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北朝鮮拉致被害者、横田めぐみさん写真展長野市で開幕

 1977年に北朝鮮に拉致された横田めぐみさんと、家族の歩みを伝える写真展「この笑顔ふたたび-横田夫妻の闘いの軌跡-」(信濃毎日新聞社など主催)が8日、長野市のながの東急百貨店シェルシェで始まった。

 展示された約70枚のうち、半数は父滋さんが撮影。めぐみさんがおどけて双子の弟にキスをする場面や、小学校の運動会でほほ笑む姿などが並ぶ。拉致された13歳までの成長の過程を両親の感想やめぐみさんの作文もともに展示してある。

 訪れた人の中には写真を見ながらハンカチで目頭を押さえる人もいた。長野市北尾張部の会社役員中山恵暢さん(74)は「ご両親が北朝鮮から『死亡』宣告を受けた時は、自分の両親が兄の戦死の知らせを受け取った時と重なり、言葉が出なかった」と話していた。

 9日午後1時半からは、拉致被害者家族連絡会の増元照明事務局長が同市西鶴賀町の市勤労者女性会館「しなのき」で講演する。

 写真展は13日まで。15-20日は塩尻市のレザンホール地下ギャラリーで開く。

信濃毎日新聞[信毎web] 北朝鮮拉致被害者、横田めぐみさん写真展長野市で開幕

9日から拉致の巡回パネル展

 北朝鮮による拉致問題や特定失踪者について県民の理解を広めようと、県は9日から新潟市、長岡市などで、横田めぐみさんら拉致被害者の写真、関連資料を集めた巡回パネル展を開く。

 めぐみさんの父滋さんが写した家族写真、佐渡市で拉致された曽我ミヨシさんの写真を中心に、約30点を展示。大沢孝司さん(新潟市)、中村三奈子さん(長岡市)ら県内特定失踪者の顔写真、拉致問題の年表や解説文なども並べる。

 9―20日の県庁1階広報展示室を皮切りに、10月までに新潟市10カ所、来年1―3月に長岡市数カ所で開く。他市町村での開催も検討している。

 県庁以外の新潟市の日程、会場は次の通り。(一部を除き平日のみ。長岡市の日程は未定)

 25 日―7月6日、市役所1階▽7月9―20日、西区役所分館▽7月23日―8月3日、西蒲区役所▽8月20日―9月2日、白根学習館交流広場▽9月3―14 日、秋葉区役所▽9月18―28日、江南区役所▽10月1―12日、東区役所▽10月14日、豊栄総合体育館▽10月15―26日、北区役所

新潟日報2007年6月8日

新潟日報 NIIGATA NIPPO On Line

入港制裁、在日をほんろう 朝鮮総連の祖国訪問団

 拉致問題やミサイル発射、核実験の強行で日朝関係が緊迫する中、北朝鮮をこのほど訪問した。経済制裁、とりわけ万景峰(マンギョンボン)号の入港禁止は、両国間の人々の往来に影響を落としている。在日コリアンが祖国を訪れる在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)訪問団と親族との交流の現場を訪ねた。(太田政弘)

 黄砂にかすむ平壌市街を一望する山城跡の展望台。石畳に広げたシートの上で車座になってバーベキューを楽しむ人たちがいた。即興のカラオケ大会や踊りが始まる。花見シーズン、日本のあちこちで見られる光景と変わらない。違うのは朝鮮語と日本語が飛び交うことだ。

 一行は朝鮮総連兵庫県本部の祖国訪問団。日本のゴールデンウイークを利用して久しぶりに親族との再会を果たした。昨年の経済制裁発動前までは、万景峰号に乗船し、新潟から北朝鮮東部の元山を経て平壌入りしていた。今回は関西国際空港から中国の大連、瀋陽経由で空路、平壌に。

 船の場合、重量を気にすることなくお土産や日用品を持ち込めた。衣類や学用品、市販の薬などが喜ばれる。中には一人でミカン箱十数個分を送る人もいたという。

 しかし、航空機には制限があり、オーバーすれば費用もかさむ。診療所などを備えた船に比べ、飛行機の移動は、高齢者が多くなった訪問団の人々にはこたえる。

 平壌では身内が市内、もしくは近郊に住んでいれば自宅を訪れ、お土産を手渡す。遠方の場合は、滞在するホテルに呼び寄せて近況を語り合う。時には小宴を催すこともある。一年に一度、あるいは数年に一度の親族とのふれあいだ。情報閉鎖社会ともいえる北朝鮮にあって、外に開かれた一種の回路ともいえる。

 一九五九年から始まった「帰還事業」で祖国に渡った人たちも多くが壮年、老年に差し掛かる。訪問する側の在日コリアンにしても、そうした事情は変わらない。ホテルで出会った訪問団の女性は「どうか私たちの国をよろしく。そして在日も」とつぶやいた。

 「拉致問題は解決済み」という北朝鮮と生活の場である日本。はざまにほんろうされる在日の人々の苦悩は深い。

入港制裁、在日をほんろう 朝鮮総連の祖国訪問団