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米国のシーファー駐日大使は16日、新潟市を訪れ、1977年11月に横田(よこた)めぐみさん=当時(13)=が拉致されたとみられる現場周辺を視察した。北朝鮮による拉致事件をめぐり、駐日米国大使が現場を視察するのは初めて。
めぐみさんの父、滋(しげる)さん(73)や母、早紀江(さきえ)さん(70)ら拉致被害者家族会のメンバーが同行。大使は「ここまでは友達と一緒にいたのですか」などと質問し、滋さんから説明を受けながら、めぐみさんが通っていた市立寄居中学校から当時の自宅までの通学路を歩いた。
早紀江さんは「(この辺りは)何度来ても嫌。でも現実に起きたことなので、きちっと大使にお知らせしたい」と報道関係者に話した。
シーファー大使は視察後に記者会見し「(横田さんの話は)わたしの一生の間で一番悲しい話だ。あの通りを歩いて心を動かされない人はいないと思う。ブッシュ大統領とは昔からの知り合いなので、また会う時にこの話をしたい」と感想を述べた。
滋さんら家族会のメンバーが昨年5月、東京都港区の米国大使館でシーファー大使と面会した際、大使から「北朝鮮へのアピールになるなら」と現場視察の申し出があり実現した。
(03/16 13:26)
Sankei Web 社会 シーファー米大使、めぐみさん拉致現場を視察(03/16 13:26) 米国のシーファー駐日大使は16日午前、新潟市を訪れ、北朝鮮による拉致被害者の横田めぐみさん(失跡当時13)が1977年に拉致された現場を視察した。大使はめぐみさんの両親、滋さん(73)と早紀江さん(70)らの案内で当時の自宅周辺を回り、失跡状況を聞いた。在日米大使館によると、米政府関係者の現場訪問は初めて。
大使は、めぐみさんが通っていた市立寄居中学校から自宅までの通学路などを歩いた。早紀江さんの「娘を捜すため学校に来た時には、生徒は誰もいなかった」という説明に耳を傾け、足取りが途絶えた丁字路では沈痛な表情を浮かべた。
滋さんらは昨年5月、大使と面会し、被害者救出への協力を要請。大使は「北朝鮮への大きなアピールになるなら」と応じ、訪問が実現した。
視察後の記者会見でシーファー大使は「これまで聞いた話の中で最も悲しい話だ。現場を歩いて心動かされない人はいないだろう」と述べ、ブッシュ米大統領にも報告する考えを示した。 (13:03)
NIKKEI NET :主要ニュース 米国のトーマス・シーファー駐日大使が16日、新潟市を訪問し、77年11月に横田めぐみさん(当時13歳)が拉致された現場を視察した。めぐみさんの父滋さん(73)らが付き添い、当時の状況を説明した。米政府高官による拉致現場視察は初めて。
シーファー大使は昨年5月、拉致被害者の家族会メンバーらと面談した際、「日本人が拉致された現場を見たい」と現地視察に意欲を示していた。16日に新潟東港に米海軍フリゲート艦が寄港するのに合わせて視察日程を組んだといい、2月の日朝包括並行協議が具体的進展なく終わったことから、拉致問題解決に向けて日本の立場を支援する狙いもあるとみられる。
シーファー大使は16日午前10時20分ごろ、めぐみさんが当時通っていた同市立寄居中学校に到着。めぐみさんが拉致の直前に歩いたとされる同中学校校門前から消息が途絶えた新潟大付属小学校校門前までの市道約500メートルを歩いたり、車に乗って確認するなどして現場周辺を見て回った。
めぐみさんが拉致されたとみられる市道交差点で、母早紀江さん(70)が「(拉致被害者の)曽我ひとみさんの話から、この曲がり角で男に捕らえられたと分かった。住宅地の真ん中にそういう人たちがいて拉致を申し合わせていたのか、と想像した」と説明。シーファー大使は「工作員の協力者は見つかっていないのか」などと尋ねていた。
視察には家族会メンバーや支援者らも付き添った。【前谷宏、北上田剛】
◇シーファー大使「ブッシュ大統領にも話をする」
視察後、同市内のホテルで会見したシーファー大使は「以前よりもはるかに心を動かされた。このような不正義は何年かけても解決されなければならない。次にブッシュ大統領に会う時にも拉致の話をするつもりだ。大統領も『絶対許さない』と言うだろう」と話した。滋さんも「大使の視察が北朝鮮に拉致問題解決を促す大きな圧力になるはずだ」と期待を寄せた。
また、大使は非公式の席で「2カ国間の問題だけではなく6カ国協議で扱うべきだ」と話したという。
毎日新聞 2006年3月16日 11時45分 (最終更新時間 3月16日 13時36分)
横田めぐみさん:米大使が拉致現場を視察「心動かされた」-事件:MSN毎日インタラクティブ
