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80年の姉弟失踪、調査会に調査依頼

 拉致の可能性が捨てきれない失踪者を調べている特定失踪者問題調査会が23日に会見し、1980年に姉弟で失踪した小学生2人について、家族から「拉致の可能性も含め、調査してほしい」と届け出があったと公表しました。
 公表されたのは、80年に広島市南区で失踪した当時小学6年生の藤倉紀代さん(当時12)と、弟で、当時小学5年生の靖浩さん(当時11)の2人です。

 2人は80年の3月29日、母親でホステスをしていた幸枝さんが、普段通り、夕方5時か6時頃に夕食の用意をして自宅アパートから仕事に出かけ、深夜帰宅したところ自宅に姿がなく、現在も行方がわかっていません。

 失踪した当日も、2人が食べた夕食の食器が流し台に運ばれているなど普段と変わった様子はなく、姉の紀代さんも翌日、友人と遊ぶ約束をしていたということです。

 23日の会見で、調査会は「不審な電話などもかからず、失踪以来何の手がかりもないため、母親が今年2月調査会に調査を依頼してきた」と話しています。(23日15:59)

【北の渦】妹よ… 奪われた30年

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 「アノーチャ。帰ったら真っ先に好物の青マンゴーのサラダを作るよ」。3月中旬、タイ北部チェンマイの自宅で、最愛の妹の写真に話しかけるように話す兄のスカム・パンジョイさん(61)に会った。

 「家族を養うために海外へ出稼ぎに行って拉致されてしまった。妹にすまない」とスカムさんは自分を責め続ける。昨年、急性血液感染症を患い、高熱で意識不明となって死線をさまよった。回復してからは、「もう一度顔を見るまでは……」との思いが募り、妹から贈られた木製の揺りいすに座ることが多くなった。今月21日で拉致から30年目になった。「戻って来られない理由があるなら、せめて手紙だけでも欲しい」とため息を漏らした。

 1954年、貧しい農家に生まれたアノーチャ・パンジョイさんは、23歳の78年5月21日、マカオのアパートから出て以降、消息不明になった。家族は理由も分からず、ひたすら待つしかなかった。

 日本への帰国を果たした拉致被害者・曽我ひとみさんの夫・ジェンキンスさんが2005年10月、手記「告白」を出版。その中で、元米兵と結婚したアノーチャさんとの家族ぐるみの交際を語った記述があり、失踪(しつそう)は27年後に拉致だったことが明らかになった。

 その年の12月、ジェンキンスさんはスカムさんと都内で初めて面会し、北朝鮮当局から03年に「もし(曽我さんを追って)日本に行かずに北朝鮮にとどまるなら、お前を、夫と死別したアノーチャと一緒にさせてやる」と言われたことを証言した。03年まで確実にアノーチャさんが北朝鮮で暮らしていたことを知ったスカムさんは、喜びと苦悩を交錯させた。

 今年3月下旬、やはり妹(田口八重子さん)を78年に拉致された家族会副代表の飯塚繁雄さん(68)は、日本から3000キロ以上も離れたチェンマイを訪ね、スカムさんに「妹たちは、私たち以上につらいはず」と慰めの言葉をかけた。妹を待ち続ける2人の兄。お互いの30年を思いやるように静かに抱き合った。

カメラとペン・立石紀和、宮坂永史 (3月13日~21日撮影)
(2007年5月23日 読売新聞)

【北の渦】妹よ… 奪われた30年 : ズームアップ・ウィークリー : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

BDA行きづまった2・13…アメリカの‘焦り’ と北の‘余裕’

自ら作った網にもがくアメリカ…財務省も内部葛藤

6カ国協議の関連国が集って‘2・13 合意書’に署名してから、23日で100日を迎えたが、一歩も先に進むことができない。

アメリカは北朝鮮との二国間対話を拒否して平行線をたどっていた1月、ベルリンで北朝鮮との二国間対話に応じて、バンコ・デルタ・アジア(BDA)問題などを解決することを約束した。以後、6カ国協議は勢いにのって、直ちに‘2・13合意’に署名することとなった。

2・13合意が採決された後、参加国は‘行動対行動’の原則によって、段階的に北朝鮮の核を廃棄することができる道を開いたと評価した。しかし、合意にはあげられていないBDAの泥沼にはまってじたばたする、笑いごとではない寸劇が演出されている。

アメリカをはじめとする6カ国協議の関連国は、2・13合意直後、BDAの北朝鮮の資金2千500万ドルに対して、中国銀行(BOC)や第3国の銀行を通じて容易に北朝鮮口座に振り込まれるか、少なくとも北朝鮮政府が現金を下ろすと予想した。その時の関心事は、50以上のBDAの北朝鮮口座のうち、いくら下ろすことができるかだった。

しかし、予想外の伏兵に会った。米財務省は3月に、BDAを‘資金洗浄銀行’に公式に指定し、アメリカの銀行は去る4月15日以後、BDAとの一切の金融取り引きが禁止された。米財務省のこうした措置は、テロとの戦争を念頭に置いた‘愛国法 311条’が根拠になっている。

米財務省がBDAを‘資金洗浄銀行’に公式に指定した後、北朝鮮の資金を仲介してくれる銀行を探すことが困難な状況になってしまった。北朝鮮は引き続き、 ‘BDAの解決が先’ということに固執している。そのため、アメリカは現在、自国内の資産規模第4位の銀行であるワコビアに、北朝鮮の資金の仲介を要請している。

しかし、これすら容易ではない状況だ。米刑法によれば、犯罪と係わった1万ドル以上の金融取り引きを試みたり、介入するだけでも処罰対象になる。また、愛国法 311条は、大統領の執行免除権限さえ適用されないと、法的限界を明示している。

こうした理由から、当初、米国務省から要請を受けた時には資金の仲介に積極的だったワコビア銀行側も、最近になってあれこれと人の機嫌を伺っているようである。

ワコビアの代弁人、クリスティ・フィリップス・ブラウンも、“政府と議論を続けているが、監督機関(財務省)から一定の適切な承認がなければ、(国務省の)どのような要請も受け入れない”と念を押している。

泣き面に蜂で、国務省と財務省の温度差を離れて、財務省の内部でも、BDA問題の解決方法をめぐって長官と次官、実務者の間で相当な考えの差が存在すると伝えられた。特に、実務陣はアメリカ国内の銀行を通じた送金に否定的で、愛国法 311条の適用に例外を設けることもかなりはばかっており、問題の解決は容易ではなさそうだ。

一方、BDAの北朝鮮の資金の仲介を提案されたワコビア銀行が、手数料を対価に金融詐欺犯たちと取り引きしたという疑惑があると、国際問題専門誌であるフォーリン・ポリッシュのインターネット版が21日報道した。したがって、この問題が今後のBDA問題の解決にどのような変数として作用するか、主要な関心事として浮上している。

フォーリン・ポリッシュはこの日の報道で、アメリカの4大銀行であるワコビア銀行が不法資金を仲介することで、ネーム・バリューに深刻な損傷を受ける可能性があるにもかかわらず、北朝鮮の不法資金の送金を助けてほしいという国務省の提案を受け入れた背景に疑問を抱いた。

これまでの状況を見る限り、2.13合意以後の北朝鮮の核の政局は、北朝鮮が意図したとしても意図しなかったとしても、結果的に北朝鮮の風どおりに流れているように思われる。2.13合意の初期措置までは履行するが、現ブッシュ政権の任期内に大きな変化を望まない北朝鮮としては、2.13合意の履行が遅れるのも嫌ではないという雰囲気だ。

勿論、北朝鮮もBDA問題の解決を通じて、国際金融市場に再編入することを望んでいるが、急いではいないという立場だ。アメリカは、自らが打った網にかかってもがきながらも、問題解決のために率先すること自体が、北朝鮮の交渉戦術に巻き込まれているという反証である。

米外交協会(CFR)のケリー・セモア副会長が明らかにしたように、BDA問題に皆が関心を持っており、何をしてでも解決方案を探ることはできると予想される。ブッシュ政権自体が問題の解決に強い意欲を持っているため、時間の問題であるだけだということだ。

しかし、セモア副会長の言葉通り、“北朝鮮が2・13合意の第1段階の措置は履行するが、第2段階は進捗を見せ、非常に困難であり、ブッシュ大統領の任期内に行われるのは一層困難だろう”という予想も説得力がある。

したがって、現段階で2・13合意を少しでも進展させるためには、アメリカが自ら打ったBDAの網からすり抜けて来るしかない。アメリカがこの問題を解決した後に、北朝鮮の次の行動を期待することができる状況だからだ。

しかし、BDA問題が解決されるとしても、第2段階の措置である不能化の段階では、6カ国協議の関連国は、更に長期間忍耐しなければならないと予想される。‘忍耐は苦いが実は甘い’という言葉が2・13合意にも適用されるか、壮語することはできない。’

Daily NK - BDA行きづまった2・13…アメリカの‘焦り’ と北の‘余裕’