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翻訳本も3冊目 蓮池薫さん充実「残った人生、消極的に過ごしたくない」

拉致被害者で新潟産業大学職員の蓮池薫さん(48)が韓国・朝鮮語を生かし、日々翻訳活動を続けている。先月末には3冊目の作品となる韓国の自己啓発本「成功への道 お金持ちになる『心得71』」(産経新聞出版)が出版された。24年ぶりの帰国から丸3年。最近の生活は妻、祐木子さん(49)ら家族から「前にない活気が出てきた」との評判だとか。翻訳家としての蓮池さんに焦点を当てた。

 ◆忙しさ楽しむ

 「好きでやりがいのある仕事をやるときは、はたから見てもわかるものなのですね。家内も子供たちも応援してくれています」。蓮池さんはこういう。

 日々の生活は多忙を極める。月曜日から金曜日までは同大職員として、留学生の相談相手や日本語会話の相手を行う一方、非常勤講師として週2コマの韓国語講座、さらに週1度の市民向け韓国語講座を行う。起床は午前4時ごろ。7時半ごろまで翻訳した後、8時半に出勤。午後6時に帰宅して祐木子さんの手料理を食べた後、8時からの約2時間も翻訳や、昨年復学した中央大学法学部通信教育課程の学習に充てられる。就寝は11時ごろだ。

 「睡眠時間は少なくなった」と話す蓮池さんだが、今回翻訳した自己啓発本の中で気に入ったフレーズがあったという。

 ≪忙しい、忙しいと泣き言をいう人ほど無駄に過ごしている時間が多く、本当に忙しい人はその忙しさを楽しんでいる≫

 「こういう考え方を持てば、精神的ストレスを感じず、余裕を持って仕事や生活ができる」と蓮池さんは語る。

 拉致被害者という“逆境”を逆手に韓国・朝鮮語を生かす道を選んだ蓮池さんに心の葛藤(かっとう)はなかったのか。

 「はっきり言って、私は原状回復するにはあまりに年を取りすぎてしまいました。新しいものを学び身につけ、経験を積んで自分のものとして生かしていくには遅すぎたということです。生活は待ってくれません」

 北朝鮮に奪われた24年はあまりに長い。少しでもその時間を取り戻したいという一心で蓮池さんは翻訳している。

 帰国後勤めた柏崎市役所を辞めること、大学の仕事と並行して翻訳をすること…。不安がなかったわけではない。それでも、「折り返し点を過ぎた人生、残った人生を受け身のまま消極的に過ごしたくなかった」という。

 ◆感情表現違い

 歴史小説、子育てもの、そして今回の自己啓発本と多様なジャンルの韓国本の翻訳を続けているが、今後は心温まる詩や散文を集めた絵本や小説、ノンフィクションなどの翻訳本が出版される予定だ。

 訳してみて感じる日韓の文化の違いは「感情表現」だという。

 蓮池さんは「韓国で悲しいときに涙をみせ、男でも大声で泣くということは恥ずかしいことではなく、自然で礼儀にかなった行動。韓国ドラマで俳優が泣く演技が自然でうまいのは、こうした生活文化の違いから来るのでは」と語る。

 「生まれたときから慣れ親しんだ言葉と、大きくなってから意識的に学んだ言葉では表現の自然さで差が出る。特に細かな感情表現や会話体ではそれがよく表れます。だから、日本語表現をさらに磨きながら韓国語の和訳に徹していきたい」。翻訳に新境地を見いだした蓮池さんの今の目標だ。

【2005/10/16 東京朝刊から】


Sankei Web 社会 翻訳本も3冊目 蓮池薫さん充実「残った人生、消極的に過ごしたくない」(10/16 12:00)

リチャードソン氏、北朝鮮出発前に会見

17日から北朝鮮を訪問するアメリカ・ニューメキシコ州のリチャードソン知事が出発を前に会見し、6か国協議の合意を受け入れるよう北朝鮮に働きかける意向を明らかにしました。

 北朝鮮の招待を受けて私人として訪問するリチャードソン知事ですが、政府側と事前に打ち合わせを行った上、空軍の飛行機を提供されるなど、今回の訪問は、来月初めに予定されている6か国協議を見越したものと言えます。

 「私は政府の特使ではありませんが、北朝鮮との対話を試みるブッシュ政権の新しい政策を支持しています」(リチャードソン知事)

 今回は北朝鮮側の要請を受けて、医療や農業、法律、さらにエネルギーの専門家も同行し、17日から3日間にわたって話し合いを行う予定だということです。

 クリントン政権時代に国連大使やエネルギー長官などを務めたリチャードソン知事にとって今回は5回目の訪朝で、ブッシュ政権としては北朝鮮とのパイプを持つ知事の力を借りて、次回協議に向けた北朝鮮側の姿勢を探る狙いもあるものとみられます。(16日12:05)
TBS News-i

地村さん夫妻 帰国3年

地域に溶け込む一家 勉強や仕事に励む日々
 北朝鮮による拉致被害者の地村保志さん(50)、富貴恵さん(50)夫妻ら五人が、日本に帰国して十五日で丸三年となるのを前に十四日、それぞれコメントを発表した。国民の支援に感謝の気持ちを表し、家族でしっかり生活していることを報告。拉致問題の早期解決に向けできる限り協力する決意を表明している。

 北朝鮮による拉致被害者五人の二十四年ぶりの帰国が実現して十五日で三年。八人の子ども、夫がそろった三家族は、自立に向けた勉強や仕事に励む。小浜市の地村保志さん、富貴恵さん一家も「地に足が着いた」(親類)生活を送っている。

 今月八日夜、長女恵未さん(24)、二男清志さん(17)は地村さんの父保さん(78)に誘われて夕食に出掛けた。勤務先の小浜信用金庫の同僚らと訪れるという恵未さんの薦めで市内のファミリーレストランに。洋食が並ぶメニューを手に「清志と同じものでいい」と保さんが注文すると、オムライスやジュースがテーブルに並んだ。「彼氏ができたか」と問われた恵未さんは笑ってかわした。福井市の福井大に通う長男保彦さん(22)は夏休みに自動車運転免許を取得。自宅には車のカタログが積まれている。

 九月下旬には、仕事だった地村さんを除いた一家で地元の区民体育大会に出場。近所から総菜をもらうと、お返しに趣味の船釣りで捕った魚を渡すことも。保さんは「普通の日本人の子と同じ。町で気付かれないほど地域に溶け込んでいる」と一家の様子を喜ぶ。

 小浜市嘱託職員として働く地村さんは九月、同市の社会人採用試験を受け、結果を待っている。「食の町づくりと観光交流」をテーマに、日本語とハングル両方の論文課題に取り組んだ。十一月の二次面接を通過すると、来春には正規職員になる。「朝鮮語を生かした仕事に」と望んでいただけに、幼なじみの森本信二さん(50)は「国際交流や社会教育で市民にお返しできればと考えているのだろう」と語る。

 県嶺南振興局(小浜市)で旅券発行業務に就いている富貴恵さん。「初めてだし、クラスの様子も見たいから」と、九月三日、若狭高校に通う清志さんの文化祭に友人と訪れた。「人生ゲーム」を体験する企画で銀行員役を務め、同級生と打ち解ける姿に安心したようだった。友人や支援者は「特別扱いしない方が彼らにとって良い」と口をそろえる。

帰国3年を迎えてのコメント

 私達家族にとってこの3年間は、感激と苦悩、喜びと悲しみが入り交ざった複雑な日々でした。

 3年過ぎた今日では、家族全員が一つ屋根の下で暮らしながら、それぞれが社会復帰、就職就学を果たし、将来の希望を抱いて職場・学校で精一杯励んでいます。

 これもひとえに、帰国後、物心両面で支えてくださった日本政府と福井県及び小浜市そして多くの国民の皆様の心温まるご支援・ご協力のおかげと家族一同深く感謝いたしております。

 日本社会に日増しに溶け込み、自立の道を歩んでいる私達家族にとって今一番気がかりなことは、私達のように北朝鮮に拉致された方々の安否確認と生存者の早期帰国が未(いま)だ実現されていないことです。

 私達家族は、今後とも拉致問題の早期解決のため、今まで同様日本政府、家族会、拉致被害者家族等を通じてできる限りの協力を尽くして参る覚悟でございます。

 今後、日朝政府間協議で拉致問題が最優先課題として取り上げられ、早期解決に向け進展が得られることを切に願っています。

   平成17年10月14日 
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