trycomp2のブログ -2560ページ目

元同級生「まさか彼が」…「拉致」逮捕状の辛容疑者

fd2b269b.jpg
 1978年7月に地村保志さん(50)夫妻を拉致したとして、国外移送目的略取などの容疑で逮捕状が出された辛光洙(シングァンス)容疑者(76)は、高岡市で少年時代を過ごし、北朝鮮に戻って工作員になった後、76年には滑川市の早月川から北朝鮮に不法出国したとされる。高岡市で多感な少年時代を過ごした少年が、なぜ北朝鮮の工作員になったのか――。当時の同級生は複雑な表情を見せる。

 静岡県から転校し、「立山富蔵(たてやまとみぞう)」と名乗った少年は、小ぎれいな格好をして身のこなしもスマートだった。

 「やはり太平洋側の人は違う」。少年時代の辛容疑者が同市立下関小学校に転校してきた際のことを同市在住の同級生、北林豊さん(75)は鮮明に覚えている。

 当時の同小は同市下関町にあり、立山少年は、道路を挟んで向かい側の一角にある長屋に住んでいた。立山少年の家族がなぜ、富山に来たのかは分かっていない。家は廃品回収業を営んでいたという。

 その時、クラスに在日朝鮮人は5人いたが、児童たちの間に差別はなく一緒に兵隊ごっこをして遊んだ。同じく同級生だった岡田栄作さん(76)は、昼休みに一列に並んで馬乗りをしたのを覚えている。

 立山少年は、スポーツも得意で、とくに相撲が強かった。授業ではよく手を挙げて、はきはきと答えていた。同小卒業後は、高岡工芸学校(現在の高岡工芸高校)機械科に入学した。

 県警OB関係者が確認したところでは、戦後、先に北朝鮮に渡っていた立山少年の兄が家族にあてて、「北朝鮮は楽園だ」と書いた手紙を送っている。

 情報統制の中で、北朝鮮の実情は手紙の中で書けなかったに違いない。だが、立山少年は兄の手紙が来た後、北朝鮮に向かった。同市内で46年ごろに同小同窓会が開かれたが、そこに立山少年の姿はなかった。

 立山少年は、戦中の軍国主義教育の中で「お国のため」と毎日のように言われ、少年時代を過ごした。

 同時代を生きてきた北林さんは「戦後もお国(北朝鮮)のためと言われて拉致やスパイにかかわったのだろうか」とかつての同級生に思いをはせた。

 「まさか、あのタテヤマが」。岡田さんは複雑な思いを吐露した。
(2006年2月24日 読売新聞)

写真:下関小学校の卒業写真。最上段の右から4番目が、小学6年生の時の辛容疑者。背は高かった(1942年3月撮影)
富山 : 地域 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

北朝鮮に引き渡し要求 政府、拉致実行犯2人を

 政府は24日、北朝鮮による日本人拉致事件の実行犯として逮捕状を取った元工作員辛光洙、「朴」と名乗っていた工作員チェ・スンチョル両容疑者の身柄引き渡しを北京の外交ルートを通じ北朝鮮に要求した。

両容疑者については、福井、新潟両県警が23日、それぞれ地村保志さん夫妻、蓮池薫さん夫妻の拉致事件に関する国外移送目的略取と国外移送の容疑で逮捕状を取った。さらに警察庁が来週にも国際手配するための準備に入ったことを受け、北朝鮮側に正式に引き渡しを求めた。

政府は、次回以降の協議でも、これまでにも求めてきた他の2人を加えた計4人について身柄の引き渡しを主張していく方針だ。
北朝鮮に引き渡し要求 政府、拉致実行犯2人を (共同通信) - goo ニュース

拉致事件で逮捕状の2容疑者、北朝鮮に引き渡し請求

 地村保志さん、蓮池薫さん両夫妻の拉致事件で警視庁などが国外移送目的略取などの疑いで逮捕状を取った北朝鮮工作員の辛光洙(シン・グァンス)(76)、通称「チェ・スンチョル」の両容疑者について、政府は24日、北京の大使館ルートを通じて北朝鮮に引き渡しを請求した。

 北京の日本大使館職員が24日、北朝鮮大使館を訪れ、逮捕状が出たことを示す文書を手渡し、両容疑者の引き渡しを口頭で求めた。北朝鮮側は「本国に伝える」と答えるにとどまった。

 政府はこれまで、拉致事件の実行犯の辛、金世鎬(キム・セホ)、魚本(旧姓・安部)公博の3容疑者の引き渡しを北朝鮮側に求めてきた。
拉致事件で逮捕状の2容疑者、北朝鮮に引き渡し請求 (読売新聞) - goo ニュース