灼熱の太陽が、真っ黒くろすけになった僕の肌に尚も容赦なく追い討ちをかける。決壊したダムみたいに留まることなく流れる汗を拭くこともせず、僕はスケッチブックサイズに切ったダンボールを両手で持って、何度となく通り過ぎる車に視線を送る。

 僕の隣では、すでにやる気を無くした高橋先輩が地べたに座り込んで煙草を吹かしている。

 くそったれの毎日から抜け出すんだ。

 期末テストが終わり、着々とテストの返却がされ始めた頃、現代文担当の榊原に職員室に呼ばれた。

「何じゃこりゃ?」

 答案のある部分を指摘して榊原は言った。

「軽いジョークです」

 おどけた口調で僕は言った。

 次の瞬間、職員室全体に聞こえるぐらい大きな声が響いた。

「お前なめとりゃせんか!」

 榊原の怒声に職員室にいた誰もが僕と榊原のほうへと視線を移した。僕はなんで怒られなければいけないのか全く分からなかった。

「何を怒っているんですか?」

 僕は冷静な口調で聞いてみた。

「お前は文学を侮辱しとる」

「はぁ」

「なんだ、この《童貞》っていうのは?」

「いや、高村光太郎のドウテイじゃ」

「オオバカモノ!」

 又しても怒声が職員室中をこだました。他の先生たちは、くすくすと笑っていやがった。

 榊原は、僕の答案用紙にデカデカと《道程》と赤ペンで書いた。

「こうだ」

「はぁ」

「あんな素晴らしい作品をお前みたいなアホな生徒にけなされたと、高村先生は嘆いているわ」

「そんなことバーコード頭のお前にわかるわけないだろ」

 と、心の中で叫んだ。

 国立大学出身で国文学を学んだ榊原は、熱狂的な文学馬鹿で、志賀直哉や梶井基次郎を愛読しているような男だった。別に勝手に愛読すればそれでいいのだが、それを生徒に押し付ける傾向が、この文学馬鹿にはあった。『檸檬』を読んでレポートを出せとか、『蟹工船』を読んでレポートを出せとかを月に1回は必ず生徒にやらせるような男だった。その上、そのレポートの評価の仕方が独断的だった。ヒトラーなんて目じゃない。文学的観点なんてあったもんじゃねぇ。ただ、自分が敬愛する作家とその作品をどれだけ褒めているかだった。こんなことさせるのは完全なる自己満だった。こいつは単なるオナニストにしか思えないような腐った野郎だ。

「本当は落第させてやりたいぐらいだが、赤点は免れているから今回は免じてやる」

 本当にえらそうな男だ。

 たかが、《道程》を《童貞》と書いたぐらいで説教される必要は全くなかった。それは、《処女航海》という言葉をなんとなく恥ずかしそうに顔を赤らめながら読む男子中学生のように、それは、スイスにある《レマン湖》を何度も叫んでしまう男子校生のお茶目な心境なのに、それを否定されることがなぜできるんだ。軽いジョークをジョークと受け取れない榊原の低脳な脳みそを、僕は心底哀れんだ。

「もういい。行っていいぞ」

 ストレス解消をすると、僕を邪魔者のごとく追い払った。 

 他の先生たちの笑いはやまなかった。

 こんなことのために生きているわけじゃない。

 僕は十七歳なのに。