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北朝鮮によって拉致された横田めぐみさんの両親が愛知県議会で講演をし拉致問題の早期解決を改めて訴えた。拉致被害者横田めぐみさんの両親の横田滋さん、早紀江さん夫妻は自民党愛知県議団の拉致議連の招きで名古屋を訪れ、講演した。この中で滋さんは「多くの国民の理解があって初めて政府が動き問題解決に向うことができる」と述べミサイル発射など北朝鮮をめぐる状況が混沌とする中で拉致問題解決への理解を求めた。また講演の後記者団からめぐみさんの夫のキムヨンナムさんが横田さん夫妻と北朝鮮以外の第三国で面会したいと求めている事について問われた滋さんは「めぐみについて何かわかるような事があればあってみたいと思うが今の状態ではしょうがない」と答え面会に消極的である姿勢を示した。
FNN-Supernews56k 一九七七(昭和五十二)年九月、東京の警備員男性が能登町(宇出津)の海岸から北朝鮮工作員に拉致された「宇出津事件」で、警視庁と石川県警の合同捜査本部は九日までに、八○年に起きた原敕晁(はらただあき)さん=失踪当時(43)=拉致事件で国際手配された元工作員の辛光洙(シンガンス)容疑者(76)の供述調書を今後の捜査で活用する方針を決めた。辛容疑者は韓国捜査当局の調べに対し、原さん拉致が北朝鮮の国家犯罪であることを認めており、捜査本部は辛容疑者の手口が一連の拉致事件の典型例とみて、宇出津事件の全容解明を目指す。
宇出津事件では、捜査本部が二〇〇三年一月、東京都三鷹市役所の警備員だった久米裕(ゆたか)さん=失踪当時(52)=を拉致したとして国外移送目的誘拐容疑で北朝鮮の工作員金世鎬(キムセホ)容疑者(77)を国際手配し、北朝鮮に同容疑者の身柄の引き渡しを求めている。
捜査本部がこのほど入手した辛容疑者の供述調書は、一九八五年に韓国の捜査当局にスパイ容疑で逮捕された際に原さん拉致を認め、日本の最高裁に当たる韓国大法院が証拠として認定した公判調書。辛容疑者が原さんを拉致する際に日本国内で協力者を作り上げる過程や、拉致が金正日総書記から直接指示されたことなどが詳細に記されている。
捜査本部では、この調書を久米さん拉致に照らし合わせて事件の解明を進めるほか、金容疑者を逮捕、起訴し、公判になった時には、調書が北朝鮮の国家犯罪を立証する有力な証拠になるとみている。
法体系の異なる韓国の調書が日本の裁判証拠として採用する例はこれまでほとんどなかったが、最高裁が二〇〇三年に別の事件で韓国の供述調書の証拠能力を認める画期的な判断を示したことで、辛容疑者の調書が証拠として採用される道が開けた。
辛容疑者は横田めぐみさんや地村保志さん拉致への関与も指摘され、福井県での足取りのほか、高岡市で生活していたことも確認されている。現時点で久米さん拉致との接点は浮かんでいないが、捜査本部は北朝鮮の一連の拉致事件の始まりである「宇出津事件」を解明する上でも、辛容疑者が日本で果たした役割や手口を重視している。
●宇出津事件 1977年9月19日夜、久米裕さんが、知人の在日朝鮮人の男から宇出津の海岸へ誘い出され、北朝鮮工作員に引き渡された。石川県警は男性を外国人登録法違反の現行犯で逮捕、家宅捜索で乱数表などを押収した。男性は久米さん連れ出しに協力したことを認めたが、金沢地検は起訴猶予処分とした。
●原敕晁さん拉致事件 辛光洙容疑者らが1980年6月、大阪市の中華料理店店員だった原さんを宮崎県の海岸から工作船で北朝鮮へ拉致。辛容疑者は原さんに成り済まして旅券を不正取得、工作活動のため日本への出入国を繰り返した。1985年に韓国捜査当局が潜入中の辛容疑者を逮捕。同容疑者は死刑判決を受けたが、99年に恩赦で釈放、北朝鮮に送還された。
きょうのニュース 三塁側スタンドに、ひらりと青色のリボンがたなびいた。初出場の松代(長野)の応援団では、保護者やベンチ入りしない選手らが、北朝鮮による拉致被害者の帰国を訴える「ブルーリボン」をつけて応援した。8日、選手たちは、前日に届いた横田夫妻や地村保さんのメッセージを胸に鳥取代表・倉吉北と対戦。延長11回サヨナラ勝ちで、見事に初戦を突破した。
松代野球部と、拉致被害者やその家族との交流は、「救う会長野」代表の塚田俊明さん(51)の長女理恵さん(26)が、野球部の元マネジャーだった縁で始まった。
理恵さんが卒業後、野球部に拉致被害者救出に向けた署名への協力を依頼。この4年間でのべ約4千人の署名を集めた。今年4月には、横田さん夫妻が野球部を訪れた。
試合前日の夕方。食堂に集まった選手たちは、応援ファクスが張り出されているホワイトボードに駆け寄った。
「純粋で一途な皆の心の結集が、更なる勝利につながっていくことを信じ、応援しています」。横田めぐみさんの両親、滋さんと早紀江さんからだった。「信念と根性を見せてください」と地村保志さんの父の保さんからのファクスもあった。
甲子園の初戦は、終盤に3点差を追いついてからのサヨナラ勝ち。徳原賢治副主将は「やればできる。横田さんに勇気を出してもらえる野球ができた」と笑顔だった。
asahi.com:松代、拉致解決へエール 甲子園応援席には青いリボン?-?スポーツ
