじぶんを強化していくだけのありかたから、相手の存在を想定したうえで「技術」を身につけ、行使する、これは嚙道を修めたジャックでなければなかった発想なのだ。そこに嚙みつきは練りこまれる。強さの比較はとりあえずしないとして、あのポジションでも恐竜からの嚙みつきということはあったかもしれない。しかしジャックのそれは、「すべてを噛み砕く」というようなものでは、もうない。相手の出方込みで、コミュニケーションの内側に、ひとつの選択肢として挿入されるものなのである。
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