【北の渦】妹よ… 奪われた30年 | trycomp2のブログ

【北の渦】妹よ… 奪われた30年

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 「アノーチャ。帰ったら真っ先に好物の青マンゴーのサラダを作るよ」。3月中旬、タイ北部チェンマイの自宅で、最愛の妹の写真に話しかけるように話す兄のスカム・パンジョイさん(61)に会った。

 「家族を養うために海外へ出稼ぎに行って拉致されてしまった。妹にすまない」とスカムさんは自分を責め続ける。昨年、急性血液感染症を患い、高熱で意識不明となって死線をさまよった。回復してからは、「もう一度顔を見るまでは……」との思いが募り、妹から贈られた木製の揺りいすに座ることが多くなった。今月21日で拉致から30年目になった。「戻って来られない理由があるなら、せめて手紙だけでも欲しい」とため息を漏らした。

 1954年、貧しい農家に生まれたアノーチャ・パンジョイさんは、23歳の78年5月21日、マカオのアパートから出て以降、消息不明になった。家族は理由も分からず、ひたすら待つしかなかった。

 日本への帰国を果たした拉致被害者・曽我ひとみさんの夫・ジェンキンスさんが2005年10月、手記「告白」を出版。その中で、元米兵と結婚したアノーチャさんとの家族ぐるみの交際を語った記述があり、失踪(しつそう)は27年後に拉致だったことが明らかになった。

 その年の12月、ジェンキンスさんはスカムさんと都内で初めて面会し、北朝鮮当局から03年に「もし(曽我さんを追って)日本に行かずに北朝鮮にとどまるなら、お前を、夫と死別したアノーチャと一緒にさせてやる」と言われたことを証言した。03年まで確実にアノーチャさんが北朝鮮で暮らしていたことを知ったスカムさんは、喜びと苦悩を交錯させた。

 今年3月下旬、やはり妹(田口八重子さん)を78年に拉致された家族会副代表の飯塚繁雄さん(68)は、日本から3000キロ以上も離れたチェンマイを訪ね、スカムさんに「妹たちは、私たち以上につらいはず」と慰めの言葉をかけた。妹を待ち続ける2人の兄。お互いの30年を思いやるように静かに抱き合った。

カメラとペン・立石紀和、宮坂永史 (3月13日~21日撮影)
(2007年5月23日 読売新聞)

【北の渦】妹よ… 奪われた30年 : ズームアップ・ウィークリー : YOMIURI ONLINE(読売新聞)