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「北の地下資源は豊富だが投資判断は難しい」

 最近、北朝鮮を訪問したドイツ連邦庁関係者らが「北朝鮮は地下資源が豊富だが、その規模と位置、生産計画などに対する資料が不充分であり、投資判断をするには困難がある」と明らかにした。

 この関係者らは、北朝鮮の鉱業および天然資源の実態と関連し、訪北の結果を土台としてこのような内容の報告書を提出した、とKOTRA側が30日に明らかにした。
 報告書によれば北朝鮮は石炭、鉄鉱石、鉱物性肥料、塩を自らの需要のために生産しており、主要輸出地下資源としてマグネサイト、黒鉛、蛍石、亜鉛などがある。
 しかし天然資源生産のための設備投資と装備の輸入に困難があり、計画経済のため効率的開発を出来ずにいる。
 特に生産および製造機業に対する情報は秘密維持のために公開されておらず、北朝鮮当局の発表資料は国際標準に達し得ない、と報告書は指摘した。
 報告書は「北朝鮮の地下資源埋蔵量に関する情報は推測に起因している」としながら「原鉱や完成品の品質が保障されず、北朝鮮とのバーター制取り引きは危険がともなう」と明らかにした。
http://nk.chosun.co.kr/news/news.html?ACT=detail&res_id=74688&page=1
North Korea Today Newsblog: 「北の地下資源は豊富だが投資判断は難しい」

よど号妻 帰国後拉致で捜査へ

よど号ハイジャック事件の実行犯の家族で、いまも北朝鮮に残っている妻や子どもら6人全員がことし中に帰国する見通しで、警視庁は、このうち石岡亨さんらの拉致事件への関与が指摘されている妻2人を旅券法違反の容疑で逮捕し、拉致事件についても調べる方針です。
6年前の昭和45年に起きたよど号ハイジャック事件の実行犯9人のうち、一部は死亡したり、逮捕されたりし、いまも北朝鮮に残っているのは、実行犯4人と妻や子どもら家族6人のあわせて10人です。グループの支援者団体によりますと、このうち実行犯4人を除く妻や子どもら家族6人全員が、ことし中に帰国する見通しになりました。警視庁は、このうち実行犯の妻の森順子容疑者(52)と若林佐喜子容疑者(51)の2人を帰国しだい、国際手配している旅券法違反の容疑で逮捕することにしています。警視庁の調べによりますと、2人は、昭和55年にスペインで失そう直前の拉致被害者の石岡亨さんといっしょに写真に写っていたほか、松木薫さんとも接触していたとみられ、拉致事件への関与が指摘されています。有本恵子さんの拉致事件でも、よど号グループのメンバ-の1人が国際手配されており、警視庁は、拉致事件とのかかわりについて、帰国する2人の妻を調べる方針です。
NHKニュース

独裁者の秘密を徹底検証 ドキュメンタリー金正日 第1回

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文: 惠谷治

 第1部 金正日の出生の秘密を暴く

 はじめに 

 白頭山密営での誕生神話(その1)

 「金正日は1942年2月16日の明け方、白頭密営で生まれました。金正日の誕生はわが一家にとって、またとない大慶事でした。わたしと金正淑は、銃声の絶えない戦場で朝鮮の男児として生まれた金正日の将来を熱い心で祝福しました」

 北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の故金日成主席は、回顧録『世紀とともに』(第8巻・平壌版301頁)のなかで、金正日総書記の誕生について、以上のように簡潔に記している。

 金日成の傘寿を記念した回顧録『世紀とともに』の第1巻が出版されたのは、1992年のことだった。1994年に金日成が急死したのちも、回顧録は継続的に発行され、現在までに、出生から第2次大戦終結までを回想した8巻が出版されている。

 金日成の伝記や朝鮮解放闘争史は、北朝鮮のみならず日本でも幾種類も出版されてきたが、新しく出版されるたびに内容が改竄されて虚構性が強くなり、歴史的事実とかけ離れていくのが常だった。

「解放後、学者たちはほとんど白紙にひとしい状態で抗日革命史の研究に取り組んだ。大部分の史料は抗日革命闘争参加者の回想にもとづいて作成され、敵側の文書もかなり参考にしたが、ねじまげられたり、誇張、矮小化された資料もあって、歴史の体系と定着作業は少なからず難航した。〈略〉抗日革命史を反映した図書のうち、部分的ではあるが日付や場所などに若干のずれがあるのは、こうした特殊な事情のためだとみるべきであろう」(『世紀とともに』第5巻32頁)

 金日成は公式伝記や解放闘争史の記述が、事実と異なっているという研究者や専門家の指摘に対し、『世紀とともに』のなかで以上のように弁明している。回顧録『世紀とともに』は金日成本人が初めて書き下ろした自伝ということであるが、実際には朝鮮労働党歴史研究所のゴーストライターたちの合同作業である。しかしいずれにせよ、究極の公式伝記と呼ぶべきものであり、金日成回顧録が出版された以後は、もはや事実関係について弁解する余地はなくなっている。

 第2次大戦中、金日成が旧ソ連極東部に滞在していたことは北朝鮮においても公然の秘密だったが、過去に発行された公式伝記には、その事実は一行も書かれていなかった。

 しかし、金日成は回顧録の第3巻(157頁)で、「小哈爾巴会議〔1940年8月〕後、朝鮮人民革命軍が白頭山密営とソ連ハバロフスク周辺の訓練基地を拠点にして小部隊活動をくりひろげた」という表現で、さりげなくソ連に滞在していたことを、初めて公式に明らかにした。また、第4巻(127頁)では「抗日革命が最終段階にさしかかっていたある年の春、アムール川が間近に見えるハバロフスク周辺の北密営の砂原をわたしと一緒に散歩していた周保中」、あるいは同じ第4巻(134頁)で「後日、ハバロフスクの北密営で李学万の甥にあたる李永鎬にはじめて会った」という逸話を紹介し、第5巻(340頁)の「われわれがハバロフスク近くの訓練基地で対日作戦の準備に余念がなかった1944年」という記述や、続く第6巻(107頁)の「1940年代前半期、ソ連国境地帯の訓練基地にいたころ」という表現によって、金日成はソ連滞在の年代を初めて具体的に明らかにしたのだった。

 そうした意味で、金日成が回顧録のなかで、金正日の誕生をどのように記述するのか、私は注目していた。その結果が、冒頭の一文だった。

 著者が死亡後にゴーストライターが書いたものとはいえ、金日成の名前で出版されている限り、金日成は真実を語っていないことになる。(つづく)

■惠谷 治(えや おさむ) ジャーナリスト。 1948年、東京生まれの尾道(広島県)育ち。73年、早稲田大学法学部卒業。

 81 年、第1回プレイボーイ・ドキュメント・ファイル賞の優秀作品賞を受賞。受賞作品は『秘境の戦士たち』。86年から96年まで防衛庁防衛研究所非常勤講師一般課程の「アフリカの諸問題」を担当。99年、第5回編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞の企画賞を受賞。受賞作品は『金正日の忠臣』ほか一連のSAPIO北朝鮮レポート。

 99年から青山学院大学非常勤講師(国際関係論)として教養学部の「少数民族の社会と文化」を担当。02年から東京財団「北朝鮮研究プロジェクト」メンバー、03年からは海上保安庁政策アドバイザーを務めている。 

 著作は『国境の世界』(森谷トラベル・エンタプライズ)、『アフガニスタン最前線』(芙蓉書房)、『ソ連帝国・7つの謎』 (光文社、カッパ・ビジネス)、『金正日・北朝鮮、権力の実像』(時事通信社)、『北朝鮮解体新書』(小学館)、『1967年10月8日 チェ・ゲバラ 死の残照』(毎日新聞社)、『アフガン山岳戦従軍記』(アフガニスタン最前線 の文庫化、小学館)、かわぐちかいじとの対談『叫べ「沈黙の国家」日本』(ビジネス社)など多数。
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