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日本のミサイル脅威論は奇弁、北朝鮮機関紙が主張

【ソウル8日聯合】北朝鮮の内閣機関氏、民主朝鮮は8日付で「日本が北朝鮮のミサイル脅威論を持ち出しているのは奇弁だ」とする論評を掲載した。

 朝鮮中央通信によると同紙は、日本が事実を歪曲(わいきょく)し、北朝鮮のミサイル脅威論を持ち出しながら戦争準備に狂奔していると指摘した。また、北朝鮮のミサイル攻撃が迫っているとか、北朝鮮のミサイル攻撃から安全を守るために一日も早くミサイル防衛体制を整備すべきだと騒がしいとし、こうした主張は現実をねじまげたもので、黒い俗心を隠すための奇弁だと非難した。その上で、北朝鮮がミサイルで日本の領土と国民の命の安全を脅かしたことは一度もないと強調した。

 同紙はまた、北朝鮮のミサイルは朝鮮半島での戦争を防ぎ、敵の軍事的侵略と脅威から国の自主権と尊厳を守るための自衛的戦争抑止力の一部だと主張した。

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“キム・ドンシク牧師 ‘キリスト否定’拒否し死亡”

2000年1月に中国の延吉で脱北者を助けていた時、北朝鮮の工作員によって拉致されたキム・ドンシク牧師の家族が、キム牧師は拉致されてから1年後に死亡したと語った。

キム牧師の妻であるチョン・ヨンファさんは7日、デイリーNKとの通話で、“先月29日に、中国で宣教活動をしているチャ・オニ宣教師が、'シカゴ聖潔教会36周年復興会で、キム牧師は拉致されてから1年後に死亡した'と言った”と鳴咽した。

キム牧師の死亡の理由についてチャ宣教師は、'キム牧師がキリストを否認するようにという北朝鮮政府の言葉を最後まで拒否して死亡した'と言ったという。チョンさんは“チャ宣教師が最近、中国で北朝鮮の内部消息筋からこうした事実を聞き、私に話してくれた”と付け加えた。

また、“主人が死亡したという話は2005年にも聞いた”と述べ、“主人は2000年頃に強制拉致されて北朝鮮の収容所に入れられ、その後栄養失調と拷問の後遺症で死んだと聞いていた”と語った。

チョンさんは“北朝鮮は主人に、主体思想に転向することを強要して、食事を与えずに、80kgあった体重が急激に減り、死亡前には 35kgしかなかったそうです”と言い、“今後、主人の遺骸の送還運動を展開する”と明らかにした。

キム牧師の送還運動を展開してきた、ド・ヒユン被拉脱北人権連帯代表は、キム牧師は拉致された翌年に、拷問と健康上の理由で死亡したと、2005年にも主張している。

当時ド代表は北朝鮮内部の消息筋を通じて、“北朝鮮の国家安全保衛部がキム牧師に対するスパイ操作を行い、自ら越北したと言わせようと懐柔を試みたが失敗したため、キム牧師を故意に放置して死亡させた”と述べ、“キム牧師は死亡当時、直膓癌、各種の拷問の後遺症、閉所恐怖症による鬱病、栄養失調で悽惨に殉教した”と明らかにした。

ド代表によれば、キム牧師の遺体は現在、平壌近郊のサンウオン里にある朝鮮人民軍91訓練所の区域内に安置されているという。

2005年当時、国内のNGO団体はキム牧師事件のすべてを把握している政府に情報公開の要請及び、送還の努力を促すなど、キム牧師の送還運動を行った。一方、キム牧師の拉致に加わった疑い(国家保安法)で拘束され、起訴された中国同胞の金某氏(39)は、2006年3月に懲役5年の刑が宣告されて、国内で服役中だ。
キム・ドンシク牧師とは?

キム・ドンシク牧師(2001年当時 54歳)は、障害者や脱北者を助ける活動をしてきた牧師で、アメリカの永住権を持っていた。

釜山のコシン大学在学中の1968年に、不運の交通事故により、片方の足が不自由になったキム牧師は、1980年にアメリカに渡り、宣教師教育を受けた。 1982年にケニアで牧会活動を行おうとしたが、持病のため、これをあきらめて、慶尚南道チャンウオンのピョンソ\ン教会で牧会活動を始めた。

1986年に再び交通事故にあい、父と妻を失う不運を経験した。以後、養子として育てた5人をはじめとし、7人の子供と、ソ\ウルのヨンドン教会で障害者を対象に牧会活動を準備していた時に、現在の夫人であるチョン・ヨンファさんに会って再婚した。

1998年に障害者伝道協会を設立。ソ\ウルオリンピックの時は障害者の芸術祭などを開催して、毎年世宗文化会館でこの行事を続け、障害者たちに夢を与えることに力を注いだ。1988年のソ\ウル障害者オリンピックの時に会った、訒小平の息子と親交を深め、宣教の場を中国に移すようになる。

アメリカの永住権を持ち、韓中修交以前から中国に出入りして、障害者の宣教を広げて中国延吉に定着、脱北者を助ける仕事を本格的に始めた。中国国内でミッションホームを9ヶ所運営し、脱北者たちにシェルターを提供し、彼らの韓国への亡命を助けた。

アメリカ国内の各都市を回って、北朝鮮の真実を知らせる運動を展開したキム牧師は、1999年9月に直膓癌の宣告を受けて手術のために韓国に入国後、2000年に中国の延吉に戻った時に拉致された。

Daily NK - “キム・ドンシク牧師 ‘キリスト否定’拒否し死亡”

【社説】BDA送金、韓国に押し付けるな

政府がバンコデルタアジア(BDA)に凍結された北朝鮮資金の第三国送金を韓国の輸出入銀行を通じて行う案を検討したが採択しないことにしたという。結果的にはよかったが、見通しは不透明だ。政府が「確認不可」など釈然としない対応をしているからだ。

6カ国協議「2.13合意」の初期措置履行をひと月近く延ばしているBDA事態の責任は北朝鮮と米国にある。北朝鮮は米国がBDAに対する金融制裁措置を事実上解除したとき、この合意によって自分たちがしなければならない措置を取らなければならなかった。そうしていれば国際社会から信頼を得てもっと有利な交渉のテーブルにつくことができた。しかし北朝鮮は気弱な米国を見てせっかく訪れた機会を逃してしまった。

しかしある面から見れば米国の責任の方が大きい。米国は1年8カ月前、BDAに金融制裁を加えたときの論理や立場を正反対に変えた。「金融制裁と6カ国協議は別」と主張したが、結局水に流した。BDAの北朝鮮資金を以前の状態に完全に復帰させた。だから北朝鮮が自分の合意履行には目をつぶって言いたいことを言っているのだ。

今「2.13合意」は岐路に立たされている。BDA問題が妥結されるといっても初期措置が履行されるためには重油提供の問題が解決されなければならない。再び時間を引き延ばしする可能性を残しているのだ。この場合、6カ国協議はきっかけを失う可能性が高くなる。米国としては「これもあれもできない」当惑した境遇に陥ることがあり得る。しかしBDA問題は米国が自ら解答を探さなければならない。米国系銀行を中継銀行にするなり北朝鮮を何としても説得するなりどんな手段を使ってもである。北核事態を現状況に追いやってきた張本人は、韓国ではなく米国だからだ。

政府もこれ以上、どっちつかずの態度を見せずに明らかに不可の方針を明らかにしなければならない。国際信用問題で中国銀行さえ拒否している役割を韓国の銀行が担うのは不合理な話だ。


2007.05.08 08:02:31

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