社会から隔離されたような気分だ。僕はもうフーテンだ。

 なんてアメリカンジョーク。

 


 ここにいるとすごく落ち着く。一枚の衝立で作られただけの部屋なのに、不思議な空間、自分の部屋にいるみたいだ。僕は『ドラゴンボール』を読んでいた。

 先輩の奢りで、漫画喫茶に来ている。先輩は、口に煙草をくわえながらカップルシートのソファーの大部分を占拠してナマケモノみたいに寝ている。

 とても落ち着くけど、それは普段どおりなんだけど、なんか違う気がする。いや、絶対違う気がしている。

 

僕は何をしているんだろう。

 

なんて、村上文学の主人公みたいに、陰鬱的な台詞をポロリと言ってみた。

 でも、残念ながら、僕にそんな台詞は似合わなかった。

 僕がそんな影のある少年のフリをしてみても、あくまでもフリはフリにしかならなかった。でも、もう四時過ぎだし、目も、しぱしぱしてきたし、眠いので寝ることにした。

もういいや、おやすみ。

 机に置いておいた携帯が、小刻みに振動しながら鳴っていた。

「もひもひ」

 脳が不確かな起動状態で出てみると母さんだった。

「あんた今どこにいるのよ?誰といんのよ?それにこの置き手紙は何よ?あんた何する気なの?母さんも父さんも心配してるのよ」

 質問の波状攻撃だった。

「聖徳太子じゃあるまいし、そんな一遍に言われても」

「聖徳太子?何ふざけたこと言ってんの!今どこよ?」

 母さんの迫力には、僕の脳もすぐに眠気を吹っ飛ばした。

「漫画喫茶」

「もう七時だし、学校行く時間でしょ!早く帰ってらっしゃい!」

 時計を見ると、短針は七を指していて、店内の空気も、朝の模様を醸し出していた。

「でも・・・」

「いいから、早く帰ってきなさい!」

 電話は一方的に切れてしまった。

 

 僕はヘリウムガスを飲んだときのように甲高い声で、ため息を六千ccぐらい吐き出した。

 そして驚いたことに、寝ているはずの先輩は、すっかり起きていて、センチメンタルな僕を見てニヤニヤと不敵な笑みを浮かべていた。僕の頭の中ではライフカードのCMのオダギリジョーと同じ気分だった。

 


 どうすんの、俺!?

 

 

  

 僕はカール・ルイスみたいに全力疾走で車が止まっている所へ向かった。やっぱり信じていれば願いが叶うんだ。神様ありがとう。僕の心はエイトビートで、バクバクバクバックンバックンクン、と喜びを表現していた。


「あっ、あの」


 助手席の窓が開いていたので、ドキドキしながら話しかけてみた。きっと優しい人に違いない。さぁ、今から僕の旅が始まるんだ。

「あのさー、ここらへんに居酒屋ってない?」

 予想外の言葉だった。

 車の中には、顔をリンゴみたいに真っ赤にしたスーツ姿のサラリーマンが、四人乗っていた。窓から放たれる匂いは、猛烈に酒臭かった。

「居酒屋ですか・・・?」

「おう、それも安くてお洒落なとこ。どこかないの?」

「わかんないですけど」

「なんだ、使えないなー。というかこんなところで何やってんの?もしかしてヒッチハイク?若いねー。青春だねー。」

 サラリーマンたちは馬鹿みたいに大笑いしていた。

 なにがおもしろいんだよ。

「まさか、今時そんなことしても流行んないですよ」

 僕は冷静を装い答えた。

「だよねー。じゃあバイナラバイナラ」

 そうぬかすと、アンポンタンなサラリーマン達は車を走らせて行った。マフラーから吐き出される煙は、実はあいつらの酒臭い息とオナラが成分じゃないかと思うほどだった。ひどいもんだった。


「てめぇら、事故起こして全員死ね!バカ!アホ!マヌケ!万年平社員が!」

 

 静かな夜の世界に僕の声はこだました。

  

 更に十五分が経過した。


 次第に、ダンボールを掲げている二の腕の筋肉がぴくぴくと震えだした。

 先輩はそんな僕の姿を見ながら、悪代官のように、にやにやと笑っている。

 それでも僕は二の腕の悲鳴を無視しながらダンボールを掲げた。

「もうやめようぜ」

 先輩の悪魔の誘惑が聞こえる。

「やめないです」

 僕は子犬のように首を大きく振った。

「どうしたらやめてくれんだ?」

「やめないです」

「車ぜんぜん通らないし、もう眠たくなってきたし。なぁ、漫画喫茶行こうぜ。あー、もうこのさい俺の負けでいいからさ」

「嫌です。車が通るまでここを動きません」

「はー、これだからお子ちゃまは困るぜ」

 先輩はアメリカの俳優のように大袈裟なリアクションでため息をついた。

 僕は、心の中で何度もおまじないを唱えた。

 神様、仏様、天地創造の神様、七福神のみな様、インリン様、ペレ、ジーコ、タイガーウッズ、尾崎豊さん、桜井一寿さん、誰でもいいから僕の小さな小さな、そしてささやかなお願い事を叶えてください。叶えてくれた暁には、僕のキスでも何でもあげますから。

 僕個人の適当でいい加減な思いつきで、勝手に祭り上げた人たちに願いを込めて僕は何度も祈った。

 すると、暗闇の世界に一筋の光が灯った。ヘッドライトの光だ。間違いない、車だ。黄色のビートルが僕たちに近づいてきた。

 僕は、ビートルに気持ち悪いぐらいの目線とダンボールでアピールした。

 

とまれとまれとまれとまれとまれとまれ

 

 この時ばかりは、生まれてから八番目ぐらいにがんばったと思う。

 本当にそう思った。


 それでも、車は残酷にも当たり前のように止まることはなかった。


「まぁ、残念だったな」

 僕の肩をポンと叩いて先輩は言った。

「はい・・・」

 もう帰りましょうか、と喉まで出掛かったとき、僕はそんな腐った言葉を飲み込んだ。

 通り過ぎたと思ってたビートルが、僕らの五十メートル先で、ハザードをだして止まっていたのだ。

 そう、それは九回裏逆転ホームランのようだった。  

 僕らはひっそりとした街の道路でヒッチハイクを始めた。

 理由は簡単だった。

 

 僕は金がなかったからだ。三十五ドルだけを持ってニューヨークに飛び出したマドンナと同じ心境で家を飛び出した僕だけど、三十五ドルのお金すら持っているはずがなく、財布には夏目の漱石さんが、寂しそうに一人でひっそりしているだけだった。もちろんクレジットカードなんて高級なものも持っているはずはなかった。カードといったら、漫画喫茶の会員カードと、よく行くエロビデオ屋の会員カードぐらいしかなかった。

 やはり、手っ取り早く、どこかにいくのにはヒッチハイクしかなかった。

 僕はダンボールを高く掲げ、通り過ぎる車に視線を送った。

 ダンボールを掲げて三十分が経過した。

 その間に通過した車は一台だけだった。

 いきなり出鼻を挫かれてしまった。

 高橋先輩はそんな僕を見て、幼稚園児のように純粋無垢な瞳で僕に質問をした。


「お前何やってんの?」


 高橋先輩の質問は最もだった。

 僕は先輩に何をするか一つも言ってなかった。

 僕は先輩に、今日あったくそったれの出来事と自分は今十七歳で学校なんかに行っている場合じゃない、僕にはスイートでビューティフルでエキセントリックでプラトニックなセブンティティーンがあるんだ、ということをバッファローのように鼻息を荒くして力説した。

 僕の説明を聞き終わると、先輩はポケットから煙草を取り出し、おもむろに吸った。そして、今度は太宰治のようにニヒルに笑い、僕にこう告げた。


「若いっていいな」 


まるで、学生運動でドンパチやっていた人たちが酒場で昔を振り返るような言い方だった。

「何言ってるんですか?先輩だって四年前はそうだったじゃないですか?」

「俺は過去にしがみつかねぇんだ」

 先輩はどこか遠くを見ていた。

「何決まったって顔してるんですか?何も決まってないですよ」

「バレた?」

「バレバレです」

 原付が通り過ぎていった。

「とりあえずこれからどうするんだよ?」

「とりあえず、こんな小さい街から飛び出します」

「飛び出すってどこ行くんだよ?」

「いや、だから、どこかへ、って」

「歌詞じゃないんだからよー。それじゃ誰も止まってくれねぇよ」 

「止まってくれますよ。僕と同じような気持ちを抱いたことがある人なら」

「ロマンチストじゃあるまいし」

 先輩は大袈裟なリアクションで首を縦に振った。

「じゃあ、次きた車が止まったらどうします?」

「止まったら、明日一日飯おごってやるよ」

「絶対ですよ」

「おう」

 

 僕は、人気のない道端でダンボールを高く掲げた。車が通らなくても、関係はなかった。いや、関係なくもないけど、ようはモチベーションの問題だった。このままのテンションでは確実に途中で、もしかしたら明日にはこの旅をやめてしまう可能性があった。

 確信めいた理由ってわけではないけど、僕は自分でも知っているように、きついことがあるとすぐに諦めてしまうような人間だった。嫌なことがあると、何かしら理由をつけてやめてしまうような人間だった。つらいことよりも楽な方へ流れていくような人間だった。

 でも、今はそんな性格のことをどうとか言う必要はない。

 今は十七歳なんだ。それだけが僕を突き動かしてるんだ。

 僕は静かな街でひたすらダンボールを掲げていた。

両親が寝静まった頃、僕は、十七歳の頃に、ダンサーを志して三十五ドルだけを持ってニューヨークに飛び出したマドンナのように、僕も何も持たずに家を飛び出した。まぁ、親が心配するといけないので、机の上にはそっと書置きをしておいた。

僕は十七歳なんだ、って。



家から飛び出した僕は、まずその足で近所で一人暮らしをしている高橋先輩の家に向かった。高橋先輩は年が僕よりも四つ上だけど、未だに浪人生だ。今年で三浪目なんだけど、それは高橋先輩が医学部を志望しているからの結果であり、そもそも、高橋先輩の家は代々続いている医者一家で、高橋先輩も医者一家の家系らしく例外なく医者になることを親から余儀なくされていた。まぁ、簡単に言うと、親の敷いたレールに乗っているってやつだ。でも、高橋先輩は医者になる気なんて全くなかった。それよりも、何浪してでもいいから医学部に入り、家を継いでほしい親の熱意を逆手に取り、浪人を、何もしなくても金は貰えるしやらなければいけないこともないしパラダイスだぜ、なんて言うような放蕩息子だった。



この台詞の通り、高橋先輩はとんでもなくアウトローの人だった。でも、僕はそんな高橋先輩が好きだった。


「先輩行きましょう」

 僕は先輩の部屋に入るなり言った。

 先輩は上半身裸で、トランクス一枚の格好だった。もちろん勉強をしている形跡なんて微塵もなく、テレビ画面にはアダルトビデオが流れていた。

「よし、行くか」

 先輩はどこへいくかもわかってないのに威勢よく返事をした。


 僕と先輩はハイテンションのまま夜の街に飛び出した。

 ハイテンションで飛び出したのはいいのだけど、街は完全にひっそりとしていた。それもそのはずだ。時間をもう深夜2時過ぎだったからだ。だけど、僕と先輩にはそんなこと関係なかった。とりあえず、コンビニに行き、ダンボール下さい、と言ってダンボールをもらい、それをスケッチブックサイズに切り、そこに黒のマジックペンで大きく書き込んだ。



 どこかへ、って。

 そう、僕は十七歳。セブンティーン。輝かしい響きをもつこの言葉に僕は惹かれていた。シックスティーンよりもセブンティーン、エイティーンよりもセブンティーン。この言葉には、全ての青春時代が集約されてもいいぐらい、脆くて儚くて美しいぐらい摩訶不思議の魅力を持っている。

 僕は十七歳になるのが死ぬほど楽しみだった。十七歳になれば何かが変わると思っていた。無色透明な毎日から、鮮やかな七色に光り輝く毎日になると確信していた。そして僕は十七歳になった。

 


 それなのに、現実は違った。

 毎日同じことの繰り返し。地味で冴えない毎日。単調でやりきれない日々。僕が想像していた十七歳とは恐ろしいほどかけ離れていた。

 机に向かってお勉強、二次関数を求めたり、化学式を暗記したり、中世ヨーロッパの歴史を習ったり、梶井基次郎を読んだりすることが十七歳のすることなのだろうか。もう死んじまったションベン臭いじいさん人たちの功績を称え、敬うことが、十七歳の青春なのだろうか。教室という恐ろしく狭いテリトリーの中で、教師どもに飼われることが十七歳の全てなのだろうか。

「当たり前だろ。君たちは高校生なんだ」

 きっと、いや、必ずあいつらはこういうだろう。権力の手下の教師どもは。

君たちの未来のためにとか、将来のためにとか、それが然も当たり前のように言うだろう。今習っていることは正しいんだ、ってね。

でも、僕はそんな考えまっぴらごめんだ。

なんだよ、未来のためにって。

なんだよ 将来って。

じゃあ今はどうすんだよ。今は我慢しろってことなのかよ。

あふれ出る生命の息吹を感じさせる十七歳の時期に耐えろってことかよ。

よし、決めた。

この世界から抜け出そう。

 灼熱の太陽が、真っ黒くろすけになった僕の肌に尚も容赦なく追い討ちをかける。決壊したダムみたいに留まることなく流れる汗を拭くこともせず、僕はスケッチブックサイズに切ったダンボールを両手で持って、何度となく通り過ぎる車に視線を送る。

 僕の隣では、すでにやる気を無くした高橋先輩が地べたに座り込んで煙草を吹かしている。

 くそったれの毎日から抜け出すんだ。

 期末テストが終わり、着々とテストの返却がされ始めた頃、現代文担当の榊原に職員室に呼ばれた。

「何じゃこりゃ?」

 答案のある部分を指摘して榊原は言った。

「軽いジョークです」

 おどけた口調で僕は言った。

 次の瞬間、職員室全体に聞こえるぐらい大きな声が響いた。

「お前なめとりゃせんか!」

 榊原の怒声に職員室にいた誰もが僕と榊原のほうへと視線を移した。僕はなんで怒られなければいけないのか全く分からなかった。

「何を怒っているんですか?」

 僕は冷静な口調で聞いてみた。

「お前は文学を侮辱しとる」

「はぁ」

「なんだ、この《童貞》っていうのは?」

「いや、高村光太郎のドウテイじゃ」

「オオバカモノ!」

 又しても怒声が職員室中をこだました。他の先生たちは、くすくすと笑っていやがった。

 榊原は、僕の答案用紙にデカデカと《道程》と赤ペンで書いた。

「こうだ」

「はぁ」

「あんな素晴らしい作品をお前みたいなアホな生徒にけなされたと、高村先生は嘆いているわ」

「そんなことバーコード頭のお前にわかるわけないだろ」

 と、心の中で叫んだ。

 国立大学出身で国文学を学んだ榊原は、熱狂的な文学馬鹿で、志賀直哉や梶井基次郎を愛読しているような男だった。別に勝手に愛読すればそれでいいのだが、それを生徒に押し付ける傾向が、この文学馬鹿にはあった。『檸檬』を読んでレポートを出せとか、『蟹工船』を読んでレポートを出せとかを月に1回は必ず生徒にやらせるような男だった。その上、そのレポートの評価の仕方が独断的だった。ヒトラーなんて目じゃない。文学的観点なんてあったもんじゃねぇ。ただ、自分が敬愛する作家とその作品をどれだけ褒めているかだった。こんなことさせるのは完全なる自己満だった。こいつは単なるオナニストにしか思えないような腐った野郎だ。

「本当は落第させてやりたいぐらいだが、赤点は免れているから今回は免じてやる」

 本当にえらそうな男だ。

 たかが、《道程》を《童貞》と書いたぐらいで説教される必要は全くなかった。それは、《処女航海》という言葉をなんとなく恥ずかしそうに顔を赤らめながら読む男子中学生のように、それは、スイスにある《レマン湖》を何度も叫んでしまう男子校生のお茶目な心境なのに、それを否定されることがなぜできるんだ。軽いジョークをジョークと受け取れない榊原の低脳な脳みそを、僕は心底哀れんだ。

「もういい。行っていいぞ」

 ストレス解消をすると、僕を邪魔者のごとく追い払った。 

 他の先生たちの笑いはやまなかった。

 こんなことのために生きているわけじゃない。

 僕は十七歳なのに。

初めましてで始めました。

ついに始まります。

エキセントリックでピースフルでコメディータッチでワンダフォーで全米が涙した!!ぐらいの

小説を明日から書いていきます。

  







暇な人はぜひ!暇じゃない人もぜひ!


まぁ、老若男女問わず見てくださいということで。

では、また明日お会いしましょう。



じゃあね。